last scene




day-99 :最後のその日まで、彼女を愛する全ての心へ





そうして、一夜明けて遣って来た朝は、驚く程普遍的なものだった。
閉め忘れたカーテンの隙間から零れる空を見上げれば、星の輝きが残る。今は何時なのだろうか、少なくとも夜明けを迎えた訳ではないだろう。
空気が澄んでいるのか、星は数ばかりを溢れさせている。
昨日までの、ある少女の届くことのない声、慟哭、願い、あるいは望み。全て、何事もなかったように、静かな夜として。


と、感傷に浸っていれば。
自分を深遠の眠りから呼び覚ました正体とおぼわしき再三の、ノック音とは言いがたい音量の音に、溜息が漏れる。
少なくとも、はこんな不躾なノックをする事も無い。否、彼女は自分が望めば好きな様にこの場所に出入りできるのだ、敢えて魔法薬学研究室のドアをノックする必要もあるまいに。
為らば思い当たる人物など消去法に掛けるまでも無い。
やれやれ、と寝着の上に外套を羽織り、寝室を出る。
先へ続く魔法薬学研究室にも、豪快な音は途切れる事無く聞こえていた。今にも音を立てて破られそうな扉を改めて見遣り、眉間に寄る皺の本数が自然と増える状況を知りえながら、スネイプは古びた大きな扉を開ける。


扉の前にはスネイプが想像していただろう、グリフィンドールの優等生が一人立っていた。


「お早うございます、スネイプ教授。5分近くノックをしたのに返答無しとは、防音魔法でも施されていらっしゃるのでしょうか」
「昨日我輩が就寝したのは君がこの部屋に来る一時間ほど前だ。未だ夜明けすら迎えていない時刻に教師を叩起こす様な真似が君に出来るとは想定外だったがね。」
「文句と厭味…加えて減点も後で死ぬ程聞きます、なので…少し私達に付き合って頂けませんでしょうか?」
「…………私、たち?」


訝しみの眼差しを渡せば、ハーマイオニーはスネイプの彼女との関わりの中で知るどの微笑みよりも凄絶な笑みと共に、素早くスネイプの後方に回り込んだ。
問答無用で扉を閉められ退路を遮断されると、魔法薬学研究室からホグワーツへ続く階段を登らされる羽目に為った。
溜息吐く暇も与えられぬ侭、階段を登り切ればやはり、未だ空は暗く朝陽は臨めない。
尚も何も告げぬ侭スネイプの腕を引き摺る様に引っ張り階段を登るハーマイオニーを振り払い、一度だけ、スネイプは問う。

「何処へ行こうと言うのかね」

大広間です、と答えたハーマイオニーは自分の足で隣を歩き始めたスネイプの意思を認識し、腕を放して歩を早めた。
まだ深い眠りに満ちた静寂。風もない、空気までも動かずに、しんと静まり返っている。
一度スネイプから質問を投げかけた後は、両者互いに特別口を開こうとはしなかった。
煩わしい、上滑った手探りをするような会話よりは余程好ましい沈黙が続いている。
態々グレンジャーが呼びに来るという事は、その場にが居ないという事は明白だろう。私たち、と呼ばれた集団の中で、夜明け間際に文字通りスネイプを叩起こせる様な人物など、グレンジャー以外にスネイプは知らない。

沸々と考えながら、視界の端に映り込む空には消えかける薄灰色の月が見える。漆黒の闇夜に埋められる様に希薄で、其れで居て抜ける様に見事な金色の朧を描いた、月が。
暫く見詰め、遠くにある月に何を重ねているのか、気が付いた。桔梗が太陽ならば、は月だろう。共に在る事は決して叶わず、時が来ればどちらかの存在は消えるしか術が無い。だが太陽も月も、どちらか一方が欠けてしまってはその存在意義を失くす。

