last scene




day-91 :失われた物語を、もう一度、其れは誰にも伝わらなかった真実






「…シナリオは、其処から狂ってしまったのよ」


記憶から帰趨した桔梗の、穏やかならぬ光を灯した紫紺の瞳が、射抜く様な強さで鋭く細められた。
耳慣れたその声色はやはり、今までと変わらず優しい響きを紡ぐ事はなくて。
何処までも冷たい温度を伴わぬ音色に内心で酷く驚きながら、だがスネイプはそれらの心情を表へは一切出さなかった。
代わり、カツン・・・とスネイプが一歩を踏み出した為に鳴り響く硬質な靴音が、やけに大きくその場に響き渡る。


「シナリオ?ヴォルデモート卿が現れる予定などなかった、と云うことかね」

「いいえ―――? ヴォルデモート卿は納言草の力が"本物"が如何かを試してみたかったのよ。
其処に丁度良く、息も絶え掛けた私が居た。彼は納言草の力を以って、私を生き返らそうとしたのよ。半分は自分の為に、もう半分は私の為に。事実、私の身体にのイノチが芽生えたのは納言草の最大の功績にして最低の結末。
セブルス、貴方も見たでしょう?の眼前で起こった、奇跡を」



今までの不穏な表情を綺麗に消し去った、無邪気ともとれる笑顔を浮べた桔梗の綻ぶ菫の瞳は何処までも真っ直ぐにスネイプだけを見据えていて、怪訝な表情を浮べたスネイプは近づいてくる桔梗に知らず身を硬める。
聡い彼の事だがら、きっと聞かずともその殆どの答えを既に握っていたのかもしれない。しかし、桔梗は脇に従えた生徒二人とハーマイオニーの為に、魔法を一つ詠唱する。
遮るものの何も無い、壊れ崩れた壁面に魔法で映し出されるは、桔梗の記憶の中に在るだろうあの日の記憶。




--------- ヴォルデモート、その子を身代りに…私の身代りに!)


桔梗は息も絶え絶えに血塗れた手を乞う様に伸ばして、ヴォルデモート卿に懇願する。眼奥に、揺るがない決意を灯して。
ルシウスが到着するより先にヴォルデモート卿にの存在が見付ってしまった今、娘を助ける術を他に思い付きはしなかった。彼は何の慈悲無く幼い子どもを手に掛けるだろう。例えその子どもが、半分愛しい女の血を引こうとも。
強烈に差し迫る死が齎す錯乱状態の中、桔梗の耳に届いたのは、唯耳を劈いたのは、自分の娘の悲鳴だけ。其れが現実か、脳内で捏造された現実か、そんな事は如何でも良い。
赤い、赤い温もりが背中を押して、どうか、願うことが許されるのならば一つだけ、自分の娘を生かして欲しかった。
その瞬間に脳裏を過ぎった感情は、言うまでもない罪悪感に満ちていたけれど。仕方なかった。


(--------- この子は生まれてきてはいけないの。 だから、だから私の代わりにするのよ。)


耳を介し客観的に、吐き出した台詞を脳に流し込んで意を咀嚼しても。血の気を失った白磁の顔が歪むことは無かった。唯一瞬、微細に微笑んだ様な気がした。

自分の娘の命と引き換えに死の淵から蘇り、代わりに娘は母親の魂だけで生きていく。
神に背く背徳的行為、の存在自体が、罪の証。失った命を取り戻そうと願った、傲慢な罪業、決して知られてはいけない罪と罰。
誰にも知られずに済む筈だった、知られては為らなかった、此の侭桔梗がヴォルデモート卿と共に去り、残ったをルシウスが連れ去れば、全ては歴史の闇に葬られて終わる筈だった。
魂だけに成り果てたと、の命を手に入れた桔梗。他者に知られては、ヴォルデモートやばかりか、ルシウスの魔法省高官の立場さえも危うくする。だが運悪く、桔梗の視界の端に、が開いた扉の影から幾つもの人影が入り込んで来るさまが見える。
一瞬で全てを忘却したアメジストの瞳が、零れるほどに開かれた。




――――――― 其処で何をしている、ヴォルデモート卿。




満足気な笑みを口許に湛えた闖入者は、その艶やかな唇から毒の様な甘い声を次いで響かせた。
無粋な闖入者の名、もう遠くの昔に忘れて仕舞った。けれど、ヴォルデモート卿に恨みを持つ魔法省高官だった事は記憶に新しい。確か今は、ルシウスの上官だったか。
魔法省の人間が如何して此処へ、と驚きに全ての動きが凍結した侭視線を侍らせれば、人垣の向こうに、桔梗が待っていた人が居た。



―――――― ルシウス・マルフォイ。
彼は桔梗の視線に気が付くと、一つ目配せをする。
杖を手にしていないところを見ると、想定外の人物は如何やら彼が連れてきた訳ではないらしい。
ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、闖入者と彼の配下は一斉にヴォルデモート卿と桔梗、そしてに杖先を向けた。
確実な意図を孕んだそれの動きに、思わず漏れでそうになる声を唇を噛み締める事でどうにかやり過ごした桔梗は、間近で感じ取った嘲笑の気配に息を殺す。
桔梗の秀麗な相貌は常軌を逸した驚愕に歪み、次第と血色を失っていく。何かに怯えるように震え出した身体は、何か良からぬ事を知らせる兆候だ。


