last scene




day-95 :気付かなければ幸せでいられたのに(あの時何も言えなかった弱い私を許してください)






「……桔梗、あの場所でに出逢ったのなら、お前はやはり――――――、」


言い掛けて、「其れ以上先は言うな」と鋭い視線だけで制される。
弱々しく紡がれた言葉は、静かなさざめく草木音に掻き消されることなく響き渡った。
投げやりな気持ちと果ての無い虚無感に襲われそうになる感情に、スネイプは唯息を吐く。
あの場所は――――、自分自身が一番大切だと護りたいと望んでいる存在が死への軌跡を引き誘なっているのだろう、とスネイプは憶測を立てる。
あのままスネイプがの手を引いていれば間違い無く、死んでいた。桔梗がに納言草を手渡したのが偶然であれ運命であれ、決定的な事が一つ。

彼女は今でも、たった独りの子どもを、愛しているのだ。
だが、縋る弱さなど決して己に許しはしない、その厳浄な狭隘こそが、あまりにも嘗て「宵闇に咲く孤高の白百合」そのもので。
失笑さえ起きた。


「そんな事は如何でも良いのよ?セブルス。其れより早く……其れ、を届けなくて宜しいのかしら?」


桔梗はスネイプの手中に収められた納言草を指差して微笑んだ。
てっきり、手にした納言草を脇から掠め取られる事を微少にも焦燥していたスネイプは一瞬呆気に取られ、まじまじと左指に握り締めた納言草に眼を向ける。
ささやかな風に揺れる白い花弁、既視感、だったのだろうか。
目前に迫った透明な白磁の中に、幼い日のに似た、清麗な黎明を見たような気がした。


「時間の感覚が判らぬ、帰るぞ、グレンジャー……、」

隣に据えたハーマイオニーに声を投げ、漆黒の外套翻し、今正に踵を返して玉座を去ろうと一歩歩みを踏んだとき。



「何処へ―――――、行く?」

「 !!! 」


冷えた言葉が放たれた瞬間、全身に悪寒が広がった。
もしや、魔法省の人間が既にRevalue城まで見付けだしてしまったのか、とスネイプが正面の扉を振り仰ぐ。だが其処に人影は無い。
為らば何処だ、と周囲を見回し、脅えた様な表情で黙殺している桔梗を見て気が付く。嘗て散々聞き慣れた声色だった筈。如何して忘れてしまったのだろうか。
すぅ、と流れ落ちる凍った空気。其れが何かの合図であるかのように、周囲の明度が徐に下がり、桔梗とスネイプの丁度間、舞うように外套を揺らせた漆黒の影がゆっくりと姿を現した。


「ヴォルデモート…っ!」


桔梗が彼の名を紡いだ瞬間、今まで意にも介していなかった空気が、悪夢の其れにも似た感覚で身体全体を軋み縛り上げるようなものへ変貌する。
ヴォルデモートと対峙した験しが無いのか、ハーマイオニーが身を竦ませ握り緊めた拳を震わせた。
庇うように眼前へ立てど、自分が盾に為る以外に有効な術など思いついても居ないスネイプは、苛立ち露に嘗ての主を睨み上げた。


「………如何して、どうして此処に…っ!」

直接逢った事は無いのだろうが、彼は魔法界に於いては名の知らぬ存在は居ないほどの、誰でもが既知している存在。
その彼に対して、 震える声を挙げたのはハーマイオニーだ。
自分の表情が強張り引き攣るのも承知の上で、更に言葉を紡ごうとしたハーマイオニーだが、仄暗い笑みを浮かべた声色に掻き消された。


「桔梗、私の隙を見て城を離れなければ為らない程重要な用事、とはこの茶番のことか?」
―――――…っ、」
「魔法省に殲滅されたものとばかり思っていた納言草が贋物だったとは。私も君の一興に踊らされたのか?」
「………―――――、、」
「其れとも、……………――――――― もう一度、実らせてみる気だったのか?」


桔梗は全ての問いに答えられず、紡がれるその言葉を、秀麗な貌を歪ませて黙殺する。
だが次ぎの瞬間、バサリと重たげな音立てて、ヴォルデモートの外套が翻った。
はらりと舞う布切れの中、意識を失った様にだらりと両の腕を下方へ垂らしヴォルデモートに左腕一本で腹の下を支えられ項垂れる、が居た。

……っ!」

姿を認め、誰よりも早くスネイプは名を叫び、弾かれた様に勢い良く一歩前へと踏み出す。

「!!」

だが辛うじて一歩踏み込んだ瞬間に、空気が三度に渡って変わった。
可視する事の出来ぬ硝子の様な魔法壁が張り巡らされ、独り透明な箱に入れ観察させられている昆虫のような、強烈な孤独感と違和感が肌を伝って肺の中を侵食する。
Revalue王国は魔法が使えぬ筈ではなかったのか、唐突に自身が置かれた状況に、スネイプは眉を寄せる。


