| ユメミタアトデ ![]() #010 全ての音が消え失せたかのような静寂と、何処までも見通せるかのような澄んだ空気だけが漂う、魔法界の夜。 淡い空色のポートキーを使用し、ふわりと宙に浮いたと思えば、瞬間に抱え上げられる。 ポートキー位使った事があるから一人でも大丈夫だ、手など離したりはしない、と言い掛けたは刹那に広がる光景に唯息を呑んで仕舞った。 唐突に、周囲の闇に溶け込むような錯覚が襲い、一切れの雲もなく頭上に瞬くのは無数の星の光。 至近距離から降注ぐ優しく柔らかい星河の光りに、ただ感情を奪われた。 「 すご……! 手を伸ばしたら届きそう!! 」 言った言葉とは裏腹、腕に抱いた幼子とは相容れぬ、星光に冴える容貌には、酷く大人びた微笑が刻まれていた。 だが、が感嘆しきった飛ぶように流れていく景色にも、ルシウスが瞳を向けることはない。 音を立てて吹きつける風に靡く髪も其の侭に、が一人事に様に喋り続ける声もどこか遠くのことのように聞いていた。 デイライトタワーへは後数秒で着くことだろう。 不機嫌に景色を眺めているルシウスを余所に、は本気で零れ落ちてきそうな星へと小さな手を伸ばしては、視線を彷徨わせていた。 何光年離れているかすらも憶測出来ぬほど遠い存在に手を伸ばしたところで、届くはずなど無かろうに、何がそんなに楽しいものか。 哄笑するように胸内だけで呟きかけた頃、眼下に、はあえかな光をともした小さな櫓が無数に瞬いて見え始めた。 やがて、二人は、果てなく広がるばかりに思える漆黒と、空との境界線も曖昧になるような黒に覆われた大地へと降り立った。 デイライトタワーと呼ばれるこの場所は、字なの通りに、大地一体が巨大なタワーの様に静謐な夜空の下に浮かび上がっている。 空から見えた無数の光りが裏付ける様、既に来客は多数存在していた。 漆黒のローブを翻し杖を片手に闊歩する者、明らかにマグルだろうと思われる身形の者を従える魔法族、大きな爪に大きな角を持つ薄緑色した龍のような井出達の魔物。 皆、魔法が使えるのだろう。視界に映り込むのは明らかに、生きる国も世界も異なる人種ばかりだというのに、聞こえてくる統一の取れた言葉に、デイライトタワー自体が勝手に翻訳してくれている事が伺える。 あぁ、魔法とは何と素晴らしく、何と探究心の無いものだろう。 広がる光景に半ば呆れた様に眼を見開いたは、胸中でそうごちた。 マグルであれ、魔法を使える長けた能力を持つは、確かに心の何処かで其の事実に優越していた。 だが、魔法が使えるという特殊能力は、に有利に働く事ばかりではない。何もかも、魔法で事足りてしまうのだ。 イギリス英語が話せずとも支障無くホグワーツには通えるし、ホグワーツに帰る金が無くてもフルーパウダーで一瞬で郷里に帰れる。忘れ物をしたって、一瞬で取りに戻れるのだ。 こんな生活に浸かっていたら、探究心など全て根こそぎそがれてしまう。勿論、魔法に関する探究心だけは芽生えるのだが、マグルであるにしてみれば、魔法への探究心ばかりが芽生えても自国で仕えなければ塵の価値も無い。 まぁ、今は帰る家どころか郷里さえ無くしたのだから別にどうと言う事は無いが。 の小さく狭い視界の中を通り過ぎる様々な人の影を見据えながら、そんな思慮をしていた矢先、隣から淡々とした言葉が投げられる。 「 良いか、私の傍から離れる事は許さん。 死にたくなければ、勝手な行動はしないことだ 」 「 …見た限り、何の問題も無さそうなのに? 」 視線を横に流せば映りこんで来るのは酒瓶片手に空を仰いで、滔々と零れ落ちてきそうな星と見事に丸く光る月を肴に談笑している者達ばかりだ。 