| last scene ![]() day-72 :唇が触れた瞬間、心の中の闇は失敗した水彩画のように色をつけ、淡く滲透する 1 昨日の豪雨が嘘の様、蒼穹に晴れ渡った日和も良かったのか、クィディッチ競技場丘からでも充分にクィディッチの練習試合が観戦出来た。 ハリーが去った後、箒に跨ったドラコがを目聡く見つけ、一陣の風と共に急降下し愛しげに薄蒼の瞳を細める。 ハーマイオニーが隣に居る事もお構い無しとばかり、と愉しげに会話し、ドラコを呼びに来たスリザリンチームメイトに叱咤されるまでドラコはの隣を 陣取り、『こんなにも彼は口達者だっただろうか』とハーマイオニーが思案する程様々な話題を提供していた。 「それじゃあ、僕はもう行くよ。また、夕食の時な、!」 そう穏やかに言い、来た時と同じ様にルシウスから与えて貰った高級箒に跨っては空を翔けて行く。 見上げるハーマイオニーは、明らかにドラコの雰囲気が変わったと素直にそう感じて居た。 雰囲気が変わったと言っても、ハーマイオニーが今まで経験してきた 様な嫌悪感を抱くようなものではなく、何と表現すれば良いのだろう、大人に為ったというか相手の事を思い遣るように為ったというか。 勿論、ドラコがそうする相手は独りなのは変わりの無い事実。だが、其れでも充分だった。 ハーマイオニーが知る処では、先ずハーマイオニーに一つや二つの蔑みの言葉を投げてから、との会話をしていた筈だ。だが今日のドラコはハーマイオニーに対して、存在自体無視に近いものがある。 其れは其れで別に友好的なもので無いのだから問題ないのだが、普段とは違う態度に正直戸惑いが半分。 だが、如何転んでも友人になど為り得ない人間の事を彼是と画策しているのは時間の無駄だと諦めたように、ハーマイオニーは脳裏からドラコの姿を消して溜飲 の気持ちが下がった。 「あ、そうそう、昨日の夜、面白いことをロンから聞いたのよ。」 「なになに、笑える話?」 無邪気に言うハーマイオニーに、は笑う。 蒼穹の空で繰広げられるクィディッチ練習試合を傍らに見詰めながら、時折歓声に似た声援を送り、若草の上に腰を落として他愛無い話を続けていた。 初夏とは云え、太陽の陽射しが劈く様に肌を刺しているのに、二人は室内に入ろうとせず、自然に身を任せるように其処にあり続けた。 「私も初めて聞いたんだけどね、『エディブル・フラワー』って言って」 「エディブル・フラワー?」 初めて聞いた花の名に、は思わず首を傾げた。 フラワーと云う位だから何かの花の種類なのだろうか、と胸中で彼是想像して見ても、思い浮かぶ花はひとつとして無い。 元々生きていた時間が短すぎるのだから、自分の知らない種類の花など広い世界には たくさんある。では、エディブル・フラワーとは一体どんな種類で、何色の花弁を付け、何時咲く花なのだろうか。 「ねぇ、どんな花?ちょっと名前からは想像が付きにくいんだけど…」 紅い花かも知れないし、黄色い実を付ける花かもしれない。 蒼い花弁かもしれないし、一重ではなく八重かもしれない。 もしかしたら、【花】と云うだけであって、眼には見えない小さな花かも知れないし、逆にの顔よりも大きな花かもしれない。 知らない間に『エディブル・フラワー』について妄想を膨らませていれば、ハーマイオニーの「違うわよ、」、の一言でが破顔した。 そんなもの、聞いた事が無い、と興味津々に問い掛ければ、ハーマイオニーは昨日ロンとハリーと話した出来事を笑いながら話してくれた。 「…え?本当に?」 「勿論、本当よ?