| last scene ![]() day-78 :賽は投げられた、最終章への幕は今上がる 眩しいばかりの青空。 けぶるような木漏れ日が射し込める街路樹を両脇に従えながら、スネイプとハーマイオニーは無言を貫いた侭、足だけを進めている。 視界の端に引っ掛かるように流れていく景色ばかりが思考を埋め尽くす気がしたが、其れは其れでハーマイオニーにしてみれば酷く好都合だった。 降りたままの沈黙の帳に最初のうちこそ意識は焦燥し急かされもしたが、相変わらず無表情の侭淡々と【宝探し】をしてゆくスネイプの後を見ているだけで済むのならばこれほど楽な事は無い。 顔を合わせる度視線を交錯させる度に、溜息やら厭味やら棘でデコレートされた科白を聞くよりもよっぽど心臓に優しい。 「置いて行かれたいのか、グレンジャー」 「済みません、今行きます」 ダンブルドアの開始の合図と共に淡々と言葉を吐いたスネイプは、にすら言葉や視線投げる事無くハーマイオニーを促す様に外套を翻した。後姿が激昂しているように見えたのは気の所為だっただろうか。 振り返ることの無いその所作に慌てて追うように続いた後は、只管沈黙を通すスネイプに遅れを取らぬよう、また迷惑を掛けぬ様に必死に隣を歩く事だけだった。 暫し二人無言で、ハーマイオニーの胸中とはまるで正反対の燦々たる太陽の光りが降注ぐ清々しい道を歩いた。 最早癖の様になった、手首に巻いた簡素な造りの時計にハーマイオニーは視線を落して、緩い溜息を心の中だけで吐く。 (待ち合わせの時間まで、未だ後、二時間もあるわ…) 本音が口を吐いて出ないよう、顔を上げ、遠ざかるようにやわらかな草を踏みしめて歩き出す。 言い渡された二品。一度は購入した事があるのか売っている店はスネイプが既知していたのか、既に購入済みで、スネイプが左手に持つA4程度の大きさの紙袋の中に収められていた。 途中、一品目の「奇術師の揺り籠」を買った店で他に三つばかり薬品とゴブレットを買っていた様だったが、大方魔法薬学で使用するのだろう、とハーマイオ ニーは気にも留めない。 気に留めたところで、ハーマイオニーのメリットは無い上、ハーマイオニーが聞いた事も見たことも無い薬品名である時点で今では興味よりも呆れが吐いて出る。 こんな状況下でも魔法薬学を好いているのか、と。 彼是30分位だろうか。 両者沈黙を守り続けた侭同じ空間を歩く事に息苦しさを感じ始めた頃、ふとスネイプが規則正しい足音を止めた。物思いに耽っていたハーマイオニーの右肩が知らずの内にスネイプの腕に当り、トン、と乾いた音に慌て、頭を下げ謝る。 「前位見て歩けないのか」、と一喝されるだろうと予想していた範疇を越え。 振り返った表情は、つい先日垣間見たを失った時を彷彿とさせるように色の無く、けれど怒りのそれよりは無表情に近かった。 そうしてスネイプの口から此れから先一生聞かれるだろう事の無い言葉を、ハーマイオニーは聞いた。 「……紅茶は嫌いかね」 「こ、紅茶、ですか?…嫌いでは有りませんが、其れが何か?」 この人は一体何を口走っているのだろう。晴天の中歩き続けて疲れた為に休憩がしたい、との意思表示だろうか。 咽る息の合間に無理に声を絞り出して答えれば、スネイプは唯一言「ならばついて来い」とそう言った。 本気で驚き数秒固まったハーマイオニーの表情見る事無く、自分の歩調で歩きを強めたスネイプは、一軒の洒落た店の扉を開く。 キィと古木の鳴る音に急に現実に引き戻され、慌てて後に付いたハーマイオニーは困惑の表情浮かべながら、先行きを灰色に染め上げた。 「いらっしゃいませ、Sir Snape」 硬質な床に靴音が堅く高く響き、スネイプは我が物顔で声掛けた店員を払い除ける様に一番奥に作られた席へと移動する。 馴染みの店なのだろう。出迎えた店員はスネイプを見ると表情を和らげ、緩く頭を下げた。 別にハーマイオニーが頭を下げずとも良いのだが、反射的に頭を下げてしまったハーマイオニーに、店員は鳶色の瞳で微笑む。 何やら良い心地に為って来たと思えば、立ち尽した侭座ろうとしないスネイプをいぶかしんで、気が付いた。 (レディーファーストって事かしら…あの、セブルス・スネイプが?) スネイプが敢えて奥の席を開けた事に一瞬躊躇したハーマイオニーだが、スネイプなりに気を遣ってくれているのだろうと勝手に解釈して腰を落した。 「ご注文は何に為さいますか?」 柔らかな栗色をした巻き毛の男が穏やかな表情を浮かべながら注文を聞きに来る。 慌ててメニュー表を捲るハーマイオニーを一瞥しながら、スネイプは一言「何時ものを」とだけ答えた。 