last scene




day-92 :Knowledge without practice is nothing






何故、――――如何して。何度も、答える者の誰も居ない、無意味な問いを繰り返す。
カミサマがいるとしたら、何故彼らを最後まで愛してくれなかったのか。彼ら…Revalue国民は最後の最期まで、神より与えられし不浄と混沌、名声と絶対的価値を持つ納言草を護り続けた。なのに、何故、如何して。
桔梗は吐き気を覚え、眩暈に苛まれ、痛む胸に暗い気持ちが背筋を這いずりあがってきた。
すべてが滅びゆく、血と狂気と憎悪に満ち…だが一方で聖域とも謳われた美しき、Revalueと云う名の国があの日世界から―――――消えた。



たった独りの娘さえ護ることの出来なかった弱くて小さな自分が、自分を受け入れてくれた人々を誰一人として護れず。
守りたい存在は何時だって、風が髪を攫うように硬く閉じた掌を擦り抜け、小さなこの手には留まらずに。
眼の前であらゆる存在が焼き尽くされ消えていく様、引き裂かれるほどの痛みは、自分が受けた傷ではない。
けれど、喜びも怒りも悲しみも絶望も、生きていることにさえ何の意味もない感情に過ぎないものであると、身を以って知らされたあの記憶は消えることはなく。
あの瞬間、確かに桔梗は絶望を垣間見た。五体を引き裂かれるような痛みが待っているのは間違いなく彼らの方なのに、消えることがない記憶が渦を巻いてフラッシュバックを引き起こす。
凍てついた罪は今もここに根づいている。だからこそ、終わらせなければ為らない。



「桔梗、納言草を―――――何処に隠した」


未だ記憶を追尾しているのか、押し黙った桔梗に業を煮やしたスネイプが、言葉を掛ける。
形の良い眉を顰め、唇を引き結んだような表情はあからさまに不機嫌みを帯びていた。
桔梗はスネイプの言葉にふっと現実に引き戻されたよう、ゆっくりと微笑み、玉座にほど近いところで立ち尽くす彼に向って、禁忌の名を呼んだ。


「メフィストフェレス国王…いいえ、最後のRevalue国王が護っている。」
「……墓標を掘り起こせとでも言いたいか?」

スネイプの怪訝な問いを耳に、桔梗は薄い眼瞼を緩く降ろしやって、静かに穏やかな声調で、いいえ、と唱える。

「彼の墓標は無いわ、判るでしょう?
…誰もこの国の人間の為に墓を作ろうと思う人なんて居ない。この国に在った存在は全て…8年の歳月の中でみんな、風化してしまった」
「では、何処に」

スネイプの言葉に、仄暗い笑みを含んだ声が被さる。

「納言草は其処の肖像画の裏。…でも気を付けて?あの肖像画には魔法が掛かっているのよ。Revalueの血を継ぐ人間以外が触れると、死への軌跡が引かれてしまうわ」


私はあの子どもを連れてくると思ったから―――――態々あんなものにメッセージを遺したのに。


そう言ってスネイプを見遣る紫紺の瞳は、先程まで浮かべていた笑みを一切感じさせないまでに冷たかった。
紡がれた桔梗の言葉を、スネイプは苦々しい表情で黙殺する。
最初からが此処へ来る事を見越し…最初から「意識」あるに再びこの地を踏ませようとしていた事に。そして、平然と言い切った桔梗に、怒りを感じなかったといえば嘘になる。
だが、もうあとには引けない。それを理解しているのは決して自分だけではない筈だ。

言い聞かせるように、スネイプは纏わり付く外套翻し、鎮座する玉座へと歩を進めた。
踏みしめた靴の裏で、小さくかそけく、砂が鳴く。
其れが誰かの骨粉であろうが無かろうが寸瞬も迷う事無く、スネイプは目的の場所まで辿り着いた。



(……此れが、Revalue王国最後の国王―――――メフィストフェレス。)


玉座の後方、白亜の柱に立掛けられるようにして置かれた一枚の肖像画。
現在のRevalue王国国王のみが掲げられる事を許されるのだろうか、他に歴代王の肖像画は無い。豪奢な錦を織り込んで編み込まれた額縁、入り込んだ「動かない」肖像画は、ただの一枚。
眼前まで歩き見据えれば、誰のものか、左下から右上に掛けて一本の赫い線が走っている。年月によって風化し干乾びた血だと判ったのは直感だ。
の眼差しに似た温和そうに微笑む紫紺の瞳、血で血を洗うような醜い争いを拒み、即座に終わりが見えない戦争を終結させたと聞く。一見、そんな人間には見えないと云うに。
人々を戦禍の火種から護った筈の彼は今では、その名を口にすることすらも禁忌とされた、不浄のひと。


スネイプがメフィストフェレスの肖像画を見据え、更にもう一歩踏み出したとき。
桔梗は物音を聞き付けた猫のように、ひくり、と何かに反応して、至高の宝玉アレキサンドライトと同じ色彩である紫の瞳で射抜くように彼方を見つめる。
そうしてハーマイオニーがその反応に気付き、ふと眉を寄せた瞬間、一瞬だけ聴覚に触れた微かな音の異常を知覚した。