マグルの世界でも、ちゃんとそう云う習慣があるんだから。…あ、そうよ、スネイプ教授に聞いてみたら良いんじゃない?魔法薬学教授で植物コレクターだもの、きっと知ってるわ。」 ハーマイオニーは微笑んだ。 は驚愕に眼を見開きながら、ハーマイオニーの言葉が本当なら、自分も試してみたいと素直に思う。 この時はそう、同じ話をスネイプともう一度する事に為るとは、露も知らずに。 同じ寮に住む生徒と擦違いながら、「くれぐれも廊下を走る事など無いように。」と先日受けた注意を忠実に護り、は大聖堂を抜けて足早に廊下を進む。 冷えた石畳が続く階段の一番下、魔法薬学が行われる教室のドアは程なくしての前に、見慣れた石造りに似た造りの姿で現れた。 扉の前で一呼吸、序でに深呼吸までしてみた。 すぅ、と息を吸って、吐いて。僅かに震える掌で拳を作り、軽く二回ノックすれば、馴染んだ部屋主の声が鼓膜を 掠める。 「・です。」 「入り給え」 短く言えば、入出を了承する答えが返ってくる。 「…失礼します」 扉を細く開けると、薬草や漢方の草木の香りと僅かに黴臭い様な乾いた空気の匂いが、の嗅覚に流れ込んだ。 昨日も変わらずこの部屋で講義を聞いた。 隅々まで知り尽くした、と言えば語弊があるだろうが、がホグワーツに来て図書館の次に足を運び馴染んだ部屋の 匂い。 顔半分ほど開いた扉の隙間から、部屋の中が垣間見れる。窓扉が閉まった部屋の中は、殆ど灯かりが付いていないように薄暗く、教卓の上のランタンの灯かりだ けがいやにはっきりと存在を誇張している。 其れ以外は濃く為りつつある灰色に染まっていた。 此処から見える板張りの床も、羊皮紙が山の様に積みあがっている教卓も、魔法鍋が幾つも掛けられている実験用の暖炉も、薬草やホルマリンの瓶で溢れ返った 薬品棚も、薄暗闇の中で何の変わりも無い。 けれど、魔法薬学研究室の扉を手で押さえたままの格好で、は動きを止めていた。 そんなを怪訝そうに見詰めるスネイプは、忙しなく走らせていた羊皮紙から羽ペンを上げ、インク壷に投げ入れる。 ぴしゃん、と跳ねた水音が、静寂の帳落した室内に不協和音の様にヒドク響き渡った。 「……入らないのかね、。灯かりを落としたのが気に入らないなら灯かりを燈そう。」 「いえ、結構です!そう云う意味ではなく…」 咄嗟、何か胸の奥底にある得体の知れない感情が重く密度を増し、の手を鈍らせていた正体を打ち払うように、隙間に身体を滑り込ませ後ろ手に扉を閉め る。 眼の前にある何時も通りの研究室、昨日も変わらず訪れていた筈の魔法薬学の講義が行われる部屋、なのに何故だか違和感が止まらなかった。 部屋の明かるさの所為だろうか。 いや違う、何かの知らない靄のようなものが、胸の中に広がってゆくような感覚。 心臓の辺りに重く広がる其の得体の知れぬ感情は、鼓動を圧迫する様な、生重く息苦しい様な感覚。 だが決して不快ではない。慣れ親しんだ筈の室内、其処に居るのがスネイプと二人だけだと云う位しか違いが無いと云うのに。 とスネイプの、二人だけしか、居ない。 …二人だけしか。 「…………あ」 ふ、と気が付いた。 あぁそうか、この慣れ親しんだ部屋に、昨日の今日で二人だけで居るから違和感を感じるんだ。 突然胸の中にすとん、と落ちてきた違和感の正体に、の思考は其の類推を拒否した。 一歩一歩と教卓へと足を運ぶを余所に、スネイプは唯眉根を寄せてを見ていた。 そうして、教卓の眼前で静かに止まった足音を皮切りに、スネイプは静かに口を開いた。 