last scene




day-9 : 穢れた血




食堂の大広間でがもう独りのグリフィンドール生と遭遇している頃合、更にもう独りのグリフィンドール生は図書館に近い吹き抜けの廊下で魔法薬学教授に 喰い付いていた。
普段ならば時と場所を弁えると言う当たり前の常識が身に付いているハーマイオニー、けれど有耶無耶な感情を心の中に煮詰めた侭グリフィンドールの談話室を 抜け、一番最初に目に付いた人物が噂の的に為っている黒装束の魔法薬学教授だと脳が認めれば…其処から先は理性よりも本能が先に行動していた。
勿論相手は教師。陰険根暗厭味…挙げればキリが無い程様々な欠点を物凄い勢いで羅列する事は容易い、そんな最低人間だけれども、一応、教師。
しかも、グリフィンドールとは敵対するスリザリン寮監。
其れなりの礼儀を以ってして接して遣るとばかり、後から丁寧に声を掛ければ、あからさまに嫌悪した様な表情で振り向かれる。


「 …何か用かね、グレンジャー。 」
「 用事が無ければお声を掛けることは生涯有りません、スネイプ教授。 」


売り言葉に買い言葉、傍目から見ていれば背筋も凍り付く様なおぞましい惨劇を間近で見ている心境だっただろう。
あのスリザリン寮監に喧嘩を売ったのだ。其れも、グリフィンドールの疎まれた生徒が。
自身は標的でも無いだろうに恐怖の色を其の瞳に映して、低く通る声で名を紡がれ減点の言葉を聞くと思うと薄笑いを表面に貼り付けた侭脱兎の如く逃げたくな るだろう。
案の定、其処に通り掛った全ての者は、ハーマイオニーとスネイプ其々を一瞥すると、自身へ飛び火しない様に心で神に祈りながら眼を合わせず、足早に食堂へ と消えていった。


「 単刀直入にお尋ねします。 …納言草、そんな名前の薬草をご存知ですか? 」


言えば、スネイプは腕組みをして沈思する様に眼を細めて見せた。
其の表情からは明らかな不機嫌の意思が窺えた。普段滅多に感情を表す事のしないスネイプ。稀に感情を見せたとしても、憤怒か不機嫌か軽蔑か。いずれにして も、垣間見れた感情が、両の掌を叩いて喜ぶ様なものでない事だけは確かだった。

対するハーマイオニーは、談話室を抜け出し途中で出会った薬草学の教授に偶々納言草の話を振った事から、現実を知った。
無力感も有ったが、それ以上にスネイプに対する怒りが他の感情よりも何よりも強く膨れ上がり、ハーマイオニーの可愛らしい表情を険しくしていた。


「 ほぉ…スリザリンの生徒がグリフィンドールの生徒に救いを求めるとは世も末だな。 」
「 なっ…! は別に私に助けを求めてきた訳じゃ有りません!! 」


言葉に、スネイプが不愉快気に目元を歪めた。
腕組みをし、勝者が敗者を上から蔑んだ瞳で見下ろす様にゆっくりとハーマイオニーを見たスネイプは、向けられた視線を人形の様な無表情で受け止めて、答え た。


「 ではまたもや君のお節介が働いたと云う訳か。 結構なことだ。 親切と迷惑の区別も付かんとは。 」
「 そんな事は…迷惑だなんて事は判ってます! 判ってて聞いているんです、教授! 答えて下さい!! 」
「 …下らんな。 実に下らん。 疎まれた者同士の友情か? 」


穢れた、血。

スネイプの言葉の後、咄嗟に浮かんだのは呪縛の様に心に絡み付いて離れない因果に近しい単語。
面と向ってマルフォイに言われたあの日から、今まで意識しなかった血に少なからず興味を抱き、抱いたと同時に一生流れる事の無い魔法一族の血に失望さえし て。
其れでもこうして此処まで来れたのは、ハリーやロンが居てくれたからだ。自分には護ってくれる友が居る。
純血だろうが混血だろうがマグルだろうが、そんなものは関係ない。そう言い切ってくれる友がホグワーツには沢山居る。
勿論、自分も隔てて人間を見た経験はマルフォイを除いては一度も無く、此れからも無いつもりだ。
眼には眼を、歯には歯を。
そんな古の言葉がピタリと当て嵌まる様な態度をハーマイオニーは取って来た。しかし其れは、ハリーやロンが居てくれたから。
思い起こして、昨日ホグワーツに入学したばかりのにとって、そんな友達が果たして出来ただろうか。
其れを思うと、胸を楔で貫かれた様な鈍痛が襲った。


