last scene

day-48 :君、去る時の訪れを
「 …だったら、殺せば良いのに。 」
感情すら籠められずに台詞の様に放たれた音、隣に置いた子どもから吐かれた言葉だと信じるのに、勇気と時間が必要だった。
はっ、と隣を見遣れば、口元には薄く笑みを刷いている癖に、まるで威嚇するかのような、鋭い刃の眼差し。
久しぶりに、その眼差しをスネイプは見た。
あれは組み分け帽子の儀式の前、初めてを視界に入れた時に感じたあの眼差し。真っ直ぐに此方を射抜く様に見据えた鋭すぎる黒曜石を持つ目元。鋭利な、
酷薄さを全面に出し切って柔らかく微笑むそのさまに、一瞬で背に悪寒が走りぬけるのを感じた。
だが、其れに怖じく事無い桔梗は、さも愉しそうに口角を歪め負け犬の遠吠えを聞く強者が如く態度を崩さない。
「 心配なんてしなくても、直ぐに奪ってあげる。 お前の命も、お前が恋した其の相手も。 」
音を失った暗がりの中。
耳を貫くような雷鳴、闇を切り裂く青い光、全ての水分を凝縮した様な雨が空を走った。突然強く降り出した雨の中、願わくはもう一度再会したいと切望していたであろう過去の己を戒める様、静かに脳天に降り注いでくれた。此れから先、スネイプは再び繰り返される絶望を、知ることと為る。
「 哀しいのはだぁれ? 私に愛して貰えなかった娘?
其れとも、娘を愛せなかった私? 其れとも、
------------------- こんな風に私たちを変えた運命? 」
眼前の桔梗が美しい眼差しを上げ、全てのものに乞う様な祈りに似た言葉を吐き出した。
言葉は悲痛を帯びて居るものの、肝心の桔梗は端麗な口元に薄く笑みを引いて嘲弄している様に感じられる。
自分が実の娘であるを愛せなかった其の理由、其れは願わざるべくして廻ってしまった運命の輪に翻弄されたからに他ならない、決して自分の意思ではない
のだと子どもが親に言い訳する様に述べる桔梗のさまにスネイプは苦笑した。
「 如何した、あのお方に愛されるように為ってから、随分としおらしくなったものだな。 」
「 其れは褒め言葉と取って良いのかしら、、其れとも、私に対する愚弄? 」
「 どちらと取って貰っても構わない。 」
吐き棄てた言葉に、同調する様、ピシャンと遠くで雷鳴が高く鳴る。何時の間にか土砂降りに近しい量の雨が空から垂直落下し、立ち尽くした三者を別する事無
く其の身体に降り注ぐ。
純白の絨毯が敷詰められた様に咲き誇る白花は、上方からの急激な雨重力によって、其の細い茎根を萎れさせた。生命の躍動其の侭に生を育んでいただけに、胸
奥を締め上げられる様な感覚に苛まれる。
「 貴方も変わったわ、昔はあんなに恬淡だったと言うのに。 ……私の愚娘に翻弄されたから、かしら。 」
「 如何も勘違いをしているようだから一つ言っておくが、お前に娘を愚弄する資格は無い。
お前は人を愚弄するに値するだけの人間では無いのだろうからな。 」
「 …貴方に、私を愚弄する資格も無いと思うけれど? 幾数多のマグルを手に掛けてきた貴方には、ね。 」
桔梗は、咽喉奥からの哄笑を聞かせてきた。音無く揺らり蜃気楼の様に移動した桔梗はスネイプの耳元直ぐ近く、眼で値踏みして、口元を歪める。生きている証
である体温感じられぬ身体は凍結しているよう、匂いが近づいただけで、心臓が震え、スネイプは我に、返る。あのぞっとするような感覚が甦り、それが現実の
ものと思い出した。
桔梗から感じるのは、かのヴォルデモート卿と同じ、体温と薫り。
「 安心しろ、資格が無いこと位初めから判っている。 」
再会して間も無く、姿を視界に入れた刹那に嘗ての恋情が燃え上がってくるかと思いきや、現実は思っていた以上に単純明快だった。親しげな響きに不快感を感
じたのは明白、訝しげに歪めた眼が全てを物語っていた。
昔から達弁ではあったが、有象無象の様に言葉を紡いでいるような現状に、少なからず昔の優等生の影は無い。唯あるのは、些細な疑問。独りの男を愛したこと
によって思考
どころか根本的な論理能力まで破壊されて仕舞ったのではないか、そんな印象を言動や表情から感じるようになった。
「 私ね、清々していたの。 あの男から解放されて、心も身体も自由に為れた気がした。 与えられた新しい命は私に第二の人生を齎してくれた。
彼の役に立てたこと、其れだけが唯一のあの男の功績かしらね? 」
典麗の微笑み。に似通った、小さくて精巧に作り上げられた完璧なる美貌。だのに身に纏うはデス・イーターの様な漆黒の外套。僅か吹き荒ぶ風に裾を遊ば
せながら完璧な美少女が奏でる破滅に似た旋律を伴う恐ろしいまでの憎体な声に、スネイプは一抹の不安を覚えた。
桔梗の笑みは心中察するに余りある。好からぬ事態が引き起こされる様な予感が走り抜けた。一体、何を、する気だ。