茫、茫……


「な…、に………………………?」


ぼーん…と古い柱時計が鳴る様な残響の混じった空気を鼓膜が捕え、強烈な違和感に身体全体が不意に重くなる。
微かに空気に震える低く重たい無音の静寂。
絞め殺されるような暗鬱な音と、色濃い闇がゆっくりと緩慢な仕草で全てを包み込んでいくような、異様な感触が身体全体を駆けずり上がる。
得体の知れぬ恐怖の感覚に表情を強張らせたハーマイオニーに、桔梗は、心から楽しそうな声色で嫣然と微笑んで見せた。


「大丈夫よ、護るわ―――――セブルスが納言草を手にするその瞬間までは」
「…ご一行様はもう到着かね」


余計な言葉など一切無い、冷たい問い掛け。
ハーマイオニーと同様、スネイプの表情が険しさを増していくのを悟った桔梗は、口許に浮かべた妖艶な笑みを更に深いものとする。


「えぇ、『招かれざる客』は一生懸命この城の場所を探しているみたい。彼らには見えないのよ、唯音の無い闇だけが一面に広がっているようにしかね」
「本当に、時間は無限ではないと云う訳か。」


面倒なことを、と吐き棄てるように言葉を零したスネイプは双眸眇めたままの表情で有無を云わぬ自画像を見つめながら、また一歩を踏み出す。
スネイプの表情は常のものと何一つとして相違無い。色味を欠いた土気色に無表情と不機嫌を上塗りしているだけだ。


「……………………」


意を決したのか其れとも何も考えてすら居ないのか。スネイプは無言の侭肖像画の前で真下から、メフィストフェレスを見上げた。
Revalueの血が流れぬ者が肖像画に触れると、死への軌跡が引かれる。では如何して桔梗は触れる事が出来たのか?触れた自分は如何にして死ぬのか、肖像画の裏にある納言草を如何取れと言うのか。そもそも一度隠した桔梗が自分の手で取れば良いだけの話ではないのか?

だが今、この瞬間、野暮な事を彼是画策する時間は無い。
こんな逡巡をしながらも、きっと自分は同じ事をしただろうと既視感を感じながら、肖像画に指先を伸ばす。
あと数センチ――――― 、其処でスネイプはピタリと動きを止めた。


「あら、やっぱり止めるの?」

人形みたいに綺麗な貌で、その声も表情も嬲るように楽しげなまま、桔梗は嘲う。

「いや…我輩に何か遭っても、彼らを無事にホグワーツへ帰してやってくれ。其れだけだ」


此処で、「は如何するの」と誰も聞かなかったのは、あの桔梗でさえも聞けずに居たのは、問うてはいけない内容だと、言うなれば第六感と云うやつが告げてくるからだ。
「えぇ」と短く切った言葉、低く穏やかに届く声と共に軽く頭を傾げる仕草に合わせて、夜色の髪がサラサラと零れ落ちる。

其れを見遣って、スネイプは肖像画の前で止めた指先ではなく、今度は掌をゆっくりと開いて。油絵か水彩画かも判らぬ絵に、静かに触れた。
紙の感触も布の感触も無く、唯ひやりと氷にでも触れているような冷たさを感じる。初めて其処で、逡巡が生まれた。


「……………(魔法、か。この国で魔法は使えない筈ではなかったか)」


スネイプは、意識の中だけで言葉を呟いた。
肖像画に指を触れたまま、スネイプは動きを止める。
魔法だ、と具にスネイプが思い立ったのは偶然だ。何かの前触れが有った訳でも同じ経験に遭ったからでもない。
だが、魔法界に普通に暮らしていて、ふと何かの拍子に嫌な魔法(もの)に巡り会ってしまった時の、腕の毛が逆立つような感覚にとても似ていたからだ。



轟、


と、霹靂の様な音が劈き鼓膜を痛め、其れまでの空間とは全く異なる感触が身体全体を包み込む。
其れはスネイプが肖像画に完全に掌を付着させた瞬間だった。
スネイプの身体を媒介に中と外、Revalue王国に満ちる空気の全てが、切欠を待ち侘びていたかのように破裂し違うものへと変貌を遂げた。身が竦むような冷たい気配。感じるのは唯其れだけ。

その空気に閉じ込められるように、身体が凍り付いた。くるくると万華鏡を覗いている様に視野が回遊し、そうしてゆっくりと周囲の空気さえもが完全に停止した。




そうして。


今までスネイプが居た筈の、暗鬱な光りによって形成された廃墟の様な王座と、音も無く煤の様な暗闇が満ちていたRevalue王国の姿は無い。


「此処は――――――何処だ?」


疑問が口を付いて滑り落ちた。
そして、ゆっくりとスネイプは静寂の満ちるRevalue王国とおぼわしき周囲を、錆びた金属のような緩慢な所作で、確認するように振り返った。

ひら、と、雨に濡れた花弁が目前を落ちた。
揺らぎ、戯れる葉のさざめき、振り落ちるように舞い踊る花弁。
見渡す限り一面に全く同じ形と同じ色彩の花が舞い狂ったように咲く――――――冥府への入り口のような場所だった。












































































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(C) 2002-7 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2007/3/7