last scene




day-7 : 其々の、夜




スリザリン寮・寮監督…Severus Snapeは険しい表情で宙を睨んだ侭、音の消えた廊下を独り歩いていた。
まるで周囲を威嚇し睨み付ける様な形相を崩さない其の様に、漂い始めてきたゴースト達も不安げな表情を隠そうともせずに脅えた様に上から彼を見下ろしてい た。
空気其のモノを震え上がらせる様な冷気の中、虚ろに左右に伸びる廊下には冷え切った空気と静寂が満ちていた。


「 聞えないものが聞えるようになっただと? 莫迦莫迦しい。 」


其れは薄暗闇に漂う小さな埃みたいな独り言だった。
最近余りに双子の悪戯が過ぎると苦情が出、如何やら其の時間帯が夜半過ぎを回った頃合に頻度が増すと囁かれ、交代制でホグワーツの見回りに出なければ為ら なくなった。
全く、面倒な事を。
暗がりの中、早めに見回りを終らせて研究に没頭しようと自室の扉を開け、後ろ手に閉めた時。そう、あの時。
広大なホグワーツの敷地内、全てに満ち渡る空気を振動させて鼓膜に直接響く様な音を聞いた。

最初は、ただ、違和感を感じただけだった。
所詮はホグワーツ、冷気漂わせる魑魅魍魎の類など居ない方が可笑しいと噂される程の場所。だからこそ、気にも留めず面倒なこの作業を早めに終わらせようと 一歩足を前に踏み出す。
次いで、二度目の違和感を感じた。
其れは鼓膜が不意に重くなるような耳鳴りに近しいもので、一体何の前触れだろうかと眉を寄せた、瞬間。


声が、聞えた。


空虚な空間に絶えず振動し、聞いた覚えの有る様な無い様な如何にも胸糞悪い収集の付かない感覚。
空耳かもしれない、不確かな感覚。けれど記憶を頭の中で反芻する内に、押し留めていた記憶の残滓の様なものがゆっくりと流れ出す。
たった一度の、空耳の様な呼びかけ。石畳をゆっくりと登り、左を行けばグリフィンドール寮、右を行けばスリザリン寮。
合い成す境界線の様な其の位置まで立って、スネイプは何故か踵を右に返す。
本来の目的であるグリフィンドール寮に背を向けて、蹉跌が磁石に吸い寄せられ、引寄せられる様に。


「 …其処で何をしているのかね、。 」


行き当たった先に居たのは視界に入れる事すら疎ましい曰く付きの転校生。
咄嗟に声を掛けてしまったのは、己でも理解し難い衝動から来るものだった。
見ない振り、聞えない振り、存在を認めない振り。
そんなものは幾らでも出来た筈だのに、全て無かった事にして踵を返す事等躊躇う以前に好んでしていた事だっただろうに、次に起きた行動…折れそうな陶器の 腕を摑んで言葉を投げていた。其れも、意識しない間に。

摑んだ腕は、微かに、震えていた。

ホグワーツ内は確かに冷え冷えとした空気が立ち込め寒いといっても良い温度だったが、他人の肌…其れもローブの上から触れて露骨に判るほど、の温度は 低かった。
身動ぎもせず、突然腕を捕まれた事に酷く脅え、叱られた子どもの様に頭を項垂れ焦点を合わせない薄紫白淡の瞳には薄っすら水膜が張られていた。

瞬間、酷く近くから、また、聞えた。

今度ははっきりと、脳髄にまで染み渡る様な小さく凛とした鈴の様な声が、確かに耳に届いた。

---------- 助けて、誰か。

腕を摑んだ少女に温もりが宿るのと同時、音の無い音が全て凝縮して漸く心に染み渡る一つの言葉を搾り出したかのような痛烈な叫びに似た内なる声が、確かに 少女の声で伝わった。




プツリ、と張り詰めた緊張の糸が切れた様に突然訪れた静寂に包まれた蒼い夜色に侵食された世界。
濁りの様な雲に覆われ蒼い光りを僅かに輝かせるのが精一杯の月を見上げて、再びは吐きたい溜息を殺した。
スリザリン寮の談話室に駆け込む様にして滑り込み、パタンと小さく音を立てて閉まった扉に凭れかかる様にしてズルズルと其の侭地面に座り込んでしまった。
腰が抜けた様に重たくて、立ち上がることすら億劫で、は諦めた様に其の侭の体勢で視線を上げた。
其処に映り込んで来たのは、空も木々も草原もクィディッチ競技場も、あらゆる全てのモノが深い夜色を湛えた蒼色の闇の中に沈み込んで居舞う様な錯覚感を 伴った情景。
ホグワーツ全体に靄でも掛かった様に闇に煙り、何もかも全てのものが時を停滞させてしまったかの様に唯静かに其処に在った。


「 …如何して、どうして… 」


図書室から一歩外へ出た瞬間、突然誰も居ない何も無い世界に独り放り出された様な虚無感に包まれたは、無我夢中で石畳の上を歩いた。
肺を侵すかと思う程に凍り付いた空気は絶対零度の温度を以ってして大気に其の存在を誇示するかのように冷え冷えとし、冷たい空気を吸い込んでいるという実 感すら持てないまま、生命維持本能的に息を吸っては吐いてを繰り返すだけだった。
時間さえも凍り付いてしまったのかと錯覚する寒中の中心に居る中で、聞えてくるのは妙に早鐘を打ち続ける自分の心臓の音と呼吸音。
迫り来る静寂の中に、聞こえない筈の音の様なものを感じた。耳鳴りに似た、感覚。聞えるわけでは無いのだけれど、聞えているのかもしれない、そんな曖昧な 音。
途端、恐怖が背を駆け抜けた。
立ち止まることさえ出来ず、次第に歩幅は大きくなって、肩で切る風の量も僅かに増えて。

