last scene




day-86 :導なき道へいざ進め、其々が進むべく道を






自然と唇が戦慄く。
自我で恐怖を押し殺そうとしても、心臓を直接冷えた掌で掴み上げられたようにに芯から震え上がる。
目の前に揺らぐのは、嘗て「宵闇の白百合」と形容された凄絶な美貌を持つ少女だと云うに、デス・イーターに遭遇した様な恐怖が張り付いて離れない。
はじめはヴォルデモート卿の魔力を得た人間に感じる共通的なものだと思いもしたが、それならば多少なりとも免疫がある。

時の経過と共に相殺されるどころか勢いを増す恐怖心に、ダンブルドアは急いた。
嘗ての教え子に杖を向けるような事態だけは避けたいと思う反面、懐に仕舞いこんだ杖を何時でも取り出せる様に腕に力を篭め続け。
息を、緩く吐く。それが、沈黙を解き破る合図だった。


「久しぶりじゃのぉ、桔梗。変わりは無いか」


15年前と何一つ変わらぬ素振で、柔らかく微笑みながら問う。
この状況で、あの凄惨な事件を見知った後で何を言う、桔梗にそう罵倒させるのを覚悟した上での科白だった。
実際、桔梗と対面するだ等と夢にも思っていなかったダンブルドアにすれば、此れ以上の言葉は考え付かず正直第一声に何を告げれば良いのか判らない。
突然の再会には必ず意図がある筈。でなければ、桔梗が敢えてリスクを冒してまでダンブルドアの元へ遣って来る筈が無い。
第二声が罵倒であれ嘲笑であれ、何か、が桔梗の艶めいた唇から発せられるのならば其れで良かった。

しかし実際聞こえたのは、罵倒でも嘲笑でも失笑でも無く、ダンブルドアの良く知る孤高に咲く「宵闇の白百合」と謳われた桔梗の玲瓏な声。


「えぇ、この通り。年齢を重ねない身体になりましたから。…本当は15年ぶりに積もる話でもしたいのですが、生憎時間が無くて」


学生時代の侭、変わらない様に見えた。
小さく、こんな時の桔梗の声は酷く密やかで甘い。宙(そら)を彷徨わせていた瞳を、細めるようにしてダンブルドアを見る。
薄菫色の光はあまりに優しく、Revalueの国民を殲滅させる渦中の人物とは到底思えない。
何時も孤高にホグワーツに居たのは、SPの様に付き纏う魔法省の人間から周囲の人間を護る為だったのではなかったか。
心中に秘めたあの頃の心優しい侭の桔梗のようで、ダンブルドアは困惑する。矢張り憎もうとしても、憎みきれないのだ。

(私に話し掛けた事が切欠で、親兄弟の身にも何かあると大変でしょう。)

特定の人物…基い、ルシウス・マルフォイを除き、人間が苦手かね、と問うたダンブルドアに、一度だけ桔梗はそう述べた。
泡沫の様に忘れ去っていた記憶を思い出せば、あの日見た桔梗の物悲しい憂いた表情に、呼吸が苦しくなって、咄嗟口にした名前はまるで縋るように響いた。


「…桔梗、」

思わず薄白い靄の様な桔梗に手を伸ばす。
頬を撫ぜる事すら叶わぬ侭ゆっくりと身体を透過させ突き抜けた自分の指先を見て、ダンブルドアは痛嘆した。
触れられないと判っていた、知っていた、だのに指先に込み上げる切ない感情を他に知らない。

「済みません、ダンブルドア校長。本当に時間が無くて、貴方に、お願いがあります」

そう、桔梗は言った。
触れることすら叶わぬ指を透過させた侭真直ぐにダンブルドアを見遣り、願いを、ぽつりと口に零す。


「閲覧禁止の棚へ入る許可を…………頂けませんか。」


僅かに見上げるようにして、ダンブルドアが桔梗を見る。
刹那に視線が触れあい、浮かべられる慟哭したような微笑に、永遠に氷徹してしまっただろうものをダンブルドアは見る。
止まらないのだ。歪んだレールの上を走り続ける列車の様に、轍を踏み外さない限り、ブレーキを壊さない限り、廻り出した運命など誰にも止める事は出来ない。


――――何を、するつもりじゃ?」
「………如何しても招待しなければ為らない。もう嘗ての姿は微塵も感じられない、Revalueへ、彼らを。」


例え其れが、全てを崩壊させる引き金に為ったとしても。


向けられるアメジストの様な瞳はどこまでも深く鮮やかで、変わらずに美しいのに。
残酷で自分勝手な科白を吐いた桔梗の、瞬き一つしない大きな菫色の瞳には、不思議と何の感情も見い出せない。
何を考えているのかと、問い掛けようとした刹那。もう一度、桔梗が、笑った。
愛されているのね、あの子は。そう言って、熱に潤んだアメジストからは、静かに雫が零れ出す。
愛してあげたかった子どもを愛する事を禁じられ、憎む事を全ての糧に生きて来た桔梗の、別の感情がもたらす痛切な欠片。
憎むことすら赦してはくれない、桔梗は、きっと全ての責任を背負う覚悟を決めているのだ。