たかが紅茶一つに馴染みがあるのか、とスネイプの意外な趣味に触れたハーマイオニーは、百種類はあろうかという紅茶の中から手っ取り早く目に付いたものを 口に出す。 「私は、ストロベリーカモミールをホットでお願いします」 暫くして、ハーマイオニーが注文したストロベリーカモミールとスネイプが注文したであろうシトラスアールグレーが、重々しく構えられた桧造りのデスクに乗 せられる。 スネイプ氏と可愛らしいお嬢さんに店からサービスです、と小さな籠に焼きたてのマフィンが4個置かれ、心地は宛ら三時のティータイムだ。 此れで向かい合いながら歓談する…否、歓談せずとも同じ空間に居るのがあのスネイプでなければどれだけ心が救われるだろうか…とハーマイオニーはひとりご ちながら薄紅色のカップの淵に口を付けた。 緊張に張り詰めた空気の中、ゆったりと足を組んで座るスネイプが足を組み直したのを切欠に、漆黒の双眸が剣呑に眇められる。 「君は今まで、何かに祈り願った経験があるかね」 「…何か、とは例えば何でしょうか、スネイプ教授」 「明確に言えるものは無い、神でも仏でも仏像でも銅像でも地面の石だろうと、媒体は何でも構わん。」 何でも良いのならば、とハーマイオニーは過去の記憶を辿り、暫しの迷いの表情の後答える。 「え…っと、近いところで、流星に願い事を掛けましたが、其れが何か…?」 膨大な量の羊皮紙を採点せざるを得ない状況下、余りにレポートの回答が低レベル過ぎた結果、スネイプの怒りの誘発点が限界を突破し思考回路に異常を来たし て仕舞ったのだろうか。 そんな下世話をするほど、常のスネイプの素行からは想像し難い事態に、ハーマイオニーは胸中で狼狽する。 尤も、スネイプの行動と思考回路がハーマイオニーが既知していたものと明らかに異なる、と思い始めたのは今回が初めての事では無いのだが、面と向かって立 ち会ってみるとやはり居心地が宜しくない。 言葉の裏に一体如何云う意図が隠蔽されて居るのだろうと訝しめば、やはり表情を零さないスネイプはハーマイオニーを一瞥し、ゆっくりと息を吐いた。 「我輩は今まで一度として、何かに縋る様に祈ったことも無ければ、ささやかな願い一つ叶え様と足掻いた事は無かった。……と出逢うまで、は」 「と出逢ってからは…変わった、って事でしょうか」 「早い話がそうだな。桔梗に手を掛けられた後に眠りに落ちたを見て、我輩は……名も知らず祈る言葉も遠くに忘れた『神』とやらに乞うた。何を代償として捧げても構わぬ、だからを返せ、と」 夜の帳の様に深く透明な双眸が、困惑に染まるハーマイオニーを真っ直ぐに見据えた。 「……結果、どうなったか知っているかね」 「え、が戻ってきて万事解決……では?」 過ぎ去った過去を思い返しながら眉を潜めたハーマイオニーに、荘厳な中庸を宿した漆黒の瞳が、刹那揺れて瞠目する。 まるで何かを思い出しているような其の所作。 刹那、僅かに歪められた表情は、ハーマイオニーの眼には苦痛に耐えるようにも、自嘲するようにも見えた。 狭めた視界に、まっすぐに向けられる双眸は瞬きもしない。 「我輩が神に祈ろうと誰に願おうと、唯一の願いは叶わぬ。」 「……一体何を、願われたのですか?」 「【が還るまで、神にすれば瞬きよりも微かで僅かな時間だけは、護って欲しい。】 そう願った筈が、心の中では違う願いを口に出していた様だ。我輩 は………あの娘を本当は還して遣りたくなど無いのだよ」 綺麗な欺瞞事にしか聞こえずとも、知らず落とした呟きが、狭い空間で絶望の淵に溶けた。 そうしてゆっくりと逸らされた双眸には、スネイプらしからぬ脆い愁情が揺れている。 彼が此処まで自分の思いを吐瀉するのは何故だろう、やダンブルドア達でなく、如何して私に、とハーマイオニーは悩む。 だが悩み始めて、一つだけ思い当たる節を見付け、其れが憶測の範囲を抜け出さぬものであって欲しいとの意を込めてスネイプに問う。 「……あの、まさかスネイプ教授……」 「本気で神を引き摺り下ろしこの身命、魂までも捧げれば……我輩の願いは叶うと思うかね」 若しかしたらスネイプは、嘗て慕情を抱いた最愛の人に愛しいと恋情抱くひとを奪われた、怨んでも怨み切れない憎悪の対象が突然目前に現れたことで、正気の箍まで外れかかっているのかもしれない。 全ての始まりが、あの形で始まったのだ、終わりで綺麗に塗り替えられるとは到底思えない。 ハーマイオニーは目尻が裂けるほどに瞳を見開いて、激情のあまり刹那呼吸を忘れた。 [ home ][ back ][next ] (C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/11/1 |