時折一時の余暇を、と櫓の中から艶めいた女の嬌声とくつくつと愉しげな笑み声が零れもしている。 見た感じ一部を除いては死に至らしめられる様な事等何一つとして感じられないのだが、ルシウスは何をそんなに案じているのだろう。胡乱気に真上を見上げてみれば、 「 時に此処にはヴォルデモート卿(例のあの人)も顕現する。 …マグルなど、格好の生き餌だろうな 」 は数度瞬き、それから緩く破顔した。 「 ……若しかして、心配してくれてるとか? 」 「 ……私の周りで勝手に死なれると困るだけだ。 」 押し殺した呼吸の隙間、抑揚に欠けた声にも躊躇う素振りはなく、出会った頃から、変わっていないきつく整った貌を向けられる。 そうして不意に、の視界に影が落ちた。 まるで唐突に、周囲の闇に溶け込むような錯覚が襲い何が起きたのかと理解する刹那、至近距離から注がれた見たこともないような綺麗な薄蒼の色に、ただ言葉を奪われた。 行き交う人の太腿位までしか見えていなかった視界が突如、大きく開け、遠くの灯火までもが安易に見渡せるようになる。 「 うわっ… 」 抱き上げられたのはもう何度目か判らない。 今でも其の度に拭いきれない羞恥心と押し寄せる惨苦に眉根が自然と寄るが、手を振上げ身体を捩り腕の中から必死で逃れようとは思わなくなった。 (せめて言葉位掛けてよ、行き成り抱き上げられる私の身にも…) を腕に抱き上げ、颯爽と闊歩する仕草に、翻る外套が纏わり付く暇さえなく空に翻る。 流れるように通り過ぎる人がルシウスを見上げては感嘆と憂いの溜息を零す中、は毎度の事ながら、ルシウスは性格は殊更悪いにしても、容姿だけは申し分無いと素直にそう思う。 冷えた美貌と玻璃の様な双眸、流れるような銀糸は艶やかに陽光に透けて舞い、華麗な容姿を一層美しく引き立てていた。 況して、魔法界に於いては其の名を知らぬ者は居ないと黙されるマルフォイ家の嫡男。 家柄、学歴、職歴、容姿、全て申し分無ければ高嶺である事は間違いない。 (此れで性格悪くてもきっと…女に不自由はしていないんだろうな。) 沸々と下らない事を考えながら、周囲からの突き刺さる様な視線を肌に感じて、は益々この状況が居た堪れなくなる。 ルシウスが6歳にも満たない子どもを腕に抱きながら歩いているさまは、酷く人々のイメージを削ぐものだろう。 年齢は多く見積もっても二十代半ば、6歳の子どもが出来るような年齢とは程遠く、況しての虹彩や髪色を見てもルシウスの子どもとは考え辛い。では、一体、誰の子どもか。 眉を顰めた若い女性が隣に連れた男性の耳元に唇寄せて囁くのも、道端にしゃがみ込んでは塞ぎこむ女性も少なくない。 其れを横目に見ながら、は本来の目的である「中秋の名月」と謳われる見事な満月を食い入る様に見詰めていた。ルシウスが歩くものだから景色は移ろい流れるけれど、が捕える月は何処から見ても変わりなく美しい、と紫の炯眼は天を仰いでいた。 その時。 「 あら誰かと思えば、ルシウスじゃない? 」 人垣の中から、含み笑いを伴って寄越された甘い美声に、全ての動きが凍結したような心地がする。 そうしては見た。 冷えた美貌で冷瞥することしか知らないような酷薄染みた薄蒼の瞳が優しさを僅かに帯びたものに歪められ、視線が真直ぐに、声掛けられた脇に忍ぶ。 それは嘲笑でも冷笑でもなく、彼は一瞬、笑ったようだった。見間違えたのかと思うほどの、ほんの刹那。 先程までは全く感じなかった夜風が、冷たさを増した様な気がした。 落ちない様に、と掴んでいたルシウスの外套を握る指先に、自然と力が籠められたのをは知らない。 