| last scene ![]() day-52 :激流の如く渦巻き狂ったこの感情は激情と嘆き。 「 …名を桔梗と云う。 我輩の同期であり、"例のあの人"の恋人であり、の、唯一の母親だ。 」 天を裂くような慟哭が、世界を闇の海へと沈め始める。 描き出された情景、過ぎた事だと知りながらも、ハーマイオニーは両手で顔を覆い、蜂蜜色の瞳端から涙を零した。ハリーとドラコは、ぐらりと揺らぐスネイプ の記憶の中のに呼び かける。無駄だと分かってはいても、呼ばずにはいられないのだろう。声は届かない、闇に消えて、の身体は崩れ落ちた。 「 -------------- ! 」 スローモーションの様にゆっくりと身体が倒れ、薄紫の宝玉の様な大きい瞳が閉じられる。 スネイプが作り上げた記憶の残滓、ハーマイオニーは使われる事の無かったタイムターナーを懐の中で握り締めた。ハリーとドラコの役には立たなかったけれ ど、五回くらい引っ繰り返せばを母親の手から救い出せるだろうか、そんな思いの果ての行動だろう。 端くれでも、三年足らずしか魔法を教授されてなくとも魔法使い、遣って遣れない事は無い。 意を決して手を突っ込んだ懐からタイムターナーを引っ張り出そうとした時、 「 無駄だ、時を戻したとて何も変わらん。 」 行動を難無く見透かされ、咽喉の奥から搾り出すような声が出た。 「 ど…如何してですか!? もしかしたら…もしかしたら…っ! 」 「 あれはヴォルデモート卿の魔力を受けた人間だ。並大抵の魔力が在ったとて、事実を捏造するには至らぬ。況して…あの状況下にグレンジャー、貴様が出向け ば、のこのこ殺されに行くのと同じ事だぞ。 」 「 でも…、其れでも私は、を助けたいんです! 」 押し殺した声で、叫んだ。を失った事への怒りと未知の存在に対峙する様な恐怖が、心臓を押し潰す様に湧き出して、濁流の様に溢れかえった。 罵声を吐くべき相手も噛み付くべき言葉を述べる相手も、スネイプでは筋違いだと云う事は重々承知していた。だが、誰かにこの猛る憤りを伝えなければ、今に でも難語に似た言葉を吐きながら発狂しそうだ。 掛けて遣れる言葉すら無い侭、握り締めた拳が戦慄き、止め処無く溢れ出でる憎感と憤懣を必死に堪え、最早唯の霧の欠片と化した情景をスネイプは視界に入れ る。 実の娘を手に掛け、倒れ逝く其の様を見て、母親は端麗な顔を嘲る様に歪めて確かに綺麗に笑っていた。思い返しただけでも、胃袋を絞り上げる様な強烈な吐き 気に襲われ、頭を被いたくなる。 想い出は出来ることなら綺麗な侭に、二度と蘇る事無く美化された侭在ってくれれば良かった。思い出の中の宵闇の孤高な白百合だった桔梗を失い、愛しいとす ら告げることが出来ない侭に、しがない人生で驕り高くも護りたいと切望したを失った。タイムターナー如きで戻せるのなら、誰より先に戻したい。だがも う其れは、叶わない。 「 スネイプ教授、一つ、お伺いしたいことがあります。 」 スネイプが独り脳内で後悔と譴責の念に駆られている時、ハーマイオニーの背後から、突然暗く冷えたドラコの声が聞こえた。振り向かずとも判る、彼もハーマ イオニーと同じ様、行き場を無くした感情を持て余しては押し殺す様に静かに立ち尽くしていた。 「 何かね、マルフォイ。 」 一瞬歪んだ表情を見据え、ドラコは続けた。 「 失礼を承知でお尋ねします。 …スネイプ教授は、の母親と恋仲だったのですか? 」 言った手前、スネイプが如何判断するか、洞察に似た視線をスネイプに投げるも、無表情なスネイプの考えは全く読め無い。問いを歓迎していない様な素振りも 無く、頷きもせず、否定もせずに肯定もしないまま、スネイプは小さく応える。 「 …一方的な片恋だ。 」 「 は、自分の母親を愛した男を、好きに為って仕舞ったのですね。 」 ハーマイオニーの適確過ぎる答えには、誰一人として応えようとはしなかった。 記憶の靄が出来、ハリー達に己の記憶を見せ付けている最中、スネイプは初めての視線が何処に向いてるかを知った。あの時は突然現れた桔梗からを護 る事だけが脳裏を支配し、の視線が何処に向いているのか等気にも留めていなかった。 客観的、あの時の光景を第三者の視点から見て、スネイプは拭い切れない違和感を感じていた。 眼窩の奥に映りこんでいる己は確かに鋭利な瞳其の侭に桔梗を睨み上げ、負けじと桔梗もスネイプだけが世界であるかのようにに一瞥もくれずに真っ直ぐ射 抜くように見詰めていた。 其の間、実の母である桔梗を見上げた後、前方で自分を庇う様に立ち尽くすスネイプの背を、は静かに見詰めていた。スネイプと桔梗の会話など気に留める ことも無く、時折吹き過ぎる風に、頬に掛かる髪は吹かれて撓み、煽られても尚見詰め続けていた。 スネイプと桔梗との間に、学生時代に何があったのか、気に留めるとめる程のものでもなく干渉するまでも無いこと。だが、干渉するに値しないものでも、或い はそうでなくてもさして心が咎めて止まない。薄紫白淡の瞳には氷の冷たさだけが残り、以前の人間の温かみはもう消え失せていた。 …貴方のように、誰かを何年も想い続けるなんて事が出 来ぬまま、私は朽ちていくのです。 