| last scene ![]() day-82 :孤独に降りた夜の帳の中で、確かに感じた慕情は今も胸に 「呪文…、成る程。あの国の血が流れる者は無条件で侵入出来るが、そうでない者は代々秘密裏に伝わる呪文を唱えなければ為らない、と言うからくりか」 「そう云うことだ。」 ゆらりと立ち昇る蜃気楼の様なスネイプとハーマイオニーと一瞥し、明らかな不機嫌さを滲ませて眼を逸らすルシウスから首肯が返る。 時を刻む音に視線を送ると午後一時を回ろうとしており、あと数分もすれば昼休憩を知らせる為の鐘が鳴る事だろう。 其れを認めたルシウスは、緩慢な仕草で其の侭袖机の中に手を差し入れて、古びた羊皮紙を取り出した。 聞こえる筈等無いのに、廊下の微かな足音さえ耳に届きそうな静謐さの中、ルシウスの纏う外套の衣擦れの音だけが室内に澱みなく連なる。 「此処に、桔梗から受け取った手紙が在る。判るだろう、セブルス。」 言葉と共に、くくく、と意地の悪い微笑をルシウスは口の端に浮かべた。 「…本物を見付けだしたら渡せ、とそう云うことか」 「相変わらず物分りが良い。お前は私が手塩に掛けた後輩だからな、セブルス。だから桔梗とも知り合え――――」 「黙れ」 昔を思い出したように話し始めた戯言は、如何やらスネイプの不興を買ったようで、即座に切り捨てられる。 冷気を含ませて常以上に不遜かつ端的な台詞を言い捨て、スネイプは眉目をこれ以上無い程に歪めてルシウスを見遣った。 咎めるような眼差しは不機嫌に険を孕み、薄蒼の双眸を見据える。 「納言草を魔法省に渡す事で、一体何の価値がある?我輩たちには一寸の得も無い」 「ほぉ………成る程、強請りに来たという訳か」 「強請る?失笑だな、態々取引に来て遣ったのだ」 「私が此れを渡さねば、Revalueへ入ることすら出来ぬと言うのにか」 「―――――手紙が在ったとて、何になる?納言草の隠し場所を知らぬ輩よりも幾分有為だと思うがね。」 此方にはRevalueの血を継ぐが居るのだぞ、と口には出さずに暗黙のうちに飲み込めば、ルシウス独特の狡猾さの揺蕩る双眸が薄く眇められた。 「さぁ、如何する」 スネイプはそう艶然と畳み掛けるように択一を迫り相手の視野を狭めてやる。 最早己の奸計に屈するか否か、その選択肢しか無いと刷り込み断を強いれば、ルシウス…基い、魔法省がとる行動は路が敷かれているが如く。 肉厚の薄い骨董品のような指先が掴んでいた手紙が、ゆっくりと弧を描き、ルシウスの掌を返すように一巡する。 それから寸間あって、含み笑いを伴って寄越された低い美声がゆっくりと言葉を紡いだ。 「良いだろう、希は何だ」 「コーネリウス・ファッジへの直談判に加勢して頂きたい。」 「直談判?一体、何の話だ、セブルス」 「あの子どもを……を、桔梗の呪縛から逃れられる49日間だけは、Revalueではなく、この地で過せるよう……」 言葉を選んだつもりだった。相手はあの魔法省高官であり、決して自分たちを含めたの存在を快く思わない側の人間の独りだ。事を自分達の思うように進めていきたいのならば、此処で、いち個人の感情をぶつけ吐き出しては為らない。理性がそう叫ぶが、 一度堰を切って溢れ出したものを、もう留めることは出来ない。 叶えては為らない希、願っては為らぬ未来だ。出逢って過す期間は所詮、絶望的に近い刹那の時間、判っていたつもりだった。 自分自身にそう言い聞かせるようにして過してきたスネイプの、理性と本音の狭間で揺れ動いた、浅ましい願いの果て。 留めるには時が経ち過ぎた。 強く濃縮された慕情は、スネイプの知らぬうちに訥々と漏れ出してしまっていた。元々、限界などとうに超えているのだ。 「貴様…正気か、セブルス」 そう呟いて蒼眸が伏せられる。 言葉の表現は辛辣だが、紡ぐ声音に嘲りや皮肉めいた感情は無かった。 むしろ不気味な程感情が抑制されている。スネイプやハーマイオニーの知るルシウスなら、間違いなく激昂していた筈なのだから。――だが、端正な相貌其の侭に科白を吐き出した声紋は深い慈しみとも惑わせる響きを帯びて。 聞いた瞬間、何故だかハーマイオニーの中で渦巻いていた極度の恐怖と緊張感が、破裂するように爆発した。 「あ、の……無理は重々承知しているつもりです。つもりでしかないのかもしれませんが…貴方の立場が悪くな…」 しどろもどろに言の葉を選んでは紡ぐハーマイオニーを制するように、す、と。 薄蒼瞳が、薄く見開かれた。 「大方……『納言草がレプリカだと、公言されたいのか』と強請るつもりだったんだろう?」 「だとすれば、即刻排除するかね」 「いや………」 ふと、ルシウスが切なげな笑みを浮かべた。 