last scene




day-76 :貴方のいない未来予想図






一夜明けて。
予定量以上の量の羊皮紙の採点を片付け、スネイプの明日のホグズミード行きが決定的となったとある、朝。
何とも絶妙すぎるタイミングで魔法薬学研究室に現れたダンブルドアに昨日話した話を告げれば、酷く驚いた様な表情を浮かべた後に、快く了承してくれた。
久々にセブルスと二人で話がしたい、と言ったダンブルドアの言葉に、が魔法薬学研究室を出たのが午前10時過ぎ。
明日のホグズミード散策の為の説得にあたる人物は残り一人だ、とは決意固く、クィディッチ競技場丘を駆け上がる。

一気に広がる視界、青天の元、風に靡く草の海。果てが知れぬ緑の波。
其の中で箒に跨り、蒼穹に溶け入る様に大空を翔るドラコを見付けて、は声を張り上げた。


「ドラコ!練習が終わるまで待ってるから、終わったらちょっと良いかな?」
「――――――ら、―――――…って」


玲瓏な声を耳に留めたのか、小さな粒程度だったドラコの姿が徐々に大きくなり、「今聞くから」とドラコが箒から飛び降りた。
僅か疲労感の漂うドラコの顔には銀糸が無造作に散ばり、先程までクィディッチの練習をしていた事が伺える。


「直ぐじゃなくても良かっただけど…来てくれて有難う、ドラコ」
「いや、気にするな。僕はこの後魔法史の教授に呼ばれているんだ。…で、如何した、


何か、有ったのか、と言葉に出さずとも、自然に眉目に寄った皺がそう物語る。
は慌てて表情を崩し、「大した用事でも無いんだけどね」と、吹き込んできた風に艶やかな黒髪を靡かせ、大きく潤んだ薄紫の瞳を和らげて微笑んだ。
そうして昨夜スネイプに告げたように、明日のホグズミード行きの件を告げれば、やっぱり昨日のスネイプと同じ様な反応が即座に返ってきた。


「……僕は別に、構わないが」


ドラコは表情の浮かぶことの無い、透通って冷酷めいた薄蒼の瞳をけぶらせて、此方を見詰めてきた。
銀糸が映える、鮮やかなスリザリンクィディッチチームの装束が微細に揺れる。
まるで申し合わせた様に何の弊害無く進む物事展開に、は一抹の不安を覚えるも、見事なまでの青空に感化された様に厭な予感は霧散した。

梢の葉がさらさらと音を立て、風に揺れる。
の黒髪とドラコの銀糸が助長する様に風に嬲られ、行き先を見失った迷子の子供みたいに、二人無言の侭其処に立ち尽くす。


「……あの、ドラコ」


と、名前を呼ばれ、ドラコが視線をに合わせる。
「如何した」と問えば、小さく息を吸って、それからは少しだけ、微笑んだ。


「無理、しなくても大丈夫だよ?…ほら、もう既に予定が――――――」


表情作って無理に微笑もうとしたを見兼ねて、ドラコは一瞬だけ躊躇した様な気がしたが、華奢な指先をそっと握る、手の上へ、掌をのせるような形で添えた。
驚いた様に眼を見開いたがドラコを見れば、何時に無く真剣な双眸が其処に在る。
頬を撫でて過ぎた風に空を仰げば、眩しく光を振り撒いていた太陽にちょうど雲が掛かるところだ。ゆったりとした流れで空を渡る、落ちる影は、穏やかに足元を過ぎていく。
時を留めてしまったかのようにが黙した侭ドラコを見上げれば、ドラコがゆっくりと表情に笑みを刻んだ。


と一緒に居れる時間が限られてる事も、本当は誰と一緒に居たいのかも、知ってる。其れでも、僕と一緒に居てくれる時間が1秒でも在るなら、僕は其れに縋ってでも一緒に居たいんだ」

本当はこうして手を握る事さえ、罪なんだろうけど。
そう零して見上げれば、



「…ドラコ」


小さく、名前を呼ばれてドラコは思わず破顔した。
はいつも、言葉のひとつ一つをとても大切に、音として紡ぐ。そう云う風に、名前ひとつ呼ばれるだけで馬鹿馬鹿しい程に温められる心が在る事ことを、の細く儚い声は教えてくれた。


「有難う、ドラコ」


間近に瞳を覗き込む仕草で、柔らかな漆黒の髪が揺れているのを、ドラコは薄く目を細めて見やる。
ゆっくりと一度、瞬きをした紫珠の瞳がふ、と笑みに緩んで、合わされた視線は逸らせない侭、心臓には熱が上るような気がするのをしきりに押し殺した。


