last scene




day-83 :純粋な愛が生み出した、崩壊のひとつ






と云う名を持つ独りの人間と触れ合ううちに、気付いた事がある。


は、ハリーやハーマイオニー達と初めて出逢った頃から胸内深くに何かを抱えていて、けれどそんな素振り一つ見せず僕達に其れを告げた事も無かった。確信は無いが、僕はそう思っている。彼女の隣を歩く今も、だ。
元々、ハリーとハーマイオニーはに興味を持って率先して彼女と深く関わろうとしていたが、僕は其れを横から傍観者の様に眺めていただけだ。
別にが嫌いだとか苦手だとか、ハリーに悪いとかマルフォイの標的にされるとか、そう云った概念から来る疎遠ではない。彼らと共に居るだけで、自然と彼女との距離は縮まるだろう、そんな安直な結果が生み出した結果だ。
近からず遠からず、何時もそんな微妙な位置関係でと接するうちに、僕はある事実に気が付いた。
が胸内に深く抱えた問題は、敢えて吐瀉する様なものではなくて、は其の『抱えたもの』に誰かを巻き込むことを恐れて、只管に心の中に封印していたのだ。


自分が生まれた理由と、自分が独りきりで居る理由と、自分が此処に居る理由を。



そんな事を何とはなしに考えながら、ロンは先に店に入って買物を済ませて歩いてくるだろうを待っていた。
勿論、最初はロンも一緒にと共に店に入ろうと思ったのが、何故かその店が女性者の下着ばかりを扱う店だった為に気を利かせたが独りで行くと足早に駆けていくのを唯見送るしか出来なかった。
何故、生まれたばかりのユニコーンの子どもの世話に女性用の下着が必要なのか理解不能だが、其れよりもロンの胸中をせしめるのはの事だ。
勝手が判らない、如何接して良いのかも実際のところはおぼろなまま。何せ、出逢って既に一ヶ月経つというのに、二人きりで会話をするなど、今日が初めてなのだから。
戻って来たら何と話を切りだろう、いや、そもそも切り出す話が無いのだから話題探しから始めなければ為らない。
昨日起きた出来事は昨日のうちにハーマイオニーに聞いているだろうし、それ以外の自分たちに関するの知らない話題など在る筈もない。為らばの知らない昔話でもしようか…、と、

待ち時間を潰しながら彼是考えている矢先、ロンの姿を認めたのだろう、が声を投げてきた。


「遅くなってごめんね、ロン。」


遠目に見てもやはり造作は際立ち、稀に見るビスクドールのような容姿は人目を惹き付けたら最後、放すのには時間が掛かる。
店から数メートル離れた街路樹に少し寄りかかるようにして、立ち尽くしていたロンは、アスファルトの道路をぞんざいに踏みつけるようにして足早に向かった。
昼も過ぎて人通りが増すホグズミードの中心地、混み合う人々に向けられた薄紫の眼差しは特に何を見るでもなく、自分の方へと歩いてくるロンだけを見ている。
自分の存在が道行く人々の視線を掻っ攫っていることにも、隣に女性を連れ立った男が眼だけをに向けている事実にも、きっとまるで気づいてはいない。


「いや、大丈夫だよ。それより、買ってきてくれて有難う」

この僕が話掛けても良いのだろうか、と友達だろうに一瞬でも躊躇した為か、声が固くなりながらも謝辞を述べる。
だがそんなロンを余所には、瞳に柔らかな光をたたえて、微笑んだ。

「女性用の下着屋さんなのにね、可笑しいの。奥にハグリッドの求めていた【断章の鎖粉】がちゃんと売ってたんだから」
「下着は、カムフラージュ?」
「かもしれないね。これで私たちの【宝探し】は終了。時間もちょっと早いけど、早めに戻ってご飯でも食べようか?」
「そうだね、そうしよう」


優しく、ロンは小さく微笑んで言葉を落とす。
だが、歩き始めた二人は特に会話が続く訳でも無く、沈黙を守った侭足だけを前に出している。
周囲から見れば喧嘩でもしている様に言葉を交わさない二人だが、雰囲気は険悪なものと言うよりは寧ろ、付き合いたての恋人同士の様にぎこちないだけだ。
それでも整い過ぎた麗容なの相貌に、周囲の視線だけは釘付けになっているものだから、必然的にロンとの関係図が勝手に構築される。
堪ったものではない、とロンは思う。…この少女は自分が最も苦手嫌悪する人間の最愛の恋人なのだ。


――――は、あの、セブルス・スネイプの…恋人なんだよ…!!


