ユメミタアトデ




#011





「 其れとも…此の侭口付けても構わないのかしら? 」




甘い猫撫で声がの鼓膜に反響する。いっそ両手で耳を塞いでしまいたい衝動に駆られる幼い感情に名を付ける前に、逃げるようには視線を交錯させた。これ以上見ていられないと、本能が劈く。
眼の前の彼女がルシウスに好意を抱いていることは明らかで、それが解らないほど鈍いでもない。



( なによ、どうせ私は邪魔者ですよ…! )



過去の二人の関係が如何こう、の前に自分を間に挟んで行われている、傍目から見ても判る甘い雰囲気に、胸の内でそんな言葉が漏れた。
本当に自分を挟んで口付け合われでもしたら…大人同士だ、軽く口付けて終わるだけの稚拙なものでも無い、其れを真上で行われた時に小さな心臓が衝撃に耐えうるだろうか…と、考えたらもう走り出した憶測は止まらなかった。
今自分を抱いているこの腕が、今夜眼の前の女性を同じように抱き締めるのかもしれない。自分には見せたことも無い様な感情の色の瞳で、狂おしく見つめるだろうことも容易く想像出来てしまう。
マルフォイ家嫡男の容姿端麗・鋭利透徹、来るもの拒まず去るもの追わず、どんな女でも見詰められれば一発で落ちる…等と様々に飛び交う噂は15歳のでさえも聞いている。
この女性が彼女であれ愛し人であれ浮気相手であれ遊び相手であれ、本当は如何でも良い筈だのに、如何してか無駄に自分を焦らせてしまう。




「 …折角だが、今日はこの子どもと――――――




其れが、切欠だったように思う。
確かに今は6歳と云う年齢の為何処から如何見ても子どもであり、況して15歳に戻ったとて、大人であるルシウスから見たら所詮は子どもにしか過ぎない。
の眼前で艶然と微笑む大人な彼女を前に、ルシウスに真っ向から「子ども」だと云われた言葉で、思考は吹き飛び、胸がずきん、と音を立てた。
とて、傍から見れば将来を有望視される程年齢に関わらず驚くほどに中性的で繊細な容姿だ。絹糸のような漆黒色の髪から覗く、華麗ともいえるほどに整った容貌。大きな黒曜石を連想させる水墨白淡の瞳には、透度の高い印象的な光が反射する。


だが、やはり絶対的な年齢の壁が存在する。あくまでは儚い印象が拭いきれない少女であり、眼の前の女性は大変目を惹く美女だ。
ルシウスはきっと、その美女の括れた腰に腕を回し、絹の様に柔らかで滑らかな髪に指を差し入れ口付けを落とし、そうして―――――――




( ……良いわよ、月くらい独りで見るわよ!! )





勝手に浮かび上がってくる想像が作り上げた映像光景は、何度打ち消しても膨らんだ。
ままならない自分の感情にますます苛立ちを募らせ、女性から顔を背け視線を引き剥がしたとき、丁度真後ろに天にまで伸びろうかと云う高さを誇った塔が見えた。
あれがルシウスの云うデイライトタワーなのだろうか。眼を凝らせば包み込むような淡い月明りが燦々と降り落ちて、空に細く棚引く星の一つ一つまでもが見えそうな程に、高く遠く空へ続いている。
月が見たいとか星が綺麗だとか、そんな感情よりも先に走ったのは、一刻も早くこの場所から消え去る事だけだった。




「 私、独りで行く! 」




幼い子どもの声色と口調で言ったのは、ルシウスに対する配慮だ。
言葉と同時に、はルシウスの腕をすり抜けるように飛び降りると、振り向く事もせずに無言で走り続けた。
雪にまどろみ急に重さを増したように感じる両足を引き摺って、大きく脚を踏み出し、少しでも早く辿り着きたいと、黙々とデイライトタワーへの道を進む。
時折を追い越してゆく多くの誰かの声を意識の片隅で聞いていたが、意味のない、ただの音として受け止め喧騒の中を只管に歩き続けた。
を怪訝そうに見詰める人も中には居たが、一文字に引き結ばれた唇と、明らかに不機嫌の色を貼り付けた表情から、やがて皆興味を失せたように視線を逸らせてゆく。



( キスでも抱擁でも…幾らでもすれば良いじゃない…! )



思い出したように胸中ごちれば、月の光りと照らし出された魔法灯篭の輝きで明るかった周囲の景色が突然、色をなくしたように視界の端を流れる。
前を見据えて走るも、頭の中から艶やかにたおやかに微笑む女性と、其の女性に向けて苦く笑ったように見えるルシウスの相貌、恋人同士の再会のようなあの光景が消えない。
其れを無理矢理打ち払うようにして、は一秒でも早く後方で続けられるだろう感動の再会から遠ざかりたいと、其ればかりを願った。





