last scene




day-88 :voyage for all or nothing






まるで眼には見えない境界線でも引かれているかのように両者向かい合ったまま、静かに、歩みを止めている。
隣に於いた人間の心臓の鼓動さえも聞こえそうな澄んだその静けさが、ハーマイオニーに得体の知れない不安を催させた。
今まで居た世界から切り離された世界の様にさえ感じる異様な冷気に包まれたRevalueに、自分たちだけではなく、桔梗と共にハリーとドラコも居ることに、圧倒的な不安感を感じる。
何故か、は明確には言えなかった。だから其れを払拭しようと、必死で言葉を紡いだ。


「ハリー…?…マルフォイも、どうして…、」

ハーマイオニーの言葉に、ドラコは盛大にそっぽを向いた。
勿論ドラコからの返答など期待していないハーマイオニーはハリーへと視線を移した侭だが、ハリーは動揺を隠せないように口の端を引き攣らせていた。
もしや何かあったのだろうか、と焦燥したハーマイオニーが一歩前へ歩み出るが、スネイプが左手で抑制するよう、それを無言で制する。

勝手に動くな。言い掛けた言葉は、雲間に吸込まれるように消え、代わりに桔梗が嫣然と笑って言った。


「あら、あの子じゃなくても護るのね」


その言葉は、見えない境界線を一気に破壊する手榴弾のように、スネイプの元に転がってきた。
そうして作り物の様に薄っすらと桔梗はただ笑う。それはスネイプに向けたものではなく、彼が護ろうとするハーマイオニーに向けたものだった。
一瞬たじろぐハーマイオニーだが、スネイプは顔を顰めて、真直ぐに桔梗を見た。


「教師が生徒を護って何が悪いとでも?」


麗しき美貌から笑顔がすとんと剥落する。


「…『生き残った男の子』と『マルフォイ家嫡男』も―――――、貴方の生徒でしょう?」


華奢な両腕がハリーとドラコの腰に緩く掛かり、抱きかかえるような仕草で、桔梗は少し顔を上に上げ、ゆったりと微笑む。
だが耳を貸さぬよう、スネイプは桔梗の腕に身を預けているようなハリーとドラコに向き直り、二人の瞳を直視した。


「後先考えずに敵陣へ尻尾振って着いて行く様な知能の低い生徒の尻拭いまで出来るものか。」

苛立ち紛れに常以上に厭味を交えて、スネイプが吐き捨てた。
如何してハリーとドラコが桔梗と共にRevalueに居るのか、疑問が沸かない訳でも無かったが、スネイプにすれば「どうでも良いこと」だった。
自分がこの世界へ引きずり込んでしまったのなら未だしも、勝手に桔梗の側へ着いて行った人間の事まで案じて遣れるほど、今の精神状態が良好だとはとても言い難い。
何より時間が無いのだ、風に靡いて落ちる黒髪で見え隠れするだけの顔だったが、鋭い嫌悪が浮き彫りに為っているのが判る。


「私がいつ貴方の敵になったのかしら?」


影に沈む、美麗で蒼白な貌。その顔が、ゆったりと退廃的な微笑を浮かべて、髪を掻き上げ振り仰ぐ。
だが、どんな微笑を向けられても、スネイプの意思を宿した双眸が揺らぐことは無い。
僅かな痛みすら見せることなく、況して自分など何の関係も無いのだと表面上に貼り付ける桔梗の相貌を、今度こそスネイプは睨み上げた。

「お前がいつ我輩の味方になった?」
「お手厳しいのね、相変わらず。私が居なくて―――― ……見つけられるのかしら?」

笑声は響く、液体窒素で凍りついた薔薇が壊れるように。
何の変哲も無い笑い声の筈が、すぅ、と背後から冷気が流れ込んで首筋を撫ぜた。瞬間、ハーマイオニーは硬い動きで桔梗を見据えた。
だが桔梗は、苛烈な光を宿すスネイプの両眼を、この上ない宝玉を手にするような心境で視線ごと絡め取る。


