last scene




day-90 :Are you innocent or guiltiness ?






人は死を間際にすると、其れまで生きて来た記憶を蓄積してきた脳の作用によって、記憶が蘇った様に流れ出すことがあるらしい。走馬灯、確かそう云う名前だった気がする、と桔梗は冷えた床の上に横たわった状態の侭考えた。
死期が近いのか、手足は愚か唇さえ動かすことが出来ず、痛覚が滅されたように何も感じなかった。

朦朧とした意識の中、閉じた瞼の裏、ぼんやりと白く淡く浮かび上がってくるものがある。
白牡丹の花のようなそれは、記憶の中に降りしき、大気に舞う雪だった。




(……そう、雪が降っていたのよ…)


宛がわれた部屋から大広間を抜けて別塔へ移動する際、弾かれたように見上げた曇天から降ってきたのは、今年最初の雪の結晶。
東洋では雪が降るとRevalue国王が言っていた事を思い出し、桔梗は急いで居た足を留めて立止まる。
ひらりと舞うそれはあたかも、切ないほどに希求した春の薄紅桜の乱舞のようで。
生まれて初めて触れた雪は、受け止めた手の平で冷たく光り、僅かな体温で融解して消えた。

「……空から白い花が降ってくるみたいね」

自然と零れ出た呟きは、白い吐息と共に透明な空気に溶けて消えた。
雪は留まる所を知らずに降注ぎ、気温は低下するばかり。
本城から別塔へ移動するだけだから、と防寒具も羽織らず飛び出した為に、薄着の身体に容赦なく寒波が襲い掛かる。
風邪でも引けばまた執事が目くじらを立てる、と憎々しげに掌の雪を握り潰し溜息を落として、足早に庭を抜けようとした矢先。
石畳の向こう側、大雪を花とばかり纏った樹木の陰に座り込んだ二つの影が眼に入り、桔梗は紫紺の瞳を見開いた。


「雪ウサギが誰か悪いひとにやっつけられないように、雪だるまがまもるの。」


自分と瓜二つの顔と声を持つ、半分血を分けた存在の子どもが、地面に座り込んで雪ウサギと其れを守る小さな雪だるまを作っていた。
傍らで子どものために、新雪を後手に伸ばして運んでくるのは彼女の父であり、桔梗の夫であるRevalue国王。


「雪だるまは二個必要だな、
「…二個?どうして?」
「雪ウサギが子ども、雪だるまは子どもを護るお父さんとお母さんだ」


言葉には、「あ、そっか」とさくらんぼのような小さな唇から白い息を吐きながら、小さな雪の玉を転がし始めた。
Revalue国王は穏やかな眼差しで動向を見守りながら、自分の娘であり、次期Revalue王国を継ぐだろう子どものために雪をあつえらえる。
此れが王国内で無く一般家庭ならば、ごく普通に見られる風景。欠いている母親の存在も当たり前にある事だろう。


だが勿論、桔梗が声を出して彼らの元へ行ける筈も無くまた、行く気も到底無かった。
彼女は嘗ての自分に誓った誓いを、守らねば為らない。この子どもを産むと決めたその日から自分が死ぬまでずっと守らなければ為らない、絶対の約束を違えては為らない。
だから早々に去ろう、余計な事を考えないうちに。別塔へなど、庭を経由しなくても行く方法は幾らでもあるのだから。

そう思い、踵を返した刹那、


「ねぇ、お父様、この国にわるいひとが来たら誰がやっつけるの?」
「私たちの国は私たちで護るんだよ、。勿論、は一番最初に私が護ってあげるから、安心しなさい。」
「………………」


ちょうど陽が西の稜線に沈もうとしていた。庭を中心にRevalue全てが銅色に染まっている。
立ち去ろうとそう思っていた筈だ。だが遠くで聞こえた言葉が鼓膜を掠めた瞬間、針と糸で地面に影ごと縫い付けられた様に、茜色に染め上げられた自分の旦那と子どもから眼が離せなくなっていた。


?」

背中越しに見下ろして名前を呼べば、皸た掌で一生懸命に雪玉を転がしていたの、切なげな菫色の瞳がちらりと覗いた。

「……お父様はお母様を一番最初にまもってあげて。私にはじいやとばあやが居るもん。でも、お母様は…」

其れきり言葉を噤み、忙しなく動いていた掌から雪玉が零れ落ちるのを見て、Revalue国王はの眼前に跪いた。
下から顔を覗き込んでやれば飛び込んできたのは、夕陽のような赤い目元。
泣き方を知らないように、嗚咽を殺しては泣いていた。物心付いてから今まで泣いた事など一度も無かった子が、息もろくにできず、そんな風に泣くのは苦しいだろう。
掌を伸ばし、指の背で頬を撫ぜて、腕の中に抱き囲う。


「約束しよう、のお母さんは……桔梗は、私が命に代えても護る。約束だ、

安心させるよう言えば、小さな頭が上下するのが判った。
目を伏せれば、頬に睫毛の影が落ちている。瞬きする度に、また雫が毀れ落ちていった。







あの後自分は如何したか、もう覚えても居ない。
しかし一つだけ明確な事がある。結局Revalue国王は、私を護るどころかこうして、【死の呪文】を唱えたではないか。
手元がふら付き失われていく体力に比例したように、国王が唱えた魔法は充分な効力を発しなかったけれども、倒れた大理石の下でこうして着実に死を待っている。
音を立てて流れ出ていく血が、最期を知らせていた。
桔梗は口元で何度も呼吸を繰り返す。苦しくて苦しくて堪らない、寒気は既に限界を通り越していた。身体全体を凍り付けにされ、全ての体温が逃げていくような感覚と共にそれは急速に目の前に近づく。