「 …あの子、トワイライトタワーに行くつもりかしら? 」

「 トワイライトタワーだと? 」




女性がルシウスに口付けようと細い腕を首後ろに回し、和らげた瞳と口元だけに刻まれた曖昧な微笑を隠そうともせず、ルシウスの陰から見える光景から推測されるの行動を綴った。
刹那、表体でだけ口付けを甘んじて受け入れようとしていた、薄蒼の瞳が、眇められていく。
其れでも口付けを強請ろうと華麗な容貌を近付けて来る女性をさらりと交わし、外套を翻す。はらりと舞う銀糸が、先の行動を決定付けた。
美女があからさまに不機嫌の度合いを深め、端々に滲む怒りを孕んだ醜い歪みがその美貌を台無しにしている。




「 なによ、私よりもあんなマグルの子が大事だって言うの、ルシウス! 」




日光に透ければ彩度の増す透明に近い薄蒼の色彩も、月の下にあっては混濁した偏光をもたらすばかり。
何処までも感情の色が読み取れないルシウスに対する、みっともなく喚いた涙交じりの女性の言葉が、思う以上に周囲へと響いた。
ルシウス・マルフォイと云う男が…、魔法界において純血を頑なに護る一派でもあるマルフォイ家の嫡男がマグルと関わっているというだけでも失笑ものだと言うに、この場に居合わせた誰かに聞かれるかもしれない、と考える暇は無かったのだろう。
美女は延々と胸中渦巻く嫉妬と妬みの矛先を全てへ向けるように、つらつらと科白を吐き出す。
蒼い影の下、銀糸の間から鋭く光った薄蒼の双眸に明らかな焦燥と怒気を孕んだ様を見せ付けられれば、ひく、と頬を引きつらせる。しかし、一度溢れた感情を押し留められず、胸の内を吐露していくのを止められない。





「 判っているの!? 穢れた血が流れる子どもを――――――

「 ……そうか、為らば断絶だな。 もう二度と逢う事もあるまい。 」

「 ちょっと、本気なの、ルシウス!? あんな穢れた血しか流さない生きている価値も無いようなマグルの… 」

「 ではお前は其の【生きている価値も無いマグル】よりも価値が低いと言う事だな 」




驚きに開いていた金瞳が、その言葉を叫んだ瞬間細められていく。
滔々と降注ぐ雪の様にアーモンド形の瞳から涙が零れ落ちる様を見ても、切れ長の瞳を見張らせることすらしないまま、ルシウスは今度こそ本当に背を向けた。
失敗した、もう少し言葉を選ぶべきだった、とすぐさま顔に麗しい笑みを貼り付けてルシウスの名を呼べど、全ては遅かった。
闇に溶けていた華麗な容貌が、禍々しいほどに美しく月光に照らされ、全身で彼女を拒絶する様な雰囲気が周囲に蔓延る。
ルシウス、と乞いながら慌てて伸ばした白磁の指先は虚しく空を舞い、唇はまだ言うことがあると勝手に動いて言葉を述べるが、ルシウスが振り返ることは終ぞ無かった。





( ……放っておけば良いものを、何故私が…、 )




空から零れ落ちて来る雪の様に、ルシウスの思考が滔々と零れて降り積もる前に霧散した。
知らずのうちに早足になるのは、速度に比例した風が嬲る外套で間接的に思い知らされる。
常闇の中に舞い散る粉雪が夢のように綺麗で、とても穏やかな夜風に攫われているが、今のルシウスに景色を嗜む様な余地は無い。
眼の前に獲物の様に据えるのは、多くの人が恋人や家族や従者の者を連れて足先を向けている、トワイライトタワーと呼ばれている塔だ。
この塔は、以前ヴォルデモート卿を崇拝する純血一派が資金を出し合い、ヴォルデモート卿と彼へマグルを捧げる場、最高の余興として彼らが作ったものだと聞いている。
トワイライトタワーはデイライトタワーとは異なり、周囲に魔法が施され、純血が混じらぬ人間は排除される仕組みになっていた。
立ち入る事も赦されない場所へと一目散に駆けて行くさまを見ながら、そんなにも月が見たいのか、とルシウスは歎息する。
勿論、そんな工作がされているとは知る由も無い子どもは、誘蛾灯に誘われる虫の様に脇目もふらずに小さな足で駆けてゆく。


流石に距離は在ったが大人の歩幅と子どもの歩幅から考え、がトワイライトタワーへと入り込む前に追いつき抱き上げられるだろう、と安直な考えから走らなかった事。
それが、この後の悲劇に繋がる、ルシウスの最初の過ちとなる。





、此方へ来なさい 」





ルシウスの数メートル先を懸命に歩く子どもの背に向け投げた言葉は、揶揄うこともなく真摯に響いた。
ルシウスが真後ろに居ると悟ったは、小さな声でも届いただろうに無言を返し、現段階で出せる力の限りを振り絞ってルシウスから逃れる様に走った。



( 捕まっちゃいけない、ルシウスにとって私なんか… )



の小さな頭の中では同じ言葉が繰り返される。
もうこれ以上ルシウスの邪魔に為るのは嫌だった。本当は自分になど構う暇は無く、他に遊ぶべく女など幾らでも居たはずなのだ。邪魔をした、自分の存在がルシウスの行動を制し、彼の今後を狂わせて仕舞っている。
いつからそんな事を思うようになったかなど判らない。
そもそもわかるぐらいなら、気持ちや行動にブレーキをかけられただろうと思うし、無理矢理に腕から離れるような真似はしなかった筈だ。
こんな行動を起こした事こそが、ルシウスの邪魔に為っている事すらも気付けず、過去と似たような過ちを安易に犯した自分をは嫌悪する。


