| last scene ![]() day-62 :届かないでと祈り続けてた、忘れさせてほしかった、貴方への想い 世界に生を受けてから人が何を求め何を乞い、何を糧として生きて行くのかを切々と諭せる人間が、果たしてこの世界に何人居るだろうか。諭す者は神や仏と呼 ばれ る類ではない、ごく普通の一般的な人間が、だ。 ひとは誰しもがたがう運命の元に生まれ、己で望もうが拒絶しようが何の構い成しに平等に生は訪れ、やがて必ず死は遣ってくる。 天命や寿命と呼ばれるものが本当に存在るのだとすれば、 如何かわたしに教えて欲しい。ひとは余りある生を持ち得ているからと誤解すればこそ、粗末な生き方をし、生きている事に何等喜びも悲しみも楽しみも、慈し みでさえ漲っては来ないのだろう。 だから、如何か教えてくれはしないだろうか、 わたしの余生に後幾ばくの余暇が残されているのか、を。 未来を削がれた人間が、最初で最後の泡沫のような恋をした。幼き日に命を落とし、幾許か の年月が流れおち、偶然の産物からもう一度だけ"生きる"機会を与えられた。本来ならば出会う筈の無い二人、実っては為らぬ恋、告げては為らぬ想い。わた しはあと二週間後には向こうの世界へ戻らなければ為らないのだ。 魂だけに為った身体は温もりを持たず、自身の呼吸の音すら聞えぬ凍えた静寂の中でひっそりと、自分では無い誰かのために静物の様に其処に在り続ける。 そんなわたしが、もう二度と逢える事も無いだろうひとに、想いを告げたところで彼の人生の重荷に為りはしないだろうか。誰より幸せに為って欲しい、けれ ど、出来れば僅か時間を共にしただけのわたしを心の片隅でも構わないから覚えていて欲しい。独り善がりで傲慢な欲求。だが、ただ、そればかりが胸中を過ぎ る。消そうとしても消えぬ痣の様に心を蝕み、理性を失わせてゆく。 だから如何か、教えてください。 生まれて初めて恋をした人に、抱き締められている今、一体、何に重きを置いて行動すべきかを。 「スネイプ教授…、私、」 生まれて初めて、何かに祈る無力さを憎んだ。祈った相手は神でも無ければ仏でもない、が祈る相手は他の誰でも無い、自身の母親と彼女が愛したヴォルデ モー ト卿に対して、だった。 届かぬ神に縋る程愚かでは無いが、希望ばかりを胸に抱いて生きていけるような境遇に置かれている訳でも無い。 巨大な砂時計から砂塵が全て落ち切った時がタイムリミットであると同意、世界へ別れを告げねば為らぬにとって、届かぬ神に縋る時間など既に残されては いないのだから。 だからは高鳴る心臓を無理矢理押さえ付け、自分を抱き締める逞しい男の腕に縋る様に、力を抜いて身体を預ける事なんて出来はしなかった。 抱かれ方なんて判らない。抱き締められた時になんて言葉を返せば良いのかも知らない。自分も腕を回せば良いのか、其れとも何もしない方が得策なのか、小さ な脳が懸命に行動パターンを列挙するがどれも得策とは言えなかった。 代わり、上から小さな音が降りてくる。 「、お前が目の前で倒れた時、我輩は生まれて初めて、神に祈った自分を憎んだ。 余りに独り善がりで傲慢な、されど譲ることも違える許さない、愚かにして唯一の、絶対の願い。 お前がもう一度微笑ってくれるならば、我輩は命だろうが魂だろうが惜しいと思う事は無い。ただ、 其の全ての大罪と計り知れない犠牲の代償が、どうかこの身一つで足るようにと。祈ったのだ、名も無き神に。」 スネイプの口から零れ落ちたのは、絶対的で残酷な告白だった。 彼の人生に於いて、彼にここまで決意させた人間が独りだけであったとするなら、この先も彼女だけだろう。人生に於ける決定的な決断と云うものを実感し た経験の無いスネイプ自身がそう思うのだ。先ず間違いは無い。 スネイプは口に出さぬだけで、と出逢って少しずつ打ち解ける様に為った頃から、実は密かに思っていた事がある。 彼にとって、誰かに自身の売り渡す魂など、単価に換算したら酷く安いものだ。罪と血と罰に塗れた魂、惜しむ価値など、微塵も有りはしない。 だから誰かに差し出し、代償として自身の願いをかなえてくれると言うのなら、この魂、喜んで、君の為に。 「そんな、私の為に…。」 相反して、は嬉しさと哀しさで心が引き千切られそうだった。 唐突に脳裏に蘇るは、裏切られ命を奪われて尚、相手を憎めず恋情に搾り出すような苦惨の嘆願に似た言伝を頼んだ父の姿。揺らぐ事無く真っ直ぐに桔梗を想う 其のさ まは憐れで不憫で切なく、だが、何よりも頑強な姿。 命殺がれ、叶う事の無い想いを抱いた侭、届く筈の無い声で愛しい人の名を紡ぐ。それも、さも、幸せそうに。 