| last scene ![]() day-96 :少しの慕情と儚き願いを巻き上げ空高く 酷く凍て付いた冬の早朝。水を張ったバケツに薄く形成された氷が割れるような残響が、一面に響いた。 次いで、漆黒の世界から行き成り真夏の太陽の下に放り出された様に、視界を焼くほどの強い閃光煌き、皆一斉に瞳を庇う様に瞼を覆う。 時間が止まった様な異様な静寂の後、ゆっくりとゆっくりと周囲が眼を醒まして行くような感覚が蘇り、鼓膜が急激に機能し始め様々な音を雑音として捕え始めた。 聞こえたそれらは、往来の通りを行き来する人々の話し声と足音。 「 熱が上がり始める時に似た偏頭痛のような鈍痛が脳内を駆けずり回り、落ちてきそうな頭を左手で抑えながら、ハーマイオニーは呟く。 周囲の音から判断するに、如何やら先程のヴォルデモート卿の言葉を最期にRevalueから強制的に何処かへ飛ばされたのだと云う事だけは判った。Ravelueで音といえば、自分たちが立てたもの以外には聞こえる事など無かったのだから。 では一体此処は何処だろう、と顔をあげれば、憔悴しきったダンブルドアの眼差しと克ち合った。 「何処から沸いて出てきたのかは知らんが……時間にちぃーと遅れとるぞ?」 確かに捕らえた親しい人間の声に、ハーマイオニーの表情は歓喜に彩られる。 「…ダンブルドア校長…!」 「買物は全部終わったかのぉ?」 青い顔をしながら、其れでも普段どおりの柔らかい笑みを浮かべ、当初の目的である【宝探し】の成果を問うてくる。 Revalueと云う国から無事に抜け出た事への安心感か、納言草を無事に奪取出来た事への安堵感か、ハーマイオニー瞼の脇に薄い水膜が張られた。 その双眸に移りこむのは。 溶けた氷によって本来の何倍にも薄められ色褪せた二つの紅茶。 向かい合うようにして座るダンブルドアとマクゴナガル教授を見遣って、其れから自分の傍らを見れば。 同じように頭に手を当てて眉を顰めるドラコとハリーの姿。 そして、指で何かを掴んでいるように、腰位置で左腕を静止させた侭呆然と立ち尽くすロン。 最後に そんな彼らを淡々と見遣ったハーマイオニーからは、意外にも静かな微苦笑が寄越された。 「えぇ、全部……滞り無く終わりました。」 「そうか、それは良かったのぉ、ゆっくりとホグズミード見物が出来るの」 「……はい、ダンブルドア校長」 溢れ零れる涙を拭う事もしない侭、嗚咽交じりの震える声其の侭に、ハーマイオニーはゆっくりと微笑んだ。 それから思い出したようにローブから淡い黄色のハンカチを取り出し涙を拭うと、騎士が忠誠を誓うように片膝を地面に付けたままを抱くスネイプに、一歩ずつ近付いた。 スネイプと同じように膝を折って跪き、を見つめても、起きる気配はない。 青白いと云った方が表現が正しいだろう、色味を失ったような口唇。仄かに紅い筈の頬も血が引いている。静かに腕を伸ばし、髪に触れれば、さらりと滑る絹のような感触を返して来た。 「スネイプ教授、は 「気を失っているだけだろう、だが……如何して気を失っているのか教えて貰おうか、ウィズリー?」 冷艶なスネイプの双眸が酷薄に眇められ、呆然と立ち尽くすロンへと向けられる。 「えっ、あ…、………」 声を掛けられ初めて自分の左手の先に視線を投げたロンは、しっかりと掴んでいた筈のの腕が無い事に漸く気が付き、空洞でも握って居たかのように僅かに円筒形を作り上げていた手をぐっと握り緊める。 確かに掴んでいた筈の指先からすり抜けるようにが消えた事に、今やっと気が付いたロンは、何時どうやってがスネイプの許へ行ったのか理解に苦しんだ。 思い出そうと必死に記憶を辿っても、覚えていない。その証拠に、ロンの左手はスネイプに言われるまでずっと「の腕を握っていた」筈だったのだ。 如何言い訳すれば良いのだろう、低迷する思考回路をフルに活用しながらスネイプを見上げれば、苛立ち露な声が返る。 「我輩は、"何故が気を失っているか"と聞いているのだ。お前が何故の腕を放したのかを問うている訳ではない」 「えっ、あ、話せば長くなるんですが、僕がに……」 不機嫌露なスネイプ声に、ロンは普段の魔法薬学講義を一瞬にして思い出し、背筋を伸ばししゃんと立って声を張る。 「魔法省でダンブルドア校長と一緒に聞いてしまった話を、つい、してしまったんです。」 Revalue王国が、殲滅してしまった、って。 言いながら、ロンと共にダンブルドアも痛みをこらえるような表情をした。けれど、どんな声も上げようとしない。 Revalue王国が殲滅した事由、其れはの所為でも無ければ桔梗の所為でも無い。 嫉妬と憎悪に汚染された魔法省の人間が仕出かした罪だ。 だが、事実を知らぬダンブルドアやロンとて、Revalue王国と納言草に関わる者が悪い訳ではないこと位は勘付いているだろう。 過去を悔やんでも時既に遅いのだ。歴史は動いてしまった、過去は変えられず、今と云う未来への軌跡はひかれている。 しかし、ロンは自分の失言を悔いた。 