last scene




day-63 :例え不器用であろうとも、君を思うままに、君の思うままに






一向に背に回される気配無いの態度に、あぁ、そうか、とスネイプは心の中で納得する。
考えてみれば、生まれて初めて恋をしたと言っていた少女が、異性に抱き締められた際に如何すれば良いか等知る由も無いだろう。普通に生きて来た年頃の少女 なら未だしも、は6歳以来永遠とも言える時間、塔に幽閉されて来た。
数歩歩けば容易く一周出来てしまう様な小さく狭い光り射さぬ監獄の様な塔の中で、範疇を越えた想像が出来る訳も無いだろう。第一、恋をするどころか出られ る事す ら無いと思っていた位だったのだ、想像するだけ時間の無駄にさえ思える。

宵闇が無数の星を纏って夢幻の様に輝き続ける真夜中の様に、暗い静寂の中で生きて来た少女にとって、愛や恋と云う類は乞うものであって、するものではな かったのだから。


-------------------、」


囁く様に名を呼ばれ、は緩く視線を上げる。
何かを告げたそうな感情を孕んだスネイプの表情に、は伺う様に黒い双眸を覗き込んだ。途端、瞳の奥で苦く笑われた気がした。


「……スネイプ、教授?」
「残念ながら時間が来たようだ。」
「…え?」

一蹴するような言葉を投げたスネイプは、訝しげな顔を見せるに構う事無く、自ら抱き寄せた身体をいとも容易く引き離し何事も無かった様に踵を返した。
床の上に砕け散って飛散したカップを魔法で消し去り、自身が飲んでいたカップを自室の流し台へ強制送還すれば、さも何も無かったかの様な風体で教卓に備え 付けられた椅子に腰を落しながら羊皮紙を捲る。

インク壷に紅い液体と水を流し入れ、真新しい刃先を付けた羽ペンですらすらと羊皮紙に赤を入れていくスネイプは、驚く程が普段見慣れているセブルス・ スネイプ教授其の人だった。
数メートル先のの存在などまるで空気や塵と同じ存在であるかの様に一切の興味を持たず、スネイプの矛先は幾重にも積み上げられた膨大な量の羊皮紙と、 刃先を 赤に染め上げた羽ペンだけ。

ちらりとも視線を寄越さぬ傍若無人振りに、は現状を理解し切れては居ない状況下に居た。
突如人物が入れ替わった様に態度を豹変させたスネイプに、夢現の状態から急激に現実に引き戻されたかの様な錯覚を覚えさせられる。数瞬前の出来事は白昼夢 か何かの間違いだろうか、そんな思考回路に汚染された。


「そんな顔をするな、彼等に悟られたいのかね。」
「彼、ら…」


って、誰ですか?
そう問い掛けようと開いた唇。切ない溜息に似た言の葉はの唇から滑り落ちる其の前に、図書館の本棚の一番上から書籍が一気に落下し床に叩き付けられる 様な乱雑な音を鼓膜が捉えた。
バタ…バタ、バタ、と拡散する様に木霊する音は心成しか此方側に近付いて来ている様に徐々に音の強大さを増し、ガツンと云う物音が、地下室の薄暗闇に吸い 込まれて来る様に近く広がって、静かに消えてゆく。

刹那、ドゥンッ……と腹の底に響くような鈍い音が背後から聞こえ、無秩序に聞こえた音に弾かれるように振り返れば、驚いたように開かれた8つの瞳と合っ た。


-----------------っ!」
「は、ハーマイオニー…?」
「良かった…!」


大きく見開かれた蜂蜜色瞳が時の経過と共にゆっくりと歪み、視界の端から零れ落ちる様に幾つもの雫が溢れ出し、嗚咽を堪える様に華奢な両手で口を押さえ込 んだハーマイオニーがの元へと駆け寄って強く抱き締めた。
「還って来てくれて良かった」、そう小さく零しかたちあるものを確かめる様にキツク籠められる力に、僅か息苦しくなりながらも、は幼く微笑みを零し て、

