last scene




day-57 :君がいなければ生きてる意味等無い、例え代償が裏切りだとしても






本当に何も無い場所だった。
毛足の長い緑色した若草が何処からとも無く吹き込んで来た風に戦ぎ、草間の波を渡る様に数匹の色彩豊かな蝶がはためいている。なだらかな平原の脇に寄り添 う様に一直線に果てしなく立並ぶ梢がまるで地平線のような役割を果たし、梢を抜けた先には水平線の果てが見えない広大な大河が広がり、此方側と彼方を完全 に隔絶していた。


行く宛等何処にも無いは川縁に静かに腰を落し、大河を眺めた。
ひらりひらりと舞う蝶を視界に入れながら、無言の侭視界を彷徨わせた薄紫の瞳が、7本の樹が絡み合った梢の脇に身形の良い男を捉えた。
男はの視線に気付くと、視線をから外さず、ゆっくりとに、近付いた。徐々に距離が縮まるに連れて、の脳裏に嘗ての面影が浮かび上がってき た。





「…お父様」


逆光に映し出されたのは、何時も穏やかな笑みを浮かべながら幼いを抱き上げ、飽きる事無く城内を散策してくれた父、Revalue王国最期の国王。
の呼び掛けに膝を折り、隣に沿う様に腰を落すと、其の柔らかい頬に手を遣って、指先でそっと肌を撫ぜる。親が子を慈しむ其の眼差しは、ただ、優しい。

、如何して此処に?」
「如何して、だろう。私は如何して此処に居るのか、此れから何処に行けば良いのか判らない。」

道に迷った幼い子どものように俯くに、父は唯言葉無く柔らかい笑みを浮かべた侭、の頭を大きな掌で撫ぜた。



「私、お父様と同じ場所に行くの?」

の問いを耳に父は重い眼瞼を緩く降ろし遣った。薄く唇を開き、唯低く、否、と答える。

「お前は帰らなければ為らない。かの人が待つ場所へ。未だ此処へ来てはいけない。
もうじき迎えが来るだろう、其れまで、私が一緒に待っていよう。」
「お父様は?お父様も一緒に--------------------

より深く昏い紺紫の瞳を悲しげに歪ませたRevalue国王は小さく嘆息した。
出来る事ならば、許される事ならば、全てを失くした幼い子どもの傍で。命を落した身体で向こうの世界に行く事が赦されないのならばせめて、命を失くした娘 も此処へ。
何度祈ったかしれない、だが無常にも、彼に手を、力を、望みを叶える術を教えてくれるものは居なかった。


「駄目だ、私は此処で待たなければ為らない。」
「…お父様は、此処で誰を待っているの?」


す、と、薄紫色の瞳が、薄く見開かれた。
河のせせらぎや風の音さえも聞こえてきそうな静謐な空間の中、大空の下で下肢を投げ出して閑談する親子以外に人影は見当たらない。
が此処へ来た事を見計らって訪れたかの様な絶妙なタイミングで現れた父は、世迷い人の様に彷徨うを見付けて此処へ来たのか、其れとも最初から誰か を待つ為に此処に居続けたのか。
見上げる様にが顔を上げれば、在ったのは昔と変わらぬ優しい父の笑顔。


「届かない、んだ。
どれだけ声を張り上げても、どんなに名前を繰り返し呼んでも、神に祈ろうと悪魔に願おうと、届かない。
彼女は本当に遠いところに居て私の声が届かない、だから私は此処で彼女を待っているんだ。」



「…………………………もしかして、お母様、を待っているの?」


震える喉がそう囁いた。代名詞を口にするだけで心臓と肺が破壊された様に息苦しい。
酷く恐ろしく酷く妖艶な微笑みで自分に"殺してあげる"と囁いた母。目の前が暗くなり、白綾を被せられた様に視界に靄が掛かって朦朧とする。
には何時だって、灰色の雲が掛かる永遠の暗闇の中でしか在る事を許されず、今日の繰り返ししか用意されていない。未来なんて最初から無かったのだ、変 化が必要じゃなかった、変革を望む事すら許されない事だった。
拒絶する事も抵抗する事も無く母親に命を捧げた身だ、なのに如何して今でも母は酷く冷厳な眼差しでしか見ないのだろう。

身体の半分を流れ落ちているRevalueの血自体が、母親からの寵愛を受けることが出来ぬ所以なら、自分で剣を突き刺して血など全て絞り取ってしまいた いと、幼な心に幾度思った事か。
だが幼いを思い留まらせたのは、他ならぬ優しかった父の存在。幾ら"母は本当はお前を愛している"と虚偽を吹き込まれようが、Revalue国王がを愛していた事だけは事実だった。

一度思い出せば湧き水の様に次々と溢れ出でて来る幼少時代の記憶に、の顔が悲壮に歪み始めた。
其れを認めて、父が娘を見る眼差しが少しだけ悲しげな笑顔に変わった。


、良いかい?
何時だって、眼に見えるものだけが全て真実だとは限らないんだ。眼に見えていたって、嘘を塗り重ねた偽りかもしれない。何が本当で、何が嘘かなんて、きっ と誰にも判らない。
何時も護る様に傍に居て、温かい言葉をくれる人間だけが、を愛していると思わないで欲しい。
------------ 大丈夫、お前の母はお前を心の中では愛しているから。」


