last scene




day-46 :追想




「 …少し、話でもしようか。 」


スネイプ教授の口から出た意外過ぎる言葉に、一瞬は言葉を失くした。此処まで導いてくれた時に告げた言葉も意外と言えば意外だったが、スネイプ自ら話 をしようだなんて、想像するどころか逆に気持ち悪い気がする。
だが、相手は仮にも教師。きっぱりと拒絶する訳にも行かず、は圧され気味に頷いた。


「 折角の服が汚れる、此処に座りなさい。 」


話をすると言っても、立ち話をするのも如何だろう、そう考えたスネイプが指し示したのは、一面に白い花の絨毯広がる情景の先。一箇所だけ、花が咲かずに僅 かに芝生に為っている箇所が在った。
花を踏み潰す心配こそ無いが、湿った水分を多く含んだ草に身を委ねれば間違い無く白いドレスは若草色に染め上げられる。するとスネイプは、意図を察したか 否か、羽織っていたジャケットを脱ぎ捨て草の上に放ると、其処へ座れと促したのだ。


「 え…、ですが、スネイプ教授のジャケットが汚れてしまいます。 」
「 構わん、どうせ安物だ。 」


言うが遅く、スネイプは自ら座ろうとしないを尻目に、緑の絨毯に掛け置かれたジャケットの隣に腰を落とす。
まさか年下の自分が上からモノを言う様に見下ろしてスネイプと会話が出来る訳も無く、元来そんな根性等持ち合わせて居ないはゆっくりとスネイプのジャ ケットの上に腰を落とす。出来るだけ、汚さないように。
失礼します、と云う場違いな言葉を口火に、スネイプが思い出話をする様に小さく語り掛ける。


「 そうだな…偶には我輩が喋ろうか。 思えば、今日朝会ってから、お前の話しか聞いてない。 」
「 あ…、すみません、煩さかったですね、私。 」
「 誰も咎めては居ない。 咎めても居ないのに謝るのは好ましくない。 自分が悪いことをした覚えが無いなら無下に謝るな。 」
「 すみ… 」


済みません、言い掛けてスネイプに鋭利な一瞥を食らったは口を噤む。謝り癖がある訳では無いが、確かにスネイプと共に居るとの口から出る言葉の 1/3は「ごめんなさい」か「すみません」か「申し訳ないです」のどれかだ。
言われてみれば、悪い事をしていないのにも関わらず相手に謝られる立場に立ってみれば、如何にも良い気分ではない。スネイプを今までそんな気持ちに してしまっていた事に対しては罪悪感が芽生えるが、此処で謝るのは得策ではないだろう。
代わりに、


「 スネイプ教授は何を話して下さるのですか? 」
「 我輩はお前と違って自ら提供する様な話題は思い付かぬ。 そうだな…お前が聞きたい事を質問し給え。 」
「 …私がスネイプ教授に質問、ですか? 」
「 あぁ…其れを機に我輩が話す。 …なに、恐懼することは無い、聞かれて困る様なら最初から提案などせぬ。 」


告げはしなかったが、相手はだ。期間限定、其れも僅かな時間しかホグワーツに存在出来ぬ生徒に話したところで、困るような話は何一つ無い。己の持ち合 わせる数少ない出来事の中で最下部に位置する、死喰い人 だったという過去を知る位だ、そんなものに比べたら何を聞かれようが生温い。

独り思案しながら、脳裏ではまた、別の事を侍らせていた。
こんな子供染みた思い出を作って、何に為る。何時かは去る人間と関わりを持ったところで、其れはひと時の夢物語よりも性質の悪い結果と為って我が身に降り 注いでくれるだろう。
判っていながら、この子どもとの関わりを持ちたいと切望する事は最早罪に似たものなのだろうか。だが、滾る想いは溢れ出して留まるところを知らない。そう して、最早止める術すらも見付からない侭に。


「 …本当に、何でも良いんですか? 」
「 構わぬ。 如何した、何を躊躇う。 」
「 では、失礼を承知で一つ、聞かせてください。 …スネイプ教授は嘗て…母を、愛していたのではありませんか? 」


