last scene




day-81 :干乾びた感情、こんな方法でしか私は君を護れなかった






「為らば早急に人を手配して魔法界中を捜索しろ、そんな下らない策も浮かばないのか、貴様等は。」


立ち入るもの全てを威圧でもするかのよう、魔法使いの血を誇示するような豪奢で重厚な造りの魔法省。
馬鹿と煙は高い所に昇る、と良く銘打たれているが其の名の通り、魔法省は地上地下共に想像を超えた階層の造りに為っている。上を見上げればきりが無い様な高層階、その最奥部に位置する執務室へと続く廊下から、地を這うような低い声が響いた。
密閉された石造りの建物に反響した声は、感性に艶めいた刺激を齎す甘い美声でもあったのが、其の声を聞くのが年老いた魔法省高官や入省したばかりの若手、彼の傍にピタリと寄り添う執事と秘書しか居ない。
罵倒とも取れる怒りの言葉を投げつけられた下級高官は、項垂れた頭を擡げる事さえ出来ない侭で数歩先を闊歩するルシウスの背ばかりを見詰めていた。


「良いか、明日の始業までに調査結果を纏めて机の上に置いておけ。一秒でも遅れたら二度と魔法省の門は潜れぬと思え」
「か、畏まりました…!」


陰鬱な仕草で銀髪を揺らす己の上官を目前にして、下級高官は直立している己の両足が僅かに震えていることに気付く。
如何ともし難い威圧を感じ、滅されそうに為りながらも果敢にも気を取り直して慇懃に一礼し、扉へと手を掛けたルシウスを見送る。と、丁度良いタイミングで昼食を告げる鐘の音が鳴り響き、「続きは午後にしろ」と告げたルシウスは人払いでもするかのように一人で部屋へと消えて行った。



(…………………………)


丁寧に閉めた訳でも無かろうに、音すらも立たぬ侭閉じられた扉から手を離したルシウスは、重々しく構えられた大きな黒塗りのデスクに阻まれた対面に自然を眼を向けた。
扉に手を掛けた瞬間に何か居る様な気配を感じたのだが、気配の正体がまさか此れだとは。
思いながら明らかにこの場に居る筈の無い人物を視界の端に捕え、訝しげに眼を眇める。


「君達を此処へ招待した覚えは記憶に無いが?魔法省への不法侵入の罪がどれ程重いか知っているか、セブルス」


漆黒のローブを翻し、不躾な闖入者を通告する様な素振りなど何一つとして見せぬ侭、ルシウスは革張りのソファーにゆったりと足を組んで座る。
彼の背後には、大きなガラス張りの窓から太陽の逆光が眩しく差し込み、ルシウスの秀麗な容貌に影を落としていた。
朧げな白い靄に包まれた様な井出達のスネイプとハーマイオニーを一目見た瞬間、ルシウスは、意識と映像だけを此方へと魔法で飛ばしているのだと知った。
だが、実態は魔法省に侵入していないとはいえ、不法に室内に立ち入った事は事実である。

態々魔法省に闖入などするその無意味な下らなさに失笑しそうになるのを静かに抑えて、ルシウスは言葉を続けようと口を薄く開く。
だが其の前にスネイプが口火を切った。


「………取引に伺ったのですよ、ルシウス・マルフォイ」
「…取引、だと?私とお前の間で、一体何の取引を行う?」


スネイプの進言を受けて、薄蒼の双眸が剣呑に眇められる。
ルシウスの精巧に整いすぎた容姿からは、魔法省高官として与えられた地位と家柄にそぐうだけの品格が滲む。
そして何処か表情が読めないのにも関わらず、その薄蒼の双眸だけは怜悧な光を放ち、強かに相手を射抜く。



「先日魔法省が滅した納言草がレプリカだと云う事実はご存知ですかな?此れは失礼、貴方ともあろう人が知らぬ訳は無い。
あのように大々的に予言新聞で周知しておきながら、…今更、【本物の納言草】が見付かった場合、一番窮地に立たされるのは貴殿では?」