「私にはお前の様に全てを捨て去る様な真似は出来なかった、とな。」 揶揄と共に寄越された低い声音には、自身への責めとも嘲りとも取れる剣呑な響きが滲む。 ルシウスは口許を綻ばせ。そして――、捩子を止めた詞の続きを、ひっそりと胸臆に落としやる様に告げた。 「良いだろう、口添えして遣る。……但し、明日の早朝までに納言草を此処へ持って来たら、の話だが」 「結構」 薄い唇が咽喉を微かに震わせ綴った。 其れを何かの合図の様に、自堕落に指先が遊んでいた手紙が緩い半円を描いて、スネイプとハーマイオニーの間を突きぬけて飛び去った。 数瞬後、ホグズミードのとある部屋に実態を置いたスネイプとハーマイオニーのところに無事に手紙が届いたのを見届けたルシウスは、不敵な嘲笑を浮かべる。 だが、手紙を受け取った時既にハーマイオニーとスネイプの姿を映し出した靄は跡形も無く消え去っており、嘲笑の対象が神への冒涜に近い行為を為そうとする彼らへ向けられたものでは無い事が判る。 薄く瞳閉じれば、今も鮮明に心に打ち響く玲瓏な声。耳を傾けるよう、ゆっくりとソファーの背凭れに体重を傾け瞼閉じる。 (ねぇ、ルシウス、お願いがあるの。聞いて貰えるかしら?) 脳裏ではない、心の底から打ち響いてくる遠い日の、嘗ての想い人の声色。 もう二度と戻り得ずまた変える事の出来ぬ過去の、泡沫の木漏れ日。―――忘れられぬ、夢。 納言草を手にした桔梗と最後に別れた、漆黒の帳下りた月夜。朧な闇に浮かぶ、凄絶なまでに憂いを孕んだ無垢な瞳に、儚いほどに澄んだ涙。 澱みなく発せられる台詞に似た心の叫びが、切り取られた空間に静かに木霊した。 (私を護ってくれたように、あの子を護って欲しいの) (護る?あんな男との間に出来た子どもを、か?) (……あの子は何も悪く無いもの、殺してあげられなかった私が悪いのよ、ルシウス) 当たり前のように真っ直ぐと、告げられる言葉。 出来れば夜風に棚引く髪を押さえるその細い腕を掴んで、逃げ出したいと、そうルシウスは思った。 今まで何度思ったことだろう、数え上げたらきりが無いほど。主に仕える身でありながら、主のものである女を愛し、そうして欲した。 だが、どれだけ言葉を選び愛情を注いでも、決して桔梗はルシウスのものには為らなかった。彼女が愛していたのは世界中で唯一人、トム・マールヴォロ・リドル…またの名を、ロード・ヴォルデモートだけなのだから。 (死ぬ気なのか、桔梗) 黙考していたルシウスが、事の顛末を読み切ったように淡々と呟いた。 納言草を手に静かに滅びる運命にあるRevalueを見詰める様を見て、その眼差しから、空気で伝わる。 こうするしか方法は無いのだ、と。 先ほどまでの憂いた表情は消え去り、秀麗な美貌には、ゾッとするような凄艶な笑みが刻まれていた。 (約束よ、ルシウス。あの子を…を、護ってあげて) (、と言うのか、お前の子は) (そう、一回も愛してあげなかった私の子。一回も名を呼んであげなかったけど…でもね、名前を付けたのは私なのよ。) (じゃあね、ルシウス) 嘗て、『孤高の白百合』と謳われた桔梗の影は、既に無かった。 漆黒の外套を翻しRevalueの地に在るのは、世界で唯独り、神をも震撼させる暗黒の荊に佇む、背徳の罪人。 何かを得る為には、何かを犠牲にしなければ為らない。何かを犠牲にせずに全てを手に入れるなど、所詮は善人の奇麗事でしかないのだ。 だが逆に云えば、全てを壊してそれで手に入るものなど、本当は何も無いのだ。全てを壊して手に入れられるものなど、何も無い。判っている、そこにあるのは唯、取り返しのつかない絶望だけ。 決して戻る事の許されない、罪に濡れた終局への道だけだ。 だが其れでも、何かを得る為に何かを壊さなくては為らないのならば、私は喜んで破壊者に為ろう。 ヴォルデモート卿を愛し、Revalue国王に愛され子を身籠った時点で、あの頃を取り戻すことなど、もう、出来はしないのだ。 (有難う―――――さようなら、ルシウス) 最後を予感させるその響きは、ルシウスに絶望的な距離感を与えた。 別れの言葉を自分から告げる事も出来ず、況して腕を伸ばして抱き寄せ引き止めることも出来ず。去りゆく影を、罪悪感と敗北感に塗れながら、黙って見送るように見詰めるしか出来ない。 暫しの沈思を置いて、秀麗な美貌を有したルシウスは刹那、自嘲したかのようにも見えた。 [ home ][ back ][ next ] (C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/11/22 |