小刻みに揺れるポケットの中で、近くに聞こえるトムの心臓の鼓動に耳を澄ませながら、私はこの先の未来について深くは思慮して居なかった。
猿の姿に為って暫くは、誰にも見つけて貰えずに居たら如何しようかと絶望的に為ったけれど、運良くも見つけてくれた相手がトムだったから少しだけ心に安堵 を齎してくれた。
少なくとも、一週間や二週間私がホグワーツから姿を消せば、恐ろしく勘の働くトムならば不信感を抱いてくれるに違いない。ホグワーツから消えた私と、ホグ ワーツに突然現れた白い猿。二つの事象の関連性にさえ気付いてくれれば未来が開ける気がしていた。

だから私は、トムに運良く拾われた事に凄く感謝し、此れから起こり得る出来事へ不心得で挑んだ。


まさか後悔するなんて事は有り得ないのだ、と浅薄な思考に囚われそうになる程……トムの事を何も知らな過ぎたのだ。








臥 待月の春 2








監督生でもあるリドルの部屋に到着するまで幾数多の女から掛けられた声を綺 麗に受け流したリドルが自室に辿り着いたのは、既に就寝時間を10分前に控えた 時分。
客観的に見れば容姿端麗な部類にノミネートされるリドルだ。声を掛けて一晩の余暇を、と艶めいた声で誘いを掛けてくる女は其れこそ数え切れない程。
言葉丁寧に物腰柔らかく受け流しては申し訳無さそうに顔を歪ませたリドルに、女達は「私達のほうこそ疲れているトムを気遣えなくてごめんなさい」と零し、皆去っていく。
ポケットの中にが居るからか先をせぐように歩くリドルを真上に見上げながら、相変わらずフェミニストキングリドルさまだ、と納得する
リドルは普段こう云う風に女をあしらっているのか、と興味津津に眼を輝かせて居れば、扉を開いて掛けられた声に肩が竦んだ。


「あら、トム…遅かったじゃない?私もう、待ち草臥れたのだけど?」


の部屋の二倍はあろうかと云う広い部屋。壁際に置かれたベットに腰を落として足を組んだ女子生徒が居た。
リドルのポケットから姿を現せば一大事に為る、と悟ったは息を殺す様に小さな身体を更に小さく縮ませる。
よもや女が待ち伏せしている等と思いもしなかった。いや、若しかしたら心の何処かで思っていたかもしれなかったが、其れは人間の姿をしたが考えていた 事で在って、猿に為ってからは少なからず考えては居ない。

この女性は、リドルと事を成す為に彼を待っていたのだろうか。
だとすれば、リドルのポケットに居ると云う事態が非常に拙い状況なのでは無いだろうかとは思索する。
リドルはこの小さな猿がだとは知る由も無い。だから猿を部屋に放置した侭事を成す事など容易い事なのだ。
意図せずとも行為を眼で見て耳で聞いてしまう様な事態に為れば-------------正直今後如何接して良いか判らな く為るだろう。あの、リドルが遠慮などする筈も無い。何故なら連れているのは唯の一匹の猿なのだ。


「やぁ、こんな時間に僕に何か用?もうじき消灯だよ」


悠然と微笑み、開いた扉を閉める事無く壁際に両腕を組んだ状態で、リドルは困った様な声で答えた。
まるで柔らかい仮面を貼り付けて「今直ぐに出て行け」、と拒絶を表している様な態度に、女は苛立った声をあげた。


「いいじゃないの、帰りたくないんだもの。其れより…ね、早く」


白い肌に柔らかな漆黒の髪が落ちる。
やれやれ、とリドルは数歩歩き背を屈め、女の細い頤に指を掛けた。瞼がゆっくりと落ちて、睫の影が頬に落ちる。
あぁマズイ、此の侭だと終始目撃する羽目に為るだろう。悟ったは何とか事に運ぶ前に自分が居る事をリドルに知らせ、せめて「自分を部屋に残して他で 遣ってくれ」と伝えようとあれやこれやと小さな脳をフル回転させる。

秀麗なリドルの顔が傾き、瞳を閉じた女の艶めいた赫い唇に重なる間際、薄化粧が施された頬に手を添えた侭柔らかく耳元で囁く。


「聞こえなかった?消灯、だよ。-----------------僕を怒らせたいの?」


紅蓮の瞳は柔らかく眇められているものの、吐き出された言葉を紡ぐ音程はぞっとする程冷えたものだ。
丁寧な口調とは裏腹に、声に含むのは、獰猛さ。女は細い身体をビクリと震わせ、目に見えて怯む。
リドルを怒らせると如何為るかを彼女が知っている訳ではない。普段温和温厚で飄々としている人物ほど、怒りの琴線に触れると触発状態に為る。
リドルとの関係を保ちたい彼女は引き笑いを起こしながら、足早に部屋を出て行った。


