ユメミタアトデ




#004






「 此方の水色のお召し物は如何で御座いますでしょうか? 」
「 何をお召しになってもお似合いに為られますわ。 」
「 本当に可愛らしいお子様でいらっしゃいますね。 」





行く店先々で、放たれた鉄砲玉が帰って来るかの様な決まり文句の褒め言葉を延々聞かされ続けたは、既に我慢の限界に達していた。
今朝方早朝に叩き越される様にルシウスの声で目覚めたは、朝食も早々に、ルシウスを連れ立ってマルフォイ家贔屓の店だと言われている高級服飾店に来て いる。
ルシウスが幼少の頃に愛用していた服で代替出来るから新しいものは要らないと断固言い切ったに対し、ルシウスは終始無言の侭普段通りの酷薄な一瞥をく れただけに終った。


例え服一枚にしても、これ以上の借りをルシウスにしたく無いと言うのが、の本音だった。
次から次へと運ばれてくる様々な種類の服、其れに合わせる様に多彩なシャツに靴に髪飾り。一つの服を何回も着回すという習慣が上流階級には存在しないの か、其れを恥ずべき事と捉えているのかは定かではないが、いずれにしても今日一日服一着だけを買うという事をした覚えが無い。
ある店員がシャツを持って来れば、其れに見合ったスカートやカーディガンを合わせた様に持って来る。
そうして、を着せ替え人形か何かの様にそれらを片っ端から身に付けさせては、【良く似合っていらっしゃいますが、如何為さいますか?】と傍らで不機嫌 な雰囲気を身に纏うルシウスに聞くのだ。
勿論ルシウスは、さして興味も無さそうにの姿を視界に入れると、店員に目配せをして購入する。
の意見等お構いなし、聞く事すらない。
店員はの実年齢を外見年齢だと思っている為にに服の彼是を聞いても仕方ないと思っているのだろうが…本人としては堪ったものではない。




---------- 如何してこんなスカート一枚で…ゼロがいっぱい付かなきゃいけないのよ。




店員が彼是と手に持ってくる服を片っ端から問答無用で着せられたは、幾ら独りで着替えられると口で言っても、結局は6歳の少女にしか見られないのだろ う…試着室の中には常に三人の女性が居た。
彼女達に手取り足取り着替えをして貰っている間、ふと眼に留めたマネータグが空白に為っている事に気が付く。
履かせられようとしているフリルが少し付いた今流行のシフォン素材のスカートも、袖口がふわりと膨らんだシャツも、淡い色彩のジーンズにも全てマネータグ は付いているものの、肝心の値段が一切記載されていない。
そうして其れ等全てを清算する為に試着室を出た時に、ようやっと気付いた。
世の中には、値札を見ずに買い物をする人間達が居る。
世間一般で上流階級と呼ばれている彼等は、値札を見て買い物をする事を忌み嫌い卑しいと最初から決め付けている。
そんな彼等が足蹴く通い詰める高級店は、全て時価計算なのだと。





「 他に必要なものは有るか? 」

「 い、いえ…充分過ぎるほど充分です。 」





咄嗟に振られた会話に、思わず妙な日本語が口から吐いて出た。
怪訝そうに眉を顰められた為、慌てて英語できちんと通ずる言葉を述べたけれど、人間動揺しているときは母国語だけではなく日々日常自分が使う素の言葉が出 るものだとは落胆する。
店先から連れ立って出る様にして既に5回目、購入した服は実に十着を軽く超えていた。
これ以上歩き回され着せ替え人形の様に盥回しにされるのも勿論遠慮願いたいことだが、其れ以上に、やはりルシウスに己の服を買って貰うと言う事事態に引け 目を感じる。
元の年齢に戻れたら、お金を支払います、と言いたいのは山々であるが、ホグワーツの学生である以上に普通の一般階級のにとって到底払える額ではなかっ た。
服一着買うことすら躊躇する様な値段の服を、食品の纏め買いか何かと勘違いしている様に片っ端から買占めていく其の様を見て、愕然とする。


身寄りの無い自分を、出逢って数分の縁も無い人間を、家に置いてくれているというだけでも感謝すべきところ。
これ以上の恩恵を受けるだけの資格は無い。これ以上の事をして貰ったとしても、其れに見合うだけ等価な何かをあげる事等出来る筈が無い。
元に戻った其の暁に、頭を下げ跪き、地に頭を擦り付けろと言われても間違い無く何の躊躇も持たずに出来ただろう。
人に頭を下げる事等、造作も無かった。自尊心が低い訳でも無ければ、プライドを持ち合わせて居ない訳でもない。
誇りなら、違う場所に持っている。





