| last scene ![]() day-68 :色褪せぬまま、零れ毀れ始めた時 「では、私達は此れにて失礼させて頂きます。」 ふわりと外套が舞い、不機嫌を貼り付けた侭のルシウスが従者を連れて歩き出した。 踏締めた靴の裏で堅い大理石が鳴く。規則正しい高官の足音が木霊する中、は変わらずに地面を見詰めていた。 自身が確かに世界に存在した証、求める事が傲慢だと判り切っていればこそ、ルシウスの従者が浴びせた罵倒の言葉が真っ向から心に突き刺さる。 其れでも、は自身が確かに此処に居た形だけの証を求めずには居られなかった。もう暫くもすれば形でさえも無い存在に為ってしまうのだ。眼が覚めた後全 てが夢だったと錯覚しない様に、錯覚出来ないように、かたちあるものが欲しかった。 けれど此処で再度口に出したところで何も変わらないだろう。だから唇を噛み締め、独り耐えていた。 「……あぁ、そう言えば」 従者がドアノブに手を掛け開いた瞬間、懐に杖を仕舞いこもうとした手を其の侭に、ルシウスが振り向いた。 吊られる様にも顔を挙げ、ダンブルドアの部屋へと吹き込んできた風に靡く髪に眇めた侭の瞳を、ルシウスに向ける。 銀嶺の雪山の様に鮮やかな銀髪は、無残に散らされてもやはり変わらず、麗容にルシウスを彩った。其れを見詰める菫色の瞳は、輝きを顰め、何処か不安に揺れ ている。 これ以上何を言われるというのだろうか、端的にそう感じさせる様な声色だった。 「私の息子が君に少々思い入れをしているようで…失礼をさせていたら申し訳無い。」 「え、………あ、……息子…さんですか?」 今日初めて逢ったばかりのルシウスの息子を知って居ただろうか、と瞳を揺らせたにルシウスは薄蒼の瞳を眇める。 名を名乗ったつもりだったのだが、所詮はつもりだけだったのだろう。マルフォイと云うファミリーネームが珍しいものか普遍的なものなのか、塔に幽閉されて いた期間が余りに長すぎた為区別が付くどころか考えもしなかったのだろう。 ルシウスは薄い笑み混じりに口を開いた。 「ドラコ・マルフォイ。愚息だ。」 「ドラコのお父様------------、」 驚いた様に瞳を見開いたは、もう一度ゆっくりとルシウスを見て、酷く優しい眼差しで微笑んだ。 「ドラコはお父様似なのですね。」 言葉に、ルシウスは息が詰るのを感じた。 ルシウスはドラコがに惹かれていることを知っていた。 普段は文など送って来る事の無い息子が飛ばしてきた久方振りの文に書かれていた懐かしいRevalue王国とのファミリーネームに、ルシウスの中に確か なる情壊の想いが込上げた。そうして、始まる事も無く唐突に終わりを告げた自身の恋を思い出した。 同じスリザリン寮、更にはヴォルデモート卿を共に崇高する身として近しく為る切欠は幾らでもあった。 スリザリン寮談話室、図書館、中庭、クィディッチ競技場丘、いつも子供染みた、他愛無い話をしていた。殊更にだ。 ルシウスは自分の気持ちに気付き、判っていながら気づかない振りをしていた。桔梗がヴォルデモート卿のものだと云う言葉は酷く簡単で単純だ。其れだけで、 ルシウスは自身の想いを 押し殺し二度と開錠せぬとさえ誓う事が出来たのだから。 「君は------------------父親似だろう、そんな風には笑わなかった。」 思い返してみても、彼女は何時も何処か悲しそうな表情を根底に縛り付けて無理に微笑んでいた様な雰囲気を漂わせていた。 本当に心許したものにしか見せぬ微笑みだったのだろうか、其れとも感情の全てを心の内に秘め覚悟した者が微笑む事など赦されぬと思っていたのだろうか。 少なくとも、ルシウスの記憶の中にある桔梗は今のの様に微笑む事は無かった。在るとすれば…つい先日再会した時が最初で最後だろうか。だが其れももう 二度 と、見れる事も在るまい。 桔梗は、と名を口にしようとして躊躇われ、判り易い感情にルシウスは自嘲を誘った。 駄目だ、此れ以上この親娘に関われば、其れこそ底なし沼に引き摺り込まれたドラコの様に、今まで築き上てきた物を根底から崩壊させる事になる。だから、敢 えて、幕引きを。 「其れでは----------------良い、余暇を。」 余計な話は極力避けたいのか、来た時と同じ様、慇懃に一礼したルシウスと従者は言葉短めに室内を後にした。 廊下に響く足音を聞きながら、小さく息を漏らしたに、幾ばくか離れた位置から声が投げられる。 「さて、。昨夜の話も色々と聞きたいところじゃが、彼等が待っておるのではないのかの?」 微かな笑みを携えた瞳を向け癖の様に顎鬚を手ぐしで梳かし、ダンブルドアは緩やかに扉を見遣った。 言葉に、昨日は夜中とは到底言えない様な時間に寮へ帰還し、机の上に届いていたダンブルドアからの手紙に慌ててベットにもぐりこんだ事を思い出した。 あれから朝食も取らずに突然の訪問を期して来た魔法省高官との謁見、は友人の誰にも逢っていない。ドラコやハリーたちは兎も角、ハーマイオニーには 言葉少なく別れた為、若しかしたら心配を掛けているかもしれない。 「あ、あの…私この辺で、」 「そうじゃの、わしとセブルスは話があるから先に寮へ帰ってなさい。 昼食は寮の部屋に届けさせて居るから、安心してよいぞ、今日はハニートーストじゃ。」 