僅かに震える拳、膝の上に丁寧に乗せられた其れが視界に入る。これ以上震え出さぬように、と必死に堪える様なのさまに、スネイプは言い様の無い悔恨の 念を抱いた。気付かれぬ様にとひた隠しにしていた嘗ての慕情を、まさか今恋情を抱いている相手に言われようとは。
己の引いた鉄条網はこんなにも脆かったのだろうか。心の片隅にだけ置いた想いに掛けた鍵はこんなに容易く外されてしまうものなのか。忘れ去った筈の恋情が 今になって疼き出すとは、後悔ばかりが先にたつ。こんな顔を、こんな想いを、こんな感情を抱かせる為に距離を縮めた訳じゃ無いと いうに。


「 そうだな…ひとつ、昔話、でも聞くかね。 」
「 …如何して怒らないのですか? スネイプ教授のプライベートを彼是問質す権利、私には無いのに。 」
「 お前には問質す権利は無くとも、聞く権利はある。 …と勝手に我輩が思っているだけだが。 」
「 其れは私が母の娘だから、ですか? 」
「 …違うな。 だが其れも交えて話してやろうか。 聞く気はあるかね? 」


涙に濡れた様な小さな声。返事すらする事が困難なのか、は俯いたまま震える両の手を握り締め、唯静かに頷いた。其れを肯定と受け止めたスネイプは、 ゆっくりと一つ息を吐き出し、よもや人に…其れも現在想いを寄せる人に話す事に為ろうとは思いもしなかった過去を紐解いていった。
呪縛にも似た愛しい想いを忘れる事が出来ずに生きてきた、その理由を。



初めてお前の母--------桔梗に出逢ったのは組み分け帽子の儀式の際。東洋出身の容姿端麗な魔女がホグワーツに入学 する、という噂は、今で云うところの【ハリーポッターが入学する】と同等レベルの勢いでホグワーツは愚か、魔法界に一斉に広まった。
と、云うのも、桔梗は唯の女では無かった。由緒正しき家嫡子、今は途絶えた古代魔術を嗜む家の唯一の跡取りでもあり、唯一其の力を純粋に受け継いだ子 どもだ。
正当な純血を継ぐ彼女を魔法省は総出で護ると言い出し、ホグワーツにさえ魔法省の護衛が彼女の後を片時も離れずに付いて回った。
スリザリンでもあり、根っからの孤高主義でもあった桔梗の周りには人が集まる事は無く、其の端麗すぎる容姿に憧れを抱きながらも、我輩の様に同胞でさえ声 を掛ける事が赦されぬ様な状況下に置かれていた。
見る者を魅了し、笑う事さえ無かったが、美麗な容姿に寡黙を貫く彼女はいつしか孤高で気高く咲き誇る純白の白百合に例えられる様に為った。誰が噂した訳で も無かったが、桔梗を見掛ける度に皆口を揃えて、”一輪の白百合だ”と。

ある日、護衛を付けずに一人ホグワーツの裏庭で本を読む桔梗を偶然に見かけた。普段は崩す事の無い髪を下ろし、ローブを投げ出し、風に戦ぐ柔らかな漆 黒の髪を気にすることも無く唯彼女は其処に居た。
幾数千もの花を回りに鏤め、居ろとりどりの花に抱かれて居る様な情景の中、桔梗は絵画の中の人物の様に鎮座していた。初めのうちこそ、偶々其処に居たのだ と思ったが、桔梗の行動に規則性がある事に気付き、如何やら毎週木曜日に護衛が魔法省へと報告書を携える隙を狙っての行動だと知った。
其れからの我輩は…偶然を装い、視線を合わせる訳でも無く先にある温室へと行く振りをして毎週木曜日に其処を歩いた。僅かな時間であっても、共に同じ場所 に居れれば其れで満足だ、と。今思い返せば、立派なストーカーだが な。
何時も独りで本を読む桔梗に、何度声を掛けようと思ったか知れない。だが、他者からの干渉を意識的に拒む様な雰囲気が漂う中、我輩は遠くから見ているだけ で、恋をしている、と錯覚したのだ。哀れなものよ。
心を占める桔梗の割合は日に日に増していて、ここに向かう道でどれだけ心躍らせただろうか。見詰て居るだけで想いが伝わる位ならば、我輩も思いつめる事も 無かったやも知れぬ。だが、伝えきれずに消化不 良を起こした慕情は燻り、よもや忘れ去っていた恋情が今に為って蘇る等、想像もしなかった。
よくよく考えても見れば、桔梗は毎週木曜日、あの場所で只管に 待っていたのではないだろうか。忘れる事等到底出来ぬ想いを寄せた…