「ただいま、ハーマイオニー」

言えば酷く嬉しそうに微笑んだハーマイオニーが、「おかりなさい」と呟き、はらはらと、その白い頬に涙を落としていく。
ハーマイオニーは戦慄く唇で、母に一度も名を呼ばれる事の無かったを痛嘆するように名を呼び、嬉涙に濡れて揺れる瞳が、直向にが帰還した喜びを表 していた。


一方ハリー、ドラコ、ロンは部外者の様な心地でとハーマイオニーの喜悦の再会を見詰めながら、呆然と立ち尽くすようにしてその傍らにいた。感動の対面を果 たす二人を前に、彼等の脳裏に掛ける言葉が見付けられた者は誰一人として居ない。
魔法薬学研究室に乗り込んできた彼等が伝えたかった言葉唯ひとつ、それは…「おかえり」、だったのだから。






暫くして、水が跳ねる音が微かに聞こえた。弾かれる様に彼等が前方を見れば、羽ペンを無理矢理投げ入れられた様なインク壷が、無常な行為に腹を立てる様に 数滴の紅い液体を白い 羊皮紙の上に垂らしている。
更に其の上。普段以上に不機嫌を顔面に貼り付け、苛立った空気を一身に纏ったスネイプが鋭利な瞳を眇めながら此方を凝視していた。


「……感動の対面も一向に構わぬが、廊下を走ると何点減点されるか、知っての行為かね。
だとすれば、グリフィンドール寮の面々は殊更優秀らしい。15点の減点を賄えるだけの画策があるのだろうからな。」


さぁ言い訳出来るものならばしてみろ、廊下を走った罰は一人5点の減点だ、と勝ち誇った厭味な笑みを浮かべるスネイプに、ロンの顔がアルカリに染まったリ トマス試験紙の様に真っ青に為った。
ハリーは相変わらずスネイプに負けぬ位の鋭利な瞳で見返し、ドラコは自身の犯した失態を悔いているのか無表情を貫いた侭、ハーマイオニーはハンカチで涙を 拭いながら"厭なヤツ"と顔に言葉を貼り付けていた。

だが、独り肩を僅かに震わせたはローブの袖で口元を隠すように、


「さて、如何したものか。我輩は………………、何が可笑しい、
我輩は貴様を笑わせる言葉など何一つとして言った覚えは無いが?」
「申し訳ありません、その…………思い出し笑いです、スネイプ教授。」


そう言うとは、堪えていた笑いを一気に放出するかのように声をあげて笑った。
笑う事に不器用で、何時も他人を伺う様な微笑みしかスネイプに見せてこなかったが、皆の前で声をあげて笑うさまを目の当りにしたスネイプは絶句する。 勿論、ハーマイオニーやハリー、ロンとドラコまで、あのスネイプを嘲笑する様なの態度に驚きを顔に貼り付けてを顧みた。

「すみません、すぐ…治まりますから」

言いながらも尚笑うに、スネイプは呆れた様に息を一つ吐き、心静める様に椅子の背に凭れる。
スネイプには大方、が笑った理由の察しは付いていた。ほんの数分前のスネイプと相違点が多すぎる今の状況下に、の軟弱な精神が耐え切れなかったの だ。
まるで無理をして冷たい 言葉を吐き捨て、引見厭味スリザリン寮監督を演じている様な姿に、滑稽以上に可笑しさが芽生え気付けば笑いが止まらなくなっていた事だろう。

吐きたい溜息を堪え、何が起こっているのかを理解出来ぬ部外者の様に茫然自失でを見詰める彼等を見れば、と二人きりで居られた時間を一秒でも殺が れた、スネイプの怒りの矛先も明後日を向いてしまった。
更に助長するよう、ふと、見詰めた先。
視界の端に夢のように綺麗で幸に満ちたような笑みを浮かべたの笑顔が在って、スネイプは苦く笑いたい衝動を堪えた。

