last scene

day-47 :儚さ、脆さ、恋しさ、愛しさ、罪深きその名
未だ姿見る事無き神は、崇め奉ろうとはしない人間を掌で転がし余興を与えながらも、最後
の最後で地獄の業火に叩き落す事が趣味だとでも云うのだろうか。
目の前で小さな身体を震わせ涙を堪えるに、優しい言葉一つ掛ける事等出来ぬ侭、立ち竦んで動かない影に為るしか無かった。こんな事態に為るのならば、
優しい嘘の一つも付ける様な、軽い愛の睦言を囁ける様な恋愛でもしておくべきだった。
否、過去にしていたところで、愛を吐き棄てる言葉を日常会話のように紡ぐ事もしないだろう。相手は幼い子どもだ、伝えたところで真意には気付くまいに。だ
のに、その
幼い子どもに心捕られて言葉一つ吐けぬまま、思いすら口に出せぬまま沈黙を守り続けるしか策が無いなんて。男以前に人として失格だろう。
「 、聞きなさい、我輩はもう-------------- 」
「 もうそろそろ帰らないといけませんね。 陽が暮れる前に帰らないと、ダンブルドア校長を心配させてしまいます。 」
一大決心、そう名の付くものを今までしてきた経験は無い。デス・イーターからダンブルドアの密偵に為る事を決意した日でさえ、一大決心等はしなかった。己
で認める自分自身は、こんな男だったかと疑問に思う。昔は研ぎ澄まされた刃のような鋭さと人に心を許さぬ老獪な人格が、全面に見えていた。
今は、気を抜けば幼い君の愛を乞うてしまいそうだと、失笑さえ起きてくる。こんな人間に成り下がろうとは、誰が想像しただろう。
「 …聞けという人の話を真っ向から聞かぬ其の性は母親譲りか。 」
「 …ッ、母と…母と一緒になんてしないで下さい! 似たくないものだけを両親から譲り受けた私は… 」
「 一緒に等していない、似ている、と言っただけだ。 」
「 一緒です!
私はずっと母に愛されたいとそう思ってきました。 けど、私の中に父の血が流れる限り、私は母に愛してなど貰えないと僅か4歳にして知ったんです。
スネイプ教授、貴方に判りますか!?
実の母に疎まれ命を奪われ、暗闇と孤独に包まれた塔の中で永遠と云う時間を生きなければ為らない私の気持ちが。 …貴方のように、誰かを何年も想い続ける
なんて事が出来ぬまま、私は朽ちていくのです。 」
其れは痛嘆にも似た叫びだった。何も知らなかった頃は良かった。唯独りであの牢獄に似た住処に居れば良かった。優しさも愛しさも、切なさも孤独も知らな
かったあの頃は、手に入れるものさえ無かったけれど失うものも何一つとして無かったのだから。
けれど、今はもう手にしてしまっていた。大切だ、と呼べるたくさんのものを手に入れてしまった。だからこそ、自分の中に湧き上がる不合理な感覚が、は
如何しても許せなかった。結局自分は何一つとして手に入れられないというのに、母は其の全てを何時までも手にする事が出来る。
愛しい人も、地位も名誉も存在も何もかも、自分が生まれて初めて恋をした人でさえ、今も変わらずに持っているのだから。
今のが持つ、全ての感情はそう、目の前に怪訝な表情で立ち尽くす独りの男から来ていた。
生まれて初めて恋をした。恋等と云うものがどんなものかは判らなかったけれど、母が父と娘を棄てても尚他者を欲した気持ちを初めて理解できた。最初のうち
こそ、何も思う事は無かったが、スネイプとの時間が増えれば増えただけ自分の中で消化し切れない慕情が募って行く。
姿を見れば心奥を強く握り締められる様な圧迫感を感じ、視界に入れれば如何にか言葉を掛けて会話を成立させたいと願う。姿が見えなければ虚無感に似た寂寞
に支配され、苛立ちと刹那さに支配される。
