last scene




day-75 :コドモの言分、大人の要求






薄暗く紙と植物が発する湿気の匂いが充満する部屋に灯かりを落し、漆黒のローブを着こなし腕を組んで、目の前の少女を真直ぐに見遣ったスネイプは手近に有ったソファーに腰を落した。
一体毎回どれ程の量の仕事をしているのか、来る度に真新しい膨大な量の羊皮紙が所狭しと置かれている机の上。
スネイプは鬱陶し気に魔法を一つ落して片付けると、洞窟的な御面相で言葉を紡いだ。


「夕食は?」
「未だ食べていません。」
「食事もせずに此処へ来るには其れなりの理由があったからであろう?如何した、
「……………お願いがあって、来ました」


一瞬口籠ったものの、の声色は硬質で、強がりでも吐いている様な風体。
黒い髪から覗くの視線は初めて出逢った時のように鋭く、普段見せるような穏やかさは、欠片もない。
スネイプは一体如何したのか、と再度問うてみたくもなったが、「お願いがある」と言われただけに、問う事も出来ない。

は真直ぐにスネイプを見詰めはするものの、何かを決意する様な意思の取れる沈黙ばかりが帳を落す。
視界に入り込むその端正な容姿は無表情そのもので、何を思いあぐねているのか感情が全く読み取れない。
傍から見れば、愛想がないようにも映る其の姿、常の様子とは違い過ぎ、スネイプは自然と眉間に皺を幾つも刻み込んだ。


「…明後日、何をしていらっしゃいますか?」
「…、今日明日中に先程の羊皮紙の山が片付けば特に用事は無いが?」
「でしたら……その、私達と一緒に、ホグズミードに行ってはもらえませんか?」
「私、たち?……誰かね、私達とは」


「ハーマイオニー、ハリー、ドラコ、ロン、ダンブルドア校長、ハグリッド、マクゴナガル教授、です」



大きく瞠られた菫色の双眸が、光を反射して揺れている。俯き気味に為るのを必死で堪える様、懇願にも似た面持ちで語り掛けて来る様子に、動揺しているのだろうかと思案する。
別にその様な事一つに、透明な瞳を揺らさずとも良いだろうに。
咽喉を震わせずにそう綴った声は幸いな事に漏れていないらしい。
普段のスネイプの素行や今までの経緯を考えれば、他人の眼ばかりではなくスネイプが自分で垣間見ても、間違いなく戯けた事を、と一蹴するだろう願い事だった。

だが、滲む笑みが微かに苦く、深く色合いを変え、自然と口を突いて出た言葉は、スネイプ自身でも信じられないようなものだった。


「我輩は構わんが――――――――他の者の了承は得たのかね」


の硬質な相貌から、驚きと困惑が入り混じった表情が零れ落ちる。
何時ぞやと同じ様、表情を繕う事を忘れたように、薄紫の瞳を見開き、驚きを顕わにした侭年よりも更に幼く見える表情へと変わった。
だが直ぐに、普段と変わる事の無い黒檀に似た色の双眸で見詰め続けていたスネイプは、花が咲き零れるような艶やかな微笑を向けられ、刹那魅入った。


「有難う御座います。私の担当分はドラコとダンブルドア校長なんですが…何としてでもYesと言わせて見せます」
「そうか、ならば序でに我輩が採点しなければ為らない羊皮紙が一枚でも早く片付くよう、祈ってくれ」


端的に告げ、紅茶を淹れ終えたスネイプの指先が、さり気ない所作での、滔々と零れる夜の帳に似た濃い漆黒に甘やかな燐が浮かぶ髪を掬い取る。
愛しむ様に触れれば、擽ったそうに身を捩られた。其の仕草に、掌の中に囲ったひと房の髪はするりと滑り落ちて、はらりと舞う。



「あぁ忘れていた。我輩も一つ頼みごとがあるのだが、聞いて貰えるかね」
「はい、何でしょう?私も聞いて貰った訳ですし、私に叶えられるものならば…」
「そうか、為らば容易いな。明日は休みだが一日羊皮紙の採点に追われる上、とて魔法史のレポートがあるのだろう?お互い時間を有効に活用する為にも――――――――



其の先。
自分の恋人を好いている男二人を引き連れる形でのホグズミード散策を快く了承したのだから、この程度の要求は当然のことだろう。
言葉を端的に悪魔のような傲慢さでさらりと呟く様に、淡い色に染まった耳元で囁いてやれば、愕然と見開かれた大きなアメジストを見る羽目に為った。
何も其処まで過剰反応すること無かろうに。溜息すらも出ないのは、スネイプの想像の範疇の軽く上を行く反応を返されたからだった。