見送る事無く後手に彼女が走り去った扉を閉めると、先ほどの出来事が夢幻の様に感じられるほど普段の優等生面を貼り付けたリドルが居た。


「先ずは、ご飯にしようか、。」


猿って何が食べれるのかな。そうに問い掛けながらローブのポケットから丁寧にを取り出し、ベットの上に無造作に置かれたブランケットの上へと乗せ る。
ぬいぐるみの様に小さく鎮座したに「可愛い可愛い」と零しながら、リドルは愛梟を呼び寄せ、足に羊皮紙を括り付けると窓から開け放った。
数分後、小さな籐籠を携え梟が戻って来る。籐籠の中には溢れんばかりの果物が盛り込まれ、リドルの梟はうちの梟と違ってお使いも出来るのか、といたく感心 する。


、ご飯食べさせてあげるから、こっちへおいで?」


優麗に微笑まれ、落とされた其の声に。
普段聞き慣れないような甘さを含んだ誰とも知れぬと錯覚してしまうような声、今まで聞いた事も無い事に気が付いた。
其処等の女に聞かせる声なら未だしも、数分前に拾ってきたばかりの猿相手にそんな艶めいた声を出さずとも良いだろう。
普段のリドルを思い出し、思わず引き腰に為るに、問答無用の微笑みが降ってくる。


、おいで?」


美味しそうなクロワッサンもあるよ、と紅蓮の両眼に見詰められ、最早降参とばかり、は大人しく差し出されたリドルの掌の上に乗る。
少々行儀が悪いが、ベットサイドに腰を落としたリドルの手の上で、は小さく千切られたパンを口に運んだ。
何せ昼から何も口にしていないにとって、味気ないクロワッサンでも丸々と焼きあがり芳ばしい香り放つ豚の丸焼きに見える。人肌程度に冷まされたスープ 何かは上等なワインとでも言ったところだろうか。
無心に食べ続けるに苦笑しながらも、リドルは献身的にの為に大きなクロワッサンを小さく千切って居た。


「そうだ、、デザートもあるんだけど食べる?」
「キ、キキ!?(デ、デザート!?)


猿に為ってから食事に有り付けるだけでも幸せだと感じていたにとって、よもやデザートなんて云う素敵な単語はお目に掛かれないだろうと思っていた為、 思わず手に持ったクロワッサン其の侭にリドルを見上げる。
きらきらと光り輝いて居る様に大きく眼を見開いて嬉々とした言葉を零したに、リドルは可笑しそうに笑った。


「君は本当にに似ているね。君と同じ名前のスリザリン寮の子ども、あの子もデザートには眼が無いんだ。」


リドルは咽喉奥から、低い笑い声を聞かせてくる。
が「私なら目の前に居る!」とキィキィ鳴いてみたところで、猿語など理解の範疇を超えているリドルにしてみれば、猿が餌を強請っている様にしか見えな い。
私は此処に居るんだってば、と必死に訴えてもリドルは意図にすら気付いてくれては居ない。其れでもは欠片でも気付いてはくれまいか、とあの手この手を 言葉と言う名の鳴声に変換し紡ぐが、全て空振りに終わる。

挙句、やれやれ仕方ない、と小さく零しながらリドルが籐籠の中から小さな包みを取り出した。


「キキキ-----------!!!!(みかんゼリー!!!)


私は負けない、絶対に気付かせて見せる、と意気揚々と鳴いていたは呆気無く崩落した。
ぷるりとした透明の液体に包まれた蜜柑を眼に入れた瞬間、思考回路は完全にリドルの手中の蜜柑ゼリーに夢中に支配されていた。
小さく食べやすい大きさに分割されていく蜜柑ゼリーを待ち望む猿の姿は最早小さな子どもだ。
親からご飯を強請る雛の様にリドルの掌の中でぴょんぴょんと跳ねながら、四角く切られた蜜柑が口の中に入り込むのを今か今かと待ち侘びる。


「食べ過ぎてお腹壊さないようにね?」
「キキキ、キ!!(蜜柑ゼリーでお腹壊すなら本望です!!)


至極歪みっぱなしの猿顔で蜜柑ゼリーに頬張りつくの小さな頭を指の腹で撫でてやりながら、リドルは思う。
愛しい、という感情はきっとこんな暖かさを言うのだろう。
小動物を飼った経験は無い。況して猿なんて如何飼育して良いのかすらも理解が不能だ。
けれど掌の中で無心に蜜柑ゼリーを頬張り何処か幸せそうに見える猿を見ていれば、自然と心が溶解していくような心地に為った。





「君は本当に……可愛いね、


猿を見詰める瞳ではない。
恋焦がれる様な切ない声で穏やかな紅蓮の瞳の奥で狂おしい程の情熱を抱え持て余し、耐え切れずに零した様なリドルの言葉を、は耳にする事は無かった。


穏やかな月明かりの下、リドルが切なさと愛しさを籠めて猿を通してを見つめていた事を、は知らない。































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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/7/4