| ユメミタアトデ ![]() #006 沈黙を絵に描いた様な食事を終え、自ら使用した食器を片付ける事さえ赦される事の無いは背丈の合わない椅子から小さな足を出して揺ら揺らと前後に動かしている。 傍目に見れば行儀が宜しいとは決して言えない其の行為を、咎める者は誰一人として存在しない。 靄の向こう側のルシウスはの声は関知出来れど姿を確認するまでには至らず、の傍らで職務をこなす執事は一瞬たりともを視界に入れる事は無い。 純血一派にとっては存在自体が罪であるマグルを、視界の端にさえも其の姿を留めて置く事自体、汚らわしい。 全身全霊で真っ向から存在を否定する様な其の態度、独りだけなら未だしもこの屋敷に居る全ての人間がそうなのだから、いい加減も慣れて来た。 相手が自分の存在を認知していないのならば、其れは其れで別段構う事は無い。もとより認めて貰う事を切望して此処に来た訳ではないのだ。 言い聞かせるように、嘆息をかみ殺してはゆっくりと愚考をオレンジジュースと一緒に飲み込んだ。 屋敷の門を潜り抜けた瞬間背を駆け抜けた絶対零度の様な礫、此処に居れるだけでも幸せだと思わなければ為らないと心に堅く誓ったあの瞬間が、今でも具に脳裏に蘇る。 最初から歓迎等される筈も無く、嫌悪侮蔑対象だと判っていた。為らば其れで良いではないか。 幸い、心までも幼く為ったに先に巡った想いの陰りは、見事な晴天に流された雲の様に泡沫のものに変わった。 【 、暇ならば子どもらしく庭で遊んだら如何だ。 】 「 庭…(なんて見えたっけ?) 」 【 庭に出ても良いが、死にたくなければ池とChambrerには近付くな。 私は直に帰る、夕食は其の後だ。】 ふつり、と会話が途切れ、白い靄は徐々にその存在を欠いてゆっくりとの前からルシウスが消えた。 一方的な会話にも慣れ、相変わらずの問い掛けには一切応じようとしないルシウスの態度は変わる事は無い。 朝食だと用意された食事を口に入れたのは、既に昼食が用意される時間を軽く回っていた。 「もうじき帰る」と言ったルシウスの言葉を裏付ける様、窓の格子から覗く蒼い空は次第に橙を塗した様な空模様に変容して、 間接的に時間の経過を知らせた。 机の上には、幾重にも積み重ねられた分厚い文献と、数十枚の羊皮紙が鎮座している。 これ等は昼食の際、ルシウスが執事に命じた羊皮紙と本の類。 だが残念な事に、其れ等は15歳の頭脳を以ってしても到底の知識の範疇を超え、ヒラヒラと数頁捲っただけで既に飽きてしまっていた。 の存在を気に掛けることの無い執事は、己の業務を淡々とこなすべく、机に向った侭チラリとも此方を見ようとはしない。 勿論、とルシウスの会話は自然と耳に届くものなのだろうが、主が自分を名指ししていない時点で聞き流しても良いと判断したのか教育付けられているの か。 いずれにしても、其の会話に執事が混じってくる事は無く、ルシウスとの会話はルシウスが一方的に言葉を吐いた形で終っていた。 「 Chambrer…? 」 飽きも混じり始めた頃、まるで波間に漂う流木のように、ただ意志もなく揺さぶるように、ふっと思い出した言葉を口にした。 「 主様の飼われている魔法犬で御座います。 最近お子を成されたばかり…主様以外には懐かぬ猛犬です。 決して近付かれませんよう。 」 語尾を濁す様、犬に近付きくれぐれも面倒な事だけは掛けてくれるなとばかり、執事は冷えた一瞥をくれて分厚い文献を閉じた。 背丈の長い高級感たっぷりの革張りの椅子に掛け置いた上着を持ち上げ、皺が刻まれていないかを入念にチェックした執事は、手帳を懐へと携えて無言の侭扉へと歩いて行く。 矢張りマグルの自分が呼吸する空間で仕事をする事自体が酷だったのだろうか、とが胡乱気に見詰めていれば、何だとでも言いたげな冷えた双眸がちらりと覗いた。 慌てて視線を引き剥がそうとすれば、開かれた扉の先を顎でしゃくられる様に静かに視線を投げられる。 其の行為が、マグルが自身へ視線を走らせた事への断罪かと思えば、如何やら付いて来いと言う事らしい。 (言葉を交わすことすら穢らわしいってこと?馬鹿馬鹿しい) 胸中で悪態付きながらやたらと背丈の高い椅子から勢い付けて飛び降り、本当馬鹿みたいに広い迷路の様な屋敷の中で迷子に為らぬ様にと小走りで執事の背を追うが辿り着いた先。 多分マルフォイ家では『庭』と称されるだろう、だが、金持ちとは程遠い一般家庭で平々凡々と育ったには、『丘陵』とでも呼ぶべき広大な庭園が地平線でも垣間見れそうなほど果てなく広がっていた。 「 此方が、マルフォイ家の庭に御座います。お足元をお気を付け下さいませ。 」 執事は恭しく一礼し眼前に立ちはだかる、荘厳な石造りの壁に似た扉の前でそう言った。 差し伸ばした腕が取っ手を掴み、丁寧に磨き込まれた硝子窓を施錠する回転式の鍵がささやかに鳴いて、その錠が解かれた。 外界と内側の隔てを失い流れ込む清涼な空気は髪を梳くよりも先に、深まりを見せ始めた冬の薫香をの許に運ぶ。 「 すご… 」 思わず漏れた小さな声に耳を傾ける事も無く、後ろ手で扉を閉めた執事は即席で小さな机と椅子を作り上げると、懐に仕舞いこんだ手帳を取り出しては、何やら忙しなく羽ペンを動かしている。 魔法で防護壁でも築いて居るのだろう。執事の周りだけ避ける様に雪は軌跡を逸らしている。 場所は庭だと言うのに、さらさらと清流のせせらぎの様な音を立てて流れる刃先の音以外は、まるで一つの大きな密室の中の様に、静かだった。 ちらちらと空から降注ぐ雪は相変わらず留まる所を知ることも無いが、温度調節魔法が施されているのか、室内と然程変わらぬ温もりがの身体を包み込む。 薄ぼんやりとした白い堤燈の様な綿雪の光りに満たされて、広大な庭園は雪原へと姿を変貌させて行く。 魔法界に建造されているとは言え、空から降り落ちるのは紛れない普通の雪だ。 裏返した掌に積もる小さな淡雪が、の体温でゆっくりと融解するのを見れば、そう素直に信じられる。 だからは、幼い身体の膝丈までは優に積もっている深雪に思わず一瞬躊躇したが、其れでも好奇心に駆られたか一歩足を踏み出す。 さく、と靴の下で雪が鳴る音がし、其の音につられる様にして、は庭へと駆け出した。 「雪だるまでも作ろうかな…あ、そんなもの作ったら絶対に壊される。 じゃあ雪ウサギ?でもそれじゃ直ぐに造り終わるだろうし…かまくら?一人で作るには大きすぎるしな…」 沸々と湧き上がる独り言を口にしながら、は「こんなに新雪が積もっているのだから、雪合戦でもしたら凄く楽しそうだ。」とひっそりと胸中で零す。ただし相手が居ればの話だが。 当たり前だが、見たところと執事の二人しか居ないこの状況下、子どもとは言えまさか執事に「雪合戦をしよう」等と軽々しく言える訳も無く、かといって折角の綿雪を此の侭ぼんやりと眺めているのも残念すぎる。 独りでも楽しそうなことは何か無いものか、と俯いて雪を見詰めながら考え込んでいれば、ワン、と響いた動物の鳴声に反射的に地面から視線を上げた。 上げてから、しまった、と思う。もう遅いのだが。 薄陰でひたすら白く銀に反射する雪に落としていた水墨白淡の双眸に、染みたような影が滲む。 眼を凝らして眺め遣れば、長い毛足の見事なブロンドを揺らした、と同じ位か其れ以上の狼に似た体躯をした犬が、楕円に縁取られた小さな池の傍に清冽な姿で立っていた。 の姿を認めた鋭い眼差しの犬―――――多分あれが、ルシウスの言っていたChambrerだろう。 犬であるにも関わらず、は視界を剥ぎ取られたように一瞬で眼を奪われた。 自分を見詰めた事へ不快感を感じたのか、Chamberは驚く程眼を引く整った造りの貌に不機嫌な色を浮かべてを一瞥したが、後ろから雪に埋もれそうに為りながら必死で駆けて来る小さな綿毛のような二匹の仔犬の鳴声で我に返ったように、視線を引き剥がした。 それを何とはなしに眺めていたもルシウスの言い付け通り、別段犬が好きな訳でも無く、況してルシウスにしか懐かぬ魔法犬だと言われた時点で興味の矛先は先程と同じ様に銀嶺の雪に変わった。 冷え切った静寂と空気の中、取り敢えずは小さな雪だるまくらいは作ろうと、掌に少量の雪礫を作り上げてころころと地面を転がし始めた。 一本の大木を挟む様にして左に、右にChamberとその子ども達と云う位置関係の中。 見るもの動くもの全てに興味があるのか、Chambrerの仔犬たちは不思議そうにを見詰めては駆けて行こうとするのだが、其の度にChambrerの怒りを孕んだ様な鳴声に気押されて項垂れている。 「……遊んであげられれば良いんだけどな」 視界の端に入り込む情景にそう思いながらも、母親であるChambrerはマグルの血を持つと自分の仔が関わる事を頑なに拒絶している様な雰囲気を滲ませているものだから、迂闊に近付く事も出来ない。 況して、傍らに居る子どもが本当に生まれたての仔犬である所為か、我が子を護らんとする母親の突き刺す様な視線が周りを静謐なものに変える。 犬の視線ですらも、マグルである自分を疎んでいるのではないだろうか、と余りにマイナス過ぎる思考に嫌気が差してくるも、飼い主が純血主義だと、其の犬もまたそうなるものなのだろうか、と純粋には頭を悩ませた。 仔犬も何度かが居る方向へと駆けて行こうと試みたものの、が自分たちに興味を示していないのだと悟ったのか、大人しく母親の傍で仲良く戯れ始める。 其れを認めて、は再び自分の作業に没頭し始めた。 「よし、出来た。我ながら、(そしてこの歳ながら)上出来」 綿雪が粉砂糖のように細かい雪に代わり、其れでも耐えずに降り続いている中、漸く小さな雪だるまが完成した。 少し歪で大きさも似たり寄ったりでどちらが頭か身体か判らないが、其れでもは出来映えに満足げに微笑むと、何の惜しみなく其れを一気に叩き壊した。 ルシウスの眼に留まれば…否、留まらずともあの執事の目に入れば問答無用で叩き壊されるだろう。其れならばせめて自分で、と潔く蹴りながら砕きながら、時には身体毎押し潰すようにして、雪だるまを拉げた雪の塊に変形させた。 はらはらと散る雪に混じって、支離滅裂な形をした塊が、空を舞う。 何時までも降る雪に歪な塊は飲み込まれ、満遍なく雪で覆われ、目が潰れるのではないかと思うほど白く眩しい雪原へ代わる。 空が茜色に変わり始め、雪原を橙に染めている。もうじきルシウスも帰ってくることだろう。そろそろ部屋に帰ろう、と踵を返した矢先。 ………………ッ………、……ッ!! 小さな悲鳴に似た音が真後ろから聞こえ、次いで何か重量の在る存在が水の中へ落ちる跳ねた音を聞いた。 「―――――――――え、?」 反射的に振り向いた矢先、今度は明確に聞こえた音は、実際には音なんて可愛いらしいものではなかった。 透明度を増し、降り積もる雪が溶け落ちて水嵩が増し温度が激減する池の上、傍目から見れば水とじゃれ合っている様にしか見えない一匹の仔犬が居た。 だが、眼を凝らして見詰めれば、呼吸筋の暴れるままに体躯を跳ねさせ、小さな体躯が派手に背を撓らせて仰け反る。 頼り無い手足で必死に水を掻き出し陸へと上がろうと急ぐが、意に反して急激に冷える身体が小さな仔犬の体力を根こそぎ奪い去るように絡み付いて、仔犬は徐々に身体を水の中へと埋め始めた。 「あの子、溺れて…っ、!?」 仔犬が足を滑らせ池に落ち溺れているのだ、とが知覚し自分の年齢も忘れ去って走り出したのと、もう一匹の仔犬に目を向けていたChambrerが池へ視線を向けたのは略同時だった。 人間の母親がそうする様、大きく眼を見開いたChambrerが持てる力を全て注いで池へと走り出した瞬間、其れよりも早くには池の前へと辿り着き、Chambrerが見ている其の目の前で一瞬の躊躇無く絶対零度の温度を誇る水の中へ飛び込んだ。 (冬の水って、何でこんなに冷たいのよ…っ!!指が痺れて…っ) 冷えた狂気のような世界。例え様の無い静寂と寒冷で築き上られた池は、全ての存在を受け入れて飲み込む様にたゆたっている。 一瞬飛び込んだ事を、想像以上に凍える様な水温に身を挺したことを、後悔する。まるで不可視の憑き物でも纏わりついている様に冷えた水に身体を捕られるからだ。 「あぁもう、この身体が…(小さいから悪い!!)」 仔犬が立てるばしゃばしゃと激しい水音を頼りに、自由に動いてくれず鉛でも抱いているかのような身体に渇を居れ、子どもの力しか出せない柔な体力に満身の力込めて必死に前へ進む。 冷えた水に足掻き如何にもコントロール出来ない状況下に脅えながら身体を沈めていく仔犬に必死に手を伸ばし、漸く水から無理矢理奪い去るように抱き上げると、後は無我夢中で岸へと縋り付く様に泳いだ。 相当身体が冷えているのだろう。抱いた仔犬はガタガタと震えていた。 母を乞うているのだろう。未だに元気良く吼える仔犬に元気がある事に僅かばかり安堵して、体温少なく水で湿った重みの仔犬をどうにか岸の袂まで運べば、心身喪失した様な表情のChamberが見える。 勝手に子どもを抱いて、噛付かれたりしないだろうか。小さな不安が一抹駆け抜けるが、ゆっくりと仔犬を差し出せば大きな牙のある口で確かに受け取る姿を認めて、思わず顔の筋肉が緩む。 さて、自分も岸へ上がろうとした刹那、Chamberの隣にあの執事が居る事に気が付いた。 (あぁ、なんて言い訳しよう) そう考えた瞬間、全身に悪寒が広がった。 今までは仔犬を助ける事だけに意識を集中させていた為か、ふっと全身から気が抜けたように意にも介していなかった冷気が悪夢のそれにでも似た感覚で、の幼い身体を蝕んだ。 足も手も粘りつくように鈍り、鉛を付けられたように重く沈み、止まる。 まるで夢の中にでも居るかの様に急激に身体の現実感が無くなり、全体が痺れを為して、岸を掴んでいた筈の指が外れた。 (池の中に落ちたら…あの人形も諦めてくれるかな) 其れが、の覚えている、最後だった。 [ home ][ back ] [ next ] (C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/9/20 |