| ユメミタアトデ ![]() #005 漆黒に染まった空が白み始め、朝靄の中忙しく人が往来する足音では深い眠りの淵から 眼を覚ました。 昨日は時間の赦す限りに歩き回り、店という店を盥回しにされた疲労が祟ったのだろうか、夜は如何遣ってベットに入ったのかさえ判らない侭朝を迎えていた。 自分で服を着替えた記憶も無ければ、此処まで歩いてきた記憶も無い。 唯ぼんやりと夕暮れの飛行機雲の中虚ろう意識の最果てに憶えているのは、ルシウスの腕に抱かれながら抗う事も拒絶する事も無く其の身を預けて居たと言うこ と。 初めの内こそマグルの自分が純血であるルシウスの綺麗な身に指一本でも触れては為らないと、両の手はキツイ握り拳を作っていたのだが、無意識に急に吹き荒 んできた突風から身を護る為にルシウスのローブにキツクしがみ付いていた。 気付いた時既に行為が為された後、慌てて掌をローブから退けようとすれば、面倒臭そうなルシウスの冷たい一言が降りてくる。 ------------ 落ちたいのか。 落されたく無ければ掴まっていろ。 穢れた血と嘲謳われた其の赤い液体の流れるこの身、其の指先で触れられても振り払われなかっただけ救われていると思っていたというに。 放たれた言葉は決して温かいモノではなかったけれど、常温で溶け落ちてしまう事に慣れ切った心は直ぐには反応を示さなかったけれど、其れでもあのルシウス から告げられた言葉だと脳が理解すれば途端に世界は代わる。 唯一無二、一点の穢れ無き純血が流れる清廉な身体のみ触れる事を許される筈の身体…それどころか、同じ純血が流るる身体で有っても触れる事を許さない高貴 なヒト。 そんな高貴な人間に、一瞬でも触れる事を許されたマグルの人間が何処にいろうか。 周囲に居た側近が、酷く驚いた表情を凍りつかせて終始ルシウスを黙視していた其の行動の意味が痛い程に理解出来る。 我等が慕い、地獄の底までも共にせんと誓いし主は、気でも触れてしまったのだろうか。 心の声が其の場で聞けたのならば、其処に居た全員…も例外無く全員一致でそう思っていた。 「 起きられましたか。 旦那様は本日仕事に向かわれました故、此処に朝食をお持ちします。 」 気付けば、ルシウスの側近の一人である青い瞳をした背の高い男性がの眼前に立ち塞がっていた。 顔はぼんやりと覚えては居るけれど其れだけで、名前も知らず、相手も名乗ろうとはしない。 マルフォイ家に来て早三日。今まで誰一人としてに名を告げてきた奇特な人間は居ない。 勿論、も膨大な人数を抱えるこの屋敷の人間一人一人と係わり合いを持とう等という気持ちは更々起きず、況してマグルの自分がこの場所でどれ程の侮蔑対 象にあるかを知っていた。 投げられた言葉の柔らか味とは裏腹に、顔を上げたが出くわしたのは矢を放った直後の様な緊張感と明らかにヒトではないものを見下ろす腐りきった眼差 し。 ホグワーツに居た頃から、この視線を浴び続ける事には慣れていた。事実、グリフィンドールに所属していたにしてみれば、スリザリン寮の皆から浴びせら れる罵詈雑言は其れこそ数え切れぬほど。 穢れた血、そんな言葉は聞き飽きるほどに叩きつけられ、其の度脆い心は傷つけられてきた。だからこそいま、此処でこうして生きていられるのかもしれない。 朧気で覚醒しきれていない意識の中、判り切った下らない事に脳を使っていれば、突然開いた扉に吃驚する。 何時の間に消えていたのか、足音一つ立てずに其の場から消えた執事は、数分で室内に戻って来た。 両の手には華や紋章があしらわれた外見だけでも相当高価な銀食器の入ったトレイを持ち、色取り取りの色彩を駆使して盛り付けられた料理を丁寧にテーブルに 並べていった。 朝目覚めた時には空腹感等微塵も感じなかったはずが、薫り立つ甘やかなコーンスープと焼き立てのブレッドを目の前にすれば人間の本能からか、一気に空腹感 に苛まれる。 「 どうぞお召し上がり下さいませ。 此方は主様からお預かりした品で御座います。 」 「 あ、有難う御座います。 」 明らかに幼い子ども独りに用意されたにしては量の多い朝食に眼を大きくしながらも、執事が懐から取り出した純白の封筒を見た際にも同じ様に心臓が跳ね上が るかと云う程に驚きを隠せずに居た。 