last scene




day-4 : 魔法薬学教授と解けない鎖




「 良い、座った侭で居給え。 」


黒板を消していたスネイプの手が止まり、時間を掛けてわざとらしく振り返った其の動作。反射的にが椅子から立ち上がった。
元々、一番後ろの席に居た為に他の生徒が教室内から居なくなった瞬間に前の席まで移動しようと思っていた事も手伝って、椅子が後に倒れてしまうのではない かと云う位の勢いが付いてしまっていた。
セブルス・スネイプと云う人間の恐さは判らないまでにしても、グリフィンドールは元よりスリザリンの生徒でさえも恐れ戦いている教師とあって、座った侭話 を聞く事がもしや無礼に値するのではないかとすら思う。
特にこれと言った迷惑を掛けた覚えは無い、寧ろ今日初めて会ったばかりだと云うに、何故か己に対しての扱いに心地よさは感じられない。
拒絶されている…とでも表現した方が正しいだろうか。
堪忍袋の尾などと言うモノは既に欠落しているのではないかと思う位に、常に怒の感情を表面に貼り付けている印象が彼女の中で、既に出来上がってしまってい た。


「 あの、用事と云うのは… 」
「 我輩は君がスリザリンに入寮した事以前に、ホグワーツに来た転校生だとは認めては居らん。 」


振り返った瞬間に耳に届く余計な媚一つない耳障りの良い声が、告げてきた事は、いっそ予想通りと言っていい。
初めて少女の声を耳にした瞬間通り抜けた凛とした冷たい声、その印象は何処へ行ってしまったか、今桜色の唇から放たれたのは別な声色だった。
鬱陶しい程に籠った空気を逃して遣ろうと僅かに開いた窓から流れ込んでくる風が、深い夜色の髪を束ね上げる様にゆっくりと舞い上げては教室内の淀んだもの を拭い去ってくれる。


新鮮な空気を招き入れ、久方振りの外空気を肺に落とし込めば、幾分か機敏立った神経が解き解されて行く様な気がする。
呼吸を一つ、其れだけでも充分過ぎるほどに心が落ち着いたのとは裏腹に、眼前の少女の表情は何時に無く表現し難いものである事に変わりは無い。
獲物を据える様に見詰めてくるかと思えば、威嚇を受け己よりも遥かに経験も力も体格も勝る相手に一瞬たりとも気を抜かず攻防戦を繰り広げん勢いを欠く事無 い真っ直ぐに瞳に魅入られ、言葉を失いそうになる。
他者に無理矢理に捩じ伏せられる事を嫌う其の精神、突詰め壊してしまえば一体如何なるか、良からぬ謀の策に結び付けるような思案が脳裏を駆け抜けた。
同時、風に舞い上げられる羊皮紙に重石を載せつつ、小脇の捲れ上がった魔法薬学辞典の一文が視界に眼に入ってくる。


「 認めては居らん…だが、条件次第では認めて遣っても良い。 」
「 …別に貴方に認めて頂かなくとも、私はホグワーツに入学したと思っておりますが? 」
「 寮監から存在を認められぬ生徒の末路…君とて知らぬ訳ではあるまい。 」


大っぴらに公言として明示的に記されているものでは勿論無いのだけれど、どの学校にしても外部に知れ渡ることの無い学校特有の事例など、其れこそ数え上げ たらきりが無いほどに存在していた。
勿論、ホグワーツ魔法魔術学校も決して例外とは云えず、この学校の場合は寮制度を適用しているからこそ、の事例。
ホグワーツで暗黙の了解事項で通る様々な謂れ仕来りの中の一つに、【寮監に存在を認められぬ生徒】と云うのが存在する。
寮監にその存在を認知認識されない生徒、其の銘が示す通り、所属する寮の寮監に存在を無き者として扱われる場合に生じる様々な特例。
一つを例に挙げれば、クィディッチの観戦は勿論のこと、ホグズミードヘの外出さえも制限される上に何か行動を起こしたい場合は、所属寮監以外からの承認を 得て寮監を説得し承諾を得なければ為らない。
一年や二年足らずならば其れでも通るだろう。
しかし、これが7年という膨大に匹敵する程の時間をホグワーツにて過ごさなければ為らない事を念頭に置けば…必然と其の大変さを脳裏に描くことは容易い 事。
行動ばかりではなくあらゆる物に関して束縛を受けなければ為らないと略同意義の生活を好む人間が、何処に居ろうか。
出来る事ならば、避けられる事ならば、条件が容易いのならば…逃れたいと思うのは常では無かろうか。
思惑通り、彼女も其の内の一人だった。


「 …その、条件とは何でしょうか? 」


聞くだけ、聞いて見ても罰は当たるまい。
半ば興味本位も手伝った言葉が自然に口から漏れ出た瞬間、スネイプの口角が僅かに歪んだ。
其処に罠があるよ、そう態々教えてやったと云うに自分から其の身を投げて来る様な行為にじわりじわりと獲物を追い詰める獰猛な肉食獣に似た野生心が、自然 と競り上がって来る。
確実に出来ぬ問題を与え、即刻ホグワーツから追い出させるも良し、泣き付いてきた其れを逆手に取って利用してやるも良し。
いずれにしても、が与えられた課題をこなせる訳が無いと鷹を括っての行為だった。
今日初めて魔法薬学の教科書やら辞典やらを購入したが、超人的鬼才で無い限り期日までに終わらせる事は不可能だろう。
例え誰かに聞くにしても、【スリザリンの寮監に疎まれた生徒】に快く力を貸す脳味噌の足らない人間はスリザリンには居ぬだろうし、他の寮の生徒が好んでス リザリンの生徒に力を貸すとも思えない。