柔らかい曲線を描いては仄白く浮かぶ月を眺め、突き当りを過ぎれば大広間である道成りで、冷たい確信だけを残して月は消えた。




「おぉ、遅かったではないか、セブルス。早くこっちへ来て座りなさい」


開かれた世界に、映るものがあった。
白光の様に見事に白一色で覆われた長い髭を左手で撫ぜながら、ハーマイオニーが開いた扉の音に気付いてゆらりと顔を上げたのは、ホグワーツ魔法魔術学校最高責任者。
頭に乗った、如何見てもナイトキャップにしか見えない白と水色の水玉模様の帽子や、広がる外套の下から垣間見える薄い白の素材に、漠然とした呆れが浮ぶ。

「ダンブルドア校長まで、一体何をなさっているのですか。」

意識の隅々を駆け巡る、謂れの無い呆然とした感覚。
己と同じよう、数分前に拉致されたのだろう事は、見て取れた。
現に、扉の向こうから出現した自分を見て、同情したようにか、酷く申し訳無さそうな所作でダンブルドアは苦笑したのだから。


「深夜の検討会じゃよ、朝に為ればが起きてしまうじゃろ?」


見返す瞳は揺るがない、変わらない、強い侭に。
翻った外套流し横目に眺める仕草で、スネイプは吐息を漏らす。

「検討会、とは一体何の話でしょう。」
がRevalueへ帰還するまであと、10日。限られた時間を如何過ごすか、と云う題名の検討会じゃよ」

皺の寄る目尻を和らげ、鼓膜に届くその声は、酷く温かい。
眠りの微睡みに居る所為ではないだろう、声色も眼差しも真摯だ。今までの自分ならば、理由は如何在れ夜も明けぬ時分での生徒と校長の奇妙な談話会を見付ければ即刻叱責したことだろう。
勿論今とて、全てを例外視するような遣り方を全て肯定することは出来なかった。
ならば何故と、問う心がある。軽く頭を振り払い、


「グレンジャー、ポッター、ウィズリー、マルフォイ。今が何時か知っているかね。生徒が起きていて良い時間ではあるまい?グリフィンドール寮、スリザリン寮其々から20点減点」

自分自身への抗議をと叱責の意を混めて声に出せば、如何云う訳か胸中せしめていた圧力は一拍を置いて緩む。
不機嫌そうに眇められたスネイプの瞳に、何時も通りハリーが言い訳染みた反論を返そうと薄い唇を開く、が。


「…と言いたい所だが。生憎、貴様達には先日の【借り】が有る。今日の事は”何も見なかった”事にしておくとしよう」

そう云い置いて、僅かに彼等を照らし出すだけの役目しか果たさぬ橙の灯火の前に、スネイプも腰を据えた。
バサリと静寂に無駄に響く、空を翔ける外套の音に漸く気が付いた様に、彼等はスネイプを見る。
相変わらず不機嫌そうではあるが、色味を無くした表情は、いつものことではあるのだけれど。
其れでも矢張り、彼はに出逢い桔梗と再会し、変わったのだと気付かされた。
少なくとも彼等の知り得るスネイプは、常に韜晦し胸の内曝すような行為をしては来なかった。




僅か黙考した後に、闇色が揺れ、土磁の面が彼らの方を顧みる。

「議題と趣旨は判った。我輩が此処へ呼ばれた、と云う事は少なからず我輩が関係する問題でも発生したのだろう。」

「……来週の週末、一日はクィディッチ戦で潰れてしまいますが、もう一日はホグズミードへ行ける日でも無いですし、特に行事も有りません。其れで…その、誰が…と過ごすか、と云う話になりまして」
「各自一歩も譲らずダンブルドア校長にジャッジを求めれど決まらず、我輩に決めろ、とそう云うことかね。」

