| ………心の距離ってものさしで測れないのかな。 珍しくひと気疎らながらんどうの放課後の図書室。 柔かな春の木漏れ日が射し込む壁際のターンテーブルに椅子を二脚並べ、膨大な量の文献を垂直に積み上げた書籍タワーに囲まれるようにして、とアンド リューは居た。 普段は長い髪を自由に風に遊ばせている様に背に垂らしているにしては珍しく、勉強の邪魔になるのか、夜色の髪を細く紅い結い紐で一つに纏め上げると後 れ毛を気にする事無 く文献を捲り始めた。 「ちゃん、髪纏めると色っぽいね。」 「え、、、」 等とアンドリューに微笑まれながら言われれば、知らず知らずの内に頬に紅が走り、100Mを全力疾走したかのように心臓が早鐘を打ち鳴らし動悸が激しく為 る。 確か記憶の彼方でリドルの前でも何度か髪を結った試しはあるが、別段何も言われなかった為気にする事も無かったが、他の男性にそう面と向って微笑まれなが ら言われて しまえば胸内燻るのは唯一つ。 トムは、何も言ってなかったなぁ、トムの言う処の艶って私には出せないんだろうか。 「ちゃんは髪下ろすと可愛くて、髪を結うと綺麗になる。素材が良いんだね、うん。」 トムに匹敵する程の絶大な人気を博しているアンドリューは、リドルとは異なり官能的な甘さや妖艶さを兼ね備えては居ない。だが、何時もニコニコと変わらぬ 柔らかく可愛らしい微笑を絶やさず、歳に似合わぬ心底丁寧な物良いは優等生其の者を彷彿とさせる。 因みにこのアンドリュー、リドルに告ぐ第二の主席だ。ホグワーツ主席と第二主席が共に女子生徒に絶大な人気を持つ容姿端麗、おまけに仲が良いと云うのもま た奇妙な話であるが、リドルとアンドリューで決定的に異なる点がある。 「そ、そう云うのは彼女とか周りの女の子に言ってあげて下さい、私に言ってもお菓子くらいしか出ません。」 「いやだなぁ、僕はトムと違ってその場その場で相手を変える様なことはしない主義なんだ。広く浅く、よりも独りの人とより長くより深く、かな。」 「あ……、そうでございますか…」 にっこりと天使顔負けの可愛らしい笑顔を零されれば、は半ば呆然とした面持ちで唯暗黙で頷くしかない。 ねぇ、トム…私と貴方の心の距離、どれ位だと思う? 長い睫毛の奥に垣間見えるのは、薄紫紺の瞳。 世にも稀なその美麗な顔を苦笑させてアンドリューを見詰めるその顔は、何とも言えない哀しさと痛みを引き連れていた。 初花の春 2
![]() 「…で、魔法暦368年に魔法粒子理論と呼ばれる理論が確立され、魔法粒子 理論こそが、今の魔法界を構築している全ての源と為っているんだ。そこで、時の魔法大臣…」 最初にデートしよう、と言われて始まった魔法史の勉強会だけに、は居た堪れない様な表現し難い居心地の悪さを感じていたのだが、いざ魔法史の教科書を 捲ればそんな事は頭からすっぽりと抜け落ちた様に魔法史のレポートに夢中に為っていた。 リドルが公言していただけ在ってか、アンドリューの講義は非常に判り易く面白味に富んで次から次へと自然に疑問が湧いては、自ずと解法を見出している自分 に気が付いた。普段の、眠気や睡魔と必死に格闘しなければ為らない地獄のような講義が嘘の様。教授する人によってこれ程までに興味関心が違うのか、と は脳内で感嘆する。 そういえば、トムが教えてくれた魔法薬学も意外と面白かったし判り易かったな…。 「如何だい?少しは魔法史の楽しさが伝わってくれたかな?」 ふと、先日リドルに教授された魔法薬学の再々提出論文の内容が脳裏に蘇り、何処ぞの神様が舞い降りたかのように至極羽ペンの進み具合が滑らかだった事を思 い出した。 あのリドルが何時に無く真剣に語るものだから、最初は難解な魔法薬語に眉間に皺寄せて低く唸っていただったが、殊更丁寧に根詰める様に教授してくれる リドルに感化されるよう、只管に羽ペンを走らせた。最初の内こそリドルの言葉を筆記するだけに終わっていたのだが、時が経つにつれて徐々に文献と教科書を 見ながら自身の言葉で書き表せるまでに為った。 そう言えば以前魔法史も教えて貰った事が在ったっけか。アンドリューとは違うけれど、其れでも理解し易さで言えば両者団栗の背比べ状態。今アンドリューに 教授されている魔法史の課題も、実のところリドルに泣き付こうと思っていた代物だ。今回はあの悪魔のような優麗な微笑みを浮かべたリドルに採算取れない様 な難題を押し付けられて教授されている訳ではない、寧ろ、無償に近しい。 其れは喜ぶべきことの筈だと、心に響かせる。けれど、アンドリューが居なかったら如何しただろうかと考えては戸惑った。そうして、そこから理不尽に浮 き上がってきた感情に呆然とした。 「…ちゃん?」 「え、あ、ごめんなさい、充分伝わりました、魔法史の楽しさ」 「其れは良かった。そうだ、一つ……聞いても良いかな?」 「あ、はい、何でしょうか?」 「…その、気を悪くしたら申し訳ないんだけど…ちゃんって、ボーバトン魔法アカデミーからの推薦を蹴ってホグワーツに入学したんだよね?