last scene




day-61 :我らの薄倖な結末に、今せめてもの祝福を






望んでも居ない様な言葉を聞きたくは無い、とスネイプの心が独りでに叫んでいた。
への猛る想いを不器用な言の葉に置き換え、吐き出す様に告げた後、スネイプは背を向け暖炉に焔を投げ薬缶を掛ける。
はらはらと空から布が舞い降りてくる様に揺れていたカーテンが叩き付ける様な雨風によって激しく壁に激突し、カーテンレールが騒音を立てて左右に行 き来する音ばかりが木霊する。
鬱陶しい雑音を取り去る様に杖を振るえば、独りでに窓は閉じられホルターに通されたカーテンはまるで動きを封じられた様に唯静かに余韻に揺れ、静寂を引立 たせた。

暫くして、煮沸した水が湯気となって薬缶から立ち上り、カタカタと蓋が鳴り始める。
雨に打たれ冷えているだろうの身体を僅かでも温めるため、淹れた紅茶を差し出せば、一瞬意外そうな表情を浮かべる。

「何度かスネイプ教授と放課後を過ごしましたが、持成しを受けたのはあの日が最初で最後なんだと思ってました。」

ありがとうございます、と一つ頭を下げてカップを受け取った少女は猫舌なのか、昇り立つ白煙を消し飛ばす様に息を吹きかけながらゆっくりと琥珀の液体を嚥 下した。
外は豪雨、けれど夏ももうじき始まろうとしている今の時期に暖炉に焔が灯って居れば、必然的にうだる位の熱が室内に籠り、不快な湿度ばかりが増してゆくだ ろ う。遠く無い未来を思って、刹那に消し去る。


「あぁ、そうであったな。紅茶が飲みたければ何時でも来れば良い、生憎紅茶しか常備は無いがな。」
「………………は、?」
「だから何時でも来れば良い、と言っている。」
「え、あの…」
「何だ、我輩と共に茶を飲むのと味が拙くなるとでも言いたいのかね。」



黒い髪から覗くスネイプの視線は冷遇する様に変わらずに鋭く、半ば教師が強制的に物言いをしている様な風体。だが、不快な感情は競り上がって来ず、驚愕と 喜色が心を満たしてくれた。

「ま、まさか!喜んでご一緒させて頂きます。」

自分を疎んで居た筈では無かったのか、自分を見ていると嘗ての想い人を思い出し辛辣な気分に落とし込まれるから避け続けて居た筈ではなかったのか。
其の感 情は何処へいったのか、如何してしまったのか、問う事が出来ない。怯懦の心、仕方ない、現状より状況が悪化する言葉を受け止められるだけの強さは持 ち合わせていない。
奪われた未来に対峙する強固な心は自然に出来ていた、だから揺るがない。


柔らかな花の香りに似た琥珀の液体を再度咥内に招きいれながら、は静かに模索する。


生まれて初めて知った恋と云う名の感情。何よりも大切で価値有る存在が、自分の疑問を述べたたった一言で失われてしまうかもしれないという恐怖は、全てを 奪われたに受け入れ難いものだ。
避けられぬ運命 だと云うのなら受け入れる。だが、自分の手で、早めるかもしれない未来の別れへのレールを敷きたくなかった。敷けなかった。…きっと後悔すると知っている から。


「(…私は何時から、こんなにも臆病に為ったんだろう。
昔は失くすものが何も無かったから、恐れることなど何一つ無かったのに)」


過去を遡って気付いた事実に、失笑した。今の自分は昔とは違う、今は失くして後悔するものを多く持ちすぎている。其れを失くす日を迎接する事など出来はし ない。


「(あぁ、そうか、私は強かったんじゃない、弱さを知らなかっただけなんだ。)」

己の未来を連綿と思考し続けても結局、いつも答えが出ぬ侭有耶無耶の内に霧散した。
安易に答えが出る問題なら良い、出ないから何時までも心を衰滅させる様に考え込んでしまう。其れは独りの時だけで良い、今はスネイプと居るのだから話をし よう。思い立ったが吉日、は懸命に微笑んで話題を探した。


「…そう言えば、信じて頂けないかも知れませんが、あの世と呼ばれるところで父に逢いました。」


カップに口を付け掛け、投げられた会話の切っ先にスネイプは興味を示した。
芳ばしい香り放つ液体を咥内に落し込むのを暫し躊躇い、カップの淵から覗き見るようにに視線を飛ばす。