と、同時、ルシウスは真直ぐに桔梗を見据えた後、不快そうに柳眉を吊り上げ表情を消した。
闖入者達は全員ルシウスの前方に立っているので、ルシウスの表情は窺えない。状況を逆手に取って彼が、何かを桔梗へ伝えようとしていることが、間違えようの無い確信だった。
案の定、本当に一瞬の刻。秘め事を約するような静けさで、ルシウスは音にならない一言を告げた。



「        」



そっと示された唇の動きを、桔梗は確かに視認した。
そうしてヴォルデモート卿の元へ駆け寄ると、ポートキーを取り出し一瞬の隙も与えずに其の場から姿を消した。たった一人、魂だけの存在に成り果てた娘と枯れた納言草を置き去りにして。
託された、たった一言の、ルシウスからの無音のメッセージ。「約束は護る」確かに彼はそう言った。



即席で作り上げられた巨大スクリーンには、その後の凄惨な様子が次々と映し出されていく。此処からは誰もが知る、記憶だ。
「最早情けなど要らぬ、Revalueに関わる全てを焼き尽くせ」と命じた彼は、一番最初に取り残された、泣く事すらも忘れたように佇む子どもに己が杖先を向けた。
瞬き一つすら見逃すまいと物事を捕らえていた菫の瞳が、鋭い視線をそのままに遠くを見る様な仕草を見せて足元へと逸らされる。既に命宿らぬ身であれ、殺される事を覚悟したのだろう。
そうして今にも零れそうな紫紺の瞳をぐにゃりと歪ませ顔をあげれば、眼の前に、誰か居た。

―――――― だ、れ?」

の身体に柔らかく触れる、翻った漆黒の外套。
この時の前に立ち、唯独り彼女を護ろうとしたのは他でもない、ルシウス・マルフォイだった。
が覚えて居ないのも無理は無い、彼がに面を見せることも、問いに答えることすら終ぞ無かったのだから。


「生きていない子どもに杖を向けて何になる?其処まで貴様等は外道か。」


毅い蒼の眼光が、真っ直ぐに男の黒眸を射抜いた。屹然とした発言に、周囲は不穏な空気のままで、押し黙る。
逡巡するよう、ゆっくりと下ろされた杖先、
「為らばRevalue王国最後の皇族として…宿主の命尽きるまで籠城して頂きましょうか、皇女様?」、
語る口調に滲む笑みが微かに苦く、深く色合いを変えた。此れが決定打となって。
未だ6歳に満たないRevalue王国最後の人間は、魔法省の下した勅命により、半永久的に光り届かぬ討ち滅ぼされたRevalueの土地で幽閉される事となった。



「……彼の名は、エルクハウンド。知っているでしょう、セブルス」
「…ルシウス・マルフォイに目の前で家族を殺されたデス・イーター」
「その彼が、言ったのよ。…【Revalueの血を継ぐものは生かしては為らない、この世界から滅せよ】…そして、地上の聖域と謳われたこの国は、一瞬で滅びた。」


躊躇うことなく言葉を紡いだ桔梗は、それでもほんの一瞬、言葉を呑み。
痛みに歪む双眸を隠すように瞑目した後、再び厳粛な瞳を、スネイプ達へと向けた。


「その彼、が。探しているのよ、最後の納言草を」
「………コーネリウス・ファッジの為かね」

「いいえ――――…ルシウスを失脚させるため。
彼は私とルシウスの関係に気が付いて、ルシウスをあの場所から叩き落そうとしているわ……ヴォルデモート卿への復讐の手始めに、Revalueに関わるもの全てを今度こそ本気で消そうとしているの。
――――――セブルス、貴方もそこの可愛らしいお嬢さんも…勿論、例外ではなくてよ?」


じっとりとした嫌な汗がハーマイオニーの背を掛けずり落ちた。
過去から現在へと繋がる想像を超えた憎悪の連鎖に、不快極まりない感覚に苛まれ、痛みを感じる程の冷水を頭から浴びて仕舞いたい気分だ。
案じている様な桔梗の柔らかい声色。だが、見下ろしてくる紫紺の瞳はともすれば射殺してしまえるのではないかと憚られるまでに鋭い殺気を纏わせていて、ハーマイオニーはそのギャップを畏怖する。
弧を描く赤い唇が音を紡ぎだす流麗な動きをまるでスローモーションの様に捉えながら、開きかけた口を静かに噤んだ。
代わり、広い背中で隠れて見えない一歩先に居るスネイプから、ある意味では聴きなれた場違いな位の苛烈な声が届く。


「この地へは、Revalueの血を継ぐ者と、その彼等に認められた者しか入れぬ筈ではないのか」

「そうよ―――…」


一心に見据えてくる桔梗の、表情のありえない程の冷たさに、ハーマイオニーは言葉を失くす。
触れれば一瞬で切れるような、氷の様な冷たい紫の瞳、うっとりとした凍えるその微笑みは、遠く。
妖艶な唇がゆっくりと開かれる。


「彼らは、【許可無くRevalueへ闖入した何者かを探し出して突き出すため】に、此処へ来るのよ」


告げる言葉は残酷なもの、だが、綻ぶ紫紺の瞳に動悸がした。
笑える程に残酷な運命は、何時だって、引き離す事を仮定してでなければ、始まらない。










































































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(C) 2002-7 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2007/2/27