| last scene ![]() day-71 :触れるだけで壊れそうな硝子の君、僕の腕で力一杯抱き締めることが出来たなら 今日の空は飛び抜けて綺麗と云う訳でも無いが、思わず見上げ魅入ってしまう程澄み切っていた。昨日の空を思い出すことはもう出来ないけれど、今日と同じ様 な澄んだ空が広がっていた気がする。いや、昨日だけでは無い。此処最近のホグワーツの空、雨が降らぬ日は初夏のけぶるような蒼さが唯無限に広がっている様 な錯覚を帯びた。 普段と変わらぬ蒼い空と言うものは普遍的であって、”時間が経っても変わらぬ存在”と云う響きに、何処か神秘 的なものを感じる。 ハリーはクィディッチ競技の練習で使用する箒を携え、フィールドに足を踏み入れた途端に滲入してくる、キラキラとした光の法線に孔雀緑の双眸を眇める。光 に目を焼かれる寸前に確かに網膜に映った筈の、見慣れた二つの存在は明度の高い陽光に黙殺される事無く、ハリーの視界に飛び込んで来た。 宝物でも見付けた様に嬉しそうに破顔して、ゆっくりと息を吸い込み吐き出す。 「、ハーマイオニー!」 熱さを持った夏の風が吹き抜ける広大なクィディッチ競技場。 箒片手に疾走してくる小さな翳りが発した嬉々とした馴染みの声に、若草の芝生に背を預けていたとハーマイオニーが空から視線を引き剥がし、身体を起こす。 「ロンは兎も角、ハリーは相変らず元気ね。」 慌てて走って来なくても良いだろうに、安穏とした足取りで歩いてくるロンとは対照的に旗取り競争でもしている様に懸命に走るハリーに、ハーマイオニーが心 の中で微笑んだ。 昨日逢えると思っていたのに思わぬ邪魔が入って逢瀬が果たせなくなり、今朝は今朝で魔法省の人間と謁見するから、とダンブルドアに突っ撥ねられ、姿見れぬ 噴出の矛先をクィディッチにぶつける、と公言したのが昼食の折。 一秒でも早く逢いたいのだろう。 小高い丘を登る事すら億劫なのか、力任せに芝生を踏み付ける様に駆けて来たハリーは切らせた息其の侭に開口一番、 「、僕は君の事が大好きだ。君が誰を想っていても、僕は君が大好きなんだ」 肩で息をし、短く呼吸するハリーの口から飛び出た突然の愛の告白に、ハーマイオニーもも固まった。 文句一つ付け様も無い青空の様な爽やかな微笑み引き下げて、「おはよう」と朝の挨拶でもするかのようにさらりと言ってのけた科白の重みは、やはり愛の告白にしたら幾分軽いだろう。 だが、愛の告白に重いも軽いも在ったものではない。 未だ嘗て、自分が告白された経験も無ければ現場に偶然居合わせた経験も此れが初めてであるハーマイオニーにとって、今の状況が普遍的なものなのか例外的なも のなのか、区別を付ける事が出来ない。ハーマイオニーに出来ないのだから、もまた然り。お互い顔を見合わせて画策するどころか、文字通りとハーマイオニーは放心状態に陥った。 大体、一日ぶりに顔を突き合わせたのだから、最初に言う言葉があるだろう。 「おはよう」でなくとも別に構わない、せめて「やぁ」とか「お帰り」とか。有り触れたもので無いのならば、「今日はスリザリンとの練習試合なんだ」とか。 後を予想させるような言葉でなくとも、他愛無い話で良いからせめて、その科白の前に前置きの一つや二つは。 だが、ニコニコと実に嬉しそうな笑みを塗して眦を緩ませるハリーは、の返答を聞くまでも無く「此れからクィディッチの練習なんだ、良かったら二人で其 処で見ててよ。」と言い残してきた時と同じ様に颯爽と翔けて行った。 一陣の風が理由無く悪戯交じりに人間の髪を撫で去って行く様なハリーの態度に、ハーマイオニーとは両者立ち尽くした侭視線を交錯させた。 ぽかん、と口を開けっ放し状態にだけは為らなかったものの、数本のシナプスが焼き切れた様に思考回路が低迷している。 「あ、の……如何云うことかしら、私には『昨日またスネイプに減点されてさー…あ、もう試合だ、今日は勝てるかな』的な会話のノリにしか聞こえなかったん だけど…」 「いや、私にも同じ様に聞こえ…た気がする。」 