「貴様等に用は無い、高みの見物でもしていて貰おう。」
「この状況で、出来るわけなど無いだろう!」

苛立ちを全面に押し出し、厳しい表情でヴォルデモートを睨み上げるも、こうして悪態を付く事が精一杯だった。
杖を取り出そうにももう既に、身体全体の感覚が損なわれている様に動かない。納言草を握り緊めている指一本でさえ動かすことが出来ず、唯一雄弁に動くのは口だけだ。
口惜しさにギリ、と奥歯が鳴るが其れ以上は如何する事も出来ない。
そんなスネイプとホグワーツ生は名目上本当に蚊帳の外に放り出され、ヴォルデモートはを腕に抱いたまま、紅蓮の瞳を和らげ桔梗を見詰める。


「桔梗、答えられぬと?」
「………違う、方法を…見つけたじゃない?ヴォルデモート。もうRevalueの血は必要ないのよ?」

彼はポッターの血でこの世界に甦った、其れはまた一つの事実。
そう伝えたいのだろうか、焦燥した声色を隠そうともせず、桔梗は言った。
ヴォルデモートを見詰めているようで、実はその視線の先に彼が居ないことは一目瞭然だった。
桔梗は自分を迎えに着ただろうヴォルデモートを見る訳でも無く、スネイプが手にする納言草を見詰めるでもなく、唯ヴォルデモートに抱かれた子どもを見ていた。


――――――― 方法は、幾つあっても良い。代替は多いに超したことは無い」


淡々と語るヴォルデモートの台詞に、凍ったような沈黙が玉座に鎮座する。
桔梗は強張った表情で、スネイプは激しく眉根を寄せて、其々が沈黙の眼差しの中でヴォルデモートの腕の中にむいていた。

「………お願いです、その子を、セブルスに返してあげて…」


桔梗の痛烈な叫びに似た涙声に、ヴォルデモートは口角を歪める。
するりと空を翔るように渡り、自戒と自制に苛まれたまま無言で視線を向ける桔梗の、額で流れた漆黒の前髪を、慣れた手つきで静かに掻き上げた。
露わになった紫玉の双眸を覗き込んできた紅蓮の双眸が、僅かに細められる。


「桔梗、私に三つ嘘を吐いたな。
一つは、私と出逢う前から君はRevalue国王と知り合いだった。見初められた等と冗談も過ぎる。
一つは、魔法省に在るレプリカの納言草は一つだけだと、笑って言った。
一つは……、この子どもを、【要らない】と、私の前で子どもに言った。
……さて、此処で一つ質問しようか、桔梗。
あの時、君が私に「この子を生かしてくれ」と懇願していたら、この子は『母親からの愛情』をもらえたと思うか?」
「…そ、それは、」


突然寄越された聞きたくない単語に、桔梗は反応を返すことも忘れて硬直した。
けれども、緊張の影が差した容貌に向けられた真摯な紅蓮には、何故だか安堵すら齎せるような不思議な情感が込められていて。
ゆっくりとゆっくりと、ヴォルデモートの指先が桔梗の頬を撫ぜる。
そうして、するりと人形でも落すかのように、丁度真下に居たスネイプの腕目掛けてを拘束していた左腕を解いた。

とすん、と微かな音立てて小柄な身体をスネイプが受け止める事は暗黙の了解だったのだろうか、少しも視線を投げる事無く。


「考えた事は無いのか?私と8年も共に居て――――――此処にあの子が居たら、と」


明らかに動揺を示して揺れた紫玉に、見守るような静けさで柔らかな視線が落とされた。
気付いているのだ、彼は。気付いていたのだ、あの日からずっと。……ずっとずっと、言い出せずにいるということを。
気付いていながら、見て見ぬ振りをして、演じ切る他なくなる様に知らぬ振りをしていたのだ。
徹底的に、が邪魔でならないという、その姿勢を最後まで崩さぬ為にも。だのに、最後の最期で崩れてしまった。
こんな時ばかり、昔から嫌になるくらい優しくて、促されてしまう自分が悔しい。桔梗は無意識に、強く手を握り緊める。


「ヴォルデモート、、私は、」


探り当てられ否定すら出来ず、流石に眩暈を覚えて言葉を失っていると、困ったような苦い笑みを浮かべたヴォルデモートに、乱暴な仕草で引き寄せられた。
一瞬、何処か諦めたような憂いた紅蓮に睨まれて、息が詰まるほどの力で抱き締められる。




―――――――― 君まで私を、裏切らないでくれ。



全てが遅かった。今更悔いても何も始まる事も無く、何も終わる事は無い。過去は歴史と為り、違えた時は戻ることは無い。
桔梗だけではない。スネイプもハーマイオニーも、気付いてしまった。
世界に名を馳せた彼、ロード・ヴォルデモートはずっと、叶う訳など無い約束を、出来る筈もない誓いを、そうと知りながらも求めていたのだ、と。
嘘でもいいからと望む言葉に、どれほどの価値があるというのだろうか。
そんなものを欲するほどに、彼は弱くはないはずだけれど、其れでも。


世界を希んだ筈の彼が望むものは、あまりにも淡く、ささやかなもので。酷く、嗤えた。







































































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(C) 2002-7 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2007/5/1