そう、を産もうと決意した、あの日の様に。








「……それで、閲覧禁止の棚への闖入を許可した、と言うのですか、ダンブルドア校長」


苛烈な光を宿すマクゴナガルの瞳を、僅かな痛みすら見せることなく穏やかで柔らかい微笑で受け流すダンブルドアに、今度こそマクゴナガルは睨み上げた。
だが、微笑みを肯定と受け取り、呆れて物が言えないと眉間を指の腹で押さえ怒りを抑え始めたマクゴナガルに、更なる決定打が放たれる。


「……桔梗の残したメッセージをハーマイオニーが見付け、ハーマイオニーとセブルス…、そして桔梗とマルフォイ、ハリーが共にRevalueへと侵入したようじゃの」
―――――なっ、何を他人事の様に言っているのですか、校長!あの場所へ許可無き者が侵入した場合の罪を知らない訳では無いでしょう!………いいえ、其れより、生徒達をあのような危険な場所へと見す見す行かせるなんて、一体如何云う神経をしていらっしゃるのです?!大体、なんですか、いつもいつも自分勝手に行動ばかりしているかと思ったら、肝心なところで……」


怒り声が金切り声に為り、やがては自分の非力さを痛感させられた様に涙が混じった様な声色になって、マクゴナガルは俯いた。
ダンブルドアの下した判断が、賢明だったか愚かだったのかは、判らない。
だが一つだけ言えるのは、一つだけ判る事は、桔梗にしてもにしてもスネイプにしても…此れが最初にして最後の希なのだ。其れを考えれば、
罵ってやろうと思っていたことは、山のようにあるというのに、もう言葉にも為らなかった。


「辞表を、書いてみたんじゃがの、」

空に為ったアイスグラスを手に店員に声を掛け追加を頼むと、同時に確かに告げたダンブルドアの言葉に、マクゴナガルの動きは完全に止まった。

「理由は、”一身上の都合”で…赦されるじゃろうか」

深く深く刻まれた皺が更に深遠を増し、どこか辛そうに細められた双眸が、切なく揺れる。
ダンブルドアが桔梗や、そしてスネイプ達に対して、深い負い目を感じていることは明らかだった。
こんな展開になってしまっては、もはや画策を講じようが言い訳を考えようが、如何にもならないだろう。
ダンブルドアの様に自分も辞表を書いたほうが得策なのだろうか、其れとも、今この場で何も見ず聞かずを徹し無関係を貫いたほうが懸命なのだろうか。マクゴナガルはそう思案する。

何時の間にか置かれた追加のアイスティーにくべられた氷が溶け、カラン、と鳴る。其れが何かの、絶望の欠片のように感じて。
その想いの全てを、痛切な悔悟と共に、マクゴナガルは確かに受け止めた。


「……私たちは、此処で待っていれば良いのですか?」
「……ミネルバ?」
「だってそうじゃありませんか、私や貴方が行って如何にかなるなら、最初からこんな策は講じなかった筈でしょう。私と、スネイプ教授の眼は欺けませんよ、ダンブルドア。」


辛そうに顔を背けたまま、だがハッキリとそう言ったマクゴナガルに、ダンブルドアはゆっくりと穏やかに微笑んで見せた。
そう、ダンブルドアとマクゴナガルは何も出来ないのだ。Revalueの地へ赴いたところで一体何が出来る?
初めから行ける可能性のある人間が限られている中で、その権利を無理矢理に奪う事など出来はしなかった。
ハリーとドラコが桔梗と共にRevalueへ行ったのは誤算だったが、嘗ての、何かが瓦解していくように変貌を遂げる桔梗と同じ相貌したが奈落の底に突き落とされたような、絶望的な喪失感に苛まれるならば。
桔梗から、何もかも、当然のように奪い去っていった魔法省が、次はから、とも考えているのならば。


ダンブルドアはもう二度と、見たくない、とそう思い。全てに見て見ぬ振りを決め込もうと思ったのだ。
自分に出来る事が此れ位しかないのならば、見て見ぬ振りをする事が、自分が関われる最良の事なのだと思えば。
彼らに手を貸すことなど、造作なかった。

スネイプは唯一愛した者のために、
桔梗は唯一愛せなかった者のために、
ドラコとハリーは唯一愛した者が唯一愛する者のために、
そしてダンブルドアは、彼らを護るために、

彼らがに出来ることは。


人が狂い出す、その儚い狂気に支配される、哀しい瞬間をもう二度と見ずに済むのならば何であろうと遣ってやると。


ダンブルドアは堅く、己に誓う。
嘗てスネイプが揺るぎない意志と共に絶対の忠義を心に刻んだのと、同じように。









































































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(C) 2002-7 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2007/1/20