ユメミタアトデ




#001






叩き付ける様に吹いていた雪が、静寂を伴って空から消え失せた其の直後、空には弓を張っ た月が朧気な光りを浮かべて在った。
其れを横目で見ながら、遠退きそうな意識の最果てで自我を揺り動かしてようやっと破綻を繋ぎとめているは事態に溜息を吐きそうに為るのを必死に堪えて いた。
如何してこうなってしまったのだろうか。
親が幼子を其の腕に抱く様に向かい合う形で抱き上げられ、進行方向とは真逆の方向を向いているからルシウスの表情を伺う事は困難だった。多分、ルシウ スも同じ事を考えているに相違無い。
の大きな瞳には、空ろ気な弓張り月しか映り込んでは来ない。しかし、其れが唯一の救いでも有った。
月灯りの下、揺らめく様な銀糸の陰りから見えた薄蒼の瞳、言葉で表現する事すらおこがましい程に整った美貌容姿。
恐怖と言う感情以外で誰かを直視する事が出来ない等と云う事態、生まれて初めては経験した。





「 …下ろして。独りで歩ける。 」





例え外見が6歳足らずの少女でしか無いとは言え、心は15歳の侭である。其れを考えれば、今在るべき状況は酷く居た堪れないものだった。
今の現状、自分は6歳なのだと脳が理解していても心の感情は其れを赦してはくれなかった。
15歳にも成って、知り合ったばかり…其れも名しか知らぬ男に抱え上げられて運ばれると云う其の羞恥。
時折街で見掛けた親子連れ、幼子が父親に抱かれて落ちぬ様に首に両の手を回す。そんな行為が出来る筈も無く、手持ち無沙汰の両手は硬く握られ、銀糸が寄り 添う其の細工の様な首に回る事は無かった。
不安定な人の腕の中でも此れだけ身体の平衡安定性を保っていられる。
更に付け加えるならば、もうKnockturn Alleyを抜けて人通りの多いDiagon Alleyの領地に入り込んで居る。
状況的にも何等問題は無かった。
悩む事無く一方的な言葉を告げれば、雪を踏み締めていたルシウスの足が止まった。一瞬、躊躇った様な戸惑いを見せ、けれど叱責無く彼は無言の侭を凍て 付く道路の上に下ろして遣った。
そうして視線を合わせる事も無く、空にローブをはためかせてルシウスはから遠退いていった。





「 ………っ 」





大丈夫だ、と高を括っていた自身に呆れた。
積もり立ての新雪は思いの他弾力性に富んで、小さな足は掬われるどころか埋まるといった表現が的確な程の効果を発揮した。
一生懸命に雪を両の足で踏み歩いても、肝心の足元が蕩けたバターみたいに頼り無い。
キチンと前に進んではいるのだか、やはりというか当たり前と言うか外見が6歳児ならば体力も足取りも6歳児。例外が有る訳が無い。
足を前に出しても其の距離は普段の何分の一でしか無く、15歳の侭の気持ちばかりが嗾ける様に焦ってばかり居る。
そうこうしている間にも、風に銀糸を揺らしながら背を向けたルシウスの姿はどんどんと遥か彼方に遠退いてゆき、と彼の間に数名かの人が混じる。
を地上に下ろして以来、ルシウスは一度も振り返らない。の我侭が招いたこの結果、当たり前と云えば当たり前、ルシウスが振り返っての動向を案 じてやる道理は無かった。

---------- 置いていかれては困る。

其れが更なる焦りと不安を招いて、幼い身体に必要以上の力と葛藤が生まれ、バランスを崩す。

---------- 待って、置いていかないで。

そんな言葉一つ投げられる程、素直な性格を持ち合わせては居なかった。そんなモノ、有れば初めから自分で歩きたい等と言ったりしなかっただろうから。





「 わっぷ…っ… 」





突然視界が真っ白になった。
次いで、冷たいという感情が競り上がって身体中を氷で包み込まれたような冷気が襲った。
しとりと頬を掠めるのは水に濡れた様な感触を残す、溶け掛け始めた粉雪。
指先から凍て付く様に感覚が麻痺し、震える指がしっかりと掴んだのは先まで踏み締めていたであろう深雪だった。


