| トム・マールヴォロ・リドル。 彼が、単なる気紛れの時間潰しで自分を構ってくれていた事は暗黙の了解事項で知っていた。 トムはスリザリン寮の監督生でクィディッチのシーカーで、成績優秀、容 姿端麗、怜悧透徹と三拍子揃った誰もが憧れるスリザリンの貴公子。 好きとか嫌いとか、羨ましいとか疎ましいとか、嬉しいとか哀しいとか、楽しいとか切ないとか。 そう云った感情を友達として共有出来る事に何時しか喜悦の感情が芽生え、眼が合えば話をし、共に笑い合って時間を共有する女友達と同じ感覚でリドルと接し 過ごしてきた。 だからリドルを崇拝する女子生徒に嫉視の視線を投げ付けられても別に気にも留める事無く、リドルが話し掛けてくれば話をし、自分がリドルに用事が在った時 はリドルに話し掛けていた。 そんな当たり前の日々が崩れる日が来るなんて事は露も知らず、況して想像する事さえも無かった。 朝焼けが世界一美し いと感嘆している天文台で蒼いだけの空を眺めたり、クィディッチ競技場で昼寝したり、毎日違う場所に行っては二人話をしたり無感情に時間を費やしたり、時 には声をあげて笑いあったり驚いたり。 其れが日常茶飯事で、これからも変わることの無い不変のモノだと、そう信じていたのは私だけだったのだろうか。 此れからも今までみたいに、リドルと一緒に友達で居たい、なんて思う ことは駄目なのだろうか。 「ちゃん、僕と真剣に付き合ってもらえないかな?」 柔らかな橙の光りを一身に受けながら、彼、アンドリューに心奪われた者が聞けば卒倒しそうな程に甘い音色で囁く様に告白されて、高貴な花の様な香りする身 体に強く抱き締 められた。その瞬間に初めて彼が本気だと気が付いた。 自分の曖昧な行動(と、言っても図書館で勉強を教えて貰っただけだが)の所為で彼が勘違いしたのだとしたら、謝ろう、自分は恋愛感情どころか彼に全く興味 が無いのだ。 「、、、、、」 そう思い、即座に唇を開き掛けた瞬間、中庭の沙羅双樹、視界の端に見慣れた夜色の髪が見えた。 トム、そう名を呼ぼうと息を吸えば、焔を灯した様な紅蓮の瞳に光りが宿らず、薄く笑みを刷いている癖に、威嚇するかのような鋭い刃の眼差しをアンドリュー に向けている事に気が付いた。 そうして次の瞬間は真っ直ぐに此方を見て、射る様に哀しそうに微笑んで、ゆっくりと踵を返し声を掛けて来た女の腰に腕を回して消えていった。 衝撃は、スローモーションで訪れた。 周りの空気も水滴もゆっくりとゆっくりと 時間が止まったと錯覚させられるように感覚が狂う。 何かを諦めた様に微笑んだリドルの横顔が脳裏から離れず、闇の中に独り投げ出された様な気分に為った。 トム、 普段なら安易に掛けられた呼び名は紡がれる事無く、泡沫の様に消えた。 この日を境に、私とリドルの間には見えぬ壁でも建造された様に視線さえ交わる事無く、歯車を噛み間違えたみたいにホグワーツで擦違う事が全くと言って良い ほど無くなった。 まるで今まで、リドルが私の事を探し当ててくれていたかのようで、まるで私に見付けられ易い場所に居てくれたような気がして、涙が出そうになった。 いつか、と、失う心積もりは、出来ていた筈だった。それなのに、心切なくなるのは何故だろう。 全てを覆い隠しても、心を締め付ける痛みだけは如何しても隠しきれない。 初花の春 3
![]() 「…ちゃん?如何したの、具合でも悪い?」 「あ…、ごめんなさい、朝からちょっと貧血気味で」 見え透いた嘘、口から偶々吐いて出た言葉でも鵜呑みに信じるアンドリューは、が手にしていた教科書を無理矢理奪い去ると寮まで送ると言い張った。 今日は講義終了後にスリザリンとハッフルパフのクィディッチの試合が開催される。今日スリザリンがハッフルパフに勝てば、明後日はグリフィンドールとの決 勝戦、今シーズンのクィディッチ優勝寮が決まる大事な一戦だった。 ハッフルパフは兎も角、スリザリンはシーカーのトムを筆頭に、最強チームと囁かれる面子揃えて臨むと囁かれている。 