last scene




day-94 :其れはまるで、祈りにも似た






普段の玲瓏としたアメジストの欠片の様な薄紫の瞳とは対照的、澱んだ夕方の空の様な色味を増した瞳を真直ぐに見詰める。
一瞬だけ気が付いた、微かに鳥肌の立ちそうな後方の薄気味悪い光景に文字通り背を向けた。
仄暗く、まるで誘うように口を空けていた隧道の遥か下方に、動くものが目に入った。丁度視線だけを後方にずらした時だ。
一瞬、風に揺らぐ納言草かとスネイプが思ったが、その考えは次の瞬間に完全に打ち消された。


隧道の奥深く、底等到底あるように思えないかの場所に、人の手の形をした様な白い物体が動いていた。
いつかどこかで聞いた事がある。人が行く冥府への入り口は丁度こんな風体な造りをしていて、輪郭を歪める様な意識の中で無数の手に連れ去られるようにして、死後の世界に連れて行かれるのだ、と。
確証は無かったが、似たようなものだろうと、スネイプは思う。
何せ、今立ち尽くしている場所は、桔梗に「Revalueの血を継ぐ人間以外が触れると死を招く」と公言されている。
死への恐れは無いが、此処での手を取れば確実に、冥府とやらへ突き落とされるのだろう。
漠然と思いながら、スネイプは薄い唇を開いた。


「我輩と…何処へ行こうというのかね」


柔らかく問えば、はふっくらとした頬をそっと緩めた。


『場所を言わないと来てくれないの?セブルス。私を護ってくれるって、ずっと一緒だって言ってくれたのに』


心の底から悲痛を繋ぎ合わせて搾り出した様な痛嘆な声色。
だのに、ゆっくりと向けられた薄紫の双眸は、かつて無いほどに美しく邪謀に歪み、そこに潜む光には既に苦渋や感傷の色は無い。
優しく吹き付ける春風に煽られて揺れる夜色の合い間から、暗く翳ったアメジストがスネイプの姿を尚真っ直ぐに射抜いた。
掴まれた侭の腕、身体中を駆け巡る恐ろしいまでの冷気、決定打になりそうな死と云う未来に不思議と恐怖は感じない。
眼の前のの言葉に感じたのは唯、本当の世界へ独り残してきた、の事だ。
傀儡と暢気に戯れている場合ではない。こうしている間にも、が魔法省に連れ去られては居ないだろうか、と焦燥感で、胸が焼かれて血を流す。


『やっぱり……私よりもお母さんがすきなの――――――?』


スネイプは眉根を寄せる。
眼前に据えたから発せられた台詞が決定打となり、スネイプは自分の腕を掴んでいたの手を振り解いた。
するりと逃れるように離れる身体、名残惜しげな気配を一切伺わせない指先がほんの一瞬、張り詰める。
傀儡は今でもの貌をしていたが、気付いてしまえば最早その表情は、スネイプの知っているとは相容れないものだった。
哀しげな表情を晒していても、如何なる表情も見出せない、硝子細工のような凍った微笑。
そんなの口からは、哀切と哀願を凝縮させて作り上げた問い掛けが、淡々と紡ぎだされる。


『私をすきだったセブルスはもう、此処に居ないの?』
『それとも、やっぱり最初から私をすきじゃなかったの?』
『ねぇ、セブルス――――どうしてみんな、私から離れていくの?』


は感情を喪失し焦点が覚束無いままスネイプを縋るように見詰め、答えが返らぬ問いを繰返していた。
唯淡々とした作り物の嘆きを交えて言葉を紡ぎ、咽喉と胸と心を崩壊させるような訴えを、は切願するように続けている。
それはまるで、子どもが親に縋るような身を引き裂くような痛みが伴う、祈りにも似た響き。


「我輩は、が独りであの場所へ戻り永遠に独り孤独に在る事が辛いならば、共に地獄へ堕ちても一向に構わない。相手が魔法省であろうがヴォルデモート卿であろうが神様であろうが、杖を向け共に散る覚悟なら今でも在るがね、」


すぅ、と吐かれた短い息の後。
冷たい声は包む沈黙を乱さぬ程度の声量で、けれど凛とした響きを孕んだ静かな言葉は何に阻まれる事もなくの耳へと届けられた。



「だが其れは、【君】とではない」


言い切って、壊れた微笑み浮かべるに背を向け、相変わらずの暗さを誇る隧道へと視線をむけた。
一瞬とも永遠ともつかない世界から切り離されたその空間の中で、一際大きく響いた風の音をまるで待っていたかの如く、 スネイプの纏う空気が静かに揺れる。
眼前から零れ落ちてくる冷気と死の感覚は、ずっと強くなり続けていた。
空気は動かず、唯低い温度だけが滔々と漏れ零れてくるような静かな狂気。
隧道の中を窺う為に一歩足を踏み出せば、少しずつ隧道の様子が明らかになってきた。先程スネイプが見た人の形をした手は見えず、水の代わりに深遠の闇を満々と湛えている。

