*この話は 「 19 朝の日ざし 」の続編になっています。
  一読されてから読むことをお勧め致します。





とけた魔法と心








「 ルシウス…今日叔母様がいらっしゃる予定… 」











ルシウスの部屋に入り、そう告げたときは、部屋の主はその空間の中に存在しては居なかった。
静まり返った室内には、未だ湯気の昇るカップと葉巻が置かれており、数分前までは其処に誰かが居たことが伺える。
広すぎる部屋を一望してみても、物音一つ聞えずに、返答も無い。
ソファーに掛けられていたローブがルシウスの物であることは両全で、それを確認するとは静かに扉を閉めた。
キィ…と言う木材の擦れるような音が、廊下にゆっくりと浸透してゆく。











「 うーん…トイレかなぁ…? 」











に何も告げずに家から出る事が無いルシウス。
つまりは、屋敷の中には居ると言うことは確実であり、屋敷内を歩いていればルシウスにすれ違うことは無くても存在をしっている人には出会うだろう。
そんな安易な考えの元、慶喜良くは廊下を進んでいく。
書斎、バスルーム、中庭、ラウンジ。
ルシウスが寄りそうな場所は全てあたって見るも、その存在を直接的には感じることが出来ずに居た。
後はもう何処を探せば良いのかすら皆目検討が付かない。
広すぎる邸宅を隅々まで探すよりも、リビングで大人しく待っていたほうが断然効率は良い。
何故そんな事に早く気付かなかったのか、と自身を叱咤しながら踵を返した時、ふと暗がりに差し込む光りを見た。











何があるのだろう?
それは本当に些細な好奇心。
進む足取りは冒険をする探険家の様に軽かった。
其処は、中世ヨーロッパバロック調時代を代表する彫刻家の物であろう模様の入った扉が大きく立ちはだかっていた。
光りに当たって普段の濃い茶褐色ではなく、うっすらと黄色味の掛かった色へと変っていた扉は中央に紋章のような物が添えつけてある。
はその扉の存在を知っている。
其処は紛れも無く、ルシウスに”決して踏み入れてはならない”と言われた部屋だった。











「 あっ… 」











扉の前で立ち尽くしていたの直ぐ傍で、小さな音がした。
風に靡いた髪の重さと風圧で、緩く結わえていた髪飾りが音を立てて床に落ちていた。
丸みを帯びたその髪飾りは、が気付いた時には既に勢いを持ってころころと転がり、まるで吸い込まれていくかのように扉の奥へと入り込んでいた。
普段はしっかりと外側から鍵の掛かっているその部屋は、何故か少しだけ開いていた。
もしかしたら、ルシウスがその部屋の中に居るのかも知れない。
そんな期待を抱きつつ、は片手でそっと扉を押す。
招き入れるように緩やかな弧を描いて開いた扉は、古めかしい木材が感嘆の声を上げながら、少女を禁断の地へと誘う。











「 …ルシ…ウス…? 」











光りの少ない室内は、凛とした空気に包まれていた。
ノースリーブのワンピースを着ていたにとって、その寒さは少し厳しいで有ることは疑う余地も無い。
互いの手で互いの二の腕付近を擦り合わせるようにして体温を暖めつつ、落とした髪飾りの行方を捜して歩き続ける。
何処からとも無く吹き込んでくるような冷たい風が、背筋に悪寒を走らせた。
ルシウスの名を呼んでみるも、それは虚しく部屋に響いて木霊するのみで。
徐々に暗くなりつつある部屋に恐怖すら感じながら、がふと右を見上げれば、きちりと閉められたカーテンが眼に映る。
早足でたどり着いたその場所で、一気にカーテンを引く。
長い間使われていなかったのか、埃が舞う中で、外からの柔らかな光りが満面に差し込んできた。











「 窓は開かないみたい… 」











内側から鉄格子でも填められている様な造りのその窓は、はめ込み式らしく、開く様子も可能性も無い。
けれども、先ほどの暗闇よりは幾分かマシになった、と安堵しながら光りの差し込んでいる部屋をゆるりと見渡した。
先ほどは暗闇で見えなかった部屋の全景。
それは思った以上に質素で簡素で殺風景な部屋だった。
中央にはテーブルと椅子6脚。
横には本を入れるための本棚であろうか、棚が置かれており、その更に脇にはもう何十年も使われていないような暖炉が静かに佇んでいた。
その丁度陰り。
紅く輝く髪飾りが瞳に飛び込んでくる。











「 後でルシウスに謝らなくっちゃ。 」











髪飾りを手にして、足早に部屋に戻ろうとその暖炉に近づいた時。
直ぐ後ろに、誰かの何かの感覚が漂うようなそんな感触が背から伝わる。
ゆっくりと後ろを振り返るけれど、其処には自分が開いたカーテンと、開かない窓があるのみ。
けれどそれは直ぐに違和感へと変ることになる。
先ほどカーテンを開けたときには無かった。
薄い冊子の様なものが、静かに静かに其処に置いてある。