「 …花を愛でる慣習は有るか? 」

「 …いえ、特に。 」





唐突に投げられた言葉の後、上を見上げたルシウスに見習い操られる様にもゆっくりと視線を上に向ける。
今日はもう冬の花が散り春に向かって季節が駆け出す頃合いだと言うに、其の箇所は季節に置き去りにされた様に未だ枝に葉と花が残っていた。
見上げた先に、湿った空気と共に萎れた花弁が舞っている。ルシウスが店から出るなり、奇怪な言葉と共に見上げていたのは、今年最後と思われる名も知らぬ魔 法省にしか咲かない華。
鉛を含んだ様な石灰白色の空に揺らぐ銀の髪が幾条にも溶けて霞む様を偶然にも視界に入れたは、信じられぬ程に美麗な光景だと沈黙した。
言葉を失うとは正にこの事。大方、ルシウスはこの光景に眼を、心を奪われていることだろう。
しかしが奪われているのは……

想像しては為らない事を想い、奥底に燻っていたものを呼び醒ますような、一際強い風が吹きつけた。

強く吹き込んで来た風が運ぶ銀糸、顔に掛かった其れを気だるそうにかきあげれば、其の奥下に隠されているのは酷薄な瞳を湛え冷笑する端麗な男の顔があるだ ろう。
風に運ばれる絹糸の様な髪は、傍から見ていても流れる様な滑らかな指通りを想像させる。
引っ掛かり等何一つ存在しない、滑らかで上質で、本物の絹を寄り合せて出来た銀糸の様。
触れる事さえも赦されない様な高貴な髪、何処までも藍く透き通る薄蒼の瞳は眩しいばかりの陽光を受ける小さな宝石のようだった。
美しく瞬く銀髪を携えたルシウスは、息を呑む程に端麗で、其ればかりか不思議な色香を漂わている。
異性を美麗だと思ったのは、生まれて以来初めてのことかも知れない。





「 …桜は…綺麗か? 」

「 桜って…日本で咲くあの桜…? 綺麗というか、素晴らしいです。 」

「 桜を…一度見てみたいと常々思っていた。 酷く綺麗に咲くと聞く。  」





マグルを疎んじ穢れた血だと蔑むルシウスの口から、まさかマグルに関する単語を聞ける等とは。
其の思ってもみなかった言葉に、は水墨白淡の瞳を大きく見開いた。
ホグワーツに在籍している頃から、マグルが総じて言われる様々な噂を耳に入れてきた。
マグルを疎み侮蔑した挙句命まで奪う連中が魔法省には多数存在していると。例外無くルシウス・マルフォイの名も嘗て遠くで一度は聞いただろう。
実際、純血一族の当主でもあり使用人全て純血の血が流れておりマグルを疎んでいるマルフォイ家の人間が、マグルの彼是を知っているというだけでも驚愕の事 実。
よもや其れを口に出す等、マグルを蔑む純血の人間が聞いたら何と思うだろうかと考えれば、酷薄な表情を浮かべたルシウスよりものほうが何倍も心に負担 を抱えていた。


出逢って未だ24時間経過していない。腹の内の探り合いの様な言葉しか投げ合っていない筈が、如何して彼をそう云う人間では無いと思ってしまっているのだ ろうか。
スラング混じりの下卑た嘲い声と共に侮蔑の野次を投げる事こそしないものの、視線一つで全てを悟らせる様な値踏みをする眼差しで見られたあの瞬間を、既に 忘れ去っていた自分に呆れた。





「 …もしも元の年齢に戻れたら、世界で一番綺麗な桜を見せてあげます。 」

「 世界一の桜の名所か…。 」





等価交換とは到底云えない。
家に置いて貰えるだけではなく、与えて貰った服に食事…あげればキリが無いだけの恩恵の数々…明らかに其れで償えるだけの価値は無い。
如何したらルシウスに恩を返せるか…大方ルシウスは、マグルの小娘からの礼等受け取る事自体を恥ずべき事をするだろう事は眼に見えていた。
かと言って、何もし無いと言うのは酷く気が引ける。与えて貰うばかりで自らは何もしようとはしない傲慢な人間にだけは為りたくなかった。
だからこそせめてもの…何か出来る事は無いだろうかと。借りだけを作る訳には行かなかった。鼻先で笑われるだけだと思っていた其の等価交換。
其れでも…刹那に罵詈雑言が投げられなかったのは吉と見るべきか凶と見るべきか。





「 主様、そろそろ屋敷に戻って頂かないと成業に支障をきたします故… 」

「 …、行くぞ。 」





深く深い一礼をした執事の男が、真っ直ぐにルシウスだけを見据えて言葉を吐いた。
ルシウスが其の視線に気付かぬ様に倣岸なまでの言葉をに言い切って、非難の声をあげさせる間も無く小さな其の身体を抱き上げて歩き出す。
既に、抱き上げられるという行為、子ども扱いされるという事を拒絶する事にすら面倒になってしまっていた。
昏いその両眼、鋭い視線を真っ直ぐに、ルシウスに向けて。
最後に出た店の軒先には、鈍い銀色に光るポールが等間隔で並んでいた。魔法省直々の管轄下に置かれ保護されているであろう其の証、魔法省の旗が風になぶら れ、翻っていた。
壮麗な人の波。云わずと知れた上流階級の人間が脇を連ねる其の最中、を腕に抱いたルシウスは如何しても興味を惹かれる対象なのであろう。
外見だけでも十二分に鑑賞に価する其の身形、光りに柔らかく透ける銀糸に薄蒼の瞳が際立つ秀麗な容姿が人々に感嘆の溜息を漏らせた。
大方、名前もある程度は通っているだろう。魔法省高官でありマルフォイ家の当主という肩書きが付けば、魔法界で知らない人間のほうが可笑しいかもしれな い。