は東洋の出身だったな。 東洋には酷く珍しい植物や薬草の宝庫だと聞いている。
 納言草を知っているかね?
 納言草と幻覚結晶成分作用の相互依存関係を教科書を用いてレポートに纏めるよう。 期限は週末までだ。 」


言葉を告げた瞬間に変わったの表情に、喉奥から込み上げる嘲笑を堪える。預言書に書き記したかの様な想像通りの表情をされ、しかも其れが己の謀の中で 足掻いているのだから更に面白い。
精々、気の済むまで力いっぱい足掻いて見るが良い。大方、気力が持たなくなり諦める結果等手に取るように見えている。
魔法省就職の際に提示されるレベルの課題を出され、生徒がこなせる訳も無かろうに。こなせない課題だからこそ、提示したまで。例え万が一、こなせたとして も監督生やら将来は魔法薬学教授に就任する様な秀才の持ち主でなければ解けぬ事だろうに。
逃げ道だけは幾らでも作ってやろう。足掻けば足掻くだけ、もがけばもがくだけ苦しみから逃れられず更に引き込まれて行く様な蟻地獄に似た呪縛の様な世界の 先に。


「 …的を得た課題を提出すれば、本当に認めて下さるのですよね? 」


振って来た言葉に、謀を施行する其の直前に全て泡の如く打砕かれた様な衝撃を受けた。
この小娘は一体何を抜かしている。課題の内容を聞いた瞬間悲壮な表情を其の端麗な容姿に貼り付けた様に見えたのは幻だったか。
疲労から来る幻影ではない、確実にスネイプの言葉を聴いた瞬間は悲壮な表情を浮かべた。これだけは揺ぎ無き事実。しかし、今スネイプの前に立つのは、先と 何等変わる事の無い幼さ混じる美麗な容姿に薄紫白淡の瞳に確かな意思を宿した一人の生徒。
組分け帽子の儀式の際、敵意に近き殺伐とした雰囲気と意思を瞳に宿した少女其のもの。誰もが一瞬で息を飲む程の美しさと残酷さを兼ね備えた何か、の様な。


「 何故其処までホグワーツに拘るのかね。 魔法魔術学校なら他にも多数あるであろうに。 」


拘る理由が別段無ければ、別に此処で無くとも良かろう?
そんな厭味を語尾に含めてやりながら、言葉を面倒そうな口調で投げてやれば、の表情には更なる敵対心剥き出しの感情が手に取るように見えた。
思考能力は同じ年の生徒より少しばかり鋭とはいえ、売り言葉に買い言葉に似たあからさまな敵対心を剥き出しで挑んで来る等、知能指数の高い人間がする様な 行動ではない。
所詮は其処までか。
退屈凌ぎにはなるだろうか、そんな僅かな期待さえ齎した事も期待するに値しないか。大方三日もしない内に荷物を纏めてホグワーツの地から去るべき人間だろ う。期待した事さえ馬鹿馬鹿しい。


厭きれ溜息と共に視線を上げれば、其処に見たのは揺ぎ無い真っ直ぐな紺紫。


「 特に拘る理由も無いから、ホグワーツでも良いんじゃないですか?
 週末まで、ですよね。 金曜日の放課後、此方に課題を持って来ます。
 他に用件が無ければ失礼しても宜しいでしょうか? 」
「 …金曜の魔法薬学の講義まで、だ。 」


耳に心地よく届く透明な声が酷く腹立たしかった。
何処かで一度聞いた事の在る懐かしさを含んだ独特の音域に、下げられた反動で肩から滑り落ちた絹糸の様にしなやかな髪の毛。
過去の経験を振り返ってみた所で、東洋の女性など東洋史の教授以外に心当たり等無く、ホグワーツに東洋人が入学してくる事自体稀な実情の中で自分は一体誰 ととを被らせて居るのだろうかと心の中で首を傾げてみる。


無い、在る訳が無い。
自ら好んで交友関係を持とうとしない事は愚か特定の人間と深く関わろうとする事自体を自ら拒絶する態度を他者に対して取っている事は、他でもない自分自身 が一番良く知っている。
其れでも心許無く、蟠りを抱えた様に胸の奥が劈く様な心地、知らぬ間に記憶の糸を辿っている己が居た。


「 精々足掻く事だな。 一週間…何処まで出来るか見物だな。 」


山陰から薄らと黒味を帯びた霧が掛かる如き、漆黒に彩られて行く橙の空を見上げながら、スネイプは誰にも届かぬ独り言を溜息と共に吐き出した。
夕闇に薄れて消え逝く太陽の翳り、僅かに横たわる灰色の雲が橙に織り交ぜられる様にゆっくりと風に流れ、徐々に見え始めた幾数多の星を横目に捕え。
遠退いていく今日と云う日、確実に迫り来る明日と云う日を想って、勢い良くカーテンを引く。
耳奥に届く鐘の音が夕食の刻を如実に告げ、けたたましい雷鳴と耳を塞ぎたくなる様な土砂降りの雨に起こされ始まった最低な一日が漸く幕を引こうとしてい る。


ホグワーツに奇妙な転校生が現れた今日と云うこの日から、49日間の奇跡への軌跡が描かれ、スネイプを始めとした様々な人間が其の上に立っている事を知る 者は今は未だ誰も居ない。


此処から始まる49日...其れはたった49日間の、キセキ。






























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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2004/9/4