last scene




day-93 :Ask, and it will be given you.seek, and you will find.knock, and it will be opened to you.






セブルス・スネイプと云う名を持つ人間が、Revalueに関わる存在に接触する事幾度、其の都度申し合わせた様に齎される急激な温度変化と逆転する世界に身を投じる事は既に慣れと化していた。
世間一般的に云うところの【慣れ】とは非常に恐ろしく厄介なもので、恐怖と混乱が入り混じるような絶対的な変化を目の当りにしてもスネイプは、虚空でも眺めるかのように涼しい貌をしたまま受け入れた。

所詮はまた、地獄と見紛うべく凄惨な姿を晒した景観を見る羽目になるのだろうと、寂寞と呆れだけが胸の奥に競り上がる。
だが現実にスネイプが見たものは、今まで見てきたものと真逆のものと言って良い。


―――――― 此処は…一体何処だ? 」


スネイプの眼の前に広がっていたのは、静かで柔らかな、狂気の世界だった。
しん、と切れたように静寂が満ちる空間には、深遠の海と同じ色味の蒼い空と、向日葵を白亜で薄めた様な橙色の太陽と、空から雲を直接切り落としたような色に染め抜かれたように見える、真っ白な花畑。
何処を見ても、何処から見ても、唯ただ白い絨毯が敷かれているようにしか見えない。
地平線など判らない。眼に見える範囲全てがその白の中に沈んで、靄でも掛かった様に白亜に揺らぎけぶり、時が凍ったように停滞している。

其の中で、酷く静かに、酷く静謐に凛と咲き誇る白き華。
噂までにしか聞いた事が無い【納言草】、だが直感で、此処に咲き誇る花全てが其れなのだと気が付いた。


「やれやれ、如何してこうも面倒な事が多いものか」


周囲に何度も視線を走らせ、ひどく現実感の無い世界を、スネイプは歩き出した。
人が歩くスペースさえも無いほど所狭しと咲き誇る納言草は、スネイプの靴底に踏み躙られ、白い花弁は千切れ茎は削がれる。
納言草を踏む感触も、その下で鳴く土の音も、感覚も、酷く遠くぼやけていた。

低迷する思考の中、スネイプは本物の納言草、を探していた。此処に咲き誇るのはただの一本を除いて全て、レプリカなのだと思った理由は無い。確証も根拠も無いが、此処に隠されているのだ、と理性より先に直感が悟る。
其の考えを助長するのは、「残念ながら…納言草は【あの】花畑の中じゃなくてよ、セブルス。」と告げた桔梗の言葉。
あの花畑ではないのだから、きっとこの花畑だろう、所詮はそんな安穏とした思考の末路。

其の思考の片隅で、スネイプはまた思い返さなければ忘れ去ってしまいそうなほど希薄な考え事をしていた。



肖像画に触れて此処へ来たのだ。納言草を手にする前か後か、遅かれ早かれ自分は死ぬのか。
それ程の恐れは無かったが、意識には焦りと戸惑いがあった。


――――――― 自分がこの狂ったように咲き誇る花畑から、納言草を見つけなければ為らない焦りと、本当に此処に咲いているのが納言草なのかと云う戸惑い。


麗らかな春の日差しが降注ぐ花畑、相反するように息をする度に肺に満ちる絶対零度の冷気が、焦りを加速させた。


「…この花畑は何処まで続いている」


細い溜息と共に懐に仕舞いこんだ杖を取り出し、呼び寄せ魔法を詠唱する。
ぽすん、と失敗した様に微かな破裂音しか為さない事態、薄々勘付いていたが使い物に為らない杖を仕舞いこみながら歎息した。

縦横無尽に華を踏み躙っていた足を止め、無限の彼方へと続くような壮大な花畑を見渡す。
空気が止まったような景色は一面白い花に包まれて、まるで時間が停止した永久の黄昏時のように映り込み、肺と心臓を掌で握り潰される様な閉塞感をスネイプに与えた。
遮るものなど何も無い筈の開放的な空間は、余りにも閉塞した景色を織り成していた。
ぼんやりと、視界も完全に通らない様な白だけに覆い尽くされた情景と、動く存在の全く無い景観は、明らかに閉じ込められた者の息苦しさをスネイプに齎す。

代わり映えの無い景色ばかりを唯視界へ入れ、さて如何納言草を探そうか、と思いあぐねたい時。
急に眼の前に白い靄が降り掛かり、地震など起きて居ないと云うに、ゆっくりと世界が回っている様な微かな酩酊感を覚える。
自分の意識とは裏腹に、クリアになっていく脳内に徐々に効いてくる覚醒作用に気が付いたが、既に朧気だった。



―――――― コカイン、其れとも、、………いや、この期に及んで幻覚作用を齎す植物がなんであろうと関係ない」


空間全てに何らかの幻覚作用を齎す仕掛けが施してあるのだ、と茫洋と、真逆の視界でスネイプは白い花達を目線で辿る。
ぐるりと見渡せば、視界ごとぐるりと回転し、眼が、頭が、身体が、回った。
ぐにゃりと熱した硝子が曲り拉げるように、世界が歪む。
起こっていることへの理解は初めから棄てているが、其れでも見えるもの、感じるもの、触れるもの全てがスネイプの気力を奪う。