「 私が…私が【穢れた血】で疎まれるのは判ります…けど、けど…純血なが如何してですか!? 」
「 貴様には関係の無い事だ、一切な。 今後出しゃばるのは止し給え。 此れが最後の忠告だ。 」


相変わらず上から見下ろして来るスネイプの視線に、また鋭さが増す。睨み付けるようにとは良く言ったものだ。今は抑えられそうになかった、行き場のないこ の苛立ち。
一方的な物言い、其れも質問には一切答えないとばかりの頑なな態度に、澱んでいた感情が吹き零れない様にとハーマイオニーは拳を握って必死に耐えた。
教師に対する暴言までなら兎も角、魔法で攻撃する等と云う行為、遣った其の日に退学処分に為りかねないだろう。何せ相手はあの冷酷非常なスリザリン寮監 督。
グリフィンドールの…しかも目障りな生徒の失態を見逃す筈等無かろうに。

だから敢えて、其の策には乗ってやら無いと、尖った爪が柔らかな皮膚を割る感触が伝わっても止めたりはしなかった。
そうでもしていないと、目の前のこの男に禁じられた呪文さえ唱えてしまいそうで。

そんなハーマイオニーの胸中等いざ知らず、去り際の捨て台詞とばかり、冴えた響きが投げ掛けられる。


「 …納言草、あれは世界から滅せられた薬草なのだよ。 」


---------- 此れが如何云う意味か、明晰な頭脳を持つ君には判るだろう?





「 って言ったのよ、あのウスラハゲ!! 」
「 う、薄ら禿ってハーマイオニー… 」


スネイプは別に禿げて無いと思う…
そう呟いたロンに鋭い睨みを利かせたハーマイオニーは、グリフィンドールの談話室で今朝の話をハリーとロンに聞かせていた。
物凄い剣幕で捲くし立てる様に呟かれた言葉には一言も【Snape】の単語は出ては来なかったが、の話し、と銘打った時点で怒りの矛先が誰に向いてい るかは一目瞭然。
怒りに身を任せたハーマイオニーの両手がどんっとテーブルを付き、ハリーのホットミルクが少し毀れる。


「 それで…如何するつもり? 引き際は今だとか? 」
「 何言ってるのよ、ロン! 私は勿論今から図書館へ向うわ。 例え図書室の扉に偏屈爺が居座って様ともね! 」
「 こ、今度は偏屈爺… 」


ハーマイオニーの激しい感情の起伏と共に紡ぎ出されるスネイプを比喩した言葉に、ロンは終に溜息さえ吐きたくなった。
この先…マルフォイは愚かスネイプを敵に回してまで庇う必要のある人間なのか、ロンにしてみれば不明解だった。
戸惑いの表情を隠しきる事が出来ず、独り独走状態のハーマイオニーの言葉を片隅で聞きながら横目でハリーを見れば、ハリーはハリーでまた別の表情をしてい た。
ロンとは異なり、疑う事をしないハリーは別の観点からの問題を捉えていた。


「 ハリー? ハリーはどうするのさ? 」
「え、あ…僕もハーマイオニーと一緒かな。 ロンは…行かないの?図書館。 」


此処で行かない、そう言えばハリーとハーマイオニーから浴びせられる非難の言葉を容易く脳裏に描くことが出来た。
先程の話から、今まであからさまにマルフォイから浴びせられていた侮蔑の言葉と意を同じくした言葉を、スネイプからも直接的にでは無いにしろ受けたのだろ う。
しかし、ハーマイオニーはドラコから浴びせられた皮肉も嘲りも、どれだけ投げつけられようと痛みなど憶えはしない。
そんな事で傷などはつかない。
其れは自身に流れる血に確かな誇りを持っているからだとロンは思っていた。ハリーもそうだが、ハーマイオニーも我が身を省みない、その強さこそが脆さだ と、判っているのだろうか。
きっと判っていないに違いない。如何しても、胸騒ぎがする。前回も前々回も起こり得なかった様な壮絶な体積を持った厭な予感、が。
時には恐れも必要なのだと、諭した所で聞きはしないだろう。まして言う権利もない。如何にもならず、このまま身を任せる様に委ね、其の場で護るしかないの だろうか。この血気盛んな娘と自由奔放な彼に。