「あの世で父君に?」
「はい。父は哀しい位に真っ直ぐ、母を想って居ました。永遠に報われるだろう事の無い片恋をしているように」
「……お前の父君は桔梗を本当に好いていたのだな。命蝕まれても尚、返る事の無い情愛を欲しもせず、只管に」

「…父が私に言伝を残したんです。
母に逢う事があれば伝えて欲しい、私は今でもお前を愛している、って--------------


躊躇いの影もなく明言する薄紫の双眸には、父が報われずとも据えた腹の内の思いに似た覚悟をとおに決めた厳威すら滲む。
だが其処にスネイプは、同じ覚悟を滲ませた色の瞳が残像に為ってけぶる。昔垣間見た、桔梗の瞳と同じだ。

桔梗に三度遭遇して、スネイプは昔桔梗が犯した罪の本意に気が付いていた。本人に直接問うた訳では無い故に、この結論が真実なのか憶測なのか的外れの解答 なのかは判らない。だが、スネイプは思う。
自責と悲哀は人を弱くする。強く在りたければ、何を以ってしてでも己が強く在る為必要なのは、憐れみでも同情でも無ければ、過去の思い出でも微かな希望で も無く、まして生半可な優しさではない。必要なのは唯ひとつ、それは、


憎悪、だ。


自身が自己を認識するよりも以前から心の深い部分に蓄積され続けた憎悪が、時の経過と共に、強く濃縮され無数の感情の色を作り上げる。其れは自分自身でさ えも気付かない心の奥底に深く封印された負の感情。

そう、スネイ プが初めてを見た際に感じ取ったのは、悲憤でも無ければ悲嘆でもない。
今まで心に留め続けていた憎しみが訥々と漏れ出した感情の本体が、硝子球の様に色を見せない瞳に澱みながら、煮詰まった感情の様に溢れ出して居たのだ。


(幸せに為れないのだから、せめて殺してあげれば良 かったのよ。でも、殺したくても結局殺せなかった、私のたった一人の娘。)


哀しげに独白した桔梗の言葉、漸く導き出せた真意。
気が狂いそうな深慮の末、ようやく導き出した浅ましくも身を引き千切られる痛苦の覚悟。
にとって母親と云う存在は、生涯を以って憎悪の対象でなければならないの だ。

心が壊れる、と知っていたから。愛してあげる事が出来ない、と判っていたから。自分の愛した男に、其の血が利用される事に感づいていたから。愛する男が、 利用する為だけに生かす男の血を引いた子どもを愛することは、ヴォルデモートへの冒涜いがいの何ものでも無かった。

望まれない子だっ た、生まれてきてはいけない子だった、生きていてはいけない子だった。
あぁ、お前が愛しいあの人の子どもだったなら。

何度思ったか、知れない。何度神に願ったか、知れない。夢であれ、と。眼が覚めれば全て綺麗に消えてしまう絵空事であったなら、と。
だが全ては現実で、残酷な真実だった。

Revalue国王の血を引く忌まわしい子ども。自分は愛してもいない、権力と金にモノを言わせて自分の未来を奪った男の血を引く子ども。
其れでも桔梗には命を奪う覚悟が無かった、代わり、強く濃縮された憎しみと憤りを叩き付けられる覚悟を生むことなら容易いことだ。それで彼女が生きて、く れるのならば。生まれてくる子どもに罪は無い、痛いほど判っていた。
だから生きてくれるのなら、その原動力がどれ程醜い負の感情であろうとも、構わないと。

桔梗は己に言い聞かせ、感情を殺すことで残酷な決断を下し、あの日独りの 子どもを産んだのだ。

名を呼ぶことも無ければ、腕に抱く事も無く、優しい母の眼差しを向ける事も無ければ、優しい言葉を吐く事さえ無い。
私はこの子どもを愛さない。それが唯一で絶対の愛情表現…そう、誓ったのだ、他の誰でも無い、自分自身に。




「…ひととは愚かな生き物だ。
真実を告げることがいつも正しくて、それだけが全てではない。
況して、眼に見えるものばかりを真実だと思い込むことさえ間違っている。
本当に大切なものを眼に見る事など、所詮は不可能なのだよ。大事なものほど、形を成さぬ。
だからひとは何時も、過ちを犯し過去を繰り返し、葛藤と痛恨と悔恨に塗れながら生きているのだ。
我輩とておなじ事、赫に塗れた過去は消えぬ、贖罪しようと懺悔しようと何をしても過ぎたものは変わらぬ。
過去は変えられない、だからひとは前を見て歩かねばならぬのだ、例え其れがどれだけ辛かろうとも。」