自分が転んだ、という事態を飲み込むまでに、数秒は掛かったかもしれない。
気付いた瞬間に思った感情、其れは惨め以外の何物でもなかった。
こんなに簡単に転んで、雪に突っ伏しただけで涙が出てしまうほど、自分は弱かっただろうか。脆かっただろうか。
立ち上がろうとすれど力さえ入らない、其れ程までに小さな存在だっただろうか。
幼い頃の…少なくとも、記憶にある6歳の頃のは確かに両親に護られながら生きてきた。中身は15歳でも見た目は6歳。
自分の力では如何仕様も無い歯痒さと非力さを痛い程痛感して、憐れになった。
支えてくれた両親はもう、この世には居ない。如何すればいいのだろうか、しっかりと両の足で立つ事が出来た筈なのに、其れを忘れた様に身体に力が入らな かった。





「 …面倒を掛けさせるな。 」





突然上から降って来た透る声。
重い頭を上げれば、玲瓏とした蒼い双眸が呆れた視線を映して俄に揺れている。
如何してあの距離を引き返してきたのか、そう口から言葉が出る前に問答無用で片手で立たせられる。
礼は言わない、言うとすれば早足で頑張るからなるべくゆっくり歩いて欲しい、其の言葉だけ。
告げようとした矢先、溶けていない雪を片手で払い除けながら放たれたルシウスの言葉に思考回路が飛んだ。
ショートしたと言ったほうが正しいかもしれない。





「 何処か…怪我をしたか? 」





瞳は合いも変わらず冷徹な侭、血の気が引く様な冷たい声色、流れる銀糸は降り出し始めた雪を纏って更に銀に輝いた。
道行く人が振り返る程の容姿を兼ね備えながらも、凍った薄蒼の瞳を見ては首を振る。見惚れる様な容姿を兼ね備えているにも関わらず、ルシウスは笑うという 行為をしない。
完璧な美貌の裏側に覗く、残酷な素顔。瞳は何時も誰かを映している様で、実は誰も映しては居なかった。
吐かれた言葉を紡ぐは、耳にした者その魂まで差し出しそうな甘く低く、そして冷氷の魅惑的な声音。
怜悧にして秀麗な顔は骨董品と同じ類、眺めるだけでしかない高貴なる存在。ルシウスという男はそう云う男だった。
其の男が、出逢って間も無い常識も弁えぬ幼子の身を案じた。付け加えるならば、其の手で雪を払い除けてやった、其の後に。





「 あ…大丈夫 」

「 理解出来たか、お前は所詮…唯のガキに過ぎない。 」





痛い程に言葉の意味を痛感して、何も言い返せなかった。
【あぁそうですね、かなり良い体験になりました。】と開き直ってでも素直に物を言える人間でも無かった。
苦虫を踏み潰す、確かそんな言葉が辞書にあった。憶えていたのは奇跡に近い。しかし今の状況、其れがピタリと当て嵌まって仕方無い。
汚い言葉で罵倒された方が未だ、幸せだったかもしれない。勿論、この麗容な唇が紡ぐ訳等無いが。
印象が変わったとまではいかない。可笑しくなったとの表現が正しい気がする。
振り返って戻って来る可能性、其れは零に限りなく近いと思っていたばっかりに、まさか抱き起こされて雪を払われ状態を問われる等とは。
放心状態も良い処、結局数分前と変わらぬ様に抱え上げられて道を歩く事に為っても文句の一つさえ言えない侭だった。



両者、無言。そして、足跡が真っ更な雪原に一つ、また一つと付けられて行く。
空気は凍て付いていて酷く冷たい。抱えられていると言うのに、ルシウスの体温が酷く冷たいからか、子供特有の体温が奪われて行くように冷えていった。
ルシウスの冷たい体温に、全ての熱を奪われてしまって居るのではないかと錯覚を帯びる。勿論、氷点下を極めるこの気温の所為かも知れなかった。
けれど確証付けるかの様、ちらりと横目で伺ったルシウスの蒼い双眸は氷徹した冬空の様に青く凍っていた。





「 …良いか、約束を違える事だけはするな。 」

「 そんなこと、言われなくても判って…! 」





突然言葉が降ってくる事にはもう慣れた。投げられる言葉の大半が一方的な指図的命令言葉であることも。
溜息を吐きたくなって、殺す様に冷たい息を呑んで、空を見上げる。
すっと細い、弓の様な上弦の月が、紺碧に染まりゆく空に静かに揺らめき、風に靡く銀糸を輝くばかりに照らしていた。
唯の煉瓦並木が連なっていただけの道、次第に人影も少なくなって所々夜風にさざめく白樺の雑木林が姿を見せ始める。
突然、空気が変わった気がした。
風もなく静穏な宵。どこからともなく香るのは、澄みきった細流と森の梢。なだらかな丘を登る様に丘陵を越え、引き寄せられる様に身体を起こして向き直った 先に見たのは