大方先程の叱責は其の件に関する調査仕様書の不備だろう、と。付け加え、薄ら笑いさえ浮かべながら言外に吐き捨てた。
驚愕した様にルシウスが瞳を見開いたも一瞬のこと、冷えた相貌に失笑の笑みを浮かべ、脇に掛け置いた杖を手繰り寄せると後方の扉に魔法錠を掛け防音魔法まで施した。
一言目は否定の言葉が返ってくるだろうと予想していたスネイプは、ルシウスの意外な行動に自然と眉根を寄せる。
この男は仮にもあのヴォルデモート卿に絶対の忠誠を誓うデス・イーターだ。此処で禁忌とされた呪文を唱えるやも知れない。
勿論、万全を期し、実態の侭来た訳では無いが後遺症が何も無いという保証は残念ながら何処にも無い。


一抹の不安が過る最中、ハーマイオニーを庇うように左手を伸ばしルシウスを見据えれば、危惧した事態は起こらぬ侭悠然とした口調で返された。


「勘違いされては困る。窮地に陥るのは私ではない、魔法省最高責任者であるコーネリウス・ファッジだ。」
「そうか、為らばご説明願いたい。我輩は如何にも腑に落ちない点が幾つか有る。」
「私に説明できますかな」
「貴様で無いと説明できんだろう。……誰よりも桔梗の傍に居たのは貴様だからな、ルシウス。」


如何云う意味だ、と告げたルシウスだが、はっと思わず告げた言葉の重要性に気が付き始めて次第に表情が曇る。
この男は一体何処まで知っているのだ、そう物語るような表情を晒し始めたルシウスに、スネイプは心の中でほくそ笑んだ。


見事、罠に引っ掛かった、と。


実際問題、ハーマイオニーから【本物の納言草】と云うものが存在する事を聞かされるまで、何一つとしてスネイプは疑問に思わなかったのだ。
納言草がレプリカだと云う事実は勿論のこと、如何遣って桔梗が魔法省から納言草を盗み出したのかや、魔法省の人間に勘付かれる事無くヴォルデモート卿の元へと身を寄せられたのか、等。
今となっては、幾つも疑問が浮かび上がってくる。だからこそ、一種の賭けに似た様な腹内探り合う行為に似た憶測だけの言葉を投げてみた。
声調が僅かに乱れた事に内心で舌を打ったが、微少な変化に気付けるほど内心穏やかでは無いらしく、ルシウスは気が付いていない。
案の定、常日頃口を吐いて出るような人を煙に巻くような言い回しが聞こえてくるかと思いきや、室内に静寂が浸透し、薄い笑みを浮かべたのだ。


「如何した?続きは」
「……この厳重な警備体制が敷かれた魔法省に、如何して桔梗が侵入出来たのかを説明願いたい。まして、納言草が保管されていた場所のセキュリティはグリンゴッツ銀行等足元にも及ばぬと聞いているが…果たして一人で全て成し遂げられるとでも?」
「ヴォルデモート卿(例のあのお方)が手助けしたのだろう」
「あの時ヴォルデモート卿(例のあの人)がどの様な状況下に居たか…知らぬ訳でも無かろう」


嘗ては共にデス・イーターとして彼の元に集っていたのだから、と吐きかけた言葉を飲み込んで、スネイプは平然と、顔色一つ変えずに言い放つ。
憶測も此処まで立派に語ればまるで誰かから聞き見知った事実であるかのような響きを産むのは、人の錯覚意外なにものでもない。現にルシウスは苦い顔をして、当時のことを思い出す様に干乾びかけた想い出を引きずり出した。




(君が私の元を去り、再び私の元に現れたのは、丁度冬枯れの日だったか…)


