*この話は 「
18 忘れられぬ面影
」の続編になっています。
一読されてから読むことをお勧め致します。
その扉の向こうに
二度とは訪れる事も無いであろうと心に刻んだ嘗ての主の居城を見上げ、相変わらず、濁世を映す鏡のようだとルシウスは言葉を飲み込んだ。
己が主を裏切ったその日から、どれだけの月日が流れ落ちたのだろうか。
同じ根城に留まる訳の無いヴォルデモート卿は、流れ去るようにその居城を変えていたことは、昔仕えていた長柄に熟知している。
あれから一切の絆を断ち切ったルシウスが、ヴォルデモートの居城を探し出す等不可能に近いことは己で一番良く判っていた。
立て札さえ存在しないこの深く暗い森に守られた古城を「ヴォルデモート卿の根城」だと思ったのは何故であろうか。
道順どころか在り処さえ知らぬ筈の己が此処まで来れたのは、紛れも無くヴォルデモート卿に引き寄せられた為。
時を止めてしまった有るべくして回る運命の歯車が、静かに回りだす音が木霊する。
「 ねぇ、パパに逢いに来たの? 」
気配も無く、声がした。
それは透明な少女の声。
深く暗い森中に聞こえる筈の無い人の声に、ルシウスは怪訝そうに眉を顰めた。
手にした杖を握り締める様に持てば、その刹那に、眼下に小さな少女が姿を現した。
空に完全に浮いている状態でルシウスに微笑み掛ける少女は、もう一度淡蒼の瞳を見つめて、問う。
”パパに逢いに来たの?”と。
「 …誰だ。 」
少女であれ、以外の女等眼中に無いルシウスは、そのまま杖の先を少女の額間際に向けた。
相手が宙に浮く不可思議物体であれ、幼い少女であれ、己の邪魔をする者は単なる邪魔者でしかなく、排除すべき対象となる。
鋭利な瞳から、完全に情という感情が消え失せる。
研ぎ澄まされた冷徹さを前面に押し出して少女を一瞥したルシウスに、少女の顔が一瞬で強張る。
満面の微笑みは引き攣った痛笑へと代わり、たじろく様に一歩後ろへと下がる。
しかし、ルシウスはそれを許さず、少女に更に詰め寄るようにそのまま一歩前へ歩み出た。
今にも泣き出しそうな少女が、小さく息を呑む。
- ルシウス、私の元へ着たくばレイラに着いて来い。
レイラ、その男を私の元まで案内してくれないかな -
それは突然、心の中に響いた声だった。
紛れも無くヴォルデモート卿の声色をしたその響きは、ルシウスの心の中に恐怖心を甦らせる。
忘れ去った筈の嘗ての主が、自分を呼んでいる。
そう思えば自然と蘇る嘗ての恐怖心と忠誠心に苛まれ、混濁した感情が一気に押し寄せた。
それでも、眼前の少女はヴォルデモートの声を聞いた途端に表情が嬉々としたものへと変わる。
瞳に涙すら溜めていた少女が、一瞬で有らん限りの微笑を零す。
虚空に向かって返事をした少女は、踵を返すと橋さえない堀を渡り始める。
着いて来いと言わんばかりにしきりに後ろを振り返り、ルシウスを促す。
仕方無しに少女の後を追う様に歩けば、不思議と其処に、有る筈の無い道が出来る。
「 貴方のお嫁さん、凄く綺麗で幸せそうだった 」
少女が歩きながらルシウスに語りかける。
ルシウスが一歩自分の後を歩いてから、少女は一度も後ろを見なかった。
決して後ろを振り返る事無く、それでも己が自分の後ろを着いて来ていると知っている様に、少女は奈落の底を目指すように只管歩く。
頷くことも言葉を返してやる事も無いルシウスは、只黙って少女の後ろを歩く。
周りに映りこむ景色が様々に変化を遂げ、ちらりちらりとデス・イーターと思われるべく影が見え始めた。
何時まで経っても居城に着く気配すらないその長い道を歩きながら、ルシウスはこの道を逆に辿った日を思い返す。
あれは己が忠誠を己で裏切った日。
暗闇の中で生きる己に、光りと安らぎをくれた一人の少女。
デス・イーターの少女に惹かれた己は、知らず知らずに少女を愛し、少女を欲した。
全てを裏切り、全てを失ってでも、守りたい者があった。
光りと安らぎをくれた少女が只一度だけ、悲しそうに笑ったのは、己が少女に愛を告げた際。
目を伏せて涙を溜めた少女は、唯一度だけ酷く哀しそうに笑った。
その日初めて、己が生涯を掛けて貫こうと決意した主の愛した女が、だと知った。
「 此処に来ても…もう、貴方の元にお嫁さんは帰って来ないよ… 」
少女は一度だけ振り返って悲しそうに笑った。
あの日のと同じ様に、酷く哀を湛えた表情で、それでも笑顔を作ろうと必死に微笑むその様。
情景を思い出させる様なその少女の笑みに、ルシウスが初めて言葉を投げようと息を吸い込むと、少女はもう一度だけ笑って消えた。
刹那、眼前に何も無かった筈が蜃気楼に揺らめく幻影の様に扉が一つ現れる。
古びた石で作られたその扉に、魔法が施してある形跡は無く、唯、二つの取っ手が風に揺らいでいた。
風は外から中へではなく、明らかに中から外へと吹き込んでいる。
あの日覚えた身の凍る様な寒さに、身体が覚えているのか、足が竦む。
それでも、此処まで来たからには中に進まなくては意味が無い。