態々誰がと共に在るかの審判を下す為に朝も早くから叩き起こされたと云う訳か。
意図に気付かされ、呆れたように歎息して、告げる。

「……いえ、逆です。スネイプ教授と過ごすのがにとって一番だと思う心はみんな一緒です。…が、その、一時間だけでも私たちにを貸して頂け無いかと…」
「雁首揃えて朝も早くから我輩を叩き起こして直談判かね?」
「明日は魔法薬学の講義が有りませんし、放課後は直ぐがスネイプ教授の元へ行ってしまうと仮定すると、お逢いできる時間が無く、この様な結果に」


ハリーが意識せずとも無駄に媚誂えた返す言葉は、自然と硬くなる。
魔法薬学で私語をし、答えられぬ問いを投げ付けられて謝罪をするよりもよっぽど酷い、とハーマイオニーは息を飲む。
自分よりも目線の高い昏い双眸は、普段と相、変わらず。けれど見覚えのない色があるようにも思われた。
ほんの一瞬のことで、すぐにいつもの、冷たい視線に戻ってはいたが。

僅かに落ちる重い沈黙。
誰も口を開かぬ侭に、スネイプは瞳を逸らしゆっくりと立ち上がった。改めて翻る外套は、座る為ではなく去るスネイプの身体を纏う為に在った。
沈黙を守り切った後、僅か持ち上げた掌で、意図的に廊下へ続くドアを開いた。
逆に機嫌を損ねてしまったのだ、と気付いたハーマイオニーは残留させるべく言葉を考えど、何一つとして言葉に為らぬまま。
スネイプは彼等に背を向けて鈍く瑠璃色に照る廊下へと踏み込んでから、閉まる扉に振り返る。
かすかに漏れた息と迷う様に伏せられた眼差しは、意識して払拭をする。最早スネイプは、自身でも、理解が出来なかった。


「あの子どもなら…為らば何と言うと思うかね?」

それから、ふと昏眼が細まり、視線が大広間奥の寮旗に落ちる。
靡くスリザリンの寮旗と寄添うように翻るグリフィンドールの寮旗。普段は相容れぬ両旗が、ゆっくりと揺らぐ。

スリザリンではもしかして 君はまことの友を得る

眼奥に、揺るがない決意を灯して、血塗られた運命の轍を歩く独りの少女が過る。
そうして傍らには、凡そ似つかわしいマグルの少女と、生き残った男の子と、何の変哲も無い純血一族の息子と、地位と血脈だけを重んじる高貴なお坊ちゃまが在る。
そう、この状況を、誰が予想しただろう。彼女の運命と云う人生と共に、スリザリンとグリフィンドールの縁は確かに変わったのだ。




そうして――――僅かな沈黙が、あった。


「”皆で過ごせば良い”、(彼女)ならばそう云うと思うがね。」


協議するまでも無いだろう、と静かな口調でスネイプは綴った。
深く遠く、瞑目し、誰ともなく咽喉奥が微動した。否応なく高まる、心臓の鼓動、早まる喜び。
「明日の放課後、もう一度魔法薬学研究室へ来たまえ、次はと共にな」とスネイプが言った台詞より、彼女、と呼ばう言葉の方がいつまでも耳に残った。
彼・セブルス・スネイプと云う人間を、彼等は今でも苦手だ。
言いようが、性格が、何もかもが気に要らずに癪に障る。教師だから、と強ち言えるものでもなく、誰よりも嫌いなタイプの人間だと、思う。

…なのに、静かに柔らかくへと向ける眼差しが、彼等の誰もが脳裏から忘れられずに離れない。


Revalue王国に生まれた一人の皇女の世界は、硬く閉じられていた。
その世界に、いつか終わりがあるのかも何が終わりなのかも誰も判らなかった。始まりが無いのだから。
人の心の奥にまで潜む闇、閉塞感に満ちた世界のなかを、彼女はひとりであることを孤独と考えたことはなかった。
無明の常闇、光筋の見えない、深淵から逃れる術などはどこにもない筈だった。
其れが唯一無二で全てだったから。

――――彼女が彼等と出逢うまでは、セブルス・スネイプと云う人物と恋に堕ちるまでは。


























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(C) 2002-7 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2007/8/25