last scene




day-5 : 硝子の残像




朝から続いた曇天のお陰で、夕闇を迎えたホグワーツの食堂には相変わらず鬱陶しいまでの湿度を過度に含んだ空気が、横たわる様に揺らめいていた。
やんわりとした魔法色に染まった灯かりに埋め尽くされる様な情景に映し出されるのは、多数の生徒が織り成す重なり合った黒く動く影、心成しか普段以上に物 浮きだった印象が垂れ込めている。
ハリーとハーマイオニー、そしてロンの三人はそんな食堂の一角に居た。
他愛無い話をするハーマイオニーとロンの会話を小耳に挟みながら、躾が為っていないと判って敢えてハリーは頬杖を突きながら味も良く噛み締めることが出来 ない夕食を唯喉奥に流し込んでいた。


魔法薬学の講義最中、まさかあの転校生が自分の隣に腰を落として来る等想像もし難い事だった。
寮も異なれば共に在る者も異なる。ハーマイオニーが助言してくれた様に、今後の生活において接点を見出す事の方が難しい相手を如何してこうも気に掛けてし まうのだろうか。

魔法薬学の講義を終えてから相当の時間が経つ現在でさえ、脳の大半を埋め尽くしているのは例の転校生・の存在だった。
スリザリン寮監に疎まれた転校生、理由は其れだけだっただろうか。朝偶々耳に入れてしまった会話が原因か。
其れだけならば、此処まで気に掛ける必要性も無い気がする。
また、納得行かない点が幾つかあった。思い返せば朝食の最中だ。確かにと眼が合った、あの瞬間、表現し難い程の柔らかさを帯びた微笑みを受けた。其れ だけは紛れない事実。
そうして、其の直前に戦慄する様な凍った視線を向けられたのもまた、事実。
其れだと言うに、当の本人に問うてみれば、眼が合った覚えも無ければハリーの姿を見たのも魔法薬学の講義が初めてだと言う。

一体何が、如何なっているのか。


「 ポッター、貴様に話がある。 」


突然降って来た言葉に、無意識にハリーは頬杖を突いた其の状態のまま頭だけを上げて声の主を仰いだ。
其処に居たのは、傍若無人な態度を取るハリーにあからさまに不愉快気に目元を歪めたドラコだった。
間違ってもグリフィンドール寮に足等運ぶ事の無い人物の存在を視界に認めたハリーは、時と止め掛けた時計の針の様にゆっくりと表情を沈鬱なものから、驚嘆 へと変えていく。
其れは、確実なものへと、やがては変わる。


の居所を知っているだろう。 さっさと話せ。 」
「 僕が知っている筈無いだろう、はスリザリン寮生じゃないか。 」

ハリーは考える事無く競り上がった言葉を訝しげに呟いて、頬杖から顎を外すとドラコを下から見据えた。

「 魔法薬学の講義最中、お前がと親しげに喋っていたのを知っているんだぞ!? 」


言葉に、ハリーが息を呑む。
侮辱しているとも取れる態度を示して見せたハリーに対する非難の言葉が吐かれるかと思いきや、其の侭ハリーを真正面から見据えて話すドラコの口調は、押し 込めた苛立ちが透けて手に取る様に見えるほど強いものだった。
感情を剥き出しにしてハリーに突っかかるドラコに、ハリーは今まで数え切れない程遭遇している。
けれど、今見ているのは今まで見てきた其れとは異なる、新しいドラコの表情だった。
ドラコが感情を抑える事をしないでハリーに突っかかる時は、大方其の原因や理由はハリー自身に関することであって、今回の様に第三者を引き下げてハリーに 突っかかる事など有り得ない事。
しかもその第三者が、今の今までハリーの脳内思考回路を埋め尽くしていた例の転校生だと理解すれば、奇想天外な事に近しかった。


「 教科書を見せていただけだよ。 其れに、スリザリン寮席に居ないなら此処に居る訳無いだろう。 僕は知らない。 」


深い溜息に似た言葉と共にそう告げられて、ドラコは何も答えられなかった。
舌打ちに近い微かな音を残して、狭窄していた己の視野に呆れた様な表情を浮かべて踵を返し、大広間の方へと歩いていった。
見送る訳でも無いが結果的にドラコが食堂を去るまで其の姿を視界に入れていたハリーが其の視線を眼前に向けた時、驚いた様な表情のハーマイオニーとロンの 瞳に出合う。
多分、驚いているべき対象は頬杖を突いていたハリーではなく、其のハリーにの居場所を聞いてきたドラコであろう。