スネイプはそこで言葉を区切ると、ゆっくりと視線を上げた。

「……赦して欲しいとは言わないだろう、だが知って欲しい、ひととは何処までも貪欲で貧欲でエゴイズムの塊なのだ。
自分が幸せに為るためだけにひとを不幸に陥れる訳ではない。考えないのだ、相手は如何思うかなどと。
自分が最良だと思うことこそが全てで、唯一の真実なのだ。だから、」


「だから、何時も護る様に傍に居て、温かい言葉をくれる人間だけが、私を愛していると思わないで欲しい。
………あの世で父が私に、言った言葉です。これが、母が私に伝えたかった真意なのでしょうか。」


は沈んだ声でそういった。手にしたカップを持ち直し、紅茶を咽喉奥に嚥下する。
だが次の瞬間、薄紫の双眸が慈愛を宿して細め、

「みんなみんな…哀しい位に、不器用なんですね。」

聴いたこともないような、深く静穏な慈しみに満ちた言の葉を零すを見詰め、スネイプは咄嗟にカップを机に放る様に投げ置いて眼前に立つ。
改めて見下ろせば、自分の胸元までしかない低い背丈。小さな子どもの肩など片腕で囲うには余りある。
白熱灯の光りを浴びた漆黒の髪は、幾千の星星が屑の様に輝く深い宵のよう な色合いを見せ、真っ直ぐに見据える菫の宝玉は零れ落ちそうな程大きく。



あぁ、腕を伸ばして、触れてしまいたい。許されるのならば、抱き締めて遣りたい。だが、出来るはずなどない。
我輩は教師であって、は一介の女子生徒なのだ。許されるわけなど-----------------




だが、胸のうち、押し殺した筈の衝動は呆気無く崩落した。
宝玉の様な菫の瞳を見遣り、衝動的に身体を引き寄せ、抱き締める。



「ス…スネイプ、教授…?」

の指先から滑り落ちたカップが硬質な床に真上から叩き付けられ、欠片に砕ける音が聞こえたが、其れでも構わずに腕を回し周囲から隔絶するように深く囲 う。馨る柑橘に、抑えが利かない。
咄嗟の行為に竦む子どもの身体を、更に抱込める腕に力を籠めてかき抱いた。
噛合わなくなった歯車が轍から外れれば、驚くほど容易く転げ落ちて行くよう、 スネイプは自我を欠いた様にの髪を撫ぜ、情愛を注ぎ込む様に梳いてやる。
逃げる事すら出来ぬ位に強く抱き締めているのだ、最早強制的抱擁と言われても相違無い。だがスネイプには関係無かった。抱き寄せたい、衝動に打ち勝つ理性 を保つ事は暴論。


「気が付いた時には後戻りが出来ぬ程お前の事ばかりを考えている自分が居た。
我輩はお前に告げて遣れる言葉も無ければ、使い古した愛の睦言を言う気も無い。だが…、
我輩が心堕ちたのは桔梗ではない、お前だ、



名も無き神よ。
祈る言葉も忘れ、崇め奉る事さえ失くし、御心に背く愚かなひとが、其れでも慈悲を乞うて一つだけ貴方に願う。
欲しいのは哀れみの言葉ではない、来世では望まれるなんて見え透いた嘘でもない、来世では遅い欲しいのは今、だ。
そう、言葉なんてものは必要ない。加護も要らぬ、あの世での幸せをくれると云うのなら謹んで返上してやる。足らぬとあらばこの命差し出しても構わぬ、其れ でも割が合わぬというのなら魂でも何でもくれてやる。
だから願いを聞いてはくれぬだろうか、我輩が願う、ただひとつの願いを。

名も無き神よ、どうかどうか…


が還るまで、神にすれば瞬きよりも微かで僅かな時間だけは、護って欲しい。


壊れたように溢れ出す愛しさも、失えない温もりも、儚い優しさも、何もかも全て。
そして、我輩独りでは背負いきれなかった贖罪の残りは如何か貴方が-------------------名も無き、神 よ。

























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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/6/7