勝手に推論誤解し、床冷えするような嫉視の視線をロンに浴びせる輩に、つい三日程前にハリーに告げられた科白其の侭に吐き出してやりたいところだが、出来るわけなど無い。
不自然に落ちた沈黙に、は困ったように微笑んだままだ。打破するなら、自分からだ、とロンは妙に意気込んで同じように困った様に笑った面がの方を顧みる。

幸か不幸か、一つだけに話さなければ為らない話題に、心当たりがあったからだ。


「僕、に謝らなきゃいけないことがあって…、」
「謝る?私、ロンのデザートを貰った事はあるけど、ロンからデザートを盗られた事はないよ?」


クスクスと楽しそうに微笑むは、素直で意思の強そうなアメジストの瞳に少しだけ悪戯の色を浮かべてロンに向き直った。
だがロンはそんなの綺麗な眼差しを直視することが出来ずに、僅かに視線をずらしたまま、歩き続ける。
半歩前を早足で、自然と生まれた距離に戸惑うの気配には気づかない振りをする。其れだけで精一杯だった。
此れから言わなければ為らない、謝らなければ為らない事実に、玲瓏な瞳が涙に濡れるさまを見ることが出来ないから。



「僕はハリーに、言ったんだ。【に関わるのは止めよう、其れは君の為なんだよ、ハリー】って。ごめんよ、。僕は君を…」

暫く歩き、人ひとり分の距離が生まれたところで、意思を固くしてロンは言った。
振り返ったりはしない。当たり前だ、眼を見て話せる話ではないのだから敢えて距離を取って話す、と言う卑怯な真似をした。
勿論、濡れた涙だけで済めば事は穏便だ、から相応の罵声を浴びても良いとさえ思っている。…けれども。


「知ってるよ、ロン。」
「知ってるって…!?……知ってて如何して君は、」
「………友達で、いたかったからかな、ロンと」


しばしの沈黙の後、落とされた声はどこか嬉しげでさえあった。
柔らかな笑みを交えて言われた科白を理解するのに一瞬、込上げる嬉しさと自分への痛惜で、ロンの返答はほとんど音にもならなかった。
そんなロンと、過去の事など一切気にする素振りを見せないは、ロンとの間に生まれた距離を自然に縮め「お腹空いたね、何食べようか」等と本当に当たり障りの無い会話を投げてくる。
そんながあまりに優しいから、ロンでさえ、時々錯覚しそうになる。ハリーやドラコがそう思っているように。自分も若しかしたら、と。

しかし、ロンの自己勝手な想像が形を形成する前に、つい数日前まで脳をせしめて居た出来事が不意に胸に去来した。
まるで今このタイミングで思い出すことを運命付けられたかのようなの問い掛けで、曖昧だった記憶は決定的に蘇る。


「そう言えば、ロンはあの時ダンブルドア校長と一緒に魔法省に居たんだよね?」
「うん。僕は父に用事が有ったんだけど、偶然ダンブルドア校長とコーネリウスの話を聞いちゃったんだ。」


―――――何故Revalueの人々は殲滅されねばならなかったのじゃ!納言草に罪はあっても、人々に罪は無かろう!


突飛に耳に飛び込んできたダンブルドアの憤怒した声が、不意に思い浮かんで、耳の奥で木霊する。
あのとき、全く関係の無い話だというに論点がの郷里だと云う事実に気付いた瞬間驚いたように目を開いてから、暫し呆然と現実を受け入れられずに居た。


そう、あの時。全てはあの瞬間だった。
思わず見知った人物が話す友人の郷里についての論争を小耳に挟んだロンが、足早に過ぎ去ろうとしていた扉を咄嗟に開いたのが、全ての始まり。
思い返せば其の後で、Revalueと云う国と血を継ぐ人々が殲滅されたのだと聞かされたんだっけな、と思い出したら言葉が勝手に口を吐いて出た。
…何時もの、悪い癖で済むような話だったのに、なのに。


「国が滅んだ後って…何が残るんだろう」
「国が滅んだ後?」
「……Revalueが滅んだ後でもやっぱり、城跡や街並みは残っているの?」


「………滅ん、だ…?如何云うこと?」
「え?如何云うこと、って…魔法省に預けていた納言草が君の母親の手によって盗まれ、君の父親の血で熟した果実をヴォル…例のあの人に渡った事で、Revalueの人々と国と血は歴史から殲滅され……」