あの時、瞳に涙堪えて搾り出す様に呟いたの言葉が脳裏に過る。この光景を、あの瞬間に見る事が叶ったならば、今直ぐにでも桔梗から視線を剥して、泣き 崩れそうな幼い子どもを抱き寄せただろう。 今となって、痛切に悔恨の念が競りあがる。切なる想いを籠めて毀れ出しそうな情懐を告げる事も叶わず、たった一言、告げて遣れば、、、 だがもう、遅い。 届かない声。抱き寄せられない肩。止められない感情。伝わらない、想い。 「 最後に…、の母上が最後に言った言葉、あれは何て言っていたのですか? 」 重たげな沈黙を破ったのは、最初に沈黙を破った時と同じ様、ドラコだった。 暗鬱な表情の侭、決して少なくない知識の海を渡り歩いて必死に何かを模索している様な様子だったが、そんな事を考えていたとは知る由も無かった。 「 -------------- 桔梗の、言葉、 」 消えかかった靄を数分前に引き戻し、倒れこむをスネイプが腕の中に抱き留めている情景が映し出される。 桔梗の最後の言葉。必死に記憶の糸を手繰ろうにも、全く思い出せない位だ、たいした内容でもあるまいに。思いながら、見慣れた亡霊を見上げた。 整った唇から紡がれるは、嘲る様な勝ち誇った声を伴った聞くに堪えない言葉ばかりだった。今でも桔梗があのような言葉を吐くだ等と到底信じがたいものがあ るが、改めて聞けば、やはり現実だと思い知らされる。 滝の礫の様な雨の舞い降る中、スネイプがを見た其の一瞬だけ、桔梗がを見た。例の如く、例えようのない悪寒が背筋を走り抜けるかと思いもしたが、 実際は違う。 夜空に光を溶かし込んだような、双眸柔らかに細めて、微笑みを向け、形の良い紅い唇が、動く。 「 Ne permettez pas(私を許さないで) 」 独り言のようにささやいて、すっと瞼を伏せ、静かに桔梗は姿を消した。 (如何云う、事だ) 確かに、桔梗がに対して掛けた、最初で最後の懺悔の言葉。 聞いた瞬間、もう嘗ての想い人ではないと知っているのに、胸をかすめた感慨に違和感もなかっ た。人を感じさせる感情を初めて目の当たりにし、掴む事等出来はしない桔梗が居たであろう箇所に手を伸ばせば指は冷えた空気に触れ、過ぎ去った過去だと知 らしめさせられた。 「 如何云う意味かご存知ですか? スネイプ教授 」 ドラコの言葉にスネイプは、浸っていた記憶から一気に現実に、引き戻され何の為に記憶を再構成させたのかを思い出す。 「 の生まれた国、Revalueの国の言葉だ。 Revalueは東洋に存在するが、先々の大戦でフランス領に属し、以降国を失った今でさえもあの場所はフランス領。桔梗の話していた言葉は、 Revalueの公用語でもある、フランス語だ。 」 「 フランス語…言葉の意味がお解りですか? 」 「 …Ne permettez pas…許すな、と云う意味だ。 」 桔梗が吐いた言葉の意図を理解して、スネイプは堪らずに目を閉じた。ああ、と震える息を吐き出して、目蓋を押さえる。 最後の最後で、本当はを避くべく事情が在ったのではないのだろうか、と身勝手で、我侭な思考を侍らせる。 けれど、思ったところでもう、如何しようもない、一度思考を向ければ止め処なく溢れ出す。押し寄せてくる桔梗の記憶の奔流に、心が押し潰されるよう だった。 「 憎みたくて…憎んでいた訳ではない、と…だが疎んでいたのは事実、だから許さないで、って事かしら。 」 頼みもしなかった意訳を引き受けたハーマイオニーの言葉に、一同は三度の沈黙を守った。そうして、 「 …本当は桔梗は良い人だった、あの頃の侭変わらぬ人だった。 そう思っているのなら、もう二度と、に優しくしたりなんてしないで下さい。 」 やるせなく胸に去来した思いを振り払ってくれたのは、体温宿さぬ冷えたの手を握り締めたハーマイオニーの言葉だった。 思い返せば、ほとんど感嘆する。は強い、純粋にスネイプはそう思った。実の母親に殺され掛け、永遠の闇の世界に叩き込まれて尚、あの場所で生きていた のだから。 だからこそ、が届かない、遥かな未来彼方を見据えているのだろう瞳を見るの が苦しかった。桔梗に想いを抱いた過去を忘却出来ぬ侭にを護りたいという思い自体が傲慢だったのだと、思い知らされた。 「 桔梗が現れる前にもに言ったばかりなのだよ。 我輩はもう、桔梗を愛してなど居ないのだ、と 」 子ども相手に何を弁解しているのだろう、思ったのは此れで二度目だ。だが、胸奥劈く様に咽返る感情を、眼前の子どもたちに話さずには居られなかった。 今更真実を知ったとて、如何にかなる話でも有るまいに。桔梗の見せた一抹の優しさ、本来の桔梗の姿はと同じ様に優麗に微笑み他者を慈しむ人間だったの だと知ったところで、一体何になろう。 言葉にこそ出さなかったものの、其れは自分自身に対して言い聞かせる様に呟いたに他ならない。幾ら桔梗に人間的な部 分が残っているとは云え、実の娘を、を自らの代わりと称して魂だけの脱殻状態で永久に光射さぬ暗闇の地に貶めたのだから。 [ home ][ back ][ next ] (C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/4/11 |