息をする度に肺に満ちてゆく冷たい空気、呼吸が停止してしまったかの様に呼吸の感覚も早くなって、頬を抜ける風さえ感じなくなりから一気に現実感を奪 う。
石畳を歩く足音も、一歩一歩足を踏み出しては裏に伝わる感触も、酷くぼやけた様に薄らぎ、抜け出す事の出来ない永久迷路に叩き込まれた閉塞感がを襲 い。

如何し様も無くなって、心の中で、叫んだ。

誰か、助けて、と。


瞬間、腕を摑まれた。感じなかった筈の人の気配、見えることの無かった視界の端に映り込んで来た黒い影と、朝から厭と言うほど聞いた弾かれるように身構え てしまう低い声。
自らの腕を摑んでいた存在がスネイプだと知った瞬間、の身体から全ての力が抜け落ちた様な脱力感が駆け抜けた。


---------- あ、ありがとうございました。 お手数をお掛けして…申し訳有りませんでした。
お前の為ではない。 通り道だっただけだ。 判ったらさっさと絵を潜り給え。


スリザリン寮の前に辿り着いた時、静謐だった空気が其処から毀れ壊れて逝く様な感覚に包まれた。
規則正しい足音を立てて遠ざかって行くスネイプの後姿を見送りながら絵画を潜り、柔らかな橙の灯る焔を見詰め微かに聞えてくる夜更かし組みの生徒の声を聞 けば、押し潰されそうになっていた心臓がようやっと呼吸を再開出来た様な心地になる。
自然と吐いた溜息は、図書室から出て以来吐き出していなかった空気を一気に清浄した様な深呼吸に似ていた。


「 ……か? こんな時間にそんな処で何してる? 」
「 ド…ラコ? ドラコこそ何してるの? 」
「 僕は唯、談話室の焔が気になって見に来ただけだ。 そしたら其処にお前が居たから… 」
「 私は…図書館に居たら時間を忘れちゃって。
 誰かに見付かる前に戻らなきゃって気を張ってたから…気が抜けちゃった。 」

「 大分疲れてるみたいだが…本当に大丈…って、凄い冷えてるじゃないか! 」


扉に背を預けて座り込んでいたの華奢な腕は、を覗き込む様にしゃがんだドラコにの右手にしっかりと摑まれていた。
幼子の悪戯を叱咤する様な怒気を含んだ声に、の身体がビクリと震え上がる。其れはドラコに対して恐怖を感じたからか、其れともドラコに言い当てられ更 なる冷気が身体を包み始めた事を自覚したからか。
全身に、悪寒が走る。
身体の現実感が根こそぎ喪失して行く様な感覚に囚われ、感覚を失い始めた身体が重くもどかしい感覚に支配され始めようとする。

其の、刹那。


「 早く寝ろ。 これ以上身体を冷やすことは…僕が赦さない。 」


先程取り乱したに近しい感情を含んだ声とは魔逆の、酷く冷静で無感動な声がの頭上に降って来た。
と、同時、柔らかな重たいものも一緒に降って来て、頭から身体をすっぽりと包み込まれる様な感覚に襲われる。
薄暗闇だった視界が完璧な闇色に閉ざされ、脳髄に染み渡るような仄かに甘やかな薫りに瞳を細め、臥せっていた顔を上げれば其処に在ったのは呆れた様なドラ コの表情。

投げられたのは冷たい言葉と温かな彼のローブだった。


「 あ、あの…有難う。 」
「 ……あぁ。 」


去り際、男子生徒の部屋が集まる扉の前までドラコが足を進めた際、はようやっと言葉を紡いだ。
語尾が震えてしまっているのは寒さからだろうか。確かに今夜は異常な程の寒気が立ち込めていると思う。
思えば今日は、朝から全てが可笑しかった。雷鳴轟く事は有っても、ホグワーツ全てを浸水してしまいそうな程の勢いと体積を伴った雨が降ったことなど、ドラ コはホグワーツに入学して以来一度も経験した事が無い。
若しかしたら有ったのかも知れないが、眼も当てられない様な壮絶な事態になる前に、ホグワーツを取り仕切る優秀な教師陣が何等かの策を打つ筈。
其れすら無く、過ぎ去る事だけを祈る様に土砂降りを受け入れる等とは今迄前代未聞の出来事に近しかった。

出来なかった、のだろうか。

思いつく限りの策を講じてみても、自然の驚異には逆らうことすら赦されないのだと悟れといわんばかりに。


「 眠ることも出来ずに帰りを待ち侘びる等…酔狂か、クソッ… 」


後ろ手に閉められた扉は、咽喉を胸を切り裂いて全てを曝け出して問うた処で、其れでも意図が図れない有耶無耶な感情に名前を付ける事を恐れた者の呟きを静 かに封印してくれた。









































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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2004/9/9