唯の骨と血管と肉が重なり合っただけの肢体一本で遥か上空150メートルに振り落とされた君を繋ぎとめ、焦燥する僕に、其れでも君は笑って言った。


「トム、スニッチが真直ぐにこっちに来るよ、早く手を離してスニッチを---------------


手を離せば自分は地面に叩き付けられ命を落としてしまうかもしれない。
そんな予感が脳裏を一瞬でも過る事は無いのだろうか。呆れる程自分に興味が無いかの様に周囲を見渡してはスニッチの軌跡を追い、真直ぐに此方へ軌道修正し たスニッチを必死で追うグリフィンドールのシーカーを見詰める。

一週間前までは、何の冗談無しに至近距離にあった薄紫の瞳、柔らかく馨る柑橘でさえ、違和感などある筈もなかった。
だと云うのに、今、重なり合わさった手一つから伝わってくる温もりが酷く心地良くて、懐かしいと思慮する。
が僕の一番近いところに居て、僕がの一番傍に居た。そう、傍に。
あの頃は確かに-------------…誰よりも近くにいたのに。 あぁ、今は。


「トム…、手、離して?」

「出来るわけ無いだろう、。本来ならばこの状況下、一人くらい教師が手助けしても良い筈だろう。
其れが、"無い"んだ、そう、君が落ちたら誰もと云う一人の生徒を助けられないんだよ。
だから死んでも手は離せない、誰が、離すか---------------っ」


言えば、薄紫の瞳が真直ぐに此方を見据え強い眼差しを送ってきた。
余り見ることは無いの真摯な眼差しに、神に魅せられたかのように視線が釘付けになる。如何しようもなく湧き上がる胸の鼓動。唯、息を呑んだ。


「私やっぱり、トムが良いよ。恋人なんて要らない、単なる奇妙な好奇心で誰かを好きになんて為らない。
私は-----------------トムが居れば其れで良い。」


告白染みた科白に、僕は何と言葉を返せば良かったのだろう。
大方、は吐き出した言葉の一つ一つが、単語を摩り替えた僕に対する愛の言葉だとは思っていないのだろう。
ゆっくりとは、儚いけれども強い瞳で僕を見返し、全ての想い籠めた様に微笑んだ。

刹那、確かに掴んだ筈のか細い腕は僕の掌から逃れるように擦り抜けて、小さな身体は緑のフィールドに吸い込まれる様に消えていった。


-----------------------っ!


何処の誰が繋ぎ合わせた言葉で僕を嘲笑し失笑しようとも、僕は君だけを乞い、君だけを護り続けるのだ、と燻る胸の恋情に確かに誓った。
誓った………んだ。





初花の春 5








叫んでいる暇も無ければ、如何してこう云う状況になってしまったんだろうと 思考する暇も無ければ、如何してもっと堅く強く摑んでおかなかったんだと後悔する暇も無い。余計な事を考えている時間は其れこそ一秒さえも惜しかった。
だから僕は、落ちていったの動向を確認する事も無く箒を翻すと、真直ぐにスニッチへ向かって速度を上げた。

冷静さを欠いていたと思う。いや、この状況で冷静さを欠くような非情な人間ではないと云う事は自覚していた。
落ちた相手が其れこそその辺に群がっている女の中の一人や男の友人なら未だしも、たった独りの、果てしない闇の先に綺麗な光を見せてくれた君だったのだか ら。

其れを失う位ならば、僕は何だってするだろう。そう、どれだけ卑劣な手段を使おうとも、スニッチを奪い取って君を攫いに行く。




スリザリンの貴公子と呼ばれた紅蓮の瞳を持つ彼は、其の双眸を真直ぐに前へ向ける。
数メートル先のスニッチを挟んで、リドルとグリフィンドールのシーカーが向かい合い、どちらが先にスニッチを掴むか、接線を予感させた。
だが、刹那にグリフィンドールのシーカーが箒の速度を止め、其の場に留まらざるを得ない様に蒼白染みた表情で空中に立止まった。勿論其の行為にグリフィン ドール寮からは罵倒と叱責の声が挙がったが、グリフィンドールのシーカーにすれば、全てひっくるめた騒音に変わり、目の前にした恐怖に比べれば其れこそ屁 でも無かった。