「…………殲、滅……?え、何言ってるの、ロン、国が滅んだって、人が殲滅されたって…」


は本気で驚いた様、今見知ったばかりの事実の重みに耐え切れぬ様に白磁の顔を蒼白させ、声は惨めに震えた。
幼く曖昧な記憶の中で何度も忘れようとした、嘗て温かかった乳母や従姉妹の姉の声。
忘れようとすれば途端に鮮明に記憶は思い起こされ、Revalueの地で今も恙無く暮らしているのだろうとばかり思っていただけに、は小さく身を震わせた。
が知っている記憶はあくまで塔へ幽閉されるまでの、6年間の短い記憶。
突然訪れた終局、優しくていつも自分を護ってくれた乳母の手が離れていく瞬間が、今も脳裏に焼きついている。悲しげに瞠目した彼女は唯一言に、「ごめんなさい、皇女様」とそう言った。
其の意味を知らぬ侭、は魂と身体を切り離した曖昧な存在で過し、深く考えるどころか彼女たちが如何しているのか等考えたことも無かった。所詮棄てられたのだ、と認識したからに他ならない。
其の後、が塔に幽閉された後にRevalueがどうなったのか、は知らない。其の辺りの記憶は、幼いながらに逆上していた所為か曖昧だ。


「事実だよ、が塔に幽閉された後、Revalueは魔法省の手によって焼かれたんだ。人も、街も全て」
「……そんな、…人も街も…だなんて、如何して、悪いのは彼らじゃない、生まれてきた私なのに…!如何して、如何して彼らが滅ぼされなくちゃ為らないのよ…ねぇロン、どうして…っ!!」

「そ、そんな僕に詰め寄られても、」


対峙する相手がロンでは無いことなど、既に撹乱した思考で考えきれて居ないは、責めるように詰め寄っていく。
とても嫌な、どす黒い危機感と焦燥が、感情を乱して苛んだ。嫌な予感どころの話ではない、もう過ぎ去った過去の事実であるだけに、今更何を言おうとも全て終わったことなのだ。

そう脳が納得すれば、心は軋んだ音を立てる。


みんな、死んだ。
人も街も家畜も果物も野菜も森も、何もかも、全て一瞬にして滅び去った。
Revalueの血を継ぎ生き残ったのは、世界の何処を探してもだけ。生きているとは到底云えない境遇だが、それでも世界に独りだけしか居ないのだ。


「っつ……、」


突きつけられた現実の酷薄さに、様々なことが脳裏に渦を巻いていて、の視覚神経は殆ど周囲を認識してはいなかった。
普段ならば難なく見付け避けられたであろう拳大程度の石が眼の前に在る事にすら気付けず、無理矢理に前に差し出している爪先が引っ掛かる。


「大丈夫、?」


前のめりに倒れこみそうになる身体をロンが支え、名をよばう。
だがは其れを皮切りに、顔を片手で覆って、呆けたようにほとんど立ち尽くした。
何処か怪我でも、と焦燥するロンは覗き込むようにしてを見詰める。の、大きく見開かれた薄紫の瞳からは、次から次へと透明な雫が零れ出していた。

ロンは道の真ん中でを腕に抱きとめながら、只管狼狽していた。
道行く人はロンとを見ては小声で何かを囁きあい、同情に似た憐憫な眼差しをへ向けている。
堪った物ではない、思う先はそんな野暮な視線を向ける彼らに対してではない、此処でハリーやマルフォイ、ましてスネイプになど見られたら。
そう考えるだけで、ロンの精神は竦み上がる。
考えるべく、案ずるべく事象は其処ではない事など判っていながら、敢えてそう自分に言い聞かせているような思考。ロンは判っていながら自分自身で否定した。

自分が思い出したように、唯会話の糸口を掴む為だけに思い出した会話が発端でが痛惜しているなどと、思いたくも無かった。
風に煽られ背中に降り立った漆黒に唯ロンは視を流す。気を抜くとすぐに逸らしてしまう眼瞼を奮い起こし、ロンは漆黒から薄紫の瞳に向ければ、


「あの日お母様に殺されていればこんな事には―――――っ。
……殺されれば良かったのよ、そうよ、死ねば良かったのよ、私も。そうすれば、誰も死なずに済んだのよ…如何して殺してくれなかったのかしら、殺すことでさえも煩わしいと思うほど、憎かったの? 」


昏く笑んだ薄紫の双眸には、禍々しい程に残忍で悲愴な光が宿った。
腕を掴んだ侭のロンは、そこに深い孤独と哀惜を見い出し、の猟奇的に似た深い痛みまでも感じ取ってしまう。
伏せられた侭の紫水晶の瞳は、あまりにも儚く、切ないものだった。

































































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(C) 2002-7 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2007/1/5