「その、今更なんだけど、ハリーは貴女を好いていて…其れは結構前から私もロンも知っていて、だからきっといつか貴女に告白するんじゃないかしらって思っ てたわよ?思ってたけど…ちょっと此れは流石に計算外だったわね。『週間魔女特別号〜貴女がされた印象深い愛の告白総集編〜』にも載ってなかったし、何より、あの一 方的な言い草はなに?」 一言突っ込みたくなる様なネーミングセンスと特集が組まれるティーンエイジャーに人気の週刊誌を、事もあろうかあの秀才勤勉少女ハーマイオニーが定期的に 購読している事も意外と言えば意外で肝を抜かれたが、其れより更にハーマイオニーが口走った事実には薄紫の双眸を見開いて問い直す。 「え、ちょっ、待って、ハリーが結構前からって?」 ハーマイオニーは心此処に在らずの面持ちで何時の間にか千切れ雲が姿を消して果てなく蒼だけが広がる空を仰ぐ。 独り連綿と考え込むように顔を顰めているハーマイオニーに気付いて貰おうと、着流しているローブの裾を強く引っ張ってみても、一向に気付かない。 否、若しかしたら気付かない振りをしているのかもしれないが、ハーマイオニーは固まり掛けた自分の思考結論を全て吐き出さぬ事には、気が澄まない性分らしい。 次いで、関係者以外立ち入り禁止の様な疎外情緒たっぷり漂い、独り蚊帳の外に放り出されている様なに、ハーマイオニーからの決定打が放たれる。 「YesもNoも聞かずに一方的に自分の想いだけをぶつける告白って如何なのかしら?私には理解できないわ。そりゃあ、の恋人があのスネイプだって 知ってれば告白したところで自ら振られに行くようなものだけど?」 大きな瞳を眼一杯見開いていたが、急に顔色を空に映し込んだ様に蒼白気味に為る。 滔々と言葉を零していたハーマイオニーの言葉を遮るよう、小さな両手で無理矢理『こっちをみろ』と顔を自分のほうへ向けた。 落ち着け、自分!とは心の中で自分へしきりに言い聞かせながら、自分の稚拙な鼓膜が掠め取った言葉が如何か聞き間違いで有ってくれと切に祈り、尋問の様に問う。 「――――――――――――――――――――――――あ、の、今なんて仰いました?」 「え?だから、YesもNoも…」 「違う、其の後よ、其の後!!!!」 「………の恋人があのスネイプだって知っていれば告白したところで自ら振られに行く?」 はらり、と花弁が舞い散るように、ハーマイオニーの柔らかい頬からの両手が零れ落ちた。 がっくりと肩を落として放心状態に近い蛻の殻の表情を晒すに、ハーマイオニーは自分で口に出した事をすっかり念頭から忘却し、今にも芝生の上に倒れこ みそうな華奢な身体を支える様に肩を掴む。 「、如何したの?」 とりあえずそう言葉をかければ、項垂れた様に垂れた顔を上げ、ハーマイオニーに向き直ってくる。 丁度太陽を背に受けて貌の輪郭に翳りが見える所為もあるのだろうが、間近で見詰めたの顔色は本当に悪い。 何処か悪いのだろうか、急激に具合でも悪くなっただろうか、此の侭マダム・ポンフリーのところへ連れて行くのが懸命ではないのか。眉を潜め、蜂蜜琥珀の瞳 を眇めたハーマイオニーの表情をも気に病む事なく、は蒼白な顔色の侭真っ直ぐに見つめ返す。 小さく薄い唇は僅か震えているようにも見えるのは、気の所為だけではない。 「ど……如何して、ハリーが私と教授のことを?若しかして、ホグワーツの生徒みんな知ってるんじゃ…」 予想だにしていなかったその言葉に、ハーマイオニーは一瞬目を丸くする。 だが直ぐに言葉の意図を読み取って、安心させるように…笑ってやるつもりが其処まで配慮が足りていなかったのか、危惧していた事態には為っていない事は伝えたモノの、肝心な部分で配慮を欠いていた。 「多分、他の生徒は何も知らないと思うわ。寧ろ、貴女が疎まれた侭だと思っている筈よ。ハリーが気付いたのはそうね…確か、貴女がスネイプに温室に呼ばれた日だったかしら」 ハーマイオニーが思い出す様に言えば、具にが鮮明な記憶の糸を手繰り寄せる。 スネイプに温室に呼ばれた日。 そういえば、あの日ハリーにクィディッチの練習に見に来ないか、と誘われて、スネイプに呼ばれていると断ってしまった記憶がある。 