口元には薄く笑みを刷いている癖に、まるで他者を威嚇するかのような鋭い刃、突き刺さるは紅蓮の眼差し。
其れを目の当りにし、グリフィンドールのシーカーは怖じけた。手を出したら許しはしない、と獰猛さを心の中に潜ませ、独り言のような言葉は胸の中に封じ込 め、薄い笑いに混じってスニッチを掌で張り飛ばすようにトムが掴んだ。


---------------------ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ、
蒼穹の空にクィディッチ終了のホイッスルが鳴り響き、スリザリン寮からは感極まった生徒の黄色い声が沸き上がる。
シーカーであるリドルの名を叫びながら「あいしてる」と告げる女達に眼も暮れず、彼は掴んだスニッチを空中へ放り投げると真直ぐに地面に急降下した。


ドサッ、と砂袋が地面に激突するような乾いた音を立てて、地面との接触間際でリドルがの身体を抱き留めた。
衝撃は思った程強く無く、緑の地面が少しばかり剥げ、土がリドルのクィディッチのローブを汚した程度で済んだ。見たところ、リドルもも目立つ怪我どこ ろか傷一つ追っていない様子だ。
リドルはすぐさまの無事を確認しようと白磁の頬を二・三度掌で叩いてみたが、重力を伴って真直ぐに垂直落下した為、は薄い瞼を堅く閉じて気を失っ てしまっていた。
其れでもすやすやと寝ている様に浅く呼吸するに安堵して、リドルがを腕に抱いた侭立ち上がる。

スリザリン貴公子の劇的な救出劇に、寮も男女も問わず歓声と拍手が沸き上がった。けれどそのどれにも応える事無く、リドルは一際濃い蒼色を宿した空に背を 預け、静かにフィールドを後にした。





「…如何云うことだ、説明しろ、トム!約束しただろう、ちゃんを危険な目にあわせないって!!」

先ほどからスリザリンの談話室で延々とアンドリューの小言を聞かされ続けているリドルは、アンドリューの小言を半分聞いているようでもう半分は完全に聞い ていなかった。
を助け出してから真直ぐに医務室へと運び、其れから既に5時間が経過しているが、がスリザリン寮へ戻ってきた形跡は無かった。
本当はずっと傍に付いていたかった、と云うのが本音だが、顔に怒気を張り巡らせた友人に首根っこを捕まれる様に寮へと強制送還され、もう彼是4時間は小言 を聞いている。何をこんなに言うことがあるのか、そう思えるほど永遠と心のうちを曝け出す友人に、リドルはいい加減切れそうな感情を押し殺す事に飽きてし まっていた。


「………聞いてる?トム。」
「………聞いて無い、かな。確かに悪いとは思っているけど、僕はが君のものに為ったなんて認めて無い。
だから僕は君の彼女を危険な目に合わせたって云う自覚は無いんだ。
僕の大切な人を危険な目に合わせた、って云う自覚は其れこそムカ付くほどにあるけどね。」


昨日まで、とアンドリューには、自分には判らぬ同じものが見えているように、リドルには思われた。
が、離れていく、道しるべさえ残さず彼方へと遠ざかっていってしまう。リドルを置いて、届かないところにまで。
漠然とした不安から紡ぎだされた結論、其れを延々と考えることは、非常に恐ろしかった。
アンドリューと云う人間が出現したことによって、とリドルの間には、もう多くのものが横たわって隔てて居るのだと、認めることは。
嘗ては許されていた、互いに傍らにあることが当然で、誰も何も疑問視すらしないことだった。
けれど既に、自分には其れを望んでしか手に入れられないものになってしまうのだと、何処かで思っていた。
望んでまで手に入れてしまいたいものなど、今まで何一つとしてなかった。在ってはいけなかった、そんなもの。だから、無意識にも目を逸らそうとしたのかも しれない。其れがこんな結末を生むなんて、想像すらもしていなかった。


---------------ならもう安易に手放すなよ。誰が横槍入れてきても絶対に傍から離すな。
お前にあんな表情させる女なんて、もう二度と現れるか現れないか。」

久しぶりに見たよ、あんな表情。お前やっぱり、本質はやはり変わっていなかったな。

困った様に笑ったアンドリューに、リドルも苦笑した。
この友人くらいだ、本性を曝け出す前に感付いて、其れでも共に在ってくれるのは。だからこそ、彼にだけは渡したくなかった、如何やって叩き潰してやろう か、貶めてやる手段ならば幾らでも持っている、冷静さを失った自分が彼に何をするかなんて判らなかったのだから。