其れは差出人も宛名も書いては居ない淡白な白い封筒だったけれど、ルシウスがに態々何かをすると云う行為事態、散々経験してきた筈だと云うに如何して も未だ身体も心も慣れていない。 執事からの直接の手渡しでは無く、机の端に置かれた白い封筒。 見た限りは普通の封筒の様に思えるけれど、先程を起こしに来た執事の様子から見るに、吼えメールと見て先ず間違い無いだろう。 が熟知している其れとは形状も風体も変わっているが、主の眼の届かぬ範囲の出来事だと云うに此れほどまでに敬意を払ってに接すると云う信じ難い現 象の説明程度には為る。 実際、ルシウスからに宛てられた其の手紙を置く瞬間でさえ、たかが紙一枚に対して相当注意を払っていた様に思える。 ルシウスから見れば安価であろう其の紙切れ一枚、触れる事にすら躊躇われるように、は微かに震える指先で貴翰に触れ。 途端に白い羽が舞い上がった様、封筒が一瞬で弾け希薄透明な膜を創りあげた。 【 もう起きたのか。 子どもが起きるには早過ぎる時間だ。 】 「 わっ、私は…っ 」 【 起きたのなら仕方ない。 さっさと食事を済ませろ。 】 子どもじゃない、そう言おうとして言葉を噤んだ。此処で、ルシウス以外の人間に素性を知られる訳にはいかない。 の意言葉を殺す様に続け様に吐かれた言葉、幻影の様に柔らかく空気に揺らめく膜が描き出したのは、木漏れ日の光りが優しく射し込む室内で羽ペンを走ら せるルシウスの姿だった。 普段家に居る時と大して変わらぬ風体、美麗な銀糸を背で一つに結え、時折流れ落ちてくる纏め切れなかった髪を気だるそうに左手で掻き揚げては、何事も無 かった様に羊皮紙を右から左へと移して行く。 執事が居るからだろうか、其れとも魔法省でそれなりの地位についているからだろうか、ルシウスの屹然とした態度は変わる事無く冷や水に似た音程の声が膜か ら聞えれば、自然と既知していたルシウス其の人を思わせる。 胸奥を曝け出すことを忌避し、詭弁に掛けては随一と名の知れ渡ったマルフォイ家当主。 二日にして変わり掛けた印象をデリートされたかの様な胸中を抱いたは、其の侭返答を返す事無く与えられた食事に手を付けた。 咥内に入れた途端に蕩けるように広がる絶妙な感覚と柔らかい味に舌鼓を打ちながらも、其れでも独りでする食事は味気無く、味わうというよりは喉奥に只管物 を落とし込むという表現が正しかった。 昨日は会話こそ無いにせよ、ルシウスと共に同じ料理を囲って同じ場所で食事を共にした。 ルシウスと同じ食卓に付く事ですら躊躇い、昨夜はあんなにも早く時間が過ぎてくれれば良いと其ればかりを考え、録に食べ物の味も感じなかった。 しかし、其の時とは感覚が違う。 昨夜は食べ物の味を感じなかっただけだが、今の状況下ではハッキリと言える。 独りでする食事の味は不味い、と。 其処まで思って、大きくかぶりを振る様に解答の出た思考を打破する様に冷めたスープを流し込む。 食事を与えて貰っているだけでも幸せだと思わなければ罰が当たるこの状況、出された料理をルシウスと共に食べたい等とお門違いも良いところだ。 【 私の方からお前を見る事は出来ないが、お前には私の姿が見えているだろう。 】 「 え?あ、はい…見えてますが? 」 【 何か用事が有れば其処から声を掛けろ。 声ならば届く。 】 其の言葉を最後に、ルシウスは僅かに手を休めていたであろう仕事の処理速度を上げる様に書類を右から左へとなげていった。 揺らめく膜を挟んでする会話、其れは今まで生きてきた中では交わした覚えのない種類の会話だ。 食事をするの眼前で揺らめく水膜に描き出されたルシウスは、何等変わった素振りを見せる事無く、また此方に振り向く事も無い侭淡々と仕事をこなしてい る。 其れを眺めながら静々と食事をするは、明らかに先とは異なる感覚に身を委ねていた。 此方が何か喋り掛ければ、余程的を外れていない限り…例えばそう、質問を投げかければ答えてくれる誰かが其処に居る。 しかも有り難い事に此方側から姿が見れるとあって、例え後ろ向きであってもルシウスと共に時間を共有できる事が僅かに食事に味を添えた。 …と其処まで考えて、は唐突にフォークをテーブルの上に置いた。 ルシウスには此方側の音声だけしか聞えなくする事が出来るならば、何故敢えて自分には映像も見える様に細工する必要性が有ったのだろうか。 