「 …私、ボケたのかな? 」











拾い掛けた髪飾りもそのままに、は踵を返すと引き寄せられるかのように窓のほうへと進路を変えた。
大して距離も無いので、数歩歩けばその眼下に光りと窓が広がる。
近くでよくよく見てみれば、それは高級そうなカバーに覆われた古い日記帳のような物。
表紙の部分には、見慣れたルシウスの丁寧な字で「D.B」と書かれている。
つまりは、日記帳。
良心が痛むような気がしたけれど、はその表紙に知らず知らずに手を添えて捲り上げていた。
そう…
見なければならないかのように。











「 …Vol…d…mort…? 」











それは聞きなれない音の聞きなれない言葉。
それが冒頭に書かれていた。
”これ以上、読んではいけない”
そう、心が叫んでいるような気がした。
けれど、の指は操られているかの如く、そのまま次のページを開くこととなる。
そして…
禁断の聖地への扉は、開かれる。











「 Riddle…それは、心に封印した古の名前… 」











Riddle…?











読みながら、は脳裏にその文字だけが延々響いているような感覚に襲われる。
他の文章も読むけれど、内容は全く理解できない高度な物ばかりでには判らない。
けれど、時折出てくる”Riddle”という単語を聞くと、何かを忘れているような、思い出さなければならないような、そんな感覚に苛まれる。
何を思い出せばいいのか、何を忘れてしまっているのか。
それをが思い出すことは無かった。
矛盾点を感じた時点で引き返すべきだった。
全てを知ってしまう前に。











「 Voldmort(偉大なるあのお方)が、復活した。
 Voldmort…Riddle…… 」











VoldmortとRiddle。
どうしても抜け切ることの出来ないモヤモヤとした感覚が、胸を突き上げた。
いつの間にか震えはじめた指が、最後のページを捲り上げる。
決して読んではいけないページ。
知ってはいけない事実。
知らなければ幸せに過ごせたであろう未来。
何も失うことが無かった幸せな日々。
が最後の一文を読んだ時、それは音を立てて崩れ落ちる。
封印した魔法が、解けた。











「 私が愛した少女は…Voldmortの愛した女だった… 」











カタン、と小さな音が床に広がる。
無造作に落とされた日記は、最後のページを開いた状態のまま、裏返されて静かに床に眠っている。
日記を落とした手が、ゆっくりと下に降り。
ペタンと床に座り込むような形で、はその場に崩れ落ちた。
真っ白な頬には、一筋の涙。
薄紫の瞳から、ゆっくりと涙が溢れては零れ落ちてゆく。











「 Riddle…Tom Marvoro Riddle…
 リドル…っ… 」











少女は全てを一瞬にして思い出す。
自分が誰で、何の目的で、あの場所に居たのかを。
そして、自分は酷く愛されていたことを。
Voldmortに名を変えてしまったリドルを、心の底から愛して居たことを。
思い出してはいけない事実。
自分が生きていることの存在意義。
それら全てが去来した瞬間、は全てを思い出してしまった。











「 …リド…ル… 」











引っ切り無しに溢れる涙は、悲しみか喜びか。
震えた指先は未だ衰える事無く震え続けていて。
一瞬にして、音を立て燃え上がる暖炉の炎が揺らめきながらを映し出す。
古の炎の中。
聞きなれた懐かしい声が、の耳を擽った。











、帰っておいで −











柔らかく微笑むその瞳は、紅蓮の色に染まりきっていた。











数分後。
うっすらと光りの漏れるその部屋の前を通りかかったルシウスは、知る。
最後のページが開かれたままの日記との髪飾り。
数分前までは燃え上がっていたであろう、暖かな空気を残す暖炉。
その傍。




「The necromancy soon came loose. 」
美しすぎる筆記体が厭味なほどにのた打ち回りながら、読まれることを望んでいた。













□ あとがき □

展開、急すぎましたかね??
ようやく此処まで書き終わりました!頑張った、私(笑)
本当はもう少し別の記憶の戻し方を考えていたのですが…三話ぐらいかかりそうなので、此方の方法で(笑)
もうじきラストを迎えようと思うのですが、実は、分岐を考えています。
ラストだけ、二択での分岐。
申し訳ないことにラストが二種類思いついてしまいまして(汗)
勘のイイ方はきっと、「どんな種類の選択なのか」が判るかと。

因みに、「The necromancy soon came loose. 」 の意味は、「 魔法は直ぐ解けてしまった 」です。
リドルのルシウスに当てた手紙みたいな物ですね(苦笑)





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