「あぁ、そうするよ。」
「本当は…な、トム。クィディッチが始まる前に別れたんだ。
俺が切り出した、気付いたんだ、俺はお前…トム・マールヴォロ・リドルと一緒に居るちゃんが好きだったんだ。
だからお前とちゃんが仲違いみたいになって、そんな事に為る位なら俺は唯傍で見ていた方が幸せだ。」


人とひとが、一度すれ違ってしまえば、残るは苦しみばかりだった。
誰かを想うことは、決して優しいことばかりではない。辛い事もあるだろうし、悲しさもある。理解することと、心は違うのだ。
彼が欲しがったのは他の誰でもなく、トム・マールヴォロ・リドルを見詰め笑うであって、自分だけを選んでくれる彼女ではない。きっと、欲しかったの は、唯其れだけだったのに、多くを望みすぎたからこう為った。
一番させたくない表情をさせて、一番辛い思いをさせた。悲しませるつもりなんて、1ミリも無かったんだ。


「………お前、自分で今、自分を恰好良いと思っただろ、アンドリュー」
「いえいえ、愛しい人を地面激突一秒前で奇跡的に救い出したスリザリン貴公子様よりも全然劣ります。」
「莫迦にしてるだろ、その発言。」
「いえいえ、とてもカッコウ良い王子様でした。」


だから早く医務室に行け、と談話室を蹴り出されたリドルは釈然としない思いを抱えた侭、素直に医務室へと足を向けた。
医務室に着けばは既に身体を起こしシーツを整えて部屋を出る間際だった。開口一発目、何を言おうか。連綿と考えていたリドルの思考はの普段と変わ らぬ表情を垣間見た瞬間に、脳髄の彼方へ飛んで行った。


改めて二人きりになってしまえば、何を告げれば良いのか、白いシーツを合間に挟んでお互いわからないような有様。
交わす言葉も浮かばず、もリドルも何も口にしないため、必然的に沈黙ばかりが二人の間には落ちて来た。
は意識を飛ばしたとは言え、自分でリドルの手を離した事を覚えて居た。だからこそ、リドルが此処へ来てくれるとは思っても居なかった。
リドルは今、何を考えているのだろう。そう考えたのは、若しかしたらリドルに出逢って初めての経験かもしれない。
自分から先ず、助けてくれた礼を言えばいいのか、其れとも手を勝手に離した事への謝罪の言葉を口にすればいいのか。如何にも切り出せず、沈黙を守れば、


「天文学の塔が明日新調されて、ガラス張りになるみたいだよ。
講義以外は立ち退きを余儀無くされる。今日がガラス張りに為る前の最後の日。どう、見納めてくる?」

何時もの眼差しに何時もの声色。
一週間のブランクがあっただなんて微塵も感じさせないリドルに、の胸に思い切り捕まれた様な衝撃が走った。
そうして降って来た沢山のお菓子に、の薄紫の瞳が歓喜に見開く。空は濃い紫色に侵食され、早めの幾つかの星も輝いている。こんな日に天文学の塔で天体 観測なんて、望んでもそう手に入るものではない。

「勿論、聞くまでも無いよ、ジェントルメン!あ、天体観測だから金平糖持っていこう、金平糖!」
「…何であえて金平糖?」
----------------だってほら、空から落ちてくる星を食べている見たいな気分になれるでしょう!」


言いながら、リドルがあとに続くことを恐らくは疑いもせず、促すように先を進んでいく。
そうして廊下には規則正しいリドルの足音に、重なるようの小さな足音が木霊する。


そうだ、此れで良い。僕と君はこの曖昧な関係を保った侭、お互い愛だとか恋だとか、そんなものに左右されず君が気付かないなら気付かない侭で、何時までも 一緒に居ようか。

君を失いかけた其の瞬間に厭と云うほどに思い知った。4つも下の女とは到底呼べない子どもに、心を奪い取られたと。
そんな人間に出逢うことなんて生涯無いと思っていた、だからこそ見つけてしまえば、もう二度と離せない。



運命がもし存在するなら、こんな関係…其れこそ運命以外、ないだろう。
































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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/6/17