唯スネイプはに、「一緒に寝ようか」と言っただけ。
だがは、ほんの数時間前にハーマイオニーと話したばかりの、新鮮さが漲る話題を透視されたかのような絶妙なタイミングでの話の切り出しに、狼狽する。
だがまさか、ハーマイオニーとの話を切り出す訳にも行かず況して「今日其の話をしたばかりです」とも言えず、如何云う反応をして良いのかがには判らなかった。
勿論、スネイプとてそう云う思いが有って告げた言葉ではないのだろうが、スネイプは言葉を間違えた。
そう気付いたのは、混乱し切った様子で俯いたを見てから。


湯気が出そうな勢いで自己葛藤に没頭し始めてしまったに、スネイプは程なくして苦笑を零す。



「別に眠くなったら先に寝ててくれて構わないが?」
「え、あ、……はい」
「話は其れだけかね?為らば簡単なものしか作れないが夕飯でも食べるかね」
「い、頂きます」



きつく鋭いスネイプの眼差しと押し殺した苦い笑いを残し、スネイプが立ち上がれば、反射的にが目線高いスネイプを見上げた。
途端に真っ赤になった華麗な容姿、小さな犬の仔の様な頭にスネイプが手を添えると、まるで感電したかのような勢いでが過剰反応する。
それがあまりにも解り易すぎて、スネイプは愉悦の滲む凄艶な苦笑を向けた。
別に其処までの反応を期待した訳では無かったが、つい思いを口にしてしまった事を後悔したスネイプは、逆に別の意味で後悔を知ることと為った。


講義の最中に姿を垣間見れて声を聞ければ満足だった筈が。
夕食終了後に自室で紅茶を飲みながら消灯時間までを共に過ごすだけで充足されていた筈が。
気が付いて見れば、共に過ごす時間が増えれば増えるたびに、更に多くの時間を工面したいと云う欲求に支配される。
如何足掻こうとも、時が来れば世界から消えてしまうとの時間を、より一秒でも多く過ごしたいというのは、男と云うより人間としての本能だろう。
今までは欠片残った理性が有りっ丈の力で内側から抑止してくれていたのだが、最近は外側からの欲望に圧されっ放しだ。
共に過ごす時間を一秒でも多く、寝る時でさえ共に在りたいと思うのは、自分の我がままだったか。欲ばかりが大きくなって、手に負えない。
いつからここまで堪え性のない男になったのか。浅い溜息吐けば、はそれに反応し、細い肩が跳ね上がった。


「では其処で待っていなさい」
「え、あ…私もお手伝いします」
「客を持成すのが部屋の主の務めだという古い言葉を聞いた事があるかね。」


苦笑を滲ませた浅く吐いた溜息のような息と共に落ちてくる言葉に、は小さくかぶりを振った。
ホグワーツの教師と云う立場に居ても、立場と血と階級が物を云うオーダーメイドのローブを隙無く着こなしたスネイプは、黒以外の色味を持たない髪をかき上げると掌の隙間から、夜の色をした目をちらりと覗かせてくる。


「大人しく此処で待っています」
「夕食が出来上がるまでの間暇だろう…、其処にある本を適当に読んでいて構わない」


其れだけ告げて、スネイプは外套を翻し、自室の奥へと消えて行った。

そこ、とスネイプが指した場所を見上げた視線の先には黄ばんだ羊皮紙があり、そこに綴られた文字ときたら真昼に土の上で蠢く蟻のようで、右往左往とまるで落ち着きがない。
本と云うよりは、魔法が施された絵本のようで、文字が引っ切り無しに動いているものだから、何処が始まりで終わりかが判らない。
読めないから動くなと声をかけようと口を開いたのだけれど、元来魔法で作られた本なのだ。動くことにこそ、意味がある。
意図に気付いたは一冊の本を手にとって、ぱらぱらと捲り動く文字を追った。



其れがスネイプの昔の日記だと気付くのは、もう少し先の話だった。
まぁ日記と云うよりも、主に日々の講義の内容を綴った予習・復習の為の日記でしかないのだが、にして見れば一生見ることも無い学生時代のスネイプを見詰めながら頁を捲る度に妙な不安要素が競りあがって来た。


若しかしたら、母である桔梗に対する想いの丈を綴った文章も、この中に出てきたりするのだろうか。


だとすれば、例え今の状況があったとしても、見ることが躊躇われた。
胸面は変わらず凪いだままで、どこまでも静穏だったけれど、感情の欠片が音も無く落剥する。
瞳を縫い止めた状態で、手にしていた文献を閉じて棚へと戻すと、胸奥を揺さぶられて嫌な焦れったさを抱いて仕舞った事を後悔しながら、は近付いてくる、規則正しく乱れの無い硬質な音響を待ち侘びていた。







































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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/10/19