この感情が何ものなのかは問題ではなかった。何より問題なのは、生まれて初めて経験する新しい感情をを知った、と云うことだ。
ハリーやドラコやロンに対する感情とはまた違う何か、其れに敢えて名を付けるのならば友情以外のものだろう。それを恋情だの愛情だの云うを否定する人
間が果たしているだろうか。居るならに教えて遣れば良い、世間一般で定義されているところの【恋愛】の括りを。
誰も出来ないのだから、誰も教えてなどくれないのだから、は自分の不可解な感情を【恋愛】として自己処理した。
そうして思いを抱いたひとが今も愛する人間が自分の母親だと知った瞬間、堰を切ったよう、恋情は零れだしていた。
「 私、もう帰ります。 未だ日数が残っていますが…ダンブルドア校長にお願いして、帰ります。 」
いつかは喪ってしまうのだ、という焦燥と寂寞。もう二度と逢えない日が来るのだ、という辟易と感懐。少しでも共に過ごしたいと願い、其れが叶わぬことへの
苛立ちと憂鬱。
足掻いたところで如何することも出来ないことは知っていた。母を断罪し、与えられなかった愛を乞うつもりなどない。
許されるのならば未来を返して欲しいなどと、望むはずもない。だから、あぁ、どうか。
…名も無き見知らぬ神に対する祈りの言葉など、とうに忘れた。
「 …、 」
先程の昔話、嘗ての己はそこまで桔梗に心を奪われていたのだろうか。会話どころか、視線すらも合わせることは無く、単純に遠くから視界に入れているだけに
終わった恋。それ以上の関係すらも望まなかったあの頃の恋愛は…本当に忘れられぬ恋情、だと明言していいものだろうか。寧ろ、自分自身でそう思い込んでい
ただけでは無かったか。
そこまでを連綿と考えたところで、スネイプは何故か急に声を出して笑いたくなった。恋情を抱く子どもに対して昔愛した女の話をするだ等と馬鹿馬鹿しい。
否、其れ以上に浅はかだと感じるのは、今は桔梗を愛してなど居ないのだ、其れだけを伝えたいが為にに話をする機会を造っているという事実だ。
免罪を訴え続ける囚人の様な面持ち、伝えなければ心が内側から音を立てて破裂しそうだ、等と。柄にもなく感傷的な己が、無性に可笑しく思えた。
「 君が帰るのは自由だ。 そして、君が我輩を罵倒するのも結構、だが…一つ位我輩の頼みを聞いてはくれぬのか。 」
「 …なんでしょう、スネイプ教授。 」
夜の帳に似た漆黒の双眸が瞬いて、一拍の沈の後に弧を描く。見上げた空は、何処までも高く、青かった。純白の粉雪の様な花々を、風が揺らし、吹き抜けて
いった。どこからか、蒼穹に溶ける位に小さな水音が響く。
ふ、と緩い息を吐く。あれから呼吸を忘れて仕舞ったかのように、濁った空気が肺の中を侵食していた。新鮮な空気を吸い込んで吐き出すと同時、
「 我輩はもう、愛してなど居ないのだ。 君を見て思い出したのは桔梗を愛していた慕情ではない、唯昔愛した事実を思い出したのだ。 」
我ながら、如何してもう少し判り易く伝えて遣れないものなのだろうかと思う。お前を愛している、そう言えば済むだけの話ではないか。だが意外にも、よう
やっと吐いた声の響きは痛切であり、苦しみに満ちていた。
これ以上、巧く伝えて遣れる方法が如何しても見付けられなかった。
腕を引き、無理矢理に腰を抱いて拒絶の言葉を利かせないとばかりに口封じの接吻を落とし込めば良いのか。
そんな行為何一つ出来ぬ侭、眼前の少女を仰ぎ見れば、す、と紫瞳が見開かれた。
「 私は…、 」
同時、重なる様に、
「 -----------------態々返しに来てくれたの? 私の、イノチ。 」
「 ………っ! 」