Revalueに居る筈の桔梗からルシウスに梟便が届いたのは丁度、ヴォルデモート卿の身体が危うく為った位のことだっただろうか。あの時既に桔梗が身籠った子どもはもうじき6歳を迎えようとして居り、月日が経つのは存外早いもので、あれから6年が経ったのだと痛感させられた。
懐かしい嘗ての想い人からの文は、ルシウスの胸中深くに封印された慕情を意図も容易く蘇らせてくれた。
枯れていた筈の感情が、再び脈打ったかのよう、桔梗の手紙に書かれた『乞い』にも似た頼みを、あの日のルシウスは断るどころか手を貸すことを寸瞬も迷う事は無かった。


結果、
Revalue国王の血に染まり実を付けた納言草が、ヴォルデモート卿の命を繋ぎとめたのは、不本意だが紛れもない事実。
そして、魔法省高官と云う立場を利用し、桔梗が持ってきたレプリカと本物を摩り替える際に手を貸したのも事実。


「……更に付け加えると、貴殿は先日納言草を滅するために其れに触れるまで残された一株がレプリカだと気付かなかった。桔梗がレプリカと摩り替えた納言草が、一株だけだと勝手に思い込んでいた。だが実際、桔梗はレプリカを二株用意し本物と摩り替え、一つをヴォルデモート卿(例のあの人)の為に使い、もう一つを何処かへと隠蔽した。…………違うか、ルシウス」
「さぁ………」

「桔梗と、約束したのだろう?「命を失ってでもヴォルデモート卿(例のあの人)の為に納言草を実らせる、代わり、だけは殺させない」と。Revalueの臣民と国土は焼き払っても、あの子どもの命だけは奪わずに魔法省管轄下で幽閉する事を、貴様は桔梗と約束した筈だ。主の命を繋ぐ為に共謀したのだろう……違うとは言わせん、我輩よりも桔梗を愛していたのは……」
「此れ以上余計な説明は要らぬ、何が望みだ、セブルス。」


話を無理矢理切り捨てる、地獄の底から木霊した、地を這うような声音に、ハーマイオニーは竦み上がった。
勿論矛先は話を切り出したスネイプにあるのだが、スネイプの直ぐ後に位置するために自然と獰猛な激情を秘めた薄蒼の刃に、容赦なく貫かれているのだ。
普段魔法薬学で見知っているスネイプの憤慨よりも更に冷えた怒りに遭遇し、極度の緊張で、呼吸が震えて音にも為らない。

だが、そんなハーマイオニーを尻目に、ルシウスとスネイプの会話は勝手に進んでゆく。


「……Revalueへ入る許可を、頂きたい。」
「Revalueに今更行って何をするつもり……、」
―――――本物の納言草を、見付けに行く」


猜疑の滲むルシウスの言葉尻、奪うように繋げた静かな声音は、余りにも無機質で。
今更禁忌とされたあの場所へ行くなど気でも触れたか、たかが一人の女のために如何して此処まで、と思案して、自分も嘗て似たような行為をしたのだ、とルシウスは咽喉奥で笑った。
遥か昔、幼く無知で、世界の意味すらも知らなかった頃。出逢ったその瞬間から、妄執の宿縁に捕らわれた存在。
どれだけ望もうとも決して己が手中におさめることは出来ないと判ったあの日から、自分なりの方法で彼女―――桔梗を護ると誓った。
彼女が幸せで在れば良い、ただそれだけが、唯一の望みであり、そしてその為だけに、どれ程の人が犠牲に為ろうと知った事ではなかった。まるで儚い幻を掴むかのように、捕らえ難く、自分を惑わせる存在。


(最後の最後まで………お前は私の心を掴んで離さないのだな、桔梗)


制御の利かない己の執着に自嘲しそうになりながら、真意の見えない小さな嘲笑が零れた。
そして、ルシウスは言う。


「Revalueに入る為に必要なのは許可証ではない。――――Revalueの血が流れるものだけに受継がれる、呪文だ」



後戻りの出来ぬ、最後の幕を引き下ろす為の、最初で最後に為るだろう無理矢理神を引き摺り下ろすための才略が始まった。

































































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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/11/17