確かにスネイプに講義終了後に呼び出されていると言ったが、あの日の自分の行動の一体何処に、スネイプと付き合っていると悟られる様な場面が有っただろう。 …いやまて、冷静に考えてみれば、あの時は確かにスネイプを一重に声にも出さずに想って居たが、付き合っていたどころか、対外的に見ればスネイプに疎まれていたと言っても過言ではない。 少なからず、納言草の一件以来スネイプの態度が軟化したことには軟化したが、打解けたというには程遠い位置に居た筈だ。だのに、何故ハリーは勘付いたのだろうか。それも、憶測等ではなく、決定打として。 考えれば考えるほど、純粋な疑問が浮かび上がってくる。今直ぐハリーを此処へ連れてきて問質したい位だ。 「………あの頃は未だ付き合ってなんて……」 「ハリーから直接聞いた訳ではないから何とも言い様が無いのだけれど…その、何か些細な切欠で直感が働いて気付いたんじゃないかしら?ほら―――――――好きな人を見詰めていれば、其の人が誰を見詰めているかなんて、判りそうなものじゃない?」 ハーマイオニーの言葉の後、僅かな沈黙が、あった。 「ハリーの事は、別にが気にする事無いのよ?ハリーだって、別にスネイプから無理矢理貴女を奪って自分のものにしてしまおうだなんて、無謀で無粋で不躾で最低レベルな事は考えて無いでしょうから。」 「う、うば……奪う!?」 「そうね、あのマルフォイならそう考えもするでしょうけど…ハリーは多分駄目ね、貴女に嫌われる事と貴女を手に入れる事を天秤に掛けたら先ず間違い無く、今の状況を選ぶと思うわ」 如何して此処でドラコの話が?と易々と聞ける程の思考回路は活発に活動している訳ではなかった。 だからが言葉を紡ぐより先に、何時もと変わらぬ笑みを作り上げたハーマイオニーが静かな口調で囁く。 「だからね、私が頼むべき事ではないのかもしれないけど…ハリーの気持ちを聞いて無視する様な真似を頼んでいるのだから、が辛いのかもしれないけ ど…、昨日までと何も変わらずに普通でいましょう?」 「折角友達になれたんだもの、こんな事で壊したいと彼も思っていない筈よ。思っていたらきっと、一生彼は貴女に告白なんてしないわ。」 耳を介し、一種の残酷な台詞を脳に流し込んで意を咀嚼しても、の秀麗な顔が歪むことは無かった。 「そうだね」と緩く吐き出した息と共に告げ、柔和に、哀しいような、何処か困ったような微笑を形造る様は、むしろ酷く綺麗なものでしかない。 「其れにスネイプも知っていながら、知らぬ振りをしていることだもの。貴女が眠っている間に…本当に色々な事があったのよ。」 其れは追々スネイプから直々に聞いた方がきっと良いわ、と言ったハーマイオニーの微笑みに、ほんの一瞬、微細にぎこちなさが滲んだ気がした。 「そうだね、やっぱりスネイプ教授に昨日の事を聞こう、そうしよう」 「あ、駄目よ、、聞いていいのは当たり障りの無い事だけよ?」 「勿論、”誰から聞いたのかね”とか聞かれたら、”さぁだれでしょう”って返しておけば良いんでしょ?判ってるって」 不敵に微笑み、ご丁寧にウィンクまで披露しそうなの表情に、ハーマイオニーは背に抜ける冷えた汗を確かに感じた。 「ぜ、全然判って無いわよ――――――――――――――――――――――!」 あぁ、私やっぱり次の講義でスネイプに腹いせの超難問ぶつけられた挙句に答えられなくて、数十点の減点を食らうんだわ…! と悲嘆にくれるハーマイオニーの言葉が響き、の笑い声が木霊する。 夏の風に伸び始めた芝生が揺れ、クィディッチ練習試合のホイッスルが時々風音に紛れる様に響いている。 ホグワーツ城の尖った塔が、芝生に暗い影を落とし、遠くで陽炎が立ち昇る中ホグワーツ湖の景色に夏色を滲ませている。 其れは、もう二度と訪れることの事の無い、初夏の話だった。 [ home ][ back ][ next ] (C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/9/16 |