| last scene ![]() day-97 :紛れもない破滅の道だと信じていた其れは、 静まり返った室内に、紙面を引っ掻くペンの音がゆったりと響く。 重厚なオーク製の広い机上に、機密の朱印が物々しいファイルが数種類積み上げられている、ルシウスの執務室。 意識だけを飛ばして乗り込んだ先刻とは異なり、ハーマイオニーとスネイプは堂々と身体ごと其処に居た。…と言っても無論、三人仲良く魔法省の門など潜る筈もなく、直接ポートキーを使ってルシウスの執務室に飛び込んできたのだが。 逆光になっているので表情は判りにくいが、彼の纏う雰囲気に、突然部屋に現れた彼らの所作を咎める様な色は含まれて居ない。 「予定していた時刻より聊か早い気がするが…流石は私の後輩だ」 現在レプリカだと判明した納言草の後処理に右往左往しているルシウスは、当然のことながら多忙を極めている。 スネイプ達が到着した際に、側近の一人すらもルシウスの傍に居なかったのは偶然か謀か。どちらにせよ、都合が良いと、スネイプはこたえを返した。 「時間が無い、………と言った筈ですが。」 鋭く厳然と向けられた、一切の戯れを払拭する漆黒たる瞳は、悠然と足を組みなおしたルシウスへと突きつけられていた。 だが彼はスネイプの視線の意味になど興味を示さず、ただ、「そうだな」とだけ低くこたえ。 執務机の脇に立掛けられている杖を手にして、ゆっくりと振り下ろす。 数瞬の後、戸口に立つスネイプとハーマイオニーの間に置かれたテーブルに、三客のティーカップが湯気を湛えて鎮座した。 「安心しろ、大臣からの承認は既に取ってある。 其れより何時まで一国の皇女を抱いているつもりだ、無骨な男の腕の中より税金で無駄に豪奢に誂えられたソファーの上の方が何倍も寝心地が良いと思うが?」 ルシウスは、に出逢った其の日から、変わる事の無い尊崇の態度を示す。 彼のプライベートに関わった事のある一部の者には、彼が自分の都合の良い者に対しては敵味方であろうと崇敬の態度を取ることを知っている。だが、今のスネイプから見て、如何考えてもの存在がルシウスに好機を齎す唯一の稀有な存在だとは考え難い。 そんなスネイプの考察を知る由も無いルシウスは、忙しなく動かしていた羽ペンを置き、外套を翻すと、来客用のソファーに腰を落としてカップを手にする。 スネイプは毅然とも不機嫌とも取れる硬い表情で腕に抱いたをソファーへと横たわらせ、その隣に腰を据えた。 ルシウスの言葉をスネイプが真に受けるとは到底思えず、この状況でまさか悠長に茶など啜ると思いもしなかったハーマイオニーは茫然自失。 今彼女たちは、禁忌とされた「納言草」を手にしているばかりか、決して立ち入っては為らぬ土地であるRevalueから帰還したばかりなのだ。 ルシウスが一声呼ばい、側近に吊し上げられアズカバン行きになるやもしれず、スネイプが命を掛けて持ち帰った納言草だけが奪われてしまうかもしれない。 それゆえの、当然警戒をしている。なのに、スネイプの発言に、文字通り自分の思考を一気に否定された気がした。 押し黙るハーマイオニーはスネイプに座るように一瞥され、慌ててスネイプの隣へと腰を落ち着けることとなる。 「 懐から厳重に魔法錠を施された一巻きの羊皮紙。 紅い蝋と枢密魔法で重厚に押し固められた印は、違い無き魔法省大臣のみが所有することを許されるもの。 如何なる話術で此れを手に入れたのだろう、思いながらハーマイオニーが差し出されたカップに口を付ければ、紙切れ一枚を扱うが如く興味無さ気にテーブルの 上に捨て置いた。 「さて、交換と行きたいところだが。勿論、頼み事をしてきた、其方から渡すのが流儀だろう?」 「じょっ……冗談じゃないわよ、その指示書が"本物"だって云う証拠も無いのに渡せるわけ無いでしょ!」 ハーマイオニーは思わず叫んだ。 カタンを微かな音を立てるのは、傍若無人な主が手先も見ずにカップをソーサへと戻した為に起きた音。 スネイプの秀麗な眉目が一瞬、釣り上がった。 「大声を出すな、ミス グレンジャー。向こうが"本物"だと云う証拠が無いのと同様、此方の持つ納言草が"本物"だと云う証拠は無い」 「………っ、ですが、スネイプ教授 言われてみれば確かにその通りだ、とハーマイオニーは歯噛みする。 だが納得が云ったかと言えば到底無理な話で、尚も詰め寄ろうと口を開けど、 「少し黙っていろ、お前が付いて来たのは喚き立てる為かね」 「ち、違います…」 一蹴され、口を噤まざるを得ない。 仕方ない、此処でホグワーツへ強制送還等という常套手段を取られては、意味が無くなる。 隣で僅かに胸を上下させ眠っているの為にも、自分が此処で余計な言葉を噤んで台無しにしてはいけない。 以降の沈黙は、承諾の証だった。 一瞬にしてキン、と張詰めた緊張感、その後三人の間にはしばらくの沈黙。 謀るように沈黙を縫って口を開いたのは、スネイプが先だった。 「コーネリウス・ファッジが…納得したとは到底思えないのだがね」 「納得?…そんなものは必要ないだろう、あの男が護りたいものは今を生きているその娘じゃない。納言草とRevalue王国が齎した『過去』と云う名の亡霊だ」 ルシウスはスネイプの問いに、心底嫌そうな声でそう答え、払拭するように紅茶を一口嗜んだ。 「結論はひとつ、『仕方が無い』だろう。 