「明日、何時に何処へ行けば良いんだ?」
「あ、ごめん…今日は未だハーマイオニーに逢って無くて、夕食後に逢う予定だから、其の後に…」
「じゃあ談話室で待ってる」
「判った、じゃあ夕食後に」
「あぁ、またな、


綺麗な絹が舞い、濃い紫色の瞳が嬉しそうに微笑んで、手を振り踵を返した。
何処へ行くのかなんて、ドラコが敢えて聞かなくとも、最早判りきった事。
だから敢えて何も言わず聞かず、徐々に小さくなっていく背中を見詰めながら、ドラコはつい先日まで思っていた事をそっと、大切に繰り返す。


今までは、もうずっと、胸を過ぎ心痛めるのは全て、が眼の前から消える日を想像した未来予想図だった。
あと数日経ってが完全にこの世界から姿を消せば、今しがた聞いたばかりの声も、懐かしく響く声に変わる。
耳を塞ぐどころか、何重にも記憶永続魔法を施し、何時までもいつまでも、と云う存在を色褪せない侭覚えておきたかった。
例えが誰のもので、永遠に手に入れることが出来ない存在であったとしても、其れでもいつまでも、共に在りたかった。
馬鹿馬鹿しいと誰かが嘲笑しても、其れが今のドラコの純粋な『願い』だった。
もし、時が止まり色褪せない写真の様に、全てが此の侭だったとしたら、と思うことなど日に何度もある。
もうじき完全に失われて仕舞うだろう存在、もう二度と、触れられないものだとしても、忘れたくはない。
唯ただ、引き裂かれるような苦しみでは無く、沢山の思い出と、優しい哀しみだけが残るのならいい。

今でも、これからも、この想いが届かなくても構わない。
どれだけの月日が過ぎても、もう二度と逢えないと判っていても、心は変わらないと思える。
君と過ごした僅かだか濃密な時間を、忘れたいと心が思わないのだ。
そうして、忘れたくない時間を一瞬でも多く残したいと心が渇望するから、例えが一番愛した人に笑い掛ける残酷な一幕を見る羽目になろうとも、君と共に在りたい、と。



「……Can I say good-bye laughingly? 」


「大丈夫よ、心配しなくてもドラコなら」


背を見送りながら呟いた独り言の後、何処から現れたのか、パンジーの返答が返って来た。
振り向きざま、肩の上で綺麗に巻かれた髪が揺れ、見開かれた様な大きな瞳もひどく鮮やかな色をしていた。
次には睨むように険しく、まるで自分自身の躊躇いを一蹴するようにして視線を投げられる。


「何の為に私が諦めたと思ってるのよ」


遥か遠く、閉じ込めた筈の、ドラコへの想いがパンジーの中で呼び覚まされる。
心音は、何処で鳴っているのだろう。どくどく、と痛みで血を流しているかのようだ。
涙の溢れそうな瞳を、震える睫毛を無理に伏せ、パンジーは俯く。


「………パンジー、僕は、」
「良いわよ、要らないわよ、……何も要らないから、私が好きに為った自信満々のドラコ・マルフォイで居てよ」


ただ、その哀しげな瞳ばかりが幾度も胸を苛み、稜線のほどけた横顔が、ひそやかな、静かな声でパンジーと呼ぶ。
だが、声は響かない。
投げる様に願いの言葉を吐き出し、頬を落ちた雫にも構わずに唯、パンジーは駆けた。
泣かせてしまった、と一瞬で後悔の念に苛まれたドラコが細い腕を掴もうとした指先は空を掻く。

だがきっと、此処で追いかけて抱き締めても、彼女を傷付けるだけだろう。
だからドラコは箒を横へ放り投げ、自堕落に芝生の上に座りこんで呆然と空を見上げた。

彼方を縁取る雲は鮮やかに白く、風に流れては遠く、遥かを穏やかに過ぎる。


「――――……っ」


いつか必ず遣って来る「サヨウナラ」を云う日の為に、笑ってサヨウナラと告げられる様に、練習しようと安易な気持ちで言葉を紡いだが最早音に為らなかった。
サヨウナラ、唯其の言葉を紡ごうとすれば、思い出すのは、
呼吸を、忘れるほどに優しい、笑顔だった。とても忘れられるものではない。サヨウナラと言った後に其の笑顔を見たら…



誰かに縋ってでも、神に祈ってでも、君をこの世界に在り続けられる様に願ってしまいそうだから。



だって、愛しい君が消えた世界で、どうすれば幸せなんて見つけられるのか……判らない。





































[ home ][ back ][ next ]

(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/10/22