----------------------、お前は…笑えるではないか。


まどろむ様に虚ろで、奥底に全てを闇に覆い隠して、何かを諦めた様に微笑んだ表情ではない。
我輩がさせたかった表情は、こんな表情だったのだ。だからもう良いか、此れ以上彼等を此処へ置き続けでもしたら、を寮に帰す口実を失くしてしまいそう なのだから。

そうしてスネイプは諦めた様に薄く、口を開いた。


「…説教する気も失せた。もう直に夕食の時間だ。早く向かい給え、くれぐれも廊下など走ることの無いように。」
「はい、有難う御座いました、スネイプ教授。」


小さく一つ頭を下げて、が真摯な声色で応えた。
言葉に応えるわけでもなく、スネイプは唯視線を手元の羊皮紙に戻し、叩き付けた羽ペンをインク壷から引 き上げると、レイブンクロー6年生のレポートを引っ張り出して赤を入れてゆく。
スネイプの機嫌が変わらぬうちに、と我先に魔法薬学研修室を飛び出して行った彼等が完全に去り、嵐が過ぎ去った様な静寂に包まれた室内には零れ落したよ うなスネイプの溜息が響いた。


「さて、如何したものか」


忙しなく動かしていた手を止め、羽ペンを再びインク壷に投げ入れると、瘡付いた掌で米神を押えつける。頭痛がする訳ではない、頭が痛い訳でも無いという に、脳髄が揺さぶられた様に脳震盪に似た感覚に苛まれているのだ。
しかし、何かをして居なければ無駄に脳裏にあの笑顔ばかりが過って仕方ない。打ち払う様、次はハッフルパフ5年生の羊皮紙を掴みあげる。



「…誰かを乞うなど…何年ぶりだろうか。」

自然と洩れた心中の言葉、聞き耳を立てる人間も居なければ聞かせる相手もいない。吐き出したとて、スネイプにとって不利になるような事は何も無かった。だ からこそ、スネイプは片手間の様に手元を動かして、思考する。

あの侭と二人の時間を過ごしていたら、自分は恋を始めたばかりの幼い子どもに、何をしていただろうか。
まるで事務的作業の様に淡々と採点を繰り返しながら、思考回路は自嘲するほどにの事で膨れ上がっていた。

彼等に桔梗と対峙した際の残像を映し出した時から引っ掛かっていた事が有る。否、正しく言えば其れよりもずっと昔からだっただろうか。あぁ、そうだ、丁 度、とポッターが閲覧禁止の棚に立ち入った頃からだ。
あの頃から、少なくとも、マルフォイとポッターはを異性として好いているのだと知った。其れから、何時も心の片隅に欠片を残したまま置き忘れた様に妙 な残滓感が湧き上がっている。


手に入れなければ気が済まない己が気性は、厭き厭きする程知っている。誰かに 奪われる前に、何か策を講じなければ為らない。自分の物にしたいのならば手段は幾らでもある、しかし相手は年端も行かぬ子どもだ。いっそ、既成事実の様 に、抱いてしまおうか、別に無理やりでも構わぬ。
仮にも教師と云う立場に立つスネイプが、倫理的に考えれば最低過ぎて話にならない。に感じているのは情欲では無い、為らば、何だ、如何すれば奪われる 前に奪う事が出来る。あれから本当に驚く位の時間をそんな馬鹿みたいな疑念に費やしてきた。

「不器用なのは、我輩とて同じか。」

呟いて、スネイプは席を立った。彼方に夕食を告げる鐘の音が響いている。
大聖堂へ向かえば、に逢えるだろう。想えば想う程に情愛を増していく自分を空恐ろしく感じながら、それでも何処かで笑いを堪えるような愉悦がある事に 気付かされていた。

さて、何と告げて呼び出そうか。
口実を考えることばかりが上手くなった悪子供の様な高揚感と眩暈がする程の充実感を感じながら、静かに部屋に錠を落した。






























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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/6/20