最後に思い出した記憶が、あれだなんて滑稽だわ、ねぇ、、と。霞かかる意識の中で、囁けたどうかは定かではない。
もうそろそろ行かなくちゃ…ね、と思った刹那、視界の片隅に動くものが見えた。
差し延ばされた指の先数センチの所に転がったRevalue国王の杖、其れを目指して指を伸ばそうとしているのだ。
何を今更、回復魔法など掛けても時既に遅い筈。其処までして、生に固執するのか、憐れだな、と嘲笑し掛ける。
丁度、Revalue国王の指先が、血に濡れた杖を掴んだときだ。



―――――Mors…、mordre…!!



桔梗が驚愕で眼を見開き、確かにRevalue国王の口から零れた魔法と空に打ちあがった闇の印を見て瞠目する。
彼は死喰い人だったのか、彼の身体に刻まれた闇の印など見た記憶が無い、と悠長に言っている場合ではなかった。
何故彼が、モスモドールを打ち上げられるのだ。何故彼が、ヴォルデモートを呼ぶ事が出来るのだ。


何故彼が、ヴォルデモート(あの人)を呼ぶの…!!


状況を理解していない紫色の瞳が必死に瞬きを繰り返す。闇に飲まれ行く意識の向こうで、一体如何云うことなのだ、と最後の力を振り絞ってRevalue国王を見遣れば、

「…其れでも…、私はお前を…、愛して、……いたん…だ。君は…、」



冷たさも感じなくなった頬を涙が一つ、滑り落ちる。
自分でもなぜ涙が出てきたのか分からなくて、混乱し、強張らせた肩が震えて、瞼をきつく閉じる。
嗚咽さえ零れない。全ての時が止まり、記憶の中で見た真っ白い粉雪がゆっくりと降注いで来るような錯覚に苛まれた。
あの日、自分の夫と娘が交わした科白が、打ち鳴らした教会の鐘の音のように鼓膜に響く。
好きじゃなかった、愛していなかった、憎んで怨んでた。私から全てを奪い、色のない灰色の世界に陥れたひとを。
最後の最後まで憎み抜いて、あの子だけ生き延びられれば其れで良いと思っていた。
それがどんなに傲慢な事だろうとも、誰に馬鹿だとなじられても、憎まれても恨まれても構わない。
なのに、、脳の中に、声が響いて心が反響する。


「 君は、、生きて 」


謝っても侘びを乞うても、許してはくれないだろう。けれど、わたしの我侭をどうか、聞いて欲しい。
君を愛してしまったのはわたしの罪だ、だからこそ、この命懸けて君を守りたかったんだ。
君が悲しむ事になっても、君が苦しむ事になっても、如何しても欲しかったんだ。
例え自分の命を失くす事になったとしても、君がいつか彼の元へ還ってしまうことが判っていても、其れでもわたしは君とたった一人の子どもを護りたかった。
君の生を望んだ我侭なわたしの自己満足の独りよがりだと分かっていても、君を愛していたから。


こんな愛し方しか出来なかったわたしを許して欲しいとは言わない、だからどうか、君は生きて、、



夢だと、全部夢だと言って欲しかった。
耳鳴りがする、感覚神経など既に麻痺してしまっているだろうに、あの日の記憶がずっと聞こえる。
眼の前で息絶えようとしているこの男は、私の為に死喰い人にさえ為ったというのか。
いつかは奪われてしまうだろうその日を知りながら、此れから起こるその全てを知りながら、其れでも――――
あぁ、如何すれば良い、誰が夢だと言って、此れは悪い夢で、直ぐに醒めてしまうのだと。

いやもう、如何する事も出来ない。全ては起こってしまった、過去の出来事。此処で全てが終わって、そうして全てが始まる。
復讐という名すら越えた、崩壊が始まってしまうのだ。


その刹那、わずかに歪められた表情は、苦痛に耐えるようにも、自嘲するようにも見えた。そうしてゆっくりと狭めた視界に、まっすぐに向けられる紫の双眸は瞬きもしない。



ヒタヒタヒタ、と小さな音が玉座の向こうから聞こえてくる。
物音に気が付いたのか、其れとも彼女に備わった負の力がそうさせるのか、扉の向こうには未だ幼い娘が居るのだと悟った。
光すら届かない闇の中で、うっすらと桔梗が嗤う。
光の中に居た子どもが闇の中へ叩き落される。子どもはきっと、何故だと泣くだろう。何故だと怒るだろう。全ての憎しみの矛先を私に向け、そうして生きていくのだろう。


「出逢わ、…なければ…良かった、…のかしら……ね?」


もう廻り始めてしまった。だからもう、後には戻れない。
音を立てて坂道を転がり落ちるように廻りだした運命の輪をとめる術など、誰も持ってはいない。


視界の片隅に小さな影が映り込んで来たと同時に、意識が混濁し視界が漆黒に包まれる。
その間際、逢いたくて逢えなくて、愛しくて仕方が無かった男の、微笑んだ紅蓮の瞳が歪んで見えた。













































































[ home ][ back ][ next ]

(C) 2002-7 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2007/2/24