だからこそ、アンドリューとも申し合わせたように講義終了後に図書室で待ち合わ せをし、試合開始時間まで宿題と云う名のデートで時間を潰て、観戦の為にクィディッチ競技場へと向かう途中であった。 アンドリューも友人としてトムの勇姿を見たい、と口癖の様に朝から話していた。…其れでも、低迷する思考回路の理由を 貧血と云う 理由で片付けたに情状酌量の余地は無いのか、アンドリューは踵を返してスリザリン寮への道を歩いた。 「あの…、もう大丈夫そうなので、試合見に行きませんか?」 歩きながらも、今か今かと試合開始時刻のホイッスルを待ち望む生徒の活気立った歓声に沸き立つクィディッチ競技場を見ながら、が言う。後数分もすれ ば、スリザリン最強チームが…、風に棚引く孔雀緑のユニフォームを身に纏ったトム・マールヴォロ・リドルが、緑一色のフィールドに優麗な姿を現す。 嘘を吐くならもう少しまともな嘘にしておくべきだった。体調不良等と言わなければ、観戦出来たかもしれない。 そう思案しながら気鬱な表情を隠しきれずに問へば、 「……ちゃん、僕は君と付き合うに当たって、 君にトムと逢うことを咎めたつもりは無いんだけど、もしかして、トムに逢い辛くなったの?」 背丈低いの歩幅に合わせて進める歩み其の侭に、アンドリューが答えた。 丁度中庭に差し掛かった時分だ。吹き込んで来た強風に、靡く群青の髪に眇めた侭の、灰色の瞳を向ける。 深い深海に似た髪は、無残に散らされてもやはり変わらず、彩る様にアンドリューを纏い。薄い灰色の瞳は、輝きを顰め、どこか不安に揺れる様に真っ直ぐにを見詰めた。 そんな風に見詰られれば、色々な意味で息が詰って仕舞う。 「いえ、そんな事はありません。…私とトムの時間が合わなくなっただけです。 もともと、特別逢う約束もしてませんし、偶発的に出来る蜃気楼に遭遇しているようなものでしたから。」 無理に笑顔を作って言えば、アンドリューは安堵した様に笑い返してくれた。 「なら良いんだ、ごめんね、変な事を聞いて。」 結局、の必死の健闘空しく、アンドリューとの影はクィディッチ競技場へと向う事は無く、代わりスリザリン寮談話室へと変わった。道すがら、特に此 れといった話題が有る訳でも無く、流れる時間に身を任せながらも隙間を埋める様に会話をしながら、は心の片隅で想いを馳せる様に考え事をしていた。 アンドリューと付き合って以来、は全くと言って良いほど、トムを見掛ける事は無くなった。期間にすれば未だ一週間と一日しか経っては居ないが、トムと 出会って以来初めて経験するだろう、トムに逢わない日々が続いていた。 そうして、此れからもトムに逢えない日々が続くのかと想像すれば、は心の底から溜息を零したくなった。 何時だっただろう、溜息を吐くと幸せが逃げるから溜息を吐くな、そう明言したのは紛れも無い自分だったのに。 そんな事も都合良く忘れ、誰と一緒に居るかも失念した上で、今世紀最大の溜息を憂鬱な気持ちと共に吐き出したい。 だが其れすらも出来ずに、無下に廊下を歩き続けた。 「……手、繋ごうか?」 暫しの沈黙の後、不意に言葉が降ってきたと思えば、の返答無しにアンドリューが手持ち無沙汰だったの右手に左手を重ねてきた。 優しく手を引かれる様にスリザリン寮へと向かう道中、指先から伝わる温もりは切なさとか虚しさとか全てを包み込んでくれた。此れが人と、誰かと手を繋ぐと 云う感覚なのか。トムも様々な種類の女の人とこんな感覚を味わいながら毎日を生きているのだろうか。 ちらり隣を顧みて、男の癖に睫毛が長いとか自身有り気に歪む唇だとか、真直ぐに此方を見る切れ長の瞳だとか。 見ているのはアンドリューの端正な横顔の筈なのに、指先から伝わるこの微かな幸福に酔いしれている筈なのに、如何してこんなにも、心が痛いのだろうか。 翳む視界に映り込むアンドリューの横顔。自分でも気付かない内に蜃気楼が晴れて景色が摩り替わる様にトムの横顔へと切り替わっていく。 