「如何したのかね」 「え…と、スネイプ教授と二人だけの魔法薬学研究室は今まで幾度も経験してきましたが…今日はちょっと違うな、と思いまして」 「…………………」 「あ、別にそう云う意味ではなくてですね…、その何と言えば良いんでしょう、上手く言葉が…」 「…………………」 「其れより、あの、スネイプ教授、私を呼び出した理由は…」 狼狽し、躊躇いがちに話を摩り替えた言葉に、スネイプの無感動な黒い双眸が、す、と細められた。 インク壷に浸された羽ペンはもう今宵は用済みらしい。 乱暴に蓋を掛けられ、採点途中の赤で埋め尽くされた羊皮紙は一振りされた杖の先から放たれた魔法に よって、綺麗に棚へと仕舞いこまれる。 一瞬で機嫌を損ねてしまっただろうか。 心の臓を凍らせたがスネイプを仰ぎ見れば、彼はから視線を外したまま言葉を続けた。 「――――――セブルス、だ。二人きりの時はそう呼べ、我輩は四六時中お前の教授を遣って居たくは無いのでな。」 突然の異常とも言える言葉に、はスネイプの言っている事を一瞬では理解し切れなかった。 不機嫌だったら如何し様、如何謝れば少しは機嫌を直してくれるだろうか、数点程度の減点なら…と本気で考えていたは、想像もしていなかった話に薄紫の 瞳を見開いた。 だが、普段の素行からは到底想像付かない言葉を吐き出した張本人は、ごく普通に「シンミョウコガネは丁寧に刻んで魔法鍋に入れたまえ」と言っているよう な、風体だ。 判ったかね、と確認を求めるスネイプに、難解な質問の答えを求められているように逡巡したは暫し迷い、やがて、酷く小さい声で名を呼んだ。 セブルス、と。 視線を落とし、小さな白磁の頬を薔薇色に染め上げながら、言い難そうにが言った名前。 羞恥からか俯いた影から垣間見えた、の顔に掛かる漆黒の絹髪がさらりと流され耳に掛けられる。 はっとが顔を上げれば、音無く移動してきたスネイプ が隣に立ち、真直ぐにを見詰めていた。 「呼び出したの理由は何か、と聞いたな。」 最早癖の様に眉根を寄せ、短く告げた言葉に、は無言で頷いた。 昨夜も今朝もずっと一緒に居たと云うに、妙に心持気恥ずかしい感情が胸奥競りあがって、如何してもスネイプを直視できないは知らず知らずのうちに俯き がちに為る。 だが、問答無用で思考回路に刻みこまれた”限られた時間”と云う制約がの柔な心を奮い立たせ、少しでも同じ時を共に、と徐々にスネイプを視界に映し込 む。 「用事が無ければ呼び出しては為らんのか」 告げられた言葉に、今度こそは驚愕した。 其れも、何処か微苦笑に似た声が聞けたのは自分の耳がついに壊れてしまったのではないかと、案じる程だ。 だがそんなの心配余所に、スネイプは至って大真面目に話をしているようで、中々答えを寄越さないに小さく息を吐く。 溜息とも取れない小さな吐息、掛かった髪に弾かれる様にが勢い良く顔を上げる。 「用事が無くても、私が来ます。セブルス、貴方の傍に。」 刹那、スネイプの視界を全て覆う様にに飛び込んできた大きな菫色の瞳に、思わず息を呑む。 ふわりと黒橡色の髪を揺らし、その下から覗く華麗な容姿は、吸い込まれそうな愛らしさ。 鮮やかな色彩の華にスネイプの思考が止まる。 あぁ、こんな一回りも歳が下の子どもに、骨の髄まで落ちているのだ、と改めて気付かされ痛烈に胸が抉られた。 [ home ][ back ][ next ] (C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/9/26 |