last scene




day-89 :最後の呟きは、もう自分の耳にすら届かない






「…ハリー、マルフォイ…貴方達、一体本当は何処にいるの?」

何かに祈り縋りでもする様な声色が真後ろから聞こえ、スネイプは歩みを止めて振り返る。
ハーマイオニーがハリーとドラコを両隣に置き、両者の脇を通り過ぎようとしている間際のことだ。
ハーマイオニーの突然の一言に漸く【異変】に気付いたスネイプも、眼を僅かに眇め、冷ややかに桔梗の面貌を眺めやる。


「……何をした、桔梗」
「あら、やっと気が付いたの?」

桔梗は薄くルージュでも引いたように薄桃色に色付く唇に、ふっと微笑みを浮かべた。
そして直後に不意にその口元を引き締めると、今まで見せた事もない厳しさを含ませた声色で、スネイプに向かって言葉を放った。

「彼等は此処には居ないわ。勿論、【見えて】は居るけれども。彼等を此処で死なせるのは私の本意じゃないもの」
「……死なせる?」
「もうじき此処に、貴方達を追って彼等が来るわ、そう、もうじき」
「彼等?彼等とは誰かね。この場所はRevalueの血族と彼等が認めた者以外は入れぬ筈だが?」

訝しげに双眸眇めて、スネイプは桔梗を見た。
だが視線は交錯する事無く、彼女は真直ぐにハーマイオニーを見て、言う。

「心配しなくても平気よ、彼らは死なないわ。其れよりも、自分の心配をする事が先決ね」


紫に光を溶かし込んだような、双眸はやわらかに細めて、微笑みを向けられる。
その微笑みがあまりに彼女の知る友人の微笑に似ていて、胸奥を抉り取られるような痛覚に苛まれた。そういえば、ロンと一緒に為ったは今頃何をしているだろうか。
もう「宝探し」の品々を手に入れて、集合場所へ向かっているだろうか。
腕に嵌めた時計を見れども、時間の感覚が狂っているのか、秒針が言う事を効かない。乱れた磁場に狂わされ、くるくるくると回り続ける方位磁石のようだ。此れでは今が何時なのかすら、予想が付かない。
だからどうか自分達の画策に気が付かないまま、ダンブルドア達とお茶を飲み歓談しながら、楽しい一時を過してくれている事を願った。


現実がそう甘く簡単ではないことを知りながらも、ハーマイオニーは心から祈った。どうか、どうか――――、と。


そんなハーマイオニーを余所に、狭めた視界に、まっすぐに向けられる紫の双眸は瞬きもしない。


―――――もうじき彼等が此処へ来るわ…納言草と其れに関わるものを滅するために。」
「…魔法省の人間かね?」
「そう。……Revalueの血を継ぐもの全てを殲滅せよ、と命じた連中よ」


意思の見えぬ黒眸を真っ直ぐと見上げる清麗なアメジストは、陽光の下ではこれ以上にないほどに美しい彩を放つ。
だが彼女が緩やかに操った唇から零れた現実は、スネイプとハーマイオニー…もとい、桔梗以外の人間の表情を強張らせた。
だが一瞬で掛かった魔法が解けた様に、スネイプは眉を寄せて桔梗を睨む。


「…説明、してもらおうか?」
「あら、一刻一秒でも時間が惜しいんじゃなかったかしら?」
「時間など、タイムターナーがあれば幾らでも戻せるだろう。」


そんな簡単な事も思い付かないのか、と落胆の表情浮かべたスネイプを見ながら、桔梗が小さく溜息を吐いた。
次いで、桔梗も負けじとばかりに嘲笑するように言葉を返す。


「此処はRevalue王国、稚拙な魔法や魔法物品は効果を齎さない、世界から隔絶された特別な聖域。そんなもの、何の効果も無くてよ、セブルス」
「そうか、為らば余計に時間が惜しい。早急に話して貰いたいものだな。」
「……じゃあ、行きましょうか?…悲劇の結末を迎えた、終焉の玉座へ」


すぐさま己を睨み据える瞳を微笑で軽くいなし、桔梗は背を向け、硬く門が閉ざされたRevalue城へ向かって静かに歩を踏み出す。
さら、と互いの距離を掠め取る一陣の柔風が流れた。














足を踏み入れたRevalue城は、言葉では言い尽くせないほどの光景だった。
此処が打ち滅ぼされた場所でなければ、今も現存し人が住んでいればどれ程素晴らしく美しい城だったかを思わず思考させるほど、重厚で精密さを帯びた見事な建物。
だが、モノクロ色に見えるほど影が落ちて灯かりの無い廊下。根元から薙倒された大理石の柱は薄汚れた状態で散乱し、強く、濃密で、壊れた気配だけが静かにゆったりと漂う。


