last scene




day-60 :再会、淡い想いの果てに君に愛を






重量を持たない枯れ枝が地面に這い蹲る様に蔓延る中を疾走し、時折枝に足を取られ縺れながら肩で風を切って只管に前へ進んだ。
耳鳴りかもしれないし、錯覚かもしれない。聞こえた声が不透明で不確かなモノで在る事の方が現実味を帯びているこの状況下、其れでもはスネイプの声が 聞こえた方向へ向かって縋る様に走り続ける。
終わりが見えず、此れが進むべく正当な道なのか如何かも判らない。けれど、直感に似た確証が在った。裏付ける様、歩みを進める其の度に、脳内に忘れ得ぬ声 が漣の様に打寄せては消えてゆく。


「 お前を護る為なら、我輩はお前の母を…桔梗を殺したとて、何の後悔もない。 」

如何して、こんなにも冷たい声音で悲傷を根底に眠らせた様な表情で、悲憤した様な科白が吐き出せるのか。怒りも、悲しみもない感情で発せられる声に、 は疑問を感じながらもあの日僅かばかりの優勢感を得た筈だった。
今も其れは変わらない。例え今スネイプが自分の母親の面影を自分に見ているだけで在ったとしても、其れでもはもう一度スネイプに逢いたかった。逢って 唯、伝えたかった。

声にも言葉にもする事なく、ひたすらに想っていた、燻る恋情の思いを。


「……スネイプ…、教授---------------っ!」


木々に隠れる様にして遠ざかって行く様な荒れた大地を踏締めながら、は気付けばスネイプの名を呼びながら疾走していた。脳裏に描かれるは、唯独り。喪 服の様な黒衣を身に付け普段から刻み込まれた皺の数を更に増やし、不機嫌色を土気色の顔に貼り付け、無言で威圧する様に鋭利な眼差しを投げつけるスリザリ ン寮監督。

恐い人だ、怖い人だ、自分を蔑視し威嚇した人だ。感情に疎隔が来たされれば来されるほど、穴を埋めるかの様に微少の優しさとは到底言えない温もりに触れ、 嫌悪するには重過ぎる時間が在った。
其の時間が紡ぎ導いてくれた想い、其れを伝えずして終わる訳にはいかない。






スネイプ教授、貴方に伝えたい事が有ります。
幼い自分に失われたもの、両親に失わせたもの、自分の感情を殺して、母親に殺されて、忘れることのできない痛みが今もはっきりと在る。昔は望まなかった、 陽の目を浴びて普通の人と同じ暮らしと、同じ経験をする事は望んではいけない事だと思っていた。
だのに、今は、望めば貴方の手の届く距離にあれることを、確かに望んでいる自分がいる。

判りますか?スネイプ教授、たった二週間で私は貴方が、貴方の事が-------------------






手を握り締めたのは無意識だった。
細い糸を紡ぎ合わせ保っている様な意識の彼方で、不意にの柔らかい声が聞こえた気がした。
普段は閉じられた侭のカーテンを無造作に掴み上げてホルダーに通し、もう半年以上も開いていない窓を無理矢理押し開いて夜風を室内に招き入れれば、上弦の 月から落ちる暗い光の落ちる、の瞳は閉じられている。
毛細血管さえも見えそうな薄い目蓋の上、落ちかかる髪を脇へ流すようにそっと指を落とす。

「いい加減眼を覚ませ、我輩とて…暇では無いのだ。」

暇ではないと言いながら、の傍を離れられるのか、と問われれば、今のスネイプならば問うた相手を殺す事さえきっと躊躇わないのだろう。其れが例え神だ ろうと、仏だろうと。
裏付ける様、空いたカップの数は時刻と共に比例し、週末で書き上げようと思っていた論文は半分書き掛けの侭机の上に放り投げられている。続きを書こうと努 力を講じた事など、何度でも在る。だが其の度毎に後方からか細い声で自分の名を呼ばれている様な錯覚に囚われ、集中できない。

------------スネイプ、教授。

咲き乱れた白い花の上に、透明な雨が降っていた。情景を攫って来たよう、ホグワーツも雨脚に包まれ、先刻から叩き付ける様な酷い雨が降り続いている。何時 止むとも知れない長い雨と地を叩く激しい音、其の中に上弦の月浮かぶ闇の世界で、か細い声が一瞬、スネイプの耳に飛び込んできた。二度と忘れない、弱々し い悲しみに満ちた自分を呼ぶ、声。


「…何だ、言いたい事が有るなら起きて言いたまえ。」


息をつくように、吐き出した呼吸が震えていた。
握り締めた手に力を籠め、頬に掛かる髪を退けて遣る様に肌に触れたのは一瞬のことだったが、漣のような震えが指の腹から伝わり、弾かれたように指を上げ た。

僅かに、戦慄いた気がした。
気の所為かも知れぬ、だが、確かに触れた頬が僅かに動いた気がしたのだ。丁度そう、浅い寝息を立てながら寝言を言う間際の人の口の動きのような希薄な感 覚。
冷えた汗で額に貼りつく夜の帳に似た色の髪の奥、菫色宿した双眸が表彩無くほんの僅か、戦慄いた。同調する様に微動だにしなかった濃く長い睫がふるふると 空気に揺らぐ。