昔と何一つ変わらぬ眼差しで父は言ったのだ、"私はお前を、今でも愛している"、と。 もう二度と、父の想いは届かないかもしれない。届いたところで、桔梗に心変わりなど有り得ようか。叶う筈の無い想い、其れが届かずとも、其れでも父は構わ ないのだろう。 "私はお前を、今でも愛している" 殺されて尚死なぬ恋情。人は誰かに愛して貰うために誰かを愛する訳では無い。そんな陳腐な理論が実在するなら、人が残す想いだけは、確かに永遠なのかもし れない。 だからきっと、私も父の様にあそこで待ち続けるのだろう。只管に、愛しい人の面影を瞼の裏に描き、絶ゆる事無い想いを抱いたまま、届く事の無いだろう声で 名を紡ぐのだ。 スネイプ教授、 と。 納得したら、は肩の力が抜け落ちたようにふっと楽に為った。 息を一つ吐き、深呼吸するように新鮮な空気を吸い込んで、真上に位置する黒い双眸を見上げる。哀しそうに歪むスネイプの瞳を直視し、透明な紫の硝子球が柔 らかく細め、は人形の様に綺麗に笑って言った。 「生まれて初めて、恋をしました。 この感情が本当に恋なのか勘違いなのか思い込みなのかは判りません。 ですが、私は生まれて初めて恋をしました。最初で最後の恋、私は貴方が好きです、スネイプ教授。」 桜色の唇から放たれたその旋律は、僅かに震えていた。心なしか、瞳も頼りなく揺れている。手元を見れば、何かに耐える様に硬く握り締められた掌が戦慄いて いた。 まるで、放ってはならない想いの欠片を、懇願と等しきその痛切な願いを、押し絞って吐き出すかのように。 溢れ出した想いの欠片は、もう留まる事は無かった。止めようと努力を講じてみても、自身で抑制が効かぬほど本能が理性を押し付けている。何より、心が、 乞うて、いるのだ。 他の誰でも無い、セブルス・スネイプと云う、独りの男を。 「我輩も、堕ちたものだな。 後数週間でお前は帰ってしまう、其れはホグワーツに転校してきた頃から知りえて居た事実だ。 だから思い出作りなど、お前には必要無いし、お前が辛い思いをするだけだとそう信じてきた。 だが其れは一重に、我輩のエゴだったのだな。 現に、我輩とて今、お前と僅かな期間であろうとも、時間を共有して居たいと願うのだから。」 するりと吐かれた科白と自嘲気味に苦く笑った様な音。最後に、と名を呼ぶ。 独特の低い掠れた声で名前を言う其の声でさえ、は泣きたい様な気持ちに為った。あの日と同じ事を再度思う、如何してこの人はこんなにも不器用に優しい のだろう、と。 「…私もです、教授。 貴方にだけはこの想いを知られては為らないと心の中で硬く言い聞かせて来ました。 スネイプ教授に想いを伝えれば、私はきっと貪欲に求めてしまう。 スネイプ教授が迷惑を蒙る事を承知で温室に行ったり、魔法薬学の講義を聞く口実でスネイプ教授と話したり。 でもきっとスネイプ教授は私を哀れんで、相手をしてくれるんだと思います。今までもそうでしたから。 だから届かないでと祈り続けてた、忘れさせて欲しかった、貴方への想いを…」 でも、出来なかった。 そう言って哀しそうに笑った顔が、最後に見せた哀しい笑顔の桔梗の残像と重なり、スネイプは息を呑む。 紛いなりにもの母親である彼女は、この事態を既に予想していたのかもしれない。 14年前。 たった一つを失って慟哭を心に押し込めた後、それでも微笑んでみせたあの時の笑顔。 まどろむ様に虚ろで、奥底に全てを闇に覆い隠して、何かを諦めた様に微笑んで。何かを始めたかのようなあの笑顔が 今もまだ頭を離れない。 あの日の彼女と同じように、が笑うのだ。 そんな哀しい笑顔をさせるために、祈った訳ではない、望んだ訳ではない。 「為らば少しは神とやらに感謝せねば、な。 残り少ないとは云え、お前は未だ帰って仕舞った訳ではない。 我輩とお前が共に在れる時間を僅かでも残してくれた。そうであろう、。」 普段誰にも垣間見せない様な穏やかな表情で言い放ったスネイプは、儚いけれども強く気高い紫の瞳を見詰め、腹の内に秘めた恐ろしく自己勝手な私欲を押し殺 した。 たとえ迎えに来るのが神だろうが悪魔だろうが、本当は送り出したくなどないのだ、と。 幾重にも施した魔法の箱に入れ、大事に大事に仕舞っておきたいのだ、と。其れが叶わぬなら、残りの人生を無にしてでも---------------そう、言葉には出せぬ、全ての想いを籠めて。 折れそうな程に華奢な体を強く強く、抱き寄せた。 [ home ][ back ][ next ] (C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/6/13 |