そうして、ルシウスが足を留め振り返るものだから、必然的にも其の方向へと転換する羽目に為る。 何故だか妙に、厭な予感がした。ルシウスの知り合いが偶々居て、偶々声を掛けて来ただけなのだろう。そうだ、そうに違いない。 はまるで自分自身にそう言い聞かせる様に心の中で唱える。 如何してそう言い聞かせなければ為らないのか、本当の疑問は其処にある筈だのに、の脳裏から綺麗に失念した其の概念の代わりに、徐々に視界に声を掛けた人物が映りこんできた。 言葉無くして、は唯、瞠目する。 「 やっぱりルシウス! 久しぶりだわ、こんなところで逢うなんて… 」 その場の空気を塗り替えてしまうような、絶対的な雰囲気を纏った女性が、立っていた。 華奢だと云うに均等の取れた体躯に雪に映える上質な黒皮のロングコートをごく自然に着こなす姿からは、どう見ても上流階級の匂いがする。 物腰にどこか品があるのは、洗練された知性と血統がもたらすものだろう。ルシウスに軽々しく声が掛けられる時点で、ルシウスと同じ生粋の純血でありまた、其れ相応の位置に座しているのだろう事は容易に想像が付いた。 そして何より目を引くのが、藍色の艶やかな髪から覗く、白皙の美貌と強く鮮やかな光放つ、黄金の瞳。 年齢はルシウスと多分そう差は無いだろう、一つか二つ下に見える。 ふっくらとした唇に塗られた艶やかなルージュが、ふっと微笑みの形に変わった。 「 久しぶりだな、此処で何をしている 」 「 何って、月を見に来たのよ? 貴方こそ、こんな処で人攫いでもしてるのかしら 」 す、とルシウスの腕に抱かれた子どもを一瞥した彼女は、桜色のマニキュアが施された指先での頭を撫ぜようとする。 だが、奇怪なものにでも触れたかのように反射的に身を竦めたに、彼女は声を殺したように優雅に笑った。 は何故かその美麗な微笑み作り上げる琥珀の双眸が癪に障り、挑むように水墨白淡の瞳をぶつける。 だが、怯むどころかルシウスに似た秀麗な美貌には、ゾッとするような凄艶な笑みが刻まれていた。 「 あら、嫌われてしまったのかしら 」 「 止めておけ、噛付かれて皮膚が切れても私は責任取らんぞ 」 「 貴方にしか懐かない猫って言ったところかしら? 何処で拾ってきたのかは判らないけど、これじゃあ再会のキスも出来なくてよ? 」 (誰が、猫だ…っ!) 麗容なさまで流れるくだりの様に紡がれた言葉が、残酷な氷針のように心に刺さった。 思考は吹き飛び、子どもを抱えていては口付けの一つも禄に出来ない、とまで言われた事実に、は不可思議な感情に苛まれる。 若しかしなくても、自分という存在が、この人目引く絶世に値する美男美女の感動の再会の邪魔者に成り下がっているのだろうか。 好きでルシウスに抱き上げられている訳じゃない、確かに此処へ連れてきて貰った恩はあるが、ルシウスの行動を自分が抑制している訳ではない。ルシウスの行動を制するような科白など、一言も言った覚えは無い。 なのに眼の前の彼女は、自分の所為だとでも言いたげな口調に眼差し。それが酷くを苛立たせる。 ぎゅ、と強く拳を握りしめ、平静を装おうとするけれど声が出ない。 (別にルシウスが居なくたって月位独りで見れるわよ、だから再会のキスの一つや二つ勝手に…っ) 言葉もなく小さな錯乱状態に陥りだした揺れる漆黒の双眸を、ルシウスは再び無言のまま静かに見つめ返した。 [ home ][ back ] [ next ] (C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/11/13 |