此処、が何処かなんて、
目的が何、かなんて、
求めているものがどれ、かなんて―――――― 如何でも良い、そう思い掛けたとき。


ふわり、と。
花が風に舞い上げられて戦ぐように、己の背の直ぐ傍らに、存在の帳が降りた。
一声も発さず、況して触れられている訳でも無いのに、濃密さをもって知覚にまとわりつくその気配に妙な悪酔いを起こしそうになり。
感覚で最早理解出来る。抜けるように白い肌、一目で眼を引くほどの氷の様に整った凄絶な美貌に、菫の様な薄紫の瞳。
ゆっくりと穏やかに微笑う事が出来るようになった、唯独り、スネイプが護りたいと思った少女――――の気配だ。



『こんなところで何をしてるんですか?』


錯覚作用が齎す幻覚が作り上げた虚像だと、脳裏では理解出来ている。
けれども、造作の大きな瞳が微笑めば、やはりそこにはスネイプの愛した少女の影が散らついた。
此れは幻覚だ、此処にが居る筈など無い。だが、スネイプの視界には、はっきりと自分に向って微笑むの影が残されている。穏やかな、スネイプには優しいばかりの情景。
ぐにゃりと歪む世界の中で、紛い物だと判っていて尚其れでもスネイプは誘惑に勝てず、密やかに、低く平坦な返答を零した。


こそ何をしているのかね。」

双眼をやや伏せて、の口の端に笑みが揺蕩る。

『私ですか?私は何時まで経っても帰って来ないセブルスを迎えに来たんです。帰りましょう?』


自分が地面に倒れているのか普通に立っているのかすらも知覚出来ない意識の中で、眼の前のがスネイプに手を差し伸べていた。
けれど、続けて口にされた言葉に、スネイプは戸惑った。そうして、


「…何処へ帰る?」
―――――何処って、私とセブルスが帰る所といったら一つしかないじゃないですか』


の様子に戸惑うようなスネイプの視線と問いを受けて、は少しだけ微笑んだ。優しく、瞳を緩めて。
静かに告げる、和らいだ表情も、真摯な思いが伝わってくるようだった。なのに何故だか、スネイプは喉が詰まったように感じた。


『一緒に帰りましょう?セブルス』


気が付いた時には、はスネイプの手を掴んでいた。
距離感などさっぱり判らないが、容易く掴めたのだから、元よりそう離れているわけでもないのだろう。
少し手を引けば、簡単に近付く距離には居た。
手は、届いている。腕を伸ばして細い肩を囲えば、抱き締める事も造作無い。そう、こんなにも、傍にいるのに。


感じるのは、空気動かずただ低い温度だけが流れ出してくるような、感覚。
スネイプの掌に重ねたの手が、触れて露骨に判るほど、異常に冷え切っていた。
生きている者の温もりが何一つとして宿らぬ手に触れて、スネイプはもう一度の瞳を見た。そうして、全く焦点が合っていないことに気が付く。


「残念だが、我輩は君とは一緒に帰れぬ。我輩は納言草を探さねばならん」


ゆっくりと告げて重ねられた手を退け様ともう片方の手を伸ばせば、筋肉の弛緩した作り物の人形のような感触が伝わる。
焦点の合わない硝子の様な瞳は其れでも普段がそうするように柔らかい笑みの形を取ったまま、更に強くスネイプの掌を握り締めてきた。たかが14歳の少女が持つ腕力とは到底思えないほどの強靭な圧力を以って。


『だって私、もうじき、独りになってしまう。またあの暗い世界に独りきり、誰も居ない、誰にも知られない、私は独りで生きる事も死ぬ事も出来ずにあの場所に帰るの?』


やわらかに緩んだ瞳が物語る。
焦点の合っていない瞳は最初から、スネイプなど見ては居なかった。
の視線はスネイプの貌ではなく、スネイプの遥か後方に焦点をあわせていたのだ。ずっとずっと―――多分、最初から、は其処だけを一心に見詰めていたのだった。
気付いた瞬間、スネイプはが見詰めているだろう、自分の背後に意識が向いた。
ちらりと流し見遣れば、其処に、終わらない絶望を見た。


白い花に覆われた一面の大地が永続的に続いていた筈の後方は、何も無かった。
白い花どころか、地面さえも欠落しているかのように、ぽっかりと大きな口を広げた隧道が広がっている。
すぅ、と背後から流れてきた冷気が、首筋を撫でた。


『一緒に……還りましょう、セブルス』


瞬かれた睫毛の長さも、頬に落ちる影までも見える距離、まばたいた紫の色がゆるやかに綻んでゆく。
感情が真っ赤に塗りつぶされた様に唐突に浮き上がってくる言葉、『一緒に死にましょう』と言われているのだと、悟った。













































































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(C) 2002-7 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2007/3/26