あの日と同じよう、言い聞かせる様に父は娘の小さな頭を撫で、ゆっくりと身体を抱き締める。
体温宿る筈の存在からは温もりなど一切感じられず、霧にでも抱かれている様な夢幻を見た。お互い真っ当には生きていないのだと間接的に知らしめられて、は眩暈に襲われる。
父が居て、未だ幼少だったあの頃、幸福だったのだろうと思う。何もかもが暗闇に奪われる其の日まで、間違え様もなく、日々は輝かしいものだった。

だが、今其れを戻りたいのだろうかと考えて、は混沌とした思考に支配された。ただ、其の中でも間違い無く感じるのは、もう一度ホグワーツの仲間に逢い たかった。
優しかったハーマイオニーやハリー、ドラコにロン、ダンブルドア校長。



そしてもう一度、スネイプ教授に、逢いたかった。



「お父様は、未だお母様を ------------------

何時の間にか目尻から零れ出た涙が頬を伝い、尚も零れ落ちる涙を支えきれずに流れ出した雫を拭う事もしないまま、が呟いた。躊躇うように見上げた瞳に は、胸を潰されるような悲愴と苦痛、そうして痛嘆と慟哭の色が見えた。
思い返してみれば、一方的にRevalue国王である父が桔梗を見初めたのだが、桔梗の心は既にひとのものであった。
愛執は切れぬ侭、命を奪われようとも、彼女が生きていてくれるなら其れで構わないと驕り高くも純粋に思った。
愛が伝わる事は生涯を以ってして無く、命を終えたとて手に入るものでもない。

唯其れでも、切なる祈りを籠めて愛してると囁いた。
其れが彼女の心に届けられる事は終ぞ無かったけれども。
身を捧げても尚愛した女は、自身の身を捧げて別の男を愛した。出逢う事さえ無かったら、見初める事さえなかったら、言い聞かせた数ははかり知れない。だが 決して、後悔などしなかった。唯の、一度も。
愛されずとも、許されずとも、もう二度と己の為に笑ってくれずとも、其れでもずっと、…悲しく儚い、永久の、恋。


「 ねぇ、こんな私でも未だ、貴方は愛してくれるの? 」
脳裏に過るは、自分が愛しい女の手によって胸を貫かれる寸前に聞いた、柔らかい声色と凄絶な笑み。
今でも消えぬ、かの人の言葉。
痛む身体に刻んだ痕の数だけ、ひとは本当に強くなれるのだろうか。
裏切られた傷が深ければ深いほど、ひとは恋情を忘れる事ができるのだろうか。

無理矢理に手を取った人との未来が無いことは知っていた。
全てを棄てて愛した人を、裏切られた程度で忘れられようか。
そんなに簡単に無に返せる想いなら、此処で独り待っていたりなどしない。
この世に神等存在しない。だから、祈りもしないし、願いもしない。唯ただ、君が君の想う人と共に在れば良い。


、もしもお前が向こうで彼女に逢う様な事が有れば、一言伝えて欲しい。
"私はお前を、今でも愛している"、と。」

人がひとを愛するのは、愛した人に愛されたいからではない。
例え愛した人からの愛が貰えなかったとしても、貴方からの愛が伝わらなくても、其れでも貴方を愛する事だけで、それだけで良い。


ざぁっと一塊の風が吹き抜け、草原が鳴り、宵闇色の髪が揺れた。
は右から左へと攫われる絹髪を掌で押え付けながら、長い睫が影を落す頬に触れる後れ毛を指先でかき上げ、太陽に会釈する様に空を仰ぎ見る。
そんな、桔梗生き写しのを見詰めながら、父、Revalue国王はに大河とは真逆の方向を指差した。
其処は深い夜の闇色に包まれた暗い森が在った。柔らかな陽光射し込むこの場所が天国だというのなら、差し詰めあそこは地獄への入り口だろう。

「さぁ、行きなさい。お前を待っている人が居る。」

言葉が掠れ、語尾が音を立てて鳴る風に潰され、気付いた時には父の姿は何処にも無かった。
後方は深い霧で覆い隠され、唯一の灯りが燈る場所は、鬱蒼と蔽い茂った森だけ。
木々は此方に枝葉を広げ、見遣れば枝に捕えられ地獄へ叩き落されそうな、そんな錯覚を感じさせるほどに深く暗い森が広がっていた。
其れでも、例え行き着く先が地獄だったとしても、もう一度逢うために、怯む足を叱咤して、は一歩ずつ歩いた。


(お前の思いもきっと何時か娘に届くだろうよ、我が、妻よ。)


たった一つを失って慟哭を心に押し込めた後、それでも殊更綺麗に微笑んでみせたあの時の笑顔が、 今もまだ頭を離れない。


























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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/5/7