「 そう言えば…食堂に姿を見せなかったわね、あの転校生。 」
「 未だ魔法薬学教室でスネイプに小言言われてるんじゃないか? 」
「 迷路の様なホグワーツで…迷子になって居なければ良いんだけど。 」


沈鬱な表情の侭食事中もろくに会話もしなかったハリーを無理矢理引っ張り出す様に食堂を後にしたハーマイオニーとロンは、更けて来た夜の所為で冷え始めた 廊下を歩いていた。
鬱陶しい空気の流れ立ち込めていた食堂とは打って変わって、静謐な空気の中を寮に向って唯歩いていた三人の足音が静かにホグワーツに木霊する。
古風な造りの壁際に並ぶ動く絵画に視線を走らせながら、所々明かりが落ちない空間に月の光りが差し込んで暈けた様な景観を作り出していた。
何時もと何等変わらない、そんな、情景。
動く階段に足音を刻み込みながら、グリフィンドール寮の前に掛けられた肖像画を見詰めて、ハリーは一つだけ溜息を漏らした。
理由無き、溜息。そんな名前の付くものを、自分は今日だけでどれ位吐いて来ただろうか。
その数は、馬鹿馬鹿しいと思えるほどに多いものだった。


「 …私、図書館に用事が有るから行って来るわね。 何時までも浮かない顔してないで…元気出しなさいよ? 」


何に、其れは敢えて口にしなかったハーマイオニーは寮の前で二人にそう告げるとヒラヒラと手を振って独り動く階段へと戻っていった。
ハリーが物事に熱中してしまえば、他者の意見に等耳を貸さない事等三年もの月日を共にしていれば自然と判る事だった。
記憶に新しいところ…シリウス・ブラックなるアズカバンの囚人が脱走した際もそうだ。周りの助言を聞きもしないで独りでシリウスを探し当てようと。
其処に危険が在るのか無いのか、其れすらも認識しない侭にハリーは掌を擦り抜ける様に混沌に身を落としてゆく。
前回も、前々回もそうだった。
今回が、そうでないとも限らない。前回や前々回は偶々運良く命を棄てずに済んだかも知れないだけだと云うに、如何云う訳かハリーは好んで混沌の中を突き進 もうとする。

勿論、回避出来そうな混沌の中を付いていく自分も如何かと思うが。

の強烈な感情の色を含んだ薄紫白淡の瞳を見た時、確かにハーマイオニーは固まった。そうして其の時から、に対する明らかな疑念が渦巻いていた。
あのスネイプに疎まれているというのは、ハーマイオニーも同じこと。其れは身を持って知っている。
しかし、ハーマイオニーが感じたのは其れとはまた別の何か、だった。
何かに澱み、煮詰まったような感情、言葉に表せないものを全てにぶつけているようなスネイプの態度の方がハーマイオニーはよっぽど気に為る。


「 …結局、行き着くのはあの子のなのよね。 」


スネイプの態度の方が気に為るといいつつも、糸を辿ればへと辿り着いてしまっている事に気付いたハーマイオニーは小さく溜息を吐いて、図書室の扉を押 し開けた。
今までに無く広く感じるのは、もうじき就寝時間を迎える為に生徒の数が殆ど居ないからだろうか。
実のところ、ハーマイオニー自身でさえ、朝あんなに時間を割かれさえしなければこんな時間に図書館に来る事も無かった。
自由に出来る時間が夕食後しか無いと知った時点で、図書館へ寄る等、明日にすれば良かったのだろうがそういう訳にも行かない事情が出来た。
今週末に控えたレポートには如何しても欠かせない辞書、そう言えば返却予定日が今日だったと思い出したからだ。
誰か他の生徒に借りられる前に何としても借りなくては為らない。