気配も足音も空気の振動でさえ聞こえなかった、突然響く玲瓏たる声色。双方弾かれる様に目を向けた先には、一塊の風に舞い上げられる白い花が幾重にも連な
り、
ヴェールを組み上げた中心に佇む独りの女。
深い夜色の髪を自由に風に靡かせ、音を立てて揺れそうな長い漆黒のローブから覗く小さな相貌は、滑らかな陶器で作り上げられた骨董品の様な端麗なさま。
宵闇に咲く孤高で麗しい一輪の白百合、其の例え名に似つかわしい冷たい美貌。濡れた硝子球の様な黒楝の瞳、奇跡のように整った其の顔に、スネイプは覚えが
あっ
た。何時だって彼女を見間違えた事は無い、実の娘を見た其の瞬間に記憶が再構築された位鮮明に焼き付いている容姿だ。
否、忘れられる筈等無い。
「 ………桔梗、 」
嘗て呼びたくて、だが決して呼ぶ事の出来なかった名を、初めて紡いだ瞬間だった。
「 セブルス・スネイプ…お久しぶりね、変わりはない? 」
旧友に偶然にでも再会したような口振りで、桔梗がスネイプに慇懃に問う。柔らかく歪められた表情に、昔を思い出した。麗しき、一輪の白百合。よくもまぁ、
そんなものに例えたものだ。良く特徴を捉えていると今でも一番最初に例えた者を褒めてやりたい位。
まるで作り物の様に穏やかにたおやかに微笑む様は、まさに造花。
あの頃、柔らかな微笑を浮かべながら、彼女がこうして心を砕いて話をした人間は居たのだろうか。少なくとも、自分は知らない。
他者に干渉せず、また他者に干渉されずに生きてきた桔梗にとって、自分以外の人間は興味対象外だったのだろう。
だからこそ、十数年の時を経て再会した際に投げられた言葉に、少なからずの違和感を抱いた。
「 見れば判るだろう。 」
「 あら、随分と冷たい物言いになったのね。 昔の貴方はそんな人じゃ無かったわ。 」
「 …昔の我輩の何を知る? ろくに口も利かなかったと云うに。 」
「 でも貴方は私を見ていてくれたでしょう? いつも、同じ場所で、いつも、同じ時間に。 」
「 …だから、如何した。 」
訝しげに歪められた瞳。硬質で怜悧などこにも隙は無い声。此処はお前の来るべき場所ではないと真っ向から言われているようで、桔梗は其の麗容な顔を悔しさ
に歪めた。
「 もう私を好いては居ないの? 私があの方を愛してしまっていたから? 貴方の気持ちに気付いていながら知らない振りをし続けたから? 其れとも--------------
あの穢れた男の血を継ぐ子どもを産み落としたから? 」
途端、表面上の空気を一気に凍結した様に周囲の世界が張り詰めた。あの時と同じ様、ヴォルデモートの魔法に魅入られた様に世界が別物へと変化した。
がらんどうな世界の中心で、何処からか吹き込んで来た風に漆黒のローブが舞い上がる。はためくローブを正す事もしない侭、桔梗は其の美しい顔立ちの侭楽し
げに目を細め、歪んだ笑みを見せながら、真っ直ぐにを見詰めて吐き棄てる。
望まれない子、生まれて来てはいけない子、あなたなんて、消えてしまえば良いのに。
心底切望するような切願染みた声色に、ぞわっと背筋におぞましいまでの悪寒が走った。
実の娘を見る桔梗の、作った笑みも無い顔は随分ときつく、本性を表しているかのように見える。
の頭の中で、何度も破棄と構築を繰り返してきたであろうその言葉を、いざ本人を目の前に当人の口から聞けば何かが弾け毀れるような気がした。
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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/3/13