彼女が唯一愛した、ヴォルデモート卿を。

まぁ、桔梗がどの様な経緯でヴォルデモート卿と知り合い、恋に落ちたのかは判らぬが、このホグワーツ以外から彼女が出たのは、姿を完全に消したあの日だけ だった事を考えれば、ホグワーツにヴォルデモート卿が何らかの形で紛れ込んでいた事は事実だろう。
更に加えて、桔梗が例の薬草を調べていたのも事実だ。お前に調べろ、と明言したあの【納言草】だ。ヴォルデモート卿は桔梗に近付いた切っ掛け… Revalue王国にしか生息せず花を咲かせることをしない、という納言草を欲していた。あの草が付ける花は賢者の石を精製するのに必要不可欠とされてい る。最も、最早この地上には生息し ていないがな。
納言草を手に入れる為だけに、ヴォルデモート卿が桔梗に接触した、というなら話も見える。あの時既に、Revalue王国皇子との政略婚姻は進められてい たのだからな。
驚いたかね、ヴォルデモート卿との出逢いよりも先に彼女は将来結ばれるべきひとが決まっていたのだよ。我輩も後から知った事実だが。
ヴォルデモート卿に知り合わなければ…桔梗とて、こんな運命に翻弄される事も無かっただろうに。彼さえ愛さなければ、もう僅かでも早くヴォルデモート卿に 出逢っていれば、少しは運命も変わっていたかも知れぬ。
唯愛した人が、将来を約束されたひとで無かっただけで、桔梗は---------------


そこまで話し終えた時、終始黙した侭話を聞いていたを視界に入れた。如何も居心地が悪く、真っ直ぐにを見て過去の思い出話をするという行為は出来 ずに居た。
自然と遠くを見据える様に話し、一息吐こうとを見れば、其処には大きな薄紫の瞳に水膜を張った姿が飛び込む。
想像すらしなかった事態に狼狽すれば、は水膜張った侭の瞳を柔らかく歪め、懸命に微笑いながら残酷な一言を吐いた。


「 私を護って下さる、と言った約束、取り消して下さって構いません。
 私は…やっぱりあそこから出ちゃいけなかった、今気付けて良かったです。
 スネイプ教授がこんなにも愛した人を、私は自分の勝手だけで敵に回す様なこと、出来ません。 」
、我輩はもう----------


桔梗を愛しては居ないのだ、そう言って一体何になる。その先、続く言葉を考えられなかった。と同じ様、思い出した嘗ての想い人の所為で思考が麻痺して いるのか。もう二度と、お前にこんな話をしないと誓えばいいのか、否、この想いを抱いてお前に逢ったからこそお前を愛してしまっていた、と告げれば良いの か。其れとも、傷つけて悪かったと心篭めて謝ればいいのか。

悲しみにくれる幼い子どもを前に、拒まれる事を恐れるばかりで、吐き出しかけた言葉は胸奥へと沈んでいった。
君を愛している。告げれば何より残酷な言葉に聞こえるだろうか。息を呑み込み、もう二度と吐きはしないだろう愛を告げようと僅かに唇を開けば、

瞬間、聞きたくない言葉を、聞くと、予感が走った。

------------------ 優しさなんて、知らなきゃ良かったのに。

穏やかに胸裡へと沁み入る低音、何かが毀れる音を同時に聞いた。

































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© 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/3/5