スネイプはゆっくりと一度、瞼を下ろし遣った。
一秒も経たない刹那の時間に眼を開き、決断する。寸瞬の迷いも無い、決断の時。

「君は在るべく場所へ、還り給え。次ぎは道に迷わずにな」

直後、スネイプは深遠の薄暗闇に満たされた隧道に躊躇なく身体を滑らせていた。
決定打は無い。だが、この下に最後の納言草が根付いていると悟った。誠か勘違いかは、下りて見なければ判らない。
だからスネイプは自ら敢えて地獄へ通ずる様な道を選んだ。そう、黄泉の国で迷っていたと同じように。





――――――――― 哀しいのはだぁれ? 私に愛して貰えなかった娘?其れとも、娘を愛せなかった私? 其れとも、  
――――――――― こんな風に私たちを変えた運命?


嘗て桔梗がスネイプに吐き棄てた言葉が、脳裏に鮮明に蘇った。
揺れる宵闇色の髪は何処までも緩やかで、煌く紫紺の瞳は悪戯に細められ、穏やかな声色を紡ぐ口許は笑みを刻む。
全てはそう、執拗に絡められた因果の連鎖に過ぎない。
誰が悪い訳でも無いだろう。強いて云うなれば、誰かが誰かに恋をすることこそが、最大の罪。
人がひとを愛する。けれど、それが全てを生み出した結果なのだろすれば、其れこそ不条理。その結末が、永遠の喪失に繋がるというのなら、もう、我慢為らなかった。







「あら、お早いご帰還で?」


気が付けば、空気も動かない静謐の中で、桔梗の秀麗な貌が自分を見据えていた。
ハーマイオニーは緊張した面持ちでスネイプと桔梗の間に立ち、不安そうに交互を見ているが、やがて視線の先が自分の左腕に流れた事を悟った。
促されるように、スネイプが自分自身の左腕を見遣る。
そうしてやっと初めて、自分が名も知らず見た事すら無い白く高貴に咲き誇る花を掴んでいる事を、知った。


「まさか本当に還ってくるとは思わなかったわ、セブルス。」

と良く似た貌の桔梗が、とは似ても似付かぬ悪意をもった笑みを浮かべた。
其れをするりと細い視線で受け流したスネイプは、メフィストフェレス国王の肖像画に背を向け、ゆっくりと玉座から遠ざかる為に足を踏み出す。

「我輩とて、何故に桔梗があの場所へ行って還って来れたのかが不思議で為らないのだがね」

スネイプはずっと逸らしていた視線を上げると、待ち構えていたアメジストを真っ直ぐと受け止めた。そして、逆に、スネイプが探るような眼差しを向けてくる。
静かに開始された言及には、既に何かしらの確信が込められているようだった。

「お前はあの場所で………何を、見た、桔梗」

わざと冷笑を込めて投げやり問えばと、応じる桔梗からは一切の感情が消えた。
そうしてゆっくりと滲み出たのは、何もかもを突き放して諦めたかのような、凄絶な自嘲。


「泣いていたわ。
最初で最後、私があの子と出逢った花畑で膝を抱えて、兎みたいに瞳を真っ赤に腫らして、泣いていたの。
今でも憶えてるわよ?あの子は私にこう言ったの。
【生まれてきて、ごめんなさい】って。馬鹿よね、ほんとう。」


この期に及んでも、自分を不幸の根底に突落した存在の血を継ぐへ、容赦のない皮肉と断罪が寄越される。
けれども聴きようによっては、他ならぬ桔梗自身の自嘲とも忸怩とも取れてしまうのは、隠された痛みの欠片にどうしても触れてしまうからだ。

そんなこと、気付きたくもないのに。


「本当………、馬鹿よね。」


滲み出る慈愛と後悔の感情。零れ落ちる事の無い涙の代わり、心が泣いていた。
どうして今更、そんな表情をするのかと、スネイプは怒鳴り返してやりたかった。しかし、其れすらも叶わない。
本当は、嫌というほどに解っている。否、判ってしまったからだ。
桔梗は、誰よりも恐ろしいほどに優しくて不器用で、…そして、孤独だ。


「何時まで経っても泣き止まないから、手に持っていた納言草を渡したのよ。そしたらあの子、泣きながら何て言ったと思う?」



――――――――― ありがとう、おかあさん。


小さな自嘲と共に低く吐き捨てられたの台詞が、昏い諦念に染まる。
まるで、何よりも至らぬ自らを断罪するかのような酷薄過ぎる桔梗の言に、刹那胸が抉られるような、堪え難い切なさを覚えた。




















































































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(C) 2002-7 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2007/4/4