吐いた溜息は、聞えた音とは裏腹に、柔らか味を帯びているものだった。


「 行くよ、僕も。 」


---------- 有難う、ロン。


微笑まれて、やり場の無い照れにロンは誰より先に先陣切って談話室の扉を押し開いた。
克ち合った視線に如何返して良いかも判らず、当たり前だろ!、そんな言葉を言った気がする。少し困ったように頬を指で掻いた仕草、彼等に見えていただろう か。
乗り掛かった船、そんなものが存在するなら彼等に出逢ったあの日にとおに出航してしまっている。後戻り等、今更出来よう筈が無い。

だから行き着く其の先が地獄の入り口だろうと、着いて行く自信は有った。


「 恋路なんて…地獄へ行くよりも面倒だろうな、うん。 」


後から追い掛けて来るハーマイオニーとハリーに聞えない様に呟いたロンは、図書館への道を急いだ。
目指すべく天窓が現われ、扉が開く時間を待つことでさえ腹立たしいといわんばかりに慌しく扉を押し開き、閲覧禁止の棚に向う途中でハリーとハーマイオニー に抜かれる。
行き急いでまでに逢いたいのだろうか。最も、ハリーとハーマイオニーでは其の目的は異なるのだろうが、目指すべきものは同一。
何だかな。そう言いたくなる言葉を必死に堪え、ロンは道を譲り、後から二人に着いて行く形に譲歩する。
角を曲がれば、閲覧禁止の棚。ハーマイオニーの話を思い返せば、其処に無数の本を広げてが座っていたと言うところ。
待ちきれなくなったのか、角を曲がる前にハリーがの名を紡ぐ。其れも、傍から見ても瞭然な程に嬉々とした音程で。

矢先、言外に嘲りの意味を滲ませた冷涼な声が図書室に響く。


「 何故貴様が此処に居る、ポッター。 気安くの名を貴様が呼ぶな。 」
「 何だと、マルフォイ! 僕達はと此処で約束をしてたんだ! お前こそ如何して此処に居る!! 」
が約束だと…? 貴様等… 」


「 ドラコもハリーもいい加減にして! 私がハリー達を此処へ呼んだの。 そして、ドラコも誘ったの。 
 若しかして…二人は仲良くないの? 」


あぁ、とっても。
仲良く声を揃えて吐き捨てる様に言ったドラコとハリーは、お互い顔を見合わせると咽喉元に喰い付かんばかりの威嚇の眼差しを送る。
人の物に手をつけようとする等、勇敢誠実な獅子のする事か?何と浅ましい行為。
そう眼で訴えれば、が何時貴様のモノに為った、と同じ様に視線で反論返してくる。
描けば二人の間には壮絶な火花が散り、ドラコの背後には塒を巻いた獰猛な暗緑色の蛇の姿が、ハリーの後ろには金色の鬣を揺らめかせながら雄々しく咆哮する 獅子の姿が見れたことだろう。

溜息を殺し、ロンは再びを其の視線の中に映し込んだ。ハリーとドラコの言い合いなど耳に入っていないかのように、彼女はハーマイオニーと仲良く陣を描 いて座っている。
途端、大きな紫水晶の瞳と克ち合った。心を取られてしまいそうな錯覚に駆られる程、澄みきっている。如何し様かと曖昧な笑みを浮かべれば、が偽りの無 いまっさらな微笑で、笑い返してくれた。


---------- そんな風に微笑われたら、絆されるよ。


の微笑みを映し込んだロンの視界の端には、色を失った真昼の月が在った。




































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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2004/9/13