| last scene ![]() last scene day-56 :分り合えなかったものの行方 「そうだろう、セブルス。」 ルシウスは、闇を震わせて暗鬱な声を魔法薬学研究室に響かせた。 息も凍る様な静寂の中、渦中の人物以外が一斉に渦中の人物に視線を投げている。驚愕を貼り付けた様な表情で、アルバス・ダンブルドアまでもがスネイプの昏 い瞳を覗き込む様に見詰めていた。 各々胸中、ルシウスから発せられた言葉は真実なのだろうか、其ればかりが過ぎる。だが、スネイプの表情と言葉を伺おうにも相変らずスネイプは表情を他人に 読ませるよ うな器用な人間ではない。無表情を保った侭、唯ルシウスだけを視界に写し込んでいた。 「愚かなことよ、私は昔、お前に言って遣ったつもりだが?身に余る恋愛をするな、と。 未だ懲りずにお前を選ぶことすらしなかった昔の女を追っているのか」 嘲笑うような響きを持つ独特の低温が放つ言葉に、スネイプはルシウスの瞳を見る事すらせずに、苦く笑った。 「勘違いも甚だしい。憶測だけで物事を吐くものではない、と教えて頂いた相手は貴方だったと記憶していますが? …、我輩が納言草を使おうとした相手は桔梗にではない、に、だ。 納言草は何も純粋なRevalueの血だけを必要とする訳ではない。 の血から培養した血液を使えば、果実を実らせる等、造作も無い事だ。」 自嘲に満ち足りた歪んだ笑み。 真っ直ぐにルシウスに向けられた其の笑みを真正面から受けたルシウスは、明らかなる自分への憮然な態度と、手を掛けてやった後輩の歩もうとしている修羅の 道を垣間見て、瞬発的に掌を空に舞い挙げていた。 冷えた頬を一発でも殴り倒せば少しは冷静になるだろうか、そんな安易な思考の元行使されかけたルシウスの掌は、スネイプの眼前でスネイプの手によって止め られる。 手首を強く掴まれ、払い除ける様に打ち棄てたスネイプに、ルシウスは冷えた一瞥と共に言葉を吐いた。 「酔狂か、貴様。本気で悪魔に魂を売り渡す気で居るとは。」 「上等、だ。最早祈る神も居ない、魂を売り渡す相手が悪魔だろうが天使だろうが神だろうが、この魂一つで済むのなら、安いものだ。」 倣岸なまでに言い放った。 呆気に取られた様なルシウスの表情が、折り曲げられた媒体がゆっくりと元に戻る様に歪められ、劣化された模造品の様な作り込まれた苦い笑みを湛えた。 空気が震えるよう、一歩足を踏み出したルシウスの反動で恭しいまでの人工的な陽光に照らし出された銀糸が空に舞い、ゆらりと揺らぎながら端麗なルシウスの 横顔に掛かる。 そうして、スネイプの耳元直ぐ近く、スネイプにしか届ける気の無い様なか細い声が、絶望を再確認させた。 --------------------- 残念だったな、納言草は殲滅された。お前の愛しい子どもはもう二度と、還らない。 翻る漆黒の外套。揺れながら背に垂れる銀糸。 すべき事は成したとばかり、踵を返す男の背を、スネイプは唯静かに見詰ていた。感慨も憤慨も無く、存在自体が透過している様にルシウスを見、そうして視線 をゆっくりとへと移した。 穏やかとは言い難いが、其れでも普段よりも幾分柔らかい表情でを見詰るスネイプに、彼等が掛けられる言葉など最早無かった。 一方。 重たげな音を立てて閉じられた扉から木霊する硬音が永遠とも言える静寂の中で静かに響き渡り、独特の足音が徐々に遠ざかるにしたがって、ドラコは自身では 制御出来ない身体の震えを沈める様に両の腕で身体を抱き締めた。 「僕は、僕は父上の期待を---------------------」 父であるルシウスがこの場に居ない事を自覚した様に、ドラコは痞えていた心の声を吐き出すように言葉を呟いた。 震えを沈める様、血が滲み出す程に噛締められた唇は既に青味を増し、充血一歩手前に腫上がっている。 (僕は、父上の期待を裏切ってしまった、) 誰しもが、ルシウスの言葉とスネイプの態度に夢中に成り過ぎて居て、ドラコに起きた心理的異常に気付く者が居なかった。爆発しそうな感情を殺すよう、ドラ コは必死で自身を制御しようと試みるが、ガチガチと音を立てて鳴る歯が全てを物語っている。 其の無様な様を、スネイプの瞳が捉えた。 「安心しろ、あの男は誰も期待しては居ない。お前が禁忌とされた娘に関わろうが其の娘を愛そうが、あの男に面倒事が増すだけで、期待を損失することは無 い。初めからそんなもの、存在しないのだから。」 言い終わって、我ながら酷い言葉が吐けるものだと、スネイプは感心する。 だが、事実は、事実。ルシウスがドラコに対して面倒事を掛けてくれるな、と暗黙の内に思案している事はあれ、期待を抱いている事など無かろう。 