石造りの堅牢な外観と長い年月をかけて培われた重厚な威厳を携えた、ゴシック様式の城砦風を思わる屋敷。

其れが月の光りを鈍く受けながら、閑静な木々の陰影の中に浮かび上がりながら、紅に揺らぐ灯りを伴って主の帰還を待ち侘びているようだった。
月からの光り、松明の灯り、其れが大理石の滑らかな質感を更に強調して、屋敷はこの世のものとは思えないほど美しく幻想的な光の被膜を纏っていた。





「 …こ、此処って… 」

「 私の屋敷だ。 」





は言葉無く、其の光景に魅せられた。そして、先とは全く別の意味を持って息を呑む。
映し出されたその全景、屋敷と呼ぶには恐ろしい程の景観を与える巨大な小宮殿とも言えるべき建物が見渡す限りの芝生の中に在った。
ルシウスの身体を帯びる、想像を超えた魔力が屋敷全体に一瞬で伝わって、風が唸り木々が其の身体を震わせる。
主が、帰還された。
如実に音無く告げられた気がして耳を澄ませば、暗雲の中に燈った灯りが更なる光りを帯びた気がした。
聳える壮麗な城郭には砂子を溶かし散りばめたような灯が幾つも燈される。
たちどころに景色を変化させる屋敷に構う事無く、ルシウスは其の歩みと止めず、雄大な屋敷をぐるりと取り囲む様にして聳える鉄格子の様な柵に指を触れる。
主を受け入れる様に鈍い音を立てて開かれた扉、其の最奥の屋敷の玄関が静かにゆっくりと開かれ、柔らかな暖色の光りに漏れ映し出されたのは数十名を数える 人間が頭を垂れた其の姿。





「 お帰りなさいませ、主様。 」





辿り着いた玄関の先、至る所から其の言葉が漏れるが、ルシウスは其のどれにも言葉を返すことはしなかった。
代わりとばかり、呆気に取られた侭のを腕から下ろす。
が両の足を久方振りに地面に着けたのと、数十名の執事一同が頭を上げたのは略同時刻。
其の場に居た全ての執事の驚愕の表情、其処に映りこんだのは、背に月光を浴びて濡れたように艶を増した漆黒の髪と、頬に濃い影を落とす長い睫を携えた6歳 足らずの少女。





「 主様…此方の御子は… 」

「 私の古い友人の娘だ。名をという。暫く預かる事に為った。 」

「 で、ですが…この屋敷に、マグルを迎え入れる訳には… 」

「 …お前は私に口答出来るほど偉かったか。 」





憂いを帯びた執事の口元が、深い懺悔と共に祈りの言葉を吐き出す。
如何やら主に口答えをした者は問答無用で解雇が約束されているらしい。マルフォイ家は酷く規律が厳しいと言われていた事実も強ち誇大妄想ではなかったと思 い知る。
顔面が一気に蒼白に為る執事を尻目に、ルシウスはを引っ張って前に立たせる。如何やら挨拶しろ、との事らしい。
感情の籠らない声、其れは自分の家に仕える者に対しても何一つ変わることは無かった。





「 …と言います。これから…宜しくお願いします 」





たどたどしい口調、小さく丁寧に下げた頭に寄添って漆黒の髪が揺らりと肩を滑り落ちた。
視線を戻しても、大勢居る執事はに対して主同様に深く頭を下げただけで何も語る事は無かった。
疎まれている、直感的にそう悟る。無理も無い、此処は生粋の純血一族のみが立ち入る事を赦された云わば聖地に近き場所。
ルシウスの様に、嘲笑を含んだ口調で言葉を返された方が何倍も心が救われた。
マグルである事がそんなにもいけないことなのか。
怒りよりも哀しみが先に立った。この先、如何転んでもルシウスに身を任せてなくては為らない自分自身が酷く惨めで、情けなかった。
蔑まれながら、マグルという事実を隠し、怒りと、焦燥と、僅かな哀しみを隠して此処で生きて行く。





握り締めた小さな拳、縋れるものは何も無いと、この時確かに自覚した。






























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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/8/10