自分が余計な話題を詮索しに振らなければ、少なくとも意識を失うまで慟哭することも無かったのだから。 さぁ、如何償えば良い?判らない侭縋るようにスネイプを見上げれば、心臓が潰れそうなほどの恐怖感に襲われる。 さぞや酷く激昂しているだろうと思われたスネイプの表情は、酷く哀哀としていただけに過ぎなかった。 「でも、……僕は、を悲しませるつもりは無かったんです…!」 強張った声が、頑迷に言い募ってくる。 思いつく限り謝罪の言葉を述べようと開き掛けた唇は、スネイプの無言の一瞥に制される。 懺悔の言葉も聞き入れられぬ侭項垂れるロンを余所に、スネイプは意識を飛ばした侭のを両腕に抱え直して立ち上がった。 「ダンブルドア校長、我輩は此れより魔法省へ行って参ります」 潔白な漆黒色の双眸に、偽りも気負いも無いひたむきな覚悟が滲む。 愛しい子どもを抱いたスネイプの左指に、小さな白い花が陽炎の様に揺れる。視界の端に一瞬だけ映った花を見て、ダンブルドアは悟る。 如何してこんなにも、哀傷を背負うが如く、終局への決断を下すのか。 禁忌とされた納言草を持って魔法省へ行けば、どんな結末が待っているかも知れんと云うに。其れでも、不安と危惧を露にしないスネイプに、ダンブルドアはゆっくりと笑んだ。 「ホグワーツで、待って居るぞ。帰ってきたら、祝賀会じゃ」 そう言った言葉に返答も返さぬまま、スネイプは静かに踵を返すと、ダンブルドア達に背を向けて歩き出した。 何と言葉を送れば良いか判らず、スネイプの背にかける言葉を、ハーマイオニーを初めとした面々は持たなかった。 苦渋を飲んだ様に背だけを見詰めるハリー達に混じって、ハーマイオニーはもしかしたら、自分だけは「来い」と呼んでくれるんじゃないかなんて、馬鹿な事を一瞬だけ考えた。 スネイプと共に魔法省でルシウスに交渉したのは自分だ。勿論、終始会話し交渉を成功させたのはスネイプで、自分は何もしていないのだが。 けれど、本当は連いて行きたい。がもしも途中で目覚めたら、きっとスネイプと二人きりの方が良いのだろうけど、其れでもの事が心配で仕方が無かった。 「一緒に行かせて下さい」と言えば、スネイプは一刀両断で拒否するだろう。だから落ち着こう、みんなと一緒にホグワーツで待とう、そう言い聞かせるように髪を何度かかきあげる。 少しでも気分転換になれば、と。そう思い、再び落としていた視線を上げれば、10メートル程度先でスネイプが立止まっていた。 「グレンジャー、置いていかれたいのかね」 厭きれたようにほんの小さく、スネイプは息を吐く。 「 「地獄へも共に行くと言ったのは虚言か。」 掛けられた言葉の意、数時間前に自分が発した台詞が脳内でリフレインする。 驚きに琥珀の双眸を見開き、返事を返すことも忘れて、影を縫われた様に呆然と立ち尽くすだけの足で大地を踏締め駆け出した。 腕に抱いたを抱え直す僅かな時間の合間にハーマイオニーはスネイプの許へ辿り着き、そうして足並み揃えた様にホグズミードの雑踏に姿を晦ました。 桔梗の掛けた魔法が奪った体力の所為で、僅かに乱れる息を吐きながら、陽の気が燦々と零れる天をドラコはふと仰ぐ。 「なぁ、ポッター…やっと判ったよ、何でがスネイプ教授を選んだのか」 柔らかに緩やかに薄蒼の双眸眇めて、幾ばくか離れたその位置から同じように呼気を乱すハリーに声を投げる。 両者とも、ハーマイオニーやスネイプに余計な心配を掛けさすまい、と押し殺していた体調不良が一気に放出された。 座り込んでしまいたいのをこらえて、ハリーは壁によしかかり、同じように空を仰いだ。 「僕も…思い知った気がしたよ」 孔雀緑の眸が肯定を滲ませて緩く俯く。 彼はの為なら共に冥府へ堕ちることも躊躇わないだろう。叶う叶わない、出来る出来ないの概念など既に存在しはしないのだ。神を引き摺り下ろす事や、神と呼ばれるものに剣を突き立てることでさえ、やり遂げようとする。 もし僕なら一瞬以上は逡巡するだろうな、と脳裏に描いて、ハリーは咄嗟に眉間を顰めた。 此れが、明白な理由であり、スネイプと彼らとの決定的な差異だ。 もうこの時点で既に、敗北にプラスして惨敗と言う単語が重る。最後の最後で思い知った、率直な解答だ。 「さて、ワシらも帰ろうかのぉ。ハリーもドラコも、帰ってマダムに診て貰うと良い。 ……まぁ、良くない気に当てられ過ぎただけじゃとおもうがの」 グラスにくべられた、最早紅茶とは呼べなくなった液体を嚥下し、椅子から腰を上げたダンブルドアの双眼が緩やかな弧を描いた。 同じようにマクゴナガルも、グラスの底に僅か残るだけになった紅茶を一息に呑み干す。舌を湿らせた滴は酷く温く、苦味を増して味覚を刺すばかりだった。 三人が消えた方向に背を向け、彼らはゆっくりとホグワーツを目指した。 [ home ][ back ][ next ] (C) 2002-7 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2007/6/3 |