其の時既に3 年生程度のレベルの魔法は使えたって聞いてるんだけど…」 女の子顔負けの長い睫を震わせ、淡い灰色の瞳を申し訳無さそうに下方に垂れ落としながら若干上目遣いでアンドリューが問う。アンドリューFANの女の子 は、こう云う彼の一面に心惹かれ気付かぬ内に落ちてゆくのだろう。直感的にそう思った。だが、さしてアンドリューに興味の無いは、流し目を軽く視線で 流すと過去の記憶を手手繰りながら、 「あ---------------、ホグワーツ入学直後に天文学で遣使う天文塔から落ちたんです。こうして幸い生きてい るんですが…、その時に如何やら頭を強打したみたいで……シナプスぶち切れちゃったんですかね?こうなってしまいました」 あはは、と屈託無く無邪気に笑い、綺麗に空白部分を埋め切った魔法史の課題を見遣りながらうーん、と一つ伸びをする。 眼前には晴れ渡る蒼い空、薄い絹が棚引く様に引かれた白い雲、心地よい温もりを運んでくれる橙の太陽。 こんな良い天気の日よりは、クィディッチ競技場丘で寝転び転寝をするのが一番だろう。今日は一日真面目に講義にも参加し、宿題も出ていずに魔法史の課題も 見事にクリア出来 ている。転寝しようが爆睡しようが誰も文句は言うまい。 蒼い空、翡翠の丘、戦ぐ春風。 考えれば考えるほど、今直ぐにでも箒に飛び乗って駆け出したい衝動に駆られる。 丘にひかれた柔かな草の葉がクッションの役割を果たし、戦ぐ風が草間を縫っては独特の生き生きとした草の馨りを運び、照り付ける太陽の温もりと肌を攫う冷 えた風が絶妙な温度調節をしてくれる為に春は絶好の昼ね季節だ。 「先輩、今日は有難う御座いました。お陰様で今まで取った事のない高得点で魔法史教授をビビらせる事が念願の夢が晴れて叶いそうです。」 夜空に光を溶かし込んだような髪を揺らし、双眸はやわらかに細めて、微笑みを向ける。 散らばった文献を元の位置へと戻し、課題の羊皮紙を丸めて羽ペンを入れた籠ごと梟に運ばせると、小脇に置いたローブを羽織って椅子を引く。杖を手に持ち、 開いた天窓から箒を呼び寄せて飛び立とうとするその仕草に、アンドリューは慌てての細い手首を掴んだ。 「あ、待って、次の約束をさせてくれないかな?」 困った様に小さく苦笑いをしたアンドリューは、咄嗟にの手首を掴んでしまった事を懸念しているのか、窓枠に足を引っ掛けた侭振り返ったを見て慌て て手を振り解いた。それ程力強く握り締めた訳ではないが、ローブの上から掴んでも尚小枝の様に細いに吃驚したというのが実情だ。 華奢なビスクドールの様な体躯、力籠めて抱き締めれば折れてしまうのでは無いだろうか、そんな錯覚さえ覚える。 「勉強しながらのデートも良いと思うんだけど、僕はちゃんと普通のデートがしたいんだ。 例えば…普通の恋人同士がするようなデート。」 「…普通の恋人同士がするデート、ですか?」 「そう。明日の午後とか如何かな? 明後日に控えたクィディッチ決勝戦の為に臨時休講に為るよね。其れとも…、もう予定入ってるかな?」 「いえ、今のところは何も、、」 「じゃあ決まりだね。」 酷く嬉しそうに微笑んだアンドリューは「邪魔をしてしまってごめんね」と詫びると、が飛び立ち易い様に反対側の窓を開けて見送ってくれた。想いを寄せ られる男が愛しい女を見送る様な眼差しで無骨な手をゆっくりと振られると、如何してかは俯かざるを得ない。日頃男に手を振られる、と云う事自体がない 所為もあるだろう。だが其れ以上にの狭い胸中を占めるのは、此処に居ない筈の紅蓮の双眸をした彼だった。 の身体が完全に空と同化し、果てない地平線の彼方へと遠く飛び去っていく様を見送りながら、アンドリューは小さく息を吐いた。肺の奥底に滾らせ隠し込 んだ負の感情を一気に吐き出した様な溜息だった。 ---------------隠れて覗き見する位だ、いい加減自分の感情に気付けば楽なのに。 掛かり落ちて来る深い深海に似た群青の髪を左手でかき上げると、が飛び立った瞬間にこと消えた一つの気配が在った方向に向ってアンドリューは胸中愚痴 る。 は気が付いていなかっただろうが、アンドリューとの後方数Mに、透明薬か姿晦ましを仕掛けたリドルの様な気配を持つ何かが居た。 リドルほど魔法薬学に長けた能力を持つ者ならば気配を感じさせる所か存在自体を消し去る薬を作ることも可能だろうに。だが敢えて其れをしなかった理由と意 図は唯一つ、気付かせたかったのだろう、己を存在を。 「きっと…手に入らぬものほど如何足掻こうとも欲しくなる性分なんだよね、僕も、トムも。」 でも、負けないよ、僕は。 独り言のようにささやいて、すっと瞼を伏せる。 蒼い空を見上げ、呟いたアンドリューの言葉は、静謐な図書室に僅かに木霊して霧散した。 [ top ] [ back ] [ next ] (C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/5/9 |