last scene




day-49 :瞼の裏、君の残像






生きること全てを放棄し、人形のに成り下がった人間のように微動だにしないを胸に抱いて、只管に想う。
護ると約束したと言うに、護り切れなかった。ひっそりと総ての時間と響を止め、確かに其処に在ったの温もりが、凍て雲のよう。 此の眼に映る総てを護りたい等と驕った祈り等届かない事は判っている、もう二度と思える筈も無い。
此の胸に在る愛しき者を護りたいと願う事すら、驕慢だったと嘲笑うかのよう、己の無力さを痛感させられた。
何処かへ引き摺り下ろされるような感覚のする、腕に抱き落としたに軽く指が触れ、胸の奥がつかえた。途端、スネイプの頭の中に、爆発的な怒りが膨れ上 がる。


「 ……た……に、何をしたっ! 」


理性は遠の昔に崩壊し、脳内に僅か残る冷静な部分は現状を理解して居つつも、眼前で喜色を浮かべる桔梗を 認めるわけにはいかなかった。今此処でついぞ叫んで遣ろうか、呪である、Avada Kedavraと。
今此処で其の禁忌の呪文を唱えれば、魔法省に知れ渡ることは必須。其れでも、眼前で優美な笑みを湛える桔梗に向かい、性急な衝動を堪え る事に限界を感じていた。
握り締めた杖、向き合う様に構える其の直前、行使される事無く、当の桔梗はスネイプの痛嘆に満ちる言葉を一蹴する。


「 そんなに大切? もう生きても居ない…愛する価値さえ無い女がそんなに愛しいの? 」


抗弁をキレイに無視し、桔梗は美しい顔を以ってしてスネイプを覗き込む。熱っぽく、淡々と語り掛ける桔梗にスネイプは敢えて言葉を返さずに居ようとすらも 思う。
この女は楽しんでいるだけなのだ、唯、純粋に。一点の澱み無い夢幻のような笑みを浮かべ、実の娘の首に手を掛ける事と花を手折ることを同一だと認識して いるに過ぎない。娘の命など、やがては枯れ逝く花と同じか、其れ以下の価値でしかないと。無性、強烈な吐き気が襲った。拒絶に値する人間への生理的な嘔吐 感。自然喉元押さえ込むのは込上げるものを堪える為ではない、嘗て一度でも恋情 を抱いた相手に対し、罵詈雑言を浴びせてしまいそうな軟な声帯を殺しているだけだ。


「 返せ、残り二週間足らずと言え、今はこの身体と魂はのものだ。 お前の所有物ではない。 」
「 もう7年も前に其れは私のものになったのよ? 今更"期間限定"でも返す気になんてならないわよ。 其れよりセブルス…貴方、そろそろ判ってきたんじゃないかしら? 」
「 判ってきた? 何を、 」
---------------- 本当に愛した人間を第三者から無理矢理に奪われ、生きる糧を喪うことを。 」


自分は嘗て、身を以って厭と云う程経験してきた。今の貴方なら、少しは私の気持ちも判るでしょう?そう云わんばかりの表情に、スネイプは眉根を寄せる。
ヴォルデモート卿と云う想い人を失い、名も知らぬ異国の皇子の処へ嫁ぐ運命を授けられた桔梗は広大な庭園の中、咲き誇る花を手折りながら白日夢描いて声に も言葉にもする事無く、只 管に想ってい たのだろう。もう一度逢える確証など無い、最初で最後、心から愛した人間を。永遠に溶ける事無い虚無の闇に身を溶かし、己の全てを賭けた存在を失って尚生 き続ける自信等ある筈も無い、だから煩わしい世界と共に己の精神も崩壊させた。
そうして、日常茶飯事の様に無垢に願っていたのだろう、こんな事に為る位なら---------------- 出逢わなければ良かったのに、と。



染み入る様に聞こえて来た桔梗の心の声、耳貸す事無く、告げる。

「 …我輩は其れでも、"期間限定"でも構わぬと、そう腹を括ったのだよ。 驕りで在ったとしてもな。 」

せめて、此の腕で護れる世界だけでも、が優しい色に満たされる様に。薄紫白淡の あの綺麗な瞳が、いつも涙に曇る事無く、笑顔に満ち溢れ、何時の日か心から微笑える日が来る様に。

そんな些細な祈りにも似た願いは叶う事無く、藻屑と消え逝く運命か。瞼の裏に焼き付いて消える事無い幼い子どもの残像を侍らせながら、かいなに抱いた温も りの主は二度とこの 瞳を開く事は無いと云うか。
否、あるとすれば其れは二度と再来する事無い永遠の別れの瞬間だろう事は判り切っていた。地獄に似た、かの場所に戻らざるを得ないならば、如何抗おうとも 連れ出す事は不可能 だ ろう。Revalueに戻った連れ戻す事、即ち、魔法省を敵に回すという事と同意だ。


「 貴方はそれで満足したとして、あの子は如何かしらね。 …恨むでしょうよ、命を奪った私よりも、愛と云う感情を植え付けた貴方を、ね。 」
「 恨むことで我輩を忘れる事が無いと云うのならば、其れこそ本望。 忘れ去られるよりは数段マシだ。 」
「 お強い意思だこと。 精々頑張る事ね、もしも耐えられなくなったら、代わり位してあげても良いわよ? 昔愛した私を抱けるんですもの、一石二鳥じゃない? 」