抱き締める様に重ねられた掌は先程よりも幾分も暖かい。なのに如何して、私はこの人を好きに為れないのだろう。 スリザリン寮談話室。 珍しく焔がくべられた暖炉から火が燃え滾る音だけがしじまに響いて、柔らかな橙の光がそこら中に毀れている。 勉強する気も起きずには先日アンドリューから借りた文献を読み、アンドリューは古書を広げながら、就寝時間までの僅かな余暇を過ごしていた。 突然談話室の扉が開かれる音で静寂が破られ、名は知 らぬがスリザリンのクィディッチ最強チームの一人、キーパーを努めるスリザリン7年生の男性がアンドリューに話し掛けてきた。 ハッフルパフとの試合は開始20分で終了。トムがスニッチを掴み、試合は文句無しでスリザリン寮が圧勝したらしいのだが、 「………………………………スリザリンのビーターが、暴走したブラッジャーに撃墜されて意識不明?」 「そうなんだよねー明日はグリフィンドールとの決勝戦、奴等は本気で来る、 僕等スリザリンチームは6人じゃ負けちまう。」 灰褐色の短い髪を怒髪の様に立ち上げ、落胆した様な声色で吐いた科白をは右から左に流しながら聞いていた。 如何考えても、自分が入る余地は無いし、興味津々に聞き入る話でもない。 スリザリンチームはシーカーを初めとした代替選手が多々居るが、シーカーを文字通り命がけで護り切らなくては為らないビーター志望の選手は少なく、現在ス リザリンチームのビーターは三人しか居ない。其の内独りは先週の試合で箒をブラッジャーに破壊され両腕を複雑骨折しもう二度とクィディッチは遣りたくない と公言し、もう独りは今も述べたように意識不明 の重体。 は安直に、スリザリンのキーパーがアンドリューを勧誘にでも来たのかと、思っていた。 だが、同じ灰褐色の瞳がゆっくりとの菫色の瞳を見据え、 「そこで、君…二年生の・。明日の決勝戦、僕等スリザリンチームでビーターやらねぇ?」 「…な、何言ってるんだ!ビーターなんて危ないポジション、ちゃんにさせられる訳無いだろ!」 を勧誘する言葉に、アンドリューは古書を机に叩き付ける様に投捨てるとキーパーに詰め寄った。 今にも胸倉掴んで殴り倒さん勢いのアンドリューとは真逆に、は呆気に取られたように瞳を見開いたまま彼を凝視した。 「トムが言ってた。将来クィディッチ選手に為れる程運動能力に長けた女が居る、ってさ。あのトムのお墨付きだぜ? 俺等が護る、だから人数合わせのビーターになってくんねぇ?」 「いい加減にしろ!あのブラッジャーからちゃんを護る?人数あわせだけのビーターになれ? トムは一体、何を考えてるんだ---------------------!」 今にも男子寮に殴り込みに行かん勢いのアンドリューを冷めた様な眼差しで見詰めたの脳裏には、濡れた様な闇色の髪の中にも鮮やかな紅が目立つトムの表 情が描かれていた。 予期せぬ事態、トム自らを遠ざけている様なこの状況下で、トムがを他薦するとは如何しても考え辛かった。 だからそのトム本人が人伝いであったとしても自分をクィディッチのメンバーに入れる等と考えてくれていた事自体が意外過ぎて、気付いたら口が勝手に動いて いた。 「…あ、の…私、やります。人数あわせだけで良いんでしたら…」 灰色の瞳を悲愴に歪めたアンドリューの眼差しを視なかった様に横に流し、は少し寂しげに微笑んで言った。 底抜けに明るい笑顔の作り方を忘れてしまったみたいに。 そんなに彼は微笑んで一言、「じゃあ、頼んだよ」、そう言って談話室を出て行った。 例えクィディッチ競技場でしか、数分しか共に在れなくても構わない、此れが最後で在っても構わない。だからもう一度トムの顔が見たかった、唯其の為だけ に。 安直な考えから導き出された結果、此れがあらゆる意味で悲劇への幕開けに為る事を、誰が予想出来ただろうか。 [ top ] [ back ] [ next ] (C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/6/9 |