無邪気に笑いながら、さらりと流せれば良かったのだ。目の前で女性と口付けようが抱き合おうが、我関せずを押し通せば良かったのだ。
だが、上手くかわせない、誤魔化せない、子供である自分を思い知って酷く悔しい。
だからこそ、背後に感じる鋭い視線を感じながらも懸命に走り、滑り込むように光りと人に満ちる塔へと身体を招き入れると、ルシウスの視界から消えるように人ごみに紛れた。




寸前の処で人一人分指先が届かなかったルシウスは、薄白い靄の掛かる領域の中へ何の問題なく身体を入れ駆け抜けていくを見て、瞬間に顔色を変えた。




―――――…純血の血が混じらぬ子どもが、如何してあの領域へ入れる? )



ルシウスの中で描かれた予想図では、トワイライトタワーへ入ることが出来ずに掛けられた魔法によってが弾かれる予定に為っていた。いや、誰が如何考えてもそうだろう。
トワイライトタワーへマグルが入り込めることは有り得ない。入り込めるマグルは、ヴォルデモート卿への余興として捧げられる為、予め純血の血を移植されるのだ。
其の為、身体に純血を一滴も宿さずマグルの血のみ流れる人間が入り込むことなど、事実上は不可能。
だが眼の前で起こった出来事は、ルシウスの想像を綺麗に面倒な方へと塗り替えてくれた。
マグルである筈の子どもは、実はマグルではないのか?
自分の五感と経験が当然感じて出した結論と、自身の口から聞いたマグルである事実に、疑う余地など何処にも無かった。




デイライトタワーとは違い、トワイライトタワーは人が多すぎる上に、居るべく人間も限られているため焦燥感が募る。
広大な敷地と天にまで届こうかと言うトワイライトタワーを一から探していてはきりがない、しかし立ち入れる区画は決まっている。今日はヴォルデモート卿が顕現することは無いにしても、彼らで言うところの、【面白い余興】がある。
そうとなればおのずと場所は限定されてくる。


だが、忽ちに溢れて来る群衆や、ルシウスの事を知る人間が、脇から次々に這い出てくるため思うように進まない。
怪訝な表情を貼り付け為るべく視線を下方に置けど、それでも子ども一人を探し出すには、あまりに広く人が多すぎた。
闇雲に探していては無駄足になるかもしれない。
今この場で魔法を使うことは禁じられている、だからといって見失ったまま、トワイライトタワーの眼前で待つ気にはなれなかった。




「 あらマルフォイ様じゃありませんか。珍しい、今日の余興に興味が御ありで? 」
「 お久しぶりですわね、ルシウス様。 」
「 お独りですの?ならば私と一緒に… 」




次々に掛けられる声を綺麗に流し、目標とするものを一つに絞って視線を走らせど、捜し求めても、子ども姿は見えないまま。
風と雪に銀糸と外套の裾を嬲られながら、ルシウスは招き入れるように大きな門口を開いたトワイライトタワーの奥深くに進んでいく。
「独りで行く」とあの子どもは私の手を振り解いて駆けて行ったのだ、何故私が連れ戻さねば為らない、一体何をしているのか…と己の行いに呆れたくもなるが、何故か足を止める事は出来なかった。
( …一体、何処へ消えた )
声を出して名を呼べば、届くのか。
此処はヴォルデモート卿の息の掛かった領域、マグルの子どもが易々と闖入出来るような場所では到底無い。
唯でさえも、あの子どもは人の目を引き過ぎる。マグルと云う特性もそうではあるが、もう少し自分の容姿に自覚を持つべきだ。
本当に人間のものなのかと疑いたくなるような、雪風に溶けて靡く柔らかな繊髪。
小さく華麗な容姿には、まるで零れてしまいそうなほどに大きな、黒曜石の瞳。どこもかしこも、綺麗で透明で丸く柔らかい。
子どもが趣味な大人など幾らでも居るだろう。例えマグルであっても、遊ぶだけの玩具は幾らあっても良い。



( …何処だ、何処に居る )



ルシウス・マルフォイと云う自身、人であれものであれ、何に対しても過ぎた執着は持たないようにしてきた。
勿論、あの子どもとて厄介な面倒ごとの一つでしかなかった筈。けれども苛立ちを覚えずにはいられないのは、何故か。
思いながら、ルシウスは無限にも続くような石造りの荘厳な螺旋階段を登ってゆく。
果てなど無さそうに見える螺旋階段を足で登ると云うのか、あの子どもの体力が其処まで在るとは到底思えない。
為らば何処だ、




―、―――――………………っ、……………、




けれど次の瞬間、聞き間違う事のない、子どもの声がルシウスの耳に届けられる。
ばさりと音を立てて翻る外套、返される踵。錯覚ではない、確かに聞いた。























































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(C) 2002-7 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2007/2/5