「時間が…無いのでしょう?」
「判っているなら早く言え、納言草は何処にある?」

焦燥するスネイプを余所に、桔梗はスネイプが昔から最も好きだった、玲瓏で透明で優しい声音で問い返す。

「……ねぇ、セブルス。貴方が大切な大切な本を隠すなら、何処へ隠すかしら?」

向けられる菫色の瞳はどこまでも深く鮮やかで、変わらずに美しいのに。
閉ざされた、無機質な空間の中で、深淵に沈みこむように桔梗の声が胸腔へと響く。

「鍵の掛かった部屋?自分にしか解けない魔法の箱?……いいえ、もっと簡単で見付り難い方法がある筈よ。」

ひたりと、笑みが質を変える。
それを合図にしたかのように、スネイプは緩やかに口唇を繰った。


「本を隠すならば手っ取り早いのは本の中だな。」
「あら、目聡い。流石は学年主席ね、頭の回転が速いわ。」

感嘆するような桔梗の声色に眉一つ動かさず、スネイプは苛立ちを隠さないまま自分自身の中に浮かび上がった納言草の在りかを口に出す。

「………納言草は花畑の中、か。」


想像以上に面倒な展開になってきて、ほとほと嫌気が差してきた。
桔梗が背後においたRevalue城を取り囲むようにして、多種多様な色味を持つ花が見える。深い暗闇を隠したようなこの世界に花が咲くとは到底思い難い。
まるで城奥から湧き出すように闇を満々と湛えている光景とは、想像以上に異なる位に咲き誇る花を見て、あの中から探せというのか、と肩を落としたくなる。
此処から垣間見ているだけでも、軽く数ヘクタールを数え上げる程。
傍らに視線を移せば、これもまた予測を裏切らないほどに素直とも言えるハーマイオニーの狼狽した反応が見て取れる。誰だってあの光景を見れば落胆したくもなるだろう。それ程無駄に広い花畑が広がっていた。


―――――どう?あの花の中から探すのって、結構大変だと思わない?」

場違いなほど、桔梗が屈託無くにっこりと微笑む。
まるで自分もこの「納言草探し」を共に遣らなければ為らぬ使命を帯びていて尚、突きつけられた現実の厳しさから眼を背け、諦めることを助長しているかのように見受けられる。


「……あぁ」


言葉返したスネイプのその端正な容貌には、ありありと「面倒くさい」と書いてあった。
大変だ、というよりも「面倒くさい」と思った理由は別段、花畑から花を探す行為に対してではない。こうしている間にも、貴重な時間が刻一刻と失われているというのに、会話を続けなければ為らないこと事態に対して「面倒くさい」と思っているのだ。
現に、美しい獣でも見ているかのように眼を細めている菫色の双眸に、スネイプは剣呑な眼差しでひと睨みした後、うんざりと溜息を付いた。


「協力する気が無いならば其処を退け。時間が無いと言っただろう。大体、如何して此処へ来たのかね?」


答えない可能性を承知で、スネイプは桔梗がハリーとドラコを伴ってこの地へ降り立ったのか、此処へきた目的を問う。
しかし桔梗はその問いに、酷くあっさりと、答えを返した。

―――――護る、ためよ」

不可解な、沈黙が落ちた。
一瞬何を言っているのか理解に苦しんだ四人は眉を寄せる。
桔梗は、何かを護る、ためにハリーとドラコを連れ立って此処へと遣ってきた。荒れ果て朽ち滅びた嘗ての王国で、一体何を護ろうというのか。
人々は息絶え血は根絶し、生き物どころか植物さえも根絶やしにされた、死んだこの土地の、一体何を護らなければ為らないのか。如何考えても主語は見出せないまま、わけがわからない。

「…何を、護るのかね」

四人の意思を代表するようにスネイプは言った。
言って、明確な主語を聞けぬのならば、何も聞かなかった事にして、興味すらも失ったように隣を通り過ぎようと決める。

「この凄惨な土地に護るべく価値があるものでも残っていると言うのかね」

一人呟くように吐き捨てながら、スネイプは一歩前へ踏み出した。慌てたようにハーマイオニーも一歩踏み出す。

「この土地に護るものは無いわ…強いて言うなら納言草かしら?でもあれは護る対象には為らないわね。だって既に【護られている】んだもの。
私が護るのは…貴方よ、セブルス。そして、この子たちが護るのは、そこのマグルのお嬢さん。」


判るかしら、と桔梗が微笑んで、美しい紫玉が透明な光りを弾く。
如何云うことだ、と視線でスネイプが問えば、桔梗が屹然と告げる。


「あいつら以外にも…納言草を狙っている人間は居るのよ、セブルス。彼らから納言草を護らなければ、今度こそ本当にあの花は世界から消えてしまうわ」

躊躇うことなく言葉を紡いだ桔梗は、それでもほんの一瞬何かを思い出したように、言葉を呑み。
痛みに歪む双眸を隠すように瞑目した後、再び厳粛な瞳を、スネイプとハーマイオニーへと向けた。

「だから……此処へ来たのよ。其れともう一つ。残念ながら…納言草は【あの】花畑の中じゃなくてよ、セブルス。」

そして、スネイプとハーマイオニーに道をあけるように、ゆっくりと一歩左へと移動する。
両隣に居たハリーとドラコも意を合わせた様に桔梗に従い、両脇に黙って広がる。音も無く、突如として塞がれたRevalue城への入り口ともいえる真直ぐな道が出来上がった。

「…………………」

その時異変に気付いたのは、ハーマイオニーだ。訝しさで、眉を寄せる。
だが躊躇せずにRevalue城へと進んでゆくスネイプの後ろを警戒しながら着いてゆき、ハリーとドラコの両脇をすり抜けた時点で、やはり不意に奇妙な感慨を抱いた。


生きている者の気配、が何一つ感じられなかったのだ。





































































(名前変換無しです、ごめんなさい。)
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(C) 2002-7 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2007/2/12