ドラコ・マルフォイは由緒正しきマルフォイ家の跡取り息子。其れ以上でも其れ以下でもない、マルフォイ家の血筋を存続させる為だけに、此処に、居る。父で あるルシウスがそう育ってきた様に、ドラコもそう育って行かざるを得ないのだ。 「僕は、を愛してなど、、」 囃し立てられて不機嫌味を強くしたドラコが反論しようとすれど、言葉は最後までスネイプに届かなかった。 スネイプがドラコから視線を剥しを視界に入れている時の表情が余りにも痛嘆を帯びていて、痛みとも言える衝撃が走った為だ。 僅かに出来た空白に、ドラコの声に苛立ったスネイプの声が上書きされる。 「そんな事は如何でも良い。其れよりも、は如何致しましょう、マダム・ポンフリーのところへ運びましょうか?」 何時までも冷え切った魔法薬学研究室に置いておく訳にも行くまい、にとっても、目覚めた時に魔法薬学研究室よりかは医務室の方が何倍も気が安らぐだろ うに。 中途半端な侭、は深い眠りに落された。ちゃんとした言葉で想いを告げてやった訳でも無ければ、が望むような言葉を何一つとして掛けて遣った記憶な ど無い。 そんな配慮からスネイプがダンブルドアを見上げれば、彼は普段通りの穏やかな表情で顎鬚を左手で撫ぜながら、柔らかく告げた。 「ワシが勝手に思う事じゃが…桔梗がに魔法を掛けたのは、唯の時間稼ぎじゃないかのぉ。」 「時間稼ぎ、ですか?一体何の、」 「魔法省が納言草を殲滅させる、と桔梗は想定していたのではないかの、セブルス。 ヤツが顕現し、桔梗がを襲ったと知れば、間違い無く魔法省は9年前に 起きた悲劇の再発を 抑止しようと、納言草の殲滅との奪取を図るじゃろう。を襲う、其れはの身体を傷付けられれば一番効果的じゃろうが、桔梗は敢えて其れをせずに 唯眠らせた。 桔梗の目的はに危害を加えることではなく、納言草を殲滅させる事だった。其れは何故か判るかね、セブルス。」 「いえ、我輩には判りかねますが----------------- 」 「に、"期間限定"で在っても、誰かと共に過ごす時間を与えたかったのではないのだろうか。全てを奪ってしまった罪滅ぼしとばかり、せめて、時が 来るまでは、セブルス、お主と共に」 唐突に思い出されるとの会話が在った。 外出届が受理され、共にロンドンへと出掛けた今朝方。ホグワーツ特急の中で聞かされた事実、桔梗がホグワーツに顕現していたと云う話に、スネイプは思い当 たる節を見付けた。 若しかしたら、桔梗はヴォルデモート卿よりも幾日も先にホグワーツへと遣って来て、自分の娘を遥か後方から垣間見ていたのではなかっただろうか。 だからこそ、我輩の想いに気付いていながら気付かぬ振りをし、の思慕に見て見ぬ振りをしていた。 其れよりセブルス…貴方、そろそろ判ってきたんじゃな いかしら?---------------- 本当に愛した人間を第三者から無理矢理に奪われ、生きる糧を喪うことを。 あぁ、君は如何してこんなにも不器用なのだろう。 脳裏に思い出されるは、を抱き留めた際に一瞬だけ見せた、柔らかで穏やかな桔梗の笑み。 母が娘を慈しむ様に眇められた薄紫の瞳に、確かには移り込んでいた。為らば、何故に最初から、、 浮かんだ疑問は愚問に過ぎない。 今更そのような事で悩んでも仕方が無いのだ。この世界に"もしも"と云う仮定推論は存在しても、所詮其れは仮定でしかない。過ぎてしまった過去を悔やんだ ところで、神の力でも借りぬ限りは如何する事も出来ないのだ。 「は目覚めるじゃろう。ワシはそう確信しているのじゃよ。」 「其れは、我輩も…」 ダンブルドアの言葉が、哀憐から発せられた一時的な請願だったとしても、それでも、スネイプは望んでしまう。 「彼女が目覚めてくれたら、唯其れだけで良い、と」 少女めいた無邪気な微笑みをもう一度この眼で見たい、と。唯、の側に居たい、と。 せめて、此の腕で護れる世界だけでも、が優しい色に満たされる様に。薄紫白淡のあの綺麗な瞳が、いつも涙に曇る事無く、笑顔に満ち溢れ、何時の日か心 から微笑える日が来る様に。 あの日他の誰にでもない、自分自身に誓った永久とも言える約束。 約束とは、叶える為にあるというのに、何も果たせないまま、このまま終わるなど、絶対に許せる訳がない。 誰も始まりを知らず、始まりに意味など必要無い。誰かが誰かを想う、そんなものに意味など必要無いのと同じ様に。 [ home ][ back ][ next ] (C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/5/2 |