意を決するように、ルシウスは静かにその扉を杖の先で押し開けた。
「 懐かしい。酷く懐かしい、ルシウスよ 」
彼は、笑っていた。
嫉視する程に崇高なる存在であった主が、あの日と同じライニングチェアーに腰を落として此方を仰ぐ。
己が覚えているその頃よりも更に凄烈した魔力が自然と辺りに立ち込めて居るのを身体で感じる。
ルシウスが一歩その中に足を入れれば、刹那に扉は閉まって、灯かりが燈り、初めから室内の中に居たかのような錯覚を覚える。
大理石のタイル張りが施されたその床には、こびり付いていても可笑しくない血痕は一切見当たらずに、静寂が包み込んで。
厭味なほどにあの日の情景そのものを作り出すヴォルデモート卿は、まるで旧友との再会を喜ぶかのように、懐かしそうな表情を湛える。
凛とした涼しさと、計り知れないほどのその力が共鳴して、全身に悪寒が走る。
震え上がりそうな程に竦む己を叱咤して、ルシウスは嘗ての主に牙を剥く。
「 は何処だ。 」
「 人様の女を呼び捨てとは躾けが悪い。 」
「 …は私の妻だ。我が妻を名で呼んで何が悪い 」
その言葉に、ヴォルデモートはくつくつと笑った。
酷く、楽しそうに。
嬉々劇を見ているかの様に声を殺して笑う様はまるで己が莫迦にされている気がしてならず、ルシウスは衝動的に杖を掴み上げる。
躊躇うことも無く、その先をヴォルデモートに向けると、愕いた様に瞳を見開く。
それも一瞬で、嬉しそうな残酷そのものの笑みを湛えたヴォルデモートがそのままルシウスを見た。
「 は何処だと聞いている 」
其処に、嘗て忠誠を誓った主の幻影は無い。
ルシウスに取って、ヴォルデモートよりも恐ろしいのは、愛しいを手離すこと。
苛立ちが脳内を駆け抜けて、杖を持つ手が若干震える。
それは主を恐れての震えではないとしきりに自分に言い聞かせながら、それでもルシウスは主を一瞥し続けた。
「 、あの男を知っているか? 」
笑みを消したヴォルデモートが、指を小さく鳴らすと何かが弾けた様に一瞬で世界が変わる。
其処は先ほどの古めかしい洋室ではなく、暖炉に灯が燈った室内。
別次元の世界から瞬間移動してきたような感覚を覚えたルシウスが、瞬いた閃光に一瞬瞳を閉じて、開く。
重い瞼が開いた先には、先ほどと同じ様に椅子に腰を落としたヴォルデモートが蔑んだ瞳で此方を見る。
その足元。
凭れ掛かるようにヴォルデモートに身を寄せるのは、紛れも無く己が愛した少女の姿。
眼中にその存在を認めるや否や、ルシウスは愛しい少女の名を紡ぐ。
居なくなったその日のままの服装でヴォルデモートに身を委ねる少女は、ゆらりとその視線をヴォルデモートからルシウスに映す。
何一つ変わる事無いルシウスの愛した少女が、その瞳の中にルシウスを映しこんだ瞬間、桜色の唇がゆっくりと動いた。
「 …貴方、だぁれ…? 」
小首を傾げた少女は、それだけ告げると、また嬉しそうにヴォルデモートに身を委ねた。
その柔らかい髪を撫でてやりながら、ヴォルデモートは視線だけでルシウスに言う。
”お前の妻は、もう、居ない”と。
少女の…、その瞳に、ルシウスの姿は映らない。
その声は、ルシウスの名を紡がない。
その心は、ルシウスを必要としない。
薄蒼の瞳から、光りが、消えた。
私には、守りたいものがあった。
命に代えても守りたいものがあった。
己が忠誠を誓った主を裏切ってでも、守ってやりたいと思うものがあった。
もう二度と離すまいと心に誓い、記憶を無くした少女の小さなその手を取った。
暗闇に身を沈める己に光りと安らぎを齎した少女を、命に代えても守りたいとそう願った。
もう一度、巡り逢えたら次こそはこの手を離さない、と。
ヴォルデモートに奪われたをもう一度この腕に抱きしめることが叶うなら、もう二度と、この腕から逃しはしないと。
あの廃墟で再びに巡り逢えたのは、二度目の奇跡。
それでも、奇跡は三度、起こらない。
「 私の道楽だよ、ルシウス。楽しかっただろう?との生活は。
一年もそれを味遭わせたんだ、感謝すべきだろう
の記憶は消した。
お前との下らない思い出等、必要ないのだからな 」
回り出した運命の歯車は、止められない。
笑みを湛えた主を仰ぐその薄蒼の瞳には、自分を映すことの無いだけが映りこむ。
己が生涯を掛けて愛した少女は、ヴォルデモートの愛した女だった。
自分を愛してくれた少女は、もう、愛を紡ぐことは無い。
ひだまりの様なその愛が蘇ることは、無い。
□ あとがき □
そろそろ終焉へのカウントダウンですね(笑)
卿様が思いっきり悪人になってますが…こういう卿、大好きなんですよ…!!
もう、己の趣味にひた走ってますが、やっぱり卿の口調は慣れません(笑)
使い分けられて居ないのですが、卿としての口調はルシウスに対してだけです。
ヒロインとレイラに関しては、リドルの面影残した卿なんで…(爆)
↑違いが曖昧すぎる…私(泣))
[
Back
] [
Next
]
Copy Right (C) Saika Kijyo All Rights Reserved.