確信する、この子どもは眼を覚ますのだ、と。
思考を巡らせながら、スネイプは小さく一つ息を吐く。 密やかに零れ落ちた安堵の溜息は、それでも何処か、切なさに僅かばかりの恋情の色が滲んでしまっていた。


「……、、」


薄い瞼を無理矢理抉じ開ける様に開かれ、薄紫の綺麗な色彩の瞳がゆっくりと見開かれる。
透き通る様な美しいその色を、スネイプは久方振りに見たような気さえした。今朝方、ほんの数時間前には視ていた筈だった。菫に似た、アメジストに似た、紫 の宝玉のような薄紫の光。

出逢ったあの日に見た荘厳息付く薄暗い輝きではない、ヴォルデモートと対峙した際に見た強い意志の表れが宿った玲瓏な瞳。
流れ落ちてきた絹の髪が邪魔だったのだろうか、左手でかき上げるようにして、は重い身体を重そうに起こした。起きるな、と諭そうにも別には病人で はないのだ、咎める必要どころか理由さえ見当たらない。第一声、何と声を掛ければ良いものか、思案していれば、上半身を起こしただけの状態で眉を顰め此方 を見やる。


「…………地獄?」
「開口一発目、しかも我輩の顔を見詰めて地獄とは如何云う意味かね。」


険ある眼差しを見せた侭を見返したスネイプは、眉を顰めながら明らかに不機嫌を貼り付けて言い返す。
眠り姫の様に息も浅く深い意識の水底を旅していた様子のから状況を推測すれば、天国か地獄かの狭間でも彷徨い歩いていたのだろう。情状酌量の余地有れ ど、開口一発目が其れとはなんともスネイプの虚を突き過ぎていた。

「あ、ごめんなさい、そう云う意味ではなく…きっと辿り着く先が地獄だろうな、って言う様な道を歩いていたもので」
「…そんな道を歩くな。どうせ歩くなら天国に辿り着きそうな道を歩け。」
「…そう思って明るい方へ歩いていったら、地獄に辿り着きそうな道の方向から声が聞こえてきたんです。
"また、迷いたいのかね"って、スネイプ教授の声が。」
「………言った覚えは無い。」
「でも聞こえたんです、確かに何度も、スネイプ教授やロン、ハリー、ハーマイオニー、ドラコの声が」

の言葉に戸惑うような訝しげなスネイプの視線を受けて、は少しだけ微笑んだ。優しく、瞳を緩めて。

「有難う御座います、スネイプ教授」
「………礼を言われるような事をした覚えは何一つ無い。」

上手い言葉が禄に浮かばず、人を三十年以上も遣ってきたと云うに、いざ本人を目の前にすると伝えたかった言葉など何一つとして音に為りはしないのだろしら しめられる。
言葉が、出ない。如何した、嘗て様々な女にそうして来た様、細い腰を抱き寄せ耳元で一言甘い愛の睦言でも囁いて遣れば済むことではないか。
無邪気な微笑み零す一回り以上も歳が離れた子ども、目覚めたら、抱き締めたくて離したくなどなくて傍に置いておきたくて、一秒でも多くの時を最後の瞬間ま で共に過ごしたくて。

だが科白どころか単語一つ吐き出せぬ侭、暫し沈黙が流れる。
降りた沈黙の合間を縫って、が唐突に語りかけて来た。



「ところでスネイプ教授、私は如何して此処に居るのでしょう…母は?あの後、どうやって此処へ?」


この娘は眠りに堕ちている間の記憶を一切失っていた。当たり前といえば当たり前だろう、意識が混濁した侭黄泉を彷徨ったひとが双方向の記憶を共有できる等 聞いた試しも無い。
桔梗が現れ去るまでの記憶の残滓を見せて遣っても良かった、だが、今更其れをして如何なる?得策ではない事だけは確かだった。



「…私じゃなくて、母が戻ってきた方が良かったですか?」

何も応えぬスネイプに業を煮やしたは、意思を宿した眼差しを真っ直ぐに向け、太腿の上で硬く拳を握り締めて問うた。
何を、言われているのか判らない。の声は確かにスネイプに聞こえていると云うのに、耳には届いている筈なのに、まるで他人事の様に右から左へと流れて いく。
違う、一言言えば良い、答えなければ。 けれど如何説明すれば良い、何が違うと言ってやれば納得する。

スネイプは乾いた口唇開きかけ、暫く声も出していなかった事に漸く気づいた。錆の浮いたような声しか、もはや咽喉奥からは毀れて来ない。だが其れでも、


「言った覚えは無い、だが呼んだ覚えなら腐るほど在る。
お前が戻って来なかったら、黄泉とやらに出向いて神と名の付く全ての物を八つ裂きにしてでもお前を連れて帰るつもりだった。
…浅はかなものだ、この命一つで事足りるなら喜んで差し出そうと、本気でそう思ったのだよ。」

其れは紛れない心からの願いだった。愚かにも我輩はあの時確かに、名も知らぬ神に薄汚れた価値の無い命を差し出しても構わぬから、と願ったのだ。
がもう二度と戻っては来ないかも知れぬ未来、其れは、
思い出と呼ぶには余りに残酷で、記憶と呼ぶにはまだ鮮明過ぎて、過去と呼ぶには時が早すぎたのだから。

































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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/5/30