last scene




day-98 :手にした其れを希望と呼んでもいいですか





視覚よりも先に聴覚だけが覚醒を果たし、は己の意思とは全く無関係に彼らの話を客観的に聞いていた。
最初のうちこそ記憶弊害が起こり、今自分が何処に居るのかを必死に思い出そうと試みてみたりもしたが、何一つとして思い出せず空虚な時間ばかりが脳をせしめるので諦めてしまった。
故に、会話を右から左へと聞き流していただけだったが、ルシウスの科白を聞いた瞬間何よりも先ず心が思い出して、無意識に言葉を発した。
直後。
自我を保つように硬く閉じられた瞼を開いたを迎えたのは、先程まで会話していただろうスネイプでもルシウスでもなく、慣れ親しんだハーマイオニーの歓喜の声。


…!大丈夫?!」
「う、……ん、平気、ありがとう」


うっすらとひらけた視界。
長い間暗闇に居た所為か、妙に白く眩しく、明確な像を結ぶまでに暫し時間を要した。
急速に現在の意識と過去の記憶が頭の中で明確化し、は漸く思い出した。一つの暗い影を。
あの日。突然Revalue城に攻め込んできた人間に杖を突き付けられた直後、幼い自分を庇うようにして眼前に立つ何者かの姿を。
誰か、と問うても応えてくれる事無く、顧みてさえくれなかった。
明度の薄い銀色の光が戦ぐ様に流れているのを、手をかざし、目を細めて見遣った。聞こえる声色は低く、冷たく、絶対の距離を感じさせる声。
突き付けられていた杖が消えた後彼は、振り返る間も無く素早い足取りで空へと消えた。泳いだ視界は完全に彼の姿を見失い、無造作に伸ばされた腕に捕らえられたは、其の侭純粋な暗闇に覆われた塔に幽閉された。

其処から先の記憶はもう        ない。

あぁそうだ、私はあの日確かにこの光の紗を流し込んだような髪を見ていたんだ。そんな考えをぼんやりと脳裏過らせていれば、真正面から、急に声が投げられる。


「憾むべきは、桔梗ではない。私が出過ぎた真似をしなければ、間違いなく、君は死んでいた。桔梗を憎むことも、憎悪だけを糧に生きて行く事も無かった筈だ。憾むなら、私を。」

いくらか高いルシウスの表情を見やって、は瞳を投げる。
冷たい色しか見た覚えの無い相貌に、は最初、驚いたように小さく目を見開いた。そして次の瞬間、ルシウスばかりかスネイプでさえも眼を疑うほど、華が綻ぶ様に微笑んで、小さな頭を下げた。


「助けて頂いて、有難うございました。        私、貴方に助けられなければ、何も知らないまま死んでいた。
母を恨むことも、全てを憎むことも、友達を思うことも、人を愛することも、人を許すことも、何もかも。
ヴォルデモート卿に連れ去られたとき、夢を見ました。白い草原で、私は母に出逢った。スネイプ教授たちがRevalueで母から聞いた真実を、私は夢と云う形を以って知り、そして気付いたんです。」

「気付いた、だと?一体何に気が付いたというのかね」

逡巡するように瞳をさまよわせて、目線を返したスネイプへは曖昧な笑顔が向けられる。

「誰かが受けた痛みは、他の誰にも判ってあげられない。人は一瞬でも痛みを忘れるために、他人を傷つけながら、生きていく。そうすることで、自分自身が更に傷ついていくことも、知らない侭に。」

潜められた声がまるで内緒話でもするかの様なトーンに響く。
何処か悲しげで、何処か諦めたようで、何故か嬉しそうな瞳で話は続けられる。

「でも、そうやって傷ついて心を痛めないと気付けないって事も判りました」


まるで自分自身に言い聞かせるように、寝乱れた髪をひとつひとつ指で整えて梳きながら、抑えて掠れたように声が落ちた。
だから、桔梗が自らに対して行った罪を赦すとも赦さないとも言わずに、はゆっくりと起き上がる。
顔かたちのそれよりも、些細なことに幼き頃の桔梗の印象が被るのは、思い出にフィルターがかった思考の所為なのだろう。仕方ない、自分は居過ぎてしまったのだ。今は主と仰ぐ人の許に居る愛し人と、其の血を継ぐ娘の傍に。

ルシウスは自らそう思い込み、静かな所作で立ち上がると、真摯な表情を返す。


「君に渡すのが、筋だろう」

の目の前で、あの時と同じように一筋の絹布のように、銀糸が揺らぐ。
あの時と同じよう、視界に咲いた優麗な銀嶺に、の呼吸が止まった。
ついと差し出されたのは、以前見た経験のある、コーネリウス・ファッジの印で蝋留された、ひと巻きの羊皮紙。

あの時書かれていたのは、いつか自分の存在証明が失われてしまうと云う、残酷な存在定義。
pay forwardならばもう充分だ、これ以上何を。
は眼を僅かに眇め、冷ややかに男の面貌を眺めやる。


「現・魔法省大臣は此処に盟約された。貴殿が桔梗と相変わる49日間だけは、この世界に在れることを。」
「…え……それって…、」
「常闇に覆われたRevalueの塔へ戻るのは辛いだろうな。其れとも、自由に世界に在れる期間がたかが49日間ばかりで何になる、と言いたいか。または、この盟約が虚偽だと疑っているか。
……残念だが時既に遅い。最早君の存在は、魔法省始まって以来の『重大盟約』に連ねられている。」