そんな彼だからこそ、其の腕に幼い子どもを抱いている等、有っては為らない事だった。


様々な人を後ろに従え、明らかに子ども等抱く様な人間ではない彼が、腕に子どもを抱える様は酷く滑稽にも映り。
気でも違ったか、単なる気紛れか。
後ろで控えた執事達も同じ事を脳内に侍らせているであろう。勿論、其れを主に問う事等誰一人として行使出来る者等居ないであろうが。




「 …っ… 」





空を見上げれば、既にぼんやりとした朱色の太陽と月が一直線上に並んでいた。
マルフォイ家を出た際に見上げた空は薄青く晴れ渡って、雲一つも無い。心を取られてしまいそうな錯覚に駆られる程、澄みきっていた。
端には、色を失った真昼の月が在って、其れが次第に鉛を含んだ灰色の空へと変わり、今は漆黒の闇がうっすら見え始めている。
何時の間にこんなに時間が経ってしまっただろうか。其れほど長い時間外に居たとは思え無い程に時間が過ぎるのが早いと感じた。
愕く程に急激な冷たさを持った風が、幼い身体を根底から嬲る。
昨夜渡された服は、如何見ても夏物の薄手のものだった。勿論、昼間は其れで良かったのだが、夕暮れ時はやはり冷え込みが厳しい。
幼い身体は何よりも過敏で、冷たい空気が凍て付く矢の様にして身体を蝕んで行く様な心地。
身を竦める様に小さな身体を抱き込めば、小さな溜息が上から降って来た。





「 寒いならそう言え。 」





言葉に視線を上げれば、冴え冴えとした怜悧な美貌にぶつかった。
すらりとした鼻はすっと背筋が伸びているように高く、其の頂に有る双眸は何処までも氷の様に冷たく凍て付いている。
何処から如何見ても高貴で優秀で、傲慢で恫喝なルシウス。
其の彼が、無造作に抱き上げていただけのの身体を抱え直す様に再び抱きこむと、執事に持たせた自らのローブを肩に引っ掛ける。
そうして其の侭すっぽりと包み込む様にして再び乾いた路面に足を進めた。
何故無意識にそんな気遣いをマグルの自分にするのか、と驚きと困惑の入り混じった表情、礼を云う事などすっかり脳内から抜け落ちて。





「 …有難う…ございます。 」





口元には普段通りの酷薄の薄い笑み、人を侮蔑対象でしか見て居ない様な、嫌悪感が募るだけの鋭刃の眼差し。
其の彼が、如何してそんなにも優しく柔らかな一面を見せるのか、判らなかった。
判ってはいけない、家に帰れば全てが泡の様に消えて無くなってしまうかもしれないのだから。
もうそんな、あの日一瞬にして光りを奪ったあんな経験はしたくない。
期待はしてはいけない。
信じられるものが無くなった時、何に縋って立っていれば良いのか判らなくなるのだから。





如何して自分が其処までこの子どもを気に掛けて遣らなければ為らないのかと、心中溜息を吐く。
先程の会話一つに取ってしても其れは同等の事が言えた。何故私が、何故純血である私が素性も知らぬマグルの子どもの為に。
其れはもう、幾度と無く自問自答して、其れでも解答の得られない問いだった。
自分自身で愚かな行いをしている事は、嫌という程判っていたが、後悔や面倒等の雑念を浮かべる暇すら無い侭に行動していた。
逆手に取れば、未だ出逢って一日経たぬ幼い子どもに過ぎる執着だと、自身を嘲笑う声が、心の内からも聞こえた。
マグルの子どもを家に入れているというだけで、充分過ぎる程の醜聞を抱える事に為り、己の首等絞めても締め切れない。
拒絶が出来るなら其れこそ初めて逢った其の際に、している。出来ていないという事は、何かしらの因果が有るのか、唯暇潰しに過ぎないのか。
清廉な生き方で、今まで生きてきた訳ではない。必要と有らば、正当正論でさえも権力で捻じ伏せて来た。
要らなくなれば棄てれば良い。面倒になったら投げ出せば良い。そう言い聞かせて、既に、何度目を数えただろう。
思い出すのもおこがましい。



双方相反する思いを胸中に抱きながら、暮れ逝く空の下をゆっくりと歩いていた。



求め行くもの、其れは唯、虚ろな心を満たす精神の充足だと…互い今は知らずに。































[ home ][ back ] [ next ]

(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/8/19