下種な台詞を吐く桔梗を目の前に据え、腕に抱くの身体をローブで包み込んで抱き上げる。幸い、身体は冷えているものの僅かに肺が上下しているだけに、 未だこの世界に"生きて"居るのだと言う事を痛感させられる。
良かった、何の根拠も無いが、そう泣き言染みた自分への安堵の言葉を吐き出しかけた。そうでもしなければ、もう両の足で立つ事さえ忘れ去ってしまいそう で。


「 お別れのキスでもしておく? 」


在り来りの挨拶の一文のようにさらりと告げた言葉、はちきれそうな怒りを静める為、桔梗から視線を引き剥がして空を仰いだ。あの日と同じ、時を止める様な 長い雨の 音、露の世を写し込む様な物鬱気な空。
再び共鳴する雷閃と水面に反射する閃光の交わる一点から撒き散らされる火花によって彩られた白い花が、桔梗の消えた、あの日の花びらを思わせた。

音が消えた世界、目の前が真っ白に為る、と云う事を体験したのは実に、あの日以来だった。
忘れられない記憶はこんなにも小さな出来事、桔梗という想い人を失った痛みを遥かに凌ぐ痛切な悲愴が駆け上がり。


「 …消えろ、もう二度と…の前に現れてくれるな。 」

降り止む事の無い雨は、一体何時止んでくれるのか。 見上げる空は無表情な灰色に染まり、足元には渇く事の無い水溜りが揺れている。 僅かな水面に映り込む色は、只溜息さえも灰色に染め上げて、浸食して行く。


「 あら、貴方の前には現れても構わないって事かしら? 」
「 好きにすれば良い、だが…次に我輩の前に現れる時、我輩は迷わず杖を向けると心得てから来たまえ。 」

高慢な態度を崩さぬ桔梗は、今でも真意ではスネイプが己を想っているのだと、錯覚しているのだろう。
杖を向ける事など、出来る訳等無い、と高らかに嘲笑した。自分が消えれば、だってこの世界から消えるのだ、と。
煙の様に狭霧が立ち込める。長い間雨に打たれていた影響からか、急激に体温が低下した様な気がした。霧の白亜と地面一面に散ばる花の白とが混ざり合って濃 い霧の中に身を置いて居るような錯覚を覚える。もう、かの人の姿すらも捉えることは出来ない、微塵残る気配と声色だけを其処に感じていた。


「 そうだ、最後に、一つ教えてあげる。 貴方が敬愛する校長と魔法省、そして…私とあのお方しか知らない真実を。 」
「 真実? この期に及んで、一体何の真実が在ると云うのか。 」

呆れた様、視線も合わせずに吐き棄てれば、先程までの乾いた笑いを含んだ桔梗の声色が変化した。聞こえるは、内緒話でもするかの様な、低く、深意な声。紡 がれるは、


「 The fall of the Revalue and perish, die out... 」


でも、知ったところで如何するのでしょうね? ダンブルドアと同じ様------------貴方だって何も出来やしない でしょうに。




霧が晴れていく。を腕に抱えた侭、桔梗から紡がれる真実に、我輩は他人事の様にそれを聴覚に捕らえていた。
嘘の様に一瞬で去った霧、雨も何時の間にやら完全に止んだらしく、雲間から射し込む事の無かった太陽の柔らかな光りが差し込んでいた。無残にも散らされた 白い花、朝露を浴びたばかりの様、幾重もの雫を花弁につけているさまはまるで泣いている様にも見える。
桔梗と対峙した場所に、太陽など差し込むことは無かった筈だ、そう思って周囲を見渡せばいつの間にか知り得た場所に黄昏人の様に立ち尽くしていた。

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もう少し歩けば、ホグワーツの正門。如何やらご丁寧にも桔梗が此処まで運んでくれたらしい。余計な事をしてくれる、ホグワーツに戻ればもう、こうして を抱き締めることすら叶わないと云うに。

( 賢者の石を練成する納言草、虚偽等ではなかった、身を以ってして証明しようとは、、)

桔梗の置き土産、想像を絶する残酷な真実と永久の眠りに付いた様に身じろぐ事無 い幼い子ども。滴る雫を振り払うようにかぶりを振れば、自然と指先が震えるのが判った。


「 …何と告げよう、唯の一言で全てが終幕したと…云えば良いのか。 」

悲愴に歪む顔を其の侭に、言い訳染みた言葉を侍らせながら、ゆっくりと踏締める様に石畳を歩く。
腕に抱いた子どもは、強い意志を秘めた眼に、僅かに柔らかい色を浮かべて微笑みながら今にも其の閉じた瞳を開きそうな気配さえした。瞳をあげ、無邪気に微 笑うさまを瞼の裏に描きながら、ただ祈る様に、想う様に、消えた闇の後に追う様に、歩くことしか出来ずに居た。


--------- 名も知らぬ神に祈った程度で願いが叶うならば、は今でも微笑ってるだろう、瞼の裏ではなく目の前で。































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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/3/20