そう云う事情をもってして、目当ての本が置いてある棚まで歩いて来て横切った際、座り込むようにして大量の本を広げているモノに出遭った。


「 …あ、 」


思わず出てしまった短い言葉に、古書に眼を落としていた人間が顔を上げる。
不意に破られた沈黙、誰も近寄ること等無いと思っていた【閲覧禁止】の棚の付近で声がして驚いた、そんな表情を貼り付けて。
深い夜色の髪を一つに束ね上げて、暗がりの中眼を凝らす様に活字を追って、傍らの羊皮紙に書き留めているのだろうか…開かれたままのインク壷と羽ペンが無 造作に置かれている。
日光から厳重扱いの古書を護る為に南向きにされた大窓から、僅かな月明りが差し込んで気持ちばかり辺りを照らしている中で、彼女はまるで光りを浴びた硝子 の様に存在を誇示していた。
居るとは思わなかった、だが、彼女は其処に居て自分は声を発してしまった。見なかった振り等、出来ない。既に瞳は克ち合ってしまっているのだから。


「 ごめんなさい、散らかしてしまって。 調べ物をしていたら何時の間にかこうなってしまって…
 今、片付けるね。 」



つい先刻までハーマイオニーの思考回路を埋め尽くしていた転校生、が壁に寄り掛かる様に腰を落として居た。
柔らかく微笑んで、ハーマイオニーを見ると、取りあえず人が通れるだけの道を作り上げ様と散乱した本を重ね始める。
余程熱中していたのか、酷く慌てていたのだろう。床に置かれている本はその全てが開かれたまま伏せられた状態に置かれていて、一冊一冊にが丁寧に栞を 挟んで閉じてゆく。
徐々に上へと伸びる様に積み上げられて行く本の表紙に何となく視線を落とせば、本の種類に規則性がある事に気がついた。


「 魔法薬学で調べ物? あの、迷惑じゃなければ私、協力するわ。 」


積み上げられた本、どれも此れも、ハーマイオニーが一度は眼にしたことのある書物ばかりだった。
非現実的難解を毎週の如く差し出してくるスネイプのお陰で、ハーマイオニーを初めとしたホグワーツ生は殆どの生徒が図書室の魔法薬学関係の本を眼にしてい る。
とは言っても、奥が深い魔法薬学だけに本を読んだところで其の奥に隠された真実まで辿り着ける者は指折り数えるほどしか居らず、有名書物でさえ理解出来な いのならば読めないのと同じことだった。

魔法薬学講義終了後、呼び立てられたのはスネイプに課題を出されたからだろう。夕食にさえ姿を見せず魔法薬学教室から其の侭図書館へと足を運んで、時間も 忘れてこうして没頭している。


「 有難う、でも大丈夫。 」
「 その…、お節介だとは判っているけど必要な本だけ借りて寮で読んでみたらどうかしら?
 此処よりは明るいし、もうじき消灯で此処も閉まってしまうから。 」
「 心配してくれて有難う、でも…私、本を借りることが出来ないの。 ほら、寮監に認められていないから… 」


聞いた瞬間、ハーマイオニーは容易に状況が想像できた。
寮監に認められていない生徒、そう云った類の人間が存在することはハーマイオニーも既知しているところだった。
多分、自分がグリフィンドールではなく、何かを間違ってスリザリンに選ばれて居たのだとしたら同じ様な末路を辿っていたことだろう。
少しだけ、不憫に思う。純血ではない血が流れているハーマイオニーにとって、純血が流れていながらああも大衆の眼前でスネイプに毛嫌いされる存在と云うの が、どれほどのものか。
そう考えてよくよく見れば、が無理して笑っているように、見えた。

図書館で有りっ丈の書物を探し出して読み更けなければ為らない程難解な課題、けれど図書を借りて帰る事も許されていない現状では、羊皮紙に書き留めて置 く事しか出来ず時間に追われ気付けば夕食の時間もとうに過ぎていて。
開かれていた本はどれも一筋縄ではいかなそうな高度の知識が要求されるような代物。
夥しい量の本を視界に入れて、それからハーマイオニーはへと視線を映す。 まるでつくりものの硝子の様に整った横顔が月明かりに照らし出され、どんな美辞麗句も浮かばない様な洗練された麗が其処に在った。































[ home ][ back ][ next ]

(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2004/9/5