last scene




day-85 :Journey to a sanctuary






恐ろしい程の沈黙が、何か見えない境界線でもあるかの様に対峙したハリーとドラコ、そして桔梗の間に張り詰めた。
呪でも掛けられているかのように、如何しても桔梗から視線を引き剥がす事が出来ず眼を逸らす事に絶対的な恐怖を本能的に感じ、心成しか呼吸さえも苦しくなった様な気がした。

だが、状況を一秒でも早く打破するよう、ドラコがゆっくりと瞬きを一つ。今思えば、其れが切欠だったように思う。


「あの、…如何して此処へ?」


冷えた美貌に妖艶で邪を貼り付け微笑む桔梗に、怪訝な眼差しを向けたドラコが問う。
確かに如何してホグズミードなんかに桔梗が居るのだろう、とハリーも思わない事も無かったが、敢えて桔梗に問う程のものでもないだろうと疑問を腹の内に止めていた。
しかしドラコは、ハリーの知らぬ間に客観的に見れば盗み聞きと云う不本意な状況で、桔梗が「帰る」と言っていたのを耳にしている。
帰ったのではなかったのか、此れ以上魔法界…否、に何か用でもあるのか、と咬み付く様に見据えた。


「あら、そんなに私があの子に何かするか心配なら…一緒に行く?」


心見透かしたように投げられた科白に、ドラコの眉が攣り上がる。
クスクスと含み笑いを押し殺せないように優美に微笑み、音無くして漆黒の外套が翻り、刹那の合間を縫って桔梗がドラコの直ぐ前に踊り出でる。
ふわりと香るに似た柑橘の香りに、脆い恋情が呼び覚まさ れそうになるのを、ドラコはぐっと堪えた。
思わず口を吐いて出そうな想いを押し留める為にも、桔梗との会話を続ける。


「どちらへ、行かれるのですか?」
――――――今は嘗ての美しい姿を欠き廃墟と化したRevalue王国」
――――――っ!」


あの子の生まれ故郷とでも言えば良いかしら、と付け加えた桔梗の想像の範疇を超えた回答に、ドラコもハリーも絶句する。
Revalue王国はフランス領下にあるが、場所自体は東洋にある小国だとスネイプに聞かされていた。東洋と言えばホグワーツのあるイギリスとは距離的に遠く、況してホグズミードを経路していくような場所とも到底思えない。寧ろ其の逆。
此処で出会ったのは本当に単なる偶然なのか?
敢えてRevalueへ行くと明言している桔梗が、ドラコとハリーの眼前に、さも偶然現れたような風体で姿現しているようにしか思えて仕方なく、負の予感だけが胸を痞えさせる。


(此れはあの時と一緒だ、偶然なんかじゃない、必然だ)


あの時と同じ。
そう、納言草に関する文献を漁っている時に感じた疑念。
自分自身の胸倉を掴みあげ声を出して、ハリーは思わず笑い出しそうになる。こんなにも偶然と必然は紙一重なものだろうか。偶然がこんなにも短期間で幾たびと訪れるものだとすれば、酷く滑稽だ。
偶然が無数に重なり必然味を帯び始め、日常的に起こる確率が極めて少ない希少価値ある出来事が結びつき合い現実味を欠いて、そうして最終的に俄かに起こった出来事をひとは「訪れるべくした運命」だと認識する。
滑稽だ、そう考えれば運命など、偶然起こった出来事の塊でしかない。

…だと云うに、如何もドラコ同様にハリーも、胸が痞える。
唯の偶然そして故ある必然、で済ませてはいけないような、ひっそりとした闇が、胸中に満ちていた。


それらを全て、ゆっくりと、息を吐き出すように、ハリーは意思を瞳に宿して口を開く。


「行こう、マルフォイ。あの時と一緒だ、僕はもう、逃げない」


ハリーの視界の中、大きく薄蒼の瞳が見開かれ少しばかり擦れた物言いをされるかと思いきや、僅かに眇められただけに終わる。
「あぁ」、と短く同意の返答をしたドラコに、蔑みを湛えた白い面貌に際立つ薄紫の双眸が、冷ややかな光を宿して彼等を見下ろしていた。
少女とも形容出来る桔梗の、滑らかな指が添えられていた口唇が、酷薄な笑みを形取って応じる。


「勇気ある子は好きよ?」
「……貴女と共に行く事に勇気など必要ない、僕達が何より恐ろしいのは、を失うことだ」


ハリーは桔梗の顔を真直ぐに見て言った。
意思を宿した孔雀緑の瞳を見た瞬間、桔梗は思わず言葉に詰った。桔梗はハリーから視線を外して、途切れた言葉を続けた。

「…………、あの国に血族以外が入るにはね――――――呪文が必要なの。」


訝しむ様に両者揃えて顰める顔を見て、桔梗が胸中で笑う。
桔梗は、内奥から自身に対する熾烈な感情を引きずり出して、それによって歪めてやることを夢想すると、それだけで背筋が、皮膚の裏が粟立つのを感じていた。
そうまるで、最後の納言草に実を付けさせた時と、同じよう心の中に大きく響いた。