「 …功績、だと? 」
思わず不安げな表情を作り上げてしまうも、最早口を吐いて出た言葉は取り返しがつきようも無い。
桔梗は酷く面白そうなものを此れから見物にでも行く様な心地で居るのだろうか、幼さ残した容姿に浮かんでいるのは、限りなく冷笑に似た歪んだ笑み。
酷く愉快極まりない声色で、ほぅ、と感嘆の溜息を零して見せた。
思わせぶりな視線を投げ、告げる。隠蔽され、闇に滅せられた、歴史の欠片を。
「 -----------------------
歴史上最後の納言草は、彼の血を吸上げて綺麗に、赫く咲いて実を付けたの。 」
「 ……っ! 」
桔梗の台詞の様に紡がれた言葉、スネイプとの両者は背に冷たいものが再び駆け下りて行くのを感じた。
納言草、聞き覚えがあるだけではない。現に数百年前に滅せられた、と文献に記されているのを確認しているだけに、桔梗から聞かされた言葉に夢絵空事を聞い
ている様な心地だ。
何百年も前に滅せられた、しかも禁書に記さなくては為らないほどの重要事実である以上、滅せられたと云うは事実なのだろう。しかし、さすれば矛盾が生じ
る。滅せられたとされる納言草、其れが何故現代の今に存在しているのか。魔法省でさえも知らぬ事実が此処に平然と存在している事に違和感を覚える。
否、其れ以上に、血を吸上げて綺麗に咲き実を付けた、とは一体如何云う意味であろう。納言草が花を咲かせると云う話は聞いたことがある、だがしかし…実を
付けるだ等と云う話は聞いた事など無い。
の真横で、息を呑む気配がした。
「 …滅せられた、記されていた事実は無根と云う訳かね。 」
詰問に似た口調で言うスネイプの低い声に、高い笑い声と悲しみに満ちた声が反響した。
「 何も知らないのね、本当に。 何故納言草が歴史から滅せられたか、興味が沸かなかった訳でも無いでしょうに。 」
「 興味等無い、在れば其の時点で調べ上げている。 」
「 まるで醒めない夢を見ているのでしょうね…次から次へと降って出てくる既知を超越し過ぎた事実に。 」
「 …忘れたか、我輩は魔法の使える世界に生きている。 既知など日々更新される。 」
言葉の後、唐突に、桔梗が無邪気で罪を理解しない少女の様な冷酷めいた表情を浮かべた。
風が鳴る。厚い雲間から覗く筈の無い太陽を乞う様に空を見上げ続ける白い花に、絶えず冷たい雨が降り注ぐ。身を引き千切られるように雨にしなる茎が痛まし
い。
圧倒的な圧力の元に咲く小さな花は全身で耐える様に其処に在るが、無常にも、雨脚は止むどころか勢威は増すばかり。
見上げた空は何処までも灰色に侵食されている。低い低い雲の下、何かを暗示する様、突然に花々が一斉に飛散する。
「 ---------------- なら、今の私にも魔法が使えるってことよね? 」
予感は的中した。
一歩左に身体を捩る桔梗が一瞬の隙を付き、忍ばせていたであろう杖を取り出すと、の眼前に突きつけ吐き棄てるように呪文を紡いだ。
Imperio、
と。
声を挙げる暇すらない、懐から杖を取り出し反撃しようにも、スネイプが行動を起こす其の前に桔梗は次の魔法を紡いでいた。呪文というよりも最早早口言葉の
様な何か。恐らく、スネイプがデス・イー
ターを退いた後にヴォルデモートの手によって作成されたであろう、スネイプの知らぬ調べだ。
ぱたり、と本が倒れる様に身体ごと崩れ落ちるを、咄嗟にスネイプは両腕を伸ばして抱き留める。
慌てて駆け寄ったに近い為、予想以上に負荷が掛かると思いきや、落ちてきた重力に、思わず眉間の皺が寄る。とても13歳と
は思えない程小さな創りの身体は、本当に等
身大のビスクドールを抱えているかのような錯覚を覚えさせた。
何の抵抗もせずに他者によって踏み躙られた白い花と同じ様、何の意味も無い存在に為った気がして、を抱いた腕に力を籠める。
「 …、-------------- ! 」
気付けば呼び慣れたファミリーネームではなく、初めて紡ぐだろうファーストネームが口をついて出た。
呼びかけど一向に言葉を発するどころか意識ごと何処かへ持ち去られ魂の抜け殻状態の有様に、肌に爪を立てるような激しい悪寒がした。
全てが狂った世界の中で、幾度も襲う絶望に疲れて、そして何かを諦め、漸く手に入れた偽りの安息に委ねたを無に帰す傲慢な僥倖。
此れが運命だと云うのなら、に許された束の間の幸甚だというならば、人生とはなんと冷酷で、無慈悲なものだろうか。
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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/3/15