「……でも…、Revalueの血を引く者は、この世界に在ってはいけない。Revalueの民が嘗てそうしてきたように、私も…、」

言い淀む語気には戸惑いの色ばかりだった。
ルシウスが羊皮紙を差し出した侭に見つめていると、気丈な菫色の瞳がにわかに沈みこんで、見る間に翳る。
そうして無言で、だが的確な意図を持って頭を下げられれば、ルシウスまでつられて表情がくもった。
今までと同じよう、の姿に桔梗の面影が翳る。
故に、元々の錯覚的なものだとしても、痛嘆にくれるような刹那の双眸したから頭を下げられるのは落ち着かない。


「受け取りなさい、此れはその男が…、スネイプが君の為に命を棄てる覚悟で納言草と引き換えに手に入れたものだ」

そう告げたルシウスに、普段ならば気にも留めないことにまでいつになく意識がとがり、スネイプは顔をしかめた。

「我輩だけではない、此処に居るグレンジャーもポッターも…お前と知り合った全ての者の願いだ。そして、我輩たちを護ったのは……」

言わなくても判るだろう、そう言い掛けて、スネイプは口を噤んだ。
声色と同じ、静かな表情に、の心が地へ縫い付けられる。てのひらに強く力を籠めて、瞼を引き絞る。
此処に居て、この世界に在り続けて、本当に良いのだろうか。赦されるのだろうか。
生きていることが罪の証である自分自身がこの世界から許されるまで、今はまだ気づかないふりをする。
そうして、静かに高鳴り出す鼓動を押し殺しながら、左手で恐る恐る羊皮紙をルシウスの手から引き上げる指先が、細かな震えを帯び出す。

指先が一瞬羊皮紙に触れた瞬間、柔らかい光を帯び、堅く蝋留されていた羊皮紙が解け始める。
毛足の高い紅蓮の絨毯を下に、ルシウス達の眼前に、流暢な文字で書き連ねた文字が浮かび上がった。


Revalue王国第14代目皇女 
母である桔梗の御身より魂が引き剥がされる、通年、6月19日〜7月31日に於ける49日間、魔法界に於いて存在を許可する。
また卒業年齢までは、寄宿先をホグワーツ魔法魔術学校とし、後見人を現ホグワーツ魔法魔術学校校長アルバス・ダンブルドアである事に変更点は無き。
但し、卒業年齢に達した後の寄宿先及び後見人は、現ホグワーツ魔法魔術学校校長アルバス・ダンブルドアと私、現魔法省大臣コーネリウス・ファッジにより的確だと判断した者に委任することとする。
最後に、上記盟約は、魂の母体である桔梗の命が尽きるまで変わらぬものとすることを此処に証明する。
魔法省大臣:コーネリウス・ファッジ



一度直接コーネリウスから聞かされているルシウスだったが、改めて説明されるような事柄でなくとも、明確な言葉として刻み込まれれば流石に意味あるものに感じる。
単調で静粛なコーネリウスの声を聞き流しながら、瞳だけをへ向けた。
意識が外れてしまえば、大した意味も持たない音の羅列など雑音にすら成り得なかった。ルシウスにしてみれば、自分に一切関係の無い盟約、事実でさえも手伝ってより一層そう思わせた。


(あの時の君にも…こうして命を投棄てる友が居たならば、未来は変わっていたのだろうか)


自分の手を離れの手許へと飛び立った羊皮紙を見遣り、壁に背中を預けたまま、後頭部を押し当てて瞳を閉じる。
誰もに秘密にしその存在が世界から忌み懼れられていると云うに、、当たり前のように受け入れてくれるひとがいることは、どれ程の幸福を齎すのだろう。
其れがあの歴史の闇に葬り去られたRevalue王国に関るものなら尚更だ。


(私が彼らのように       


溜息に下ろした視線で、グレンジャーとが寄り添い、僅かに目尻に涙乗せて笑い合っているが見えた。
白い肌へ、遥か頭上の窓から光は落ちている。
目を凝らせば、彼女の所作に従って綾成す髪が、光を受けてきらりと舞っている。微細な光彩が、ゆっくりと彼女達を包み込む。
過去にも、現在にも、翳した手に掴むことができないものは沢山あった。もう一度息を吐き出して、瞳を細める。


あのとき、去り行く彼女の頼り無い手を、掴んでいたなら。


息をこぼして瞼を引き下ろす。
心は引き千切られてもなお、寄せられ、少しずつ逆らいようのない強さで、張り巡らせていたはずの深くにまで踏み込まれてしまう。
目に残る太陽光、杖を握り過ぎて硬化した皮膚をくっきりと浮かび上がらせた手は、けして大きくはない。
どこにでもあるような、誰しもが持っているだろう、手のひら。
この手にどれだけのものが護れたのだろうか、とルシウスは問う。考えて、思い描く。


小さな窓の形に切り取られた遥か遠くに見える空は、桔梗と最後に別れた、いつかの色に酷く似ていた。



































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(C) 2002-7 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2007/7/22