時を同じくして。
ダンブルドアとマクゴナガルのペアは、誰よりも先に集合場所であるオープンカフェテラスの一角に腰を落そうとしていた。
ダンブルドアは想像よりも大分大きな袋二つ分の買物を空いた椅子へと下ろし、マクゴナガルと向かい合う形で店員を呼ぶ。
開け放たれたオープンテラスは、遥か高みからの灼けつく様な陽射しがさんざめくばかりで、時折吹く微風と魔法のお陰で体感的には申し分ない。だが、相変わらず燃え溶かすような夏の光を眺めやって、ダンブルドアは、「冷たいお茶でも飲みたいのぉ」…と息を吐いた。


「何に為さいますか?」


そう店員がダンブルドアとマクゴナガルにメニュー表を手渡そうとするが、素直に受け取ったマクゴナガルに対し、ダンブルドアは思い出したように店員に質問する。


「そうじゃ、あの…なんじゃったっけのぉ、名前が出て来ぬが…紅茶の貴族とか呼ばれている、、あれが飲みたいんじゃが、」
―――――シトラス・アールグレーのアイスを二つ。」


あれでもない、これでもない、と様々な紅茶の名を口にするダンブルドアを横目に見ながら、渡されたメニュー表を開く事無くマクゴナガルが店員に手渡しながらそう告げた。
畏まりました、と一礼する店員を見送った後、ダンブルドアは僅かばかり眉を潜めながらも微笑みを浮かべ、マクゴナガルを見遣る。
薄く開き掛けた唇から発せられる問いを予想したマクゴナガルは一つ咳払いすると、


「…以前、セブルス・スネイプに紅茶を淹れて頂いた事が。」

予想範疇外の答えに軽く目を瞬かせたダンブルドアは、丁度頃合良くテーブルに並べられたシトラス・アールグレーを口に含みながら、嬉しそうに微笑んだ。

「”マクゴナガル教授”と”スネイプ教授”の仲は知って居ったが、”セブルス”と”ミネルバ”の仲は然して悪しくも無いものじゃの」
「……誤解を招くような発言はお控え下さい、ダンブルドア校長。私とスネイプ教授はあくまでも、いち教師、」

マクゴナガルはダンブルドアの軽口に眉間に深く皺を寄せ、不機嫌を露にする。
誰があのセブルス・スネイプななどと、知り合いが聞いていたら如何するおつもりですか、と表情が語る。


「勿論、ワシもそう云うつもりで言ったわけでは無いがの」


だが、青筋すら見えそうなマクゴナガルの顔を見下ろし、からかうような響きで端的な台詞を吐き、ダンブルドアは薄い笑みを浮かべた。
悪さの欠片も無い笑みは、マクゴナガルの神経を逆撫でするものでしかない。

「そうですか。なら結構」

一体なんのつもりだろうか、吐きたい溜息を堪えるのは此れで何度目だろう。マクゴナガルは心の中で自問自答し、打ち消すようにシトラス・アールグレーを咽喉奥へと落とし込んだ。


「のぉ、ミネルバ。他の者が来る前に言わねば為らぬ事があってな、ワシは一つ…」


薫り高く柔らかな口当たりの紅茶を咽喉奥に流し入れながらそこまで聞き、マクゴナガルは漸く己を凝視するダンブルドアの真意の表情に気付き、訝しげに双眸を眇めた。

「……何か、隠されていますね、校長。」
「……数日前になるか、の。彼女……桔梗が、ワシの処へ来たんじゃ」


マクゴナガルが驚愕に眼を見開く。
彼女はワシに――――――
言葉を濁す先、どんな言葉が待っているのか何となく判った。そして、何故ダンブルドアが馬鹿げた『宝探し』など催したのか、すら。…となると、あのペアを決めた籤引は為るべくしてなったペアだと言える。
桔梗をホグワーツに招き入れるどころか、ヴォルデモート卿の顕現さえも見て見ぬ振りをしていたダンブルドア。今後、如何するつもりなのかと暗黙裡の内に問いかけても、彼の真意がどこにあるかなど、皆目検討もつかないまま。

だから黙したまま、次のダンブルドアの言葉を待つ。聞かない方が良いと、理性は告げていた。聞けば渦中に引き摺り込まれてしまう。セブルス・スネイプや、ルシウス・マルフォイの様に。
だが、それをねじ伏せるように手を、強く握る。爪が喰い込んでゆく痛みを、どこか遠いものに感じた。


「彼女はワシに……閲覧禁止の棚へ入る許可を取りに来たんじゃ。彼等を……スネイプをRevalueへと誘うために」


其れは今から一週間ほど前、晴れ渡っているというのに、風ばかりが強い日の夜半過ぎだった。
明日はとハーマイオニーでも呼んで、茶でも楽しむかの、そんな事を考えながら。
遅めの夕食を終えたダンブルドアは自室のドアを開けた。
刹那、得体の知れない悪寒が触れたドアの先から指を伝い、一気に全身へと這い上がった。


――――――――――――――!!!」


頭が理解するよりも先に、身体が、皮膚が、異常を理解した。
冷凍庫を開いたような冷気が部屋の中から流れ出し、開ききっていないドアの内側に、墓所を開いたような強烈な死の気配が満ちていた。


「お久しぶりです、ダンブルドア校長先生?」


机を一つ挟んだ向こう。
景色が透け、影に溶け込んでしまいそうな程に希薄な風体で殊更に綺麗な笑みを貼り付けた、桔梗が居た。


































































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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2007/1/17