パチリとウィンクして見せたダンブルドアに微かな笑みを混ぜた瞳を返し、小さな掌がギィ、と音を鳴らして目前の扉を押しやる。 白い仄明かりが視界に広がり、別れの挨拶を告げてその場を去ろうとした。その次の瞬間に。 「20時に、魔法薬学研究室に来たまえ、」 降りて来た言葉、近くなった距離に、は唯瞳を細める。 反してダンブルドアは驚きを隠せず瞳を見開くと、ただスネイプが言い放つ言葉を聞いていただけだった。 「判りました、スネイプ教授。其れでは、失礼致します。」 ゆっくりと一礼し部屋を出て行ったを見送ったダンブルドアは、もう一度顎鬚に指を絡めて梳くと、隣に置いた男に眼を遣った。 「---------------なんじゃ、案じずとも、関係を作ってみたのかのぉ、セブルス」 そう問い掛けてくるダンブルドアの声に、スネイプは伏せていた顔をあげた。 本来であればダンブルドアとさえ出席すれば良かったであろうこの謁見、何故に部外者の自分が呼ばれたのかと思案していれば事実はこう云うことか。いた く納得がいった。 「誤解されるような発言は控えて頂きたいのですが。我輩は別にと関係を持った覚えは在りません。」 薄い自嘲混じりの答え。申し合わせた様にはぐらかすような言葉に、ダンブルドアは溜息を吐きそうに為るが、あのセブルス・スネイプだ。あっけらかんと自身 の胸の内を晒す事が在ろうものなら天変地異の始まりだろう。そう自分に言い聞かせ、如何にか其れを堪えた。 本音を隠し、自分の心を裏切ってばかりいては、大切な事にも気づけなくなるというのに。 そう助言しかけ、ダンブルドアは言葉を殺した。 が消えた方向を見詰めたスネイプの眼差し、今日だけでは無い、スネイプがを其の瞳中に映し込む時は何時も酷く柔らかいものに変わっている事を知っ ていた。普段は怪訝そうに揺らぐ其の瞳が、心の内に人を踏み込ませない男が、慈しんでいるのは、だけだ。 此れが唯の気紛れや暇潰し程度ではないと云う事に、ダンブルドアも気づいていた。でなければ、一介の女子生徒と教師との恋愛など認められる筈も無い。 「わしはのぉ…セブルス。あの子どもに何もしてやれぬのじゃ。 若しかしたら今でさえ心の片隅では悔いているのかも知れぬ、本当はあの場所から連れて来た事自体が過ちだったのでは無いだろうか。手を差し伸べることが偽 善であり、あの侭で居た方が…。 出逢いが在れば別れも訪れる。だが、あの子どもに別れを…」 拳を強く握り締め、今にも泣き出しそうな子どもに似た表情は、スネイプの瞳を焼き付かせる。 温厚で慈愛に満ち足りたダンブルドアがこんな表情をするのは今回で三度目だ。一度目はと対峙したとき、二度目はホグワーツでの帰りを待っていたと き。三度目が此れで、四度目はきっと------------ ダンブルドアの言葉に、スネイプの表情には明らかに詰責の色が浮かんでいた。 「悔やむのでしたらが還ってからにした方が良いと我輩は思いますが。」 「…セブルス、わしはの、」 「用事がその件でしたら我輩は失礼させて頂きますが? 生憎、我輩は未だ来ぬ未来を案じ危惧し、失う事への不安と恐怖を抱き悔恨と慟哭に暮れながら過ごす事に、一寸の価値も無いのだと気付きましたゆえ」 失礼します、とスネイプはローブを翻した。 いち個人の感情を上司でもあるダンブルドアに投げつける事は得策ではなかったが、ダンブルドアはスネイプの思考を愚考だとは思わなかった。 後悔する事は簡単だ。だが、来ても居ない未来や未だ終わっても居ないことへの後悔は自分自身に自責の念を重ねて逃げるための口実を作っているに過ぎない。 楽、なのだ、自身の悔恨を言葉に吐き出して他人に伝える事は。そうする事で一瞬でも胸の内に燻った醜い負の感情を他人に移すことが出来、あわよくば同情や 慰めといった言葉がもらえる。 所詮は、ひととは有限の時間の中で、刹那の生命を散らす運命でしかない。其れが早いか遅いか、其の程度の差しか無いのだ。為らば出来る事は一つ、僅かで あっても限りある時間をどれだけ有意義に過ごせるか、だ。 だからスネイプは覚悟を決めたのだ。 内の感情を出さぬようにする事は最早不可能、此処で手放してしまえば、あの日以上の苦しみがスネイプを襲うだろう事を知っていた。後から悔いても遅いの だ、最善を尽くして尚結果を得られなかった時に一度だけ、悔やめば良い。 凄気を宿すスネイプの双眸は、この上なく不穏な鉄槌と化してダンブルドアの迷いが詰った心を、貫いた。 「-------------変わった、のぉ、セブルス。」 「…変わったのではなく、変えられた、のですよ、ダンブルドア校長。」 瞬時には決して悟ることが出来はしない、不可解な予言じみたその諫言に、ダンブルドアは穏やかに微笑んだ。 人は壊れた運命を見た時に、一体何を連想するのだろうか。 軋んで歪み捻じ曲がった運命は二度と元のかたちに戻る事無く、ひとは其れを見て、恐らく目を背けてやり過ごすことを考えるに違いない。 そうして誰もが、最後には己を悔恨し、どんなに自身で蔑んでみせても、己の呪縛に在り続けなければ為らない。 そう、嘗て過ちを犯した桔梗を見て尚、何も出来ずに居た愚かで無慈悲な世界と同じように。 [ home ][ back ][ next ] (C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/7/30 |