かのヴォルデモート卿の袂とはいえ、彼女 彼が最も恐れるのはその娘の存在ではなく、その娘が生きていた時のRevalueの記憶、そして『・』と云う人間を通じて世の中に蔓延るだろう、彼らが犯した罪の事実だ」 あの時、エルクハウンド卿の暴挙を知っていながら、止めなかった魔法省の損失は大きい。 過去の贖罪をするかのようにひっそりと隔絶されていた地で生きていたRevalue王国の人々に何の罪も咎も無く、まして殲滅させられなければ為らない事由等何一つとして存在しなかった。そう、何一つとして。 納言草と云う、Revalue王国とRevalueの血が無ければ存在を欠いてしまうほど柔な物質だけを、根絶やしにすれば良かったのだ。 彼らに罪は無い。彼らは国を離れず外の世界に夢見ることすら忘れて、過去の過ちを二度と起しては為らないと、只管に納言草に実をつけさせまいと、血を護っていた。其れが、『違えては為らない約 束』だったから。 如何して自分たちが魔法界から隔絶された地に住まわねば為らなかったのか、子は親から、親はそのまた親から長い経験と苦労、そして歴史の闇を聞いて知って いた。 だからそうした疑問を避けて、何も考えないようにして、感情も殺した。 約束を只管に護り、ただひっそりと静かに、暮らしていただけなのだ。 其れを破ったのは彼らではない。 だが魔法省は、訪れた厄災全てをRevalue王国の民の所為にし、自身と魔法省の殲滅行為を正当化した。 失われた多くの命、購いが終わる日など、百年経っても来るわけがない。 あの日の罪と罰。少しでも償えるのならば、と。所詮はそんな独りよがりが生んだ結果だ。 「そうか。だが、納言草を渡す前に幾つか質問したいのだが?」 「質問?桔梗に嘗ての私との馴れ初めでも聞いて真実を確かめたいとでも?」 挑発するような台詞とともに、ルシウスの口唇からは低い笑い声が漏れた。 「いや 「ほぉ…桔梗に教えられたのか。為らば知っているだろう、私は約束を果たしに行っただけだ」 「違うな。…………魔法省に言われていたのだろう、『万が一があれば、あの子どもを殺せ』と」 「え?…………………えぇっ!!?」 スネイプの低い呟きに、ハーマイオニーは『口を噤め』と言われていた事をすっかりと失念させて初め散漫な様子で聞き返し、それから驚いた声を上げて隣のス ネイプを見た。 長い足を組んでソファーに浅く座り、さも自分の部屋でそうするように優雅な所作で紅茶を飲むスネイプはそんなハーマイオニーに目も向けず、冷えた蒼の双眸 で酷薄に笑うルシウスを睨む様に見詰めていた。 「言っただろう、私は約束を果たしに行ったのだ。魔法省の命など如何でも良い」 「如何も…意外でね、何より出世欲と自己寵愛の高い貴殿だ、自分に見向きもしない女一人との約束を護るために、築き上げた地位を棄てるとは到底思えない」 「たかが女一人でも、私にとっては…」 心の整理をつけるかのような、一拍の間。 そして、薄く開かれた自嘲に歪む口角。 「最初で最後の女だ」 「その女が遺した子どもだから、護ったと云う訳かね」 呆れた溜息。 初めはスネイプのものかと思われた其れは、意外にもルシウスの薄い唇から吐かれたもの。うんざりするなら言わなければ良いだろうとの突っ込みは、この男には言うだけ無駄な気がして、ハーマイオニーは言葉を飲み込む。 代わりに、何となく嫌な予感を憶えながら、スネイプが「では?」と、その言葉の意味を問い返した。 「最後の最後まで彼女にとって私は友人の一人だった。如何なる努力を講じようとも変わることは無い。 故に、もうRevalueへ関わるのは止めようと、桔梗との約束を護ろうとも護れずとも、結果あの娘は死ぬのだと。 魔法省に事が露見していると知った時にそう決意した。態々、Revalueまで出向いたのは間違い無く魔法省の命があったからだ。 だがあの場所で、半透明に為り掛けているその子どもを見たとき その前後の事を、ルシウスは殆ど覚えては居ない。 いや、正しく云えば脳は覚えているのだが、如何して自分がそんな所作に走ったのか、という動機を覚えていなかった。 きゃんきゃんと吼え立てる野良犬の様なエルクハウンド卿の後ろから、薄く消え逝きそうなの姿を見た瞬間に、頭の中が瞬時に空白に彩られたのだ。 眼を見開いて、杖を突き付けられたの姿がスコープのように拡大され、それ以外の物が全く見えなくなっていた。 ただ全てが終わるまで棒立ち状態で観て居ようと思って居た筈の自分は何処へ行ってしまったのか。 儚い少女の心情を切り取って埋めたかのように、ルシウスの胸の中身をごっそりと絶望に削ぎ取られていた。 「気付いたらあの子どもの前に立っていた」 エルクハウンド卿を前にして、喉の奥から勝手に台詞が漏れていたのだ。 魔法省高官としての立場や尊厳、地位や名誉と云ったあらゆるもの、嘗ての愛しい人との最後の約束。 そのどれでもない第三の感情を発動源に、彼はを庇う様にして立塞がったのだ。 「あの時私を助けて下さった黒い背中は……貴方だったのですね、ルシウス・マルフォイ」 頭が痛いのだろう。 なんだか熱くて重たい瞼をゆっくりと開けながら、ソファーに寝ていたは過去を懐かしむ様にただ一言、そう呟いた。 [ home ][ back ][ next ] (C) 2002-7 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2007/7/1 |