「…………………………………」


誰一人として言葉を発しないまま、誰一人として発する言葉を見つけられないまま、唯の沈黙。
身が竦むほどの冷たさと重さとを伴って密度を増してゆく。
カツンカツンと大理石を踏み拉いて響く其々の足音が廊下の最果てで止まり、眼前に優に2メートルはあるだろう、幾重もの絢爛な皮を乳鋲で張り合わせた扉は外側からの強烈な力によって圧死していた。


「此処で全てが終わって…此処から全てが始まった」


帰還を待ち侘びたかのように、ゆっくりと軋んだ音を立て、扉が開かれた。
桔梗の声を皮切りに、まるで百年の眠りから城が覚めたように、褪めた色彩に色が燈り、光が零れてくる。
吹き抜けの天井は壊れ砕けた部分も見えるが、穴など空いて居ない。しかし、見上げた天上は、突き抜けるような蒼天、心髄までも裁かんとする強圧な陽光に晒された。
領土を蒼い海で抱かれて眠る、魔法界で随一の最後の楽園と謳われた場所だった、何十世紀にも渡り巨万の富と繁栄を齎した納言草が唯一根付く、奇跡と云う言葉に満たされた大地を踏みしめる。

かつて、万物を愛し万物を癒し、Revalueの土と風をこよなく愛し、Revalueの血族によってその身の全てを護られ愛しまれ、だが長けたる能力が萌芽し切ること無い侭滅ぼされた、「賢者の石」に一番近かしい存在が眠る場所。
Revalueの人々は、己の命に代えても護らねばならなかった、だが、歴史は終わった。

二度と立ち入るべからず、とされた侵されざるべき聖域を穢す禁忌の過ちを冒そうとしている彼らを、裁く神はいるのだろうか。



「あの日――――――、命尽き掛けた私を救ったのはルシウスじゃないわ、あの子の父親…Revalue王国最後の国王よ」
「…っ!」


息を呑む。
ハーマイオニーは、想像を超えた桔梗の言葉に、さっ、と緊張と驚愕によって自分の顔が変わるのを感じた。
だがハーマイオニーなど既に眼中に無いのか、何かを思い出すよう、桔梗が紫眸を閉ざす。
遙か彼方、昔の記憶を辿り掘り起こして、この場所で見て感じて実際に体験した出来うる限り細かに掬い取れるように。

ゆっくりとゆっくりと桔梗と彼女の記憶との乖離が始まり、落ちる沈黙の狭間にはただ、静けさしか降り立たなかった。
あれはどれ位前の出来事だったのだろう、と思いを馳せる。
ゆっくりとゆっくりと、バラバラに散ばったパズルのピースのような桔梗の記憶が、一つ一つ離れては繋ぎ合わさっていく。




そうして、時は8年前に遡る―――――――







(……そう、私ももう…、死ぬのね)


人は痛みを感じすぎると痛覚が崩壊し意識あっても何も感じなくなるものだな、と他人事の様に桔梗は思った。
身体が鉛のように重い、下肢と腕が何かに固定されて引き攣るようにしか動かせず、視界には白い靄が掛かりだした。
己の頭上にあるものは、背徳に塗れた沈鬱な虚空。広がる天空は、どこまでも遠い。
Revalue城の吹き抜けの天上に描かれているのは、嘗て【最後の楽園】と謳われたRevalue王国国土。
森や河、湖や葡萄畑、城下や民家、こ洒落た家並みに緩やかな渓谷。
空を翔る鳥と地を駆ける動物と笑い合う人々。

桔梗とRevalue国王の血が、天上にまで飛び散って凄惨な模様を描き出し、幸に溢れていた天井画など光影も無いというに、菫の炯眼は天を仰いでいた。
腕を伸ばしてみたところで、決して届くことのない天上の僥倖。
薄れ逝く意識の中で、「此れで良い、あの人が来てくれた時に実を付けた納言草だけあれば其れで良い」、桔梗は其れだけを思って眼を閉じようとする。


自分が事切れたと知れる前に、ルシウスがあの子を逃がしてくれる、そう約束したのだ。
彼はヴォルデモート卿の配下に下れど、約束は護る男だ。大丈夫、たった独りの娘は父親も母親も失くしてしまうけれど、きっと生きていればいつか大切な人と巡り逢うだろう。


どうか、どうか幸せに―――――


乏しい内灯の下、胸を貫かれたRevalue国王の腕がゆっくりと地面に倒れるのを見た。
最後の最後まで利用してごめんなさい。私もRevalue王妃として、夫の死に添い遂げます。
だから、全ての大罪と計り知れない犠牲の代償が、どうかこの身一つで足るように、桔梗は祈る。
眼を閉じれば完全なる静けさが躯を支配し始めた。自らの鼓動の在り処さえ見失う程に。


「……愛せ、……なくて、ごめん…なさ……」


其れは夫に向けた言葉か、娘に宛てた想いか。最後まで告げられぬまま、冷たい大理石に埋もれて死ぬのだと。
そう漠然とながらも、終焉が近づいてきていることを知っていた。






































































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(C) 2002-7 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2007/2/17