仮にも魔法使い、名門マルフォイ家の当主と有ればこの程度の下等魔法が使いこなせないわけが無い。 急迫な状況にでも置かれたのだろうか。 其れとも窮鼠がする様に我武者羅に魔法を唱えたのだろうか。 否、そんな事は先ず有り得ない。為らば一体何故であるか。其処まで思考して、気付く。 虚説だとばかりに思っていた嘗ての話 -------------- 幼い子どもは、心を赦した者の姿が見えなくなると酷く情緒不安定に為る。 例え実年齢は15歳とは云え、今は精神外見共に6歳。 愕然とし、身体中の血の気の引く思いをした。ルシウスが見せた其の心遣いにではない。 心を赦した者、自分はルシウスに心を赦して等居ないと憤慨に陥りながらも、次いで起きた事実に虚構ではない事実に息を呑むしかない。 水膜からルシウスの姿を視界に入れた瞬間、跔蹐した身体が、張り詰めた心が絆される様にゆっくりと溶け落ちていた。 【 言い忘れて居たが、屋敷の中は自由に歩き回って構わない。 】 「 有難う御座います。 …でも、物を壊すと悪いので部屋で大人しくしています。 」 【 …の食事が済んだら私の書斎から本と羊皮紙を持ってきて遣れ。 】 驕慢に似た口調、命令というより最早口を利く事すらも面倒だと言わんばかりの冷たい口調でルシウスが執事に告げる。 倨傲と云われても可笑しくない態度を晒し、執事には一瞥すらしない主に深々と頭を下げた執事は、片付いたの皿を手に載せ始めた。 片づけを行うのであろう、脇に携えたトレーの上に載せられる皿を見て、子どもに為る以前…嘗て両親が健在だった頃に普通に片づけをしていた記憶を手繰り寄 せる。 ティーカップ位ならば自分でも割らずに持っていけるだろうと両の手に持って席を立とうとした其の瞬間、皿を抱えた執事に即座に行動を制される。 カップぐらいなら持っていける、自分で使用したもの一つくらいは片付けないと割に合わないと下から意を込めた視線を向けた瞬間、息を呑む。 挙止どころかの行動全てを拒絶するかの様な禁圧した眼差し、槿花の様な清廉な瞳から伝わるのは相反する嘲罵を描き映した様な意思。 其処に見られるのは絶対的な嫌悪拒絶だった。其処まで頑なに拒まれるのならば、いっそ言葉で告げてもらえた方が未だ救われる。 の僅かな願いも空しく、主の耳に届く罵声を此処で吐く訳には行かないと口を頑なに噤んで、追従するのは遣える主だけだと言わんばかりの凍て付いた眼差 しで憐れむ様にを見下ろ した。 蔑むような視線を真っ向から浴びて背に昇った震え、手にしたカップを落さなかった事だけが、唯一の救いかもしれない。 「 …主が貴方様に優しいのはご自身を護る為に仕方なく、です。 でなければ… 」 執事がの傍らを通り過ぎる瞬間、凍て付いた音程が耳元を掠めた。 聞きたくない言葉を、聞くと、瞬間。予感が走った。 何故か耳を塞ぎたくなる衝動に駆られ、痛い程に心を切りつける嘲りの言葉から全てを護りたいと初めて思う。 元は15歳の自分。だからこそ、15歳の自我を持ったまま敢えて6歳の自分に告げてくるであろう鋭利峻厳な言葉が、どれだけ残酷な事かも判ってい た。 だからこそ、自分は傷つく事は無い、何を言われても罵られようとも最初から誰にも心を開いてなど居ないのだと知らしめる為に微笑った。 ------------- 存在する価値すらないマグルが主の視界に留まる理由が無いんですよ。 告げられたる言葉、そんなものは聞く前から内容が手に取るように判っていた。何度も脳裏に描いては、忘れぬ様に貼り止めておいた予想通りと言っていい。 其れが…何時の間だろうか。 ルシウスから拒まれる事を恐れ、自ら距離を置いていたと云うに、気付けば手の届く範囲に何時も在る存在に安堵して。 今置かれるこの状況、其れを少しでも【良い】と思える自分の愚かさを心の内で謗りながらも、改めて気付かされた真意に心が慟哭した。 一度知ってしまった優しさは、呪縛の様に痛みを伴って心に絡み付く。 残るのが鈍痛だけならば、優しさ等、初めから